28-7
「全く!なにやってんの!」
兵士の報告を聞いた瞬間、あたしは衝動的に謁見室を飛び出した。
謁見室を出て、階段へ。
後ろからウィル達がぞろぞろと、後をついて来ていた。当然、レイラもいる。
「ウィル、あんたは来なくいいって」
ウィルを巻き込むわけにはいかない。しかし、彼の返事は、あたしの予想通りだった。
「そんなわけにはいかないよ!」
一階に降りて北側のドアから出る。
門の辺りでは、まるで戦場のように怒号が飛び交っていた。
「ふざけんな!」
「ライノの離せ!」
「近づくな!」
「落ち着けって!」
「やめろ!」
ライノはアレクシスに後ろから、拘束されてナイフを首に当てられていた。
「ライノ!」
私の叫びに、ライノはハッと顔を上げた。その顔には、恐怖と、そして申し訳なさそうな色が浮かんでいた。
「隊長!…すみません」
「何したの?」
あたしは冷静を装って尋ねた。
「何も…水を飲みたいからって…あげて…大丈夫かって声かけただけです…」
「黙れ!喋るな!」
話しかけるなって言ったのに…。
「すみません…」
レスターがそばに来て謝る。
「あんたがいて…」
今は叱る時じゃない。
「兄さん!やめて!」
レイラがあたしのそばで叫ぶ。
「レイラ!来い!」
アレクシスに呼ばれたレイラが、彼のそばに行こうと足を踏み出した。
あたしは、咄嗟にレイラの腕を掴んだ。
「待ちな」
「え?」
戸惑う彼女を、私は自分のそばに引き寄せた。この状況で、彼女を彼らの元へ行かせるわけにはいかない。
「レイラ姉ちゃんを返せ!」
リクが怒りの形相で叫んだ。
「こっちのセリフだよ!ライノを離しな!」
あたしの言葉に呼応するように、周囲の兵士からも「離せ!」「やめろ!」と怒号が飛ぶ。しかし、その声は、かえって彼らを刺激するだけだ。
「うるさいんだよ!静かにしな!」
近くにいた兵士の頭をひっぱ叩いた。
「痛ってぇ…」
やっと静かになる。
「あんた達、落ち着きなって。あたしらは危害を加えるつもりないんだよ」
あたしは冷静を装い、彼らに語りかけた。
「だったら、姉さんを返して!」
「返すよ。返すけど、ライノが先。そいつは何もしてないでしょ?」
水を飲ませてもらってこの仕打ちはない。
三人は小声で話し合いを始めた。
「お願いします…穏便に…」
「ヴァネッサ、僕からも頼む。傷つけるのは避けてくれ」
ウィルの声が、あたしの耳に届いた。彼の顔には、心配と不安が入り混じっていた。
「向こう次第だよ」
こっちも大事な部下を人質にされてるんだ。もし何にかあったら…。
「さっさとライノを離すんだよ!」
周囲が異様に静まり返る。
兵士達が門前にどんどん集まってきた。
これじゃ身動きが取りにくい。
「レスター」
「はい」
「兵士が密集しすぎてる。下がらせて」
「了解」
レスターはそっと離れていき、兵士達を下がらせていく。
三人はまだコソコソと話し合いをしてる。
「早くしなよ…」
この状況で迷うところじゃないでしょ…。
自分達の状況が分かってないのか。
周囲の兵士が殺気立ってるのが、手に取るようにわかる。
「誰も仕掛けるじゃないよ」
周囲の兵士に言う。
彼らが無闇に動けば、事態はさらに悪化する。
「でも、ライノが…」
「わかってる。わかってるから、何もするじゃない」
「了解…」
兵士たちの声は、不満をにじませながらも、あたしの指示に従った。
私は、レイラの腕を引き、前に出た。彼女の腕からは、微かな震えが伝わってくる。
「ウィルはそこから動くんじゃないよ」
「ああ…」
彼は不安気に頷く。
ミャンが前に出てきて、ウィルの前に立つ。 そして、あたしにニッコリと微笑む。
「頼むよ」
「任せてヨン」
ウィルはミャンに任せておけばいいね。
兵士の間をレイラともに進む。
「静かにしてるんだよ」
「はい…」
レイラは明らかに動揺してる。
こんな事になるなら、受け入れるんじゃなかった。
突っぱねて、困ることはないんだから。
親切心が裏目に出た。
ウィルが間違ってるとは思わないけど、もう少し考えてほしいね。
あたしが強引でも突っぱねるべきだった。
「ゲイル、やめろ…」
ん?なんだ。
後ろから声が聞こえた。
後ろを振り返る。
ライアが見上げていた。
その視線を追う。
警備通路か?。
「あのバカ…」
ゲイルが弓を構え、引き絞っているのが見えた。
気づいているのはあたしとライアだけか?。
ライアがゲイルのそばに向かったようだけど…。
その時、あたしの視界に細い木製と思われる棒が現れる。
棒の表面には、幾何学模様が掘られていた。
これは、魔法の杖だ!。
あたしは杖を掴む。
「やらせない!」
と、レイラの声した途端、杖の先がカッと光った。
杖の先から何かが飛んでいく。ゲイルに向かって。
「ゲイル!」
彼に向かって叫ぶと同時に矢が放たれた。
やばい!。
ゲイルが放った矢は、ライノの足元に突き刺さる。
「ひっ!…」
ライノが、目を剥き自分の足元を見る。
いったい何が起きたのわからない、全員が動きを止めた。
「貴様らぁ!」
アレクシスが怒りの形相で叫ぶ。
