28-5
ウィルに状況を説明した。
彼はなるほどと言って頷きを一つ。
「ノーストリリムから来たっていうか、逃げて来たと言ったほうがいいね」
「だね」
「これって亡命じゃないの?」
「たぶんね」
「たぶんって…亡命なら、保護して王都に連絡すべき案件じゃ…」
「そうだけど、本人たちは亡命とは言ってないし、お金渡してどこかに行くなら、面倒なとにならなくて済む」
「少し冷たすぎない?」
リアンが眉間にしわを寄せて言う。
「彼らは命を狙われている可能性もあるんだし、ここは一旦、シュナイツで保護したほうがいいと僕は思う」
「保護した結果、シュナイツが狙われるかもしれないんだよ?」
「だから、王都に連絡して…」
ウィルの言葉を遮るように、執務室のドアがノックされた。
「失礼します」
ドアが開き、兵士が敬礼する。
「どうしたの?」
「例の四人が領主にご挨拶申し上げたい、と言っていますが…」
「ご挨拶…」
あたしは思わず呟いた。挨拶?この状況で?。
「別に構わないよ」
ウィルが立ち上がった。
彼の決断の早さに、あたしは戸惑う。
「する必要ないって…」
「ヴァネッサ。彼らは礼儀を尽くそうしているのに、必要ないはないだろう?」
ウィルの視線があたしを射抜く。
彼の言葉は正論だ。しかし、あたしの胸には拭い去れない不安が渦巻いている。
「あんたの気持ちはわかるけど、あの四人は雰囲気がよくないんだって」
あたしは必死に言葉を探す。
彼らの纏う異様な空気が、あたしを強く警戒させていた。
「雰囲気?」
「何を考えてるか、わかんないんだよ。賊に追われてきた農民とか商人とは違って…どう言えばわかんないけど…」
嫌な予感があるとは、言わなかった。
「だとしても…いや、だからこそ会うべきだよ」
ウィルは迷いなく、そう言い放つ。彼の決断は揺るぎない。
彼は、四人を連れてくるように指示する。
「了解であります」
「待ちな!」
あたしは思わず声を張り上げた。兵士は驚いたように振り返る。
「はい?」
「あたしも行く。ウィル、一人だけ連れてくる。それでいいでしょ?」
「…わかった。君に任せる」
彼は、納得したようには見えなかった。それはあたしも同じ。
お互い妥協した結果だ。
「謁見室で待っているから。各隊の隊長も同席させる」
「あいよ」
報告にきた兵士には各隊の隊長を呼びに行かせて、あたしは四兄妹の元へ。
「領主に会いたいって?」
「はい。感謝とご迷惑をおかけした謝罪を…」
「そこまでする必要はないんだけどね…」
あたしは呟く。
仕方がない。
「四人は行かせない。一人だけだよ」
あたしはきっぱりと言い放った。
「わかりました。私が行きます」
「じゃあ、ついてきな」
レイラとともに館へ向かおうとした。その時だった。
「レイラねえちゃん。おれも…」
末っ子のリクがレイラに話しかける。
彼の声は不安げに震えていた。
「リク、あなたはここで待っていなさい。兄さん、イーナも。大人しくしていて。すぐに戻ります」
「うん…」
リクはあたしを見る。いや…睨んでるというべきか。
あたしが、レイラを誘拐でもしようとしてるとでも思ってるのか。