その声は、周囲の静寂を打ち破るように響き渡った。
彼は、ライノの腹を殴ってから肩に担ぐ。
「やめな!逃げられやしないんだよ!」
この状況でどこに行こうっての…。
「すみません!」
「レイラ?」
レイラが、掴んでいたあたしの手を振りほどく。
傍から見れば、そう見えたと思う。でも、実際はそうじゃない。
あたしは、しっかり掴んでいたんだけど、何かに弾かれたような感じで、レイラの腕を離してしまった。
多分、魔法だよ。
「悪気はないんです。本当に…」
彼女は少しづつ離れていく。
「ないなら、落ち着いてあたしの言う事を聞きなって…」
レイラはあたしに向かって手をかざす。
「ごめんなさい…」
彼女がそう言った瞬間、突風であたしとその周りの兵士を吹き飛ばす。
兵士達が、折り重なるように倒れていった。
「なんなの…」
「隊長…重い…」
「ああ、悪いね」
あたしは起き上がり兵士を立たせる。そして周囲を確認。
あいつらは?…。
四兄妹は、問前から西に走っていく。
そっちには出入口はない。
そのまま真っすぐ行けば、竜と馬がいる厩舎だ。
「そいつらを止めろ!」
ガルドが焦り、叫ぶ。
何もしなくても、追い詰める事はできる。
落ち着けと自分にいい聞かせた。
でも、次に起きた光景に呆然してしまった…。
四兄妹が浮き上がり空中を走り始める。
「なっ!?」
「隊長!なんすかぁ!?あれは?」
サムが素っ頓狂な声をあげた。
「知らないよ」
周囲の兵士も呆然と見ている。
「おそらく障壁を応用したものと思われる」
エレナが落ち着いた様子で話す。
「障壁…なるほど。障壁を足場にしてるのか」
「私も、あういう発想力が欲しい…」
「感心してる場合じゃないでしょ」
あんたも落下防止に障壁を使ってるけどね。
「追え!」
ガルドが叫びつつ、四兄妹を追うが、魔法の足場はすでに消えていて、見上げるしかない。
そして、四兄妹に向かって矢が飛んでいく。
ゲイルだ。
彼以外も矢を放ってる兵士がいる。
しかし、矢は魔法によって弾かれていた。
「やめろ!」
その声にあたしは振り向く。
ウィルが、彼にしては珍しいものすごい形相で前に出てくる。
「彼らを傷つけるな!」
「傷つけるなって、ライノが囚われているんだよ?」
「ヴァネッサ、ライノもあの兄妹達も両方助けてくれ」
「わけわかんない事言ってじゃないよ!」
あたしはウィルの胸ぐらを掴む。
「これ以上あいつらを擁護してどうすんの!」
「彼らにだって、言い分があるはすだ」
「それを聞いた結果がこれでしょ?お金まであげて…恩を仇で返されたんじゃ…」
「お金はまだあげてないよ…」
「え?」
ウィルの手にはお金の入った布袋が握らていた。
「彼らは怯えるんだ、きっと…。人は窮地に追いやられたら、逃げるか立ち向かういしかない」
「そうだけど…」
「だから、ここは安全なんだって、分かってもらわないと」
「…」
ウィルの言ってる事はわかる…けど…。
「ヴァネッサ隊長。わたくしは彼らの気持ちが少し分かります」
「ジル…あんたまで」
「わたくしはアリス様としばらくの間、追手から逃げていました」
「それは知ってるよ」
「はい。その間、他者からの好意を受けつつも、完全に信じる事はできませんでした。信じられるのは自分達だけ」
でも、アリスとジルは他者を巻き込んだりはしていない。
まあ、ゲオルグの件は置いておこう。
「彼らも同じ状況、気持ちではないかと、思うのです」
「お人好し過ぎるよ。あんた達は…」
「こういう所ではないのですか、シュナイツは」
「勝手に決めないないでくれる?…」
「申し訳ありません」
謝るジルの顔は穏やかだった。
「ヴァネッサ!」
ウィルががあたしを睨む。
「ああもう!わかったよ!」
あたしは頭を掻きむしる。
「あいつらどこ行った!」
四兄妹は西側の防壁を越えてしまっていた。
「南の草原に向かってます!」
南?。
「リカシィに行くつもりなんじゃ…」
「全然方向違う…」
「彼らに土地勘はない」
「ああ…そうだね」
地の利のはこっちあるか。いや地の利っていうほどの事じゃないか。
「先行して足止めします」
ジルが一気に駆け出す。
「アタシも、行くヨ!ジル、壁越えるの手伝っテ!」
「ミャン!あんた、分かってるの?」
「わかってるっテ!」
ミャンは訓練用の短槍(木製)を振る。
ジルとミャンが防壁の向こう側に消えた。
「竜を準備しろ!」
「できてますよ」
レスターが竜に乗り、あたしの竜を連れてくる。
「ありがと」
「誰を出します?」
「スチュアートを出す」
頭に血が登りやすのは除外。冷静に判断できるやつがいい。
竜に乗り込む。
「待って。ヴァネッサ」
「何?エレナ」
「私も行く」
「あんたが出る幕じゃない」
魔法士を前に出す状況じゃないんだよ。
「魔法士の相手は魔法士がするべき」
「うん…まあ…」
「隊長、やってもらいましょう。おれ達には無理ですよ。相手はエレナ隊長と同格なんでしょ?」
「…わかった。乗りな」
あたし達、四人は敷地を出る。
訓練用の木剣を持って…。
Copyright©2020-橘 シン




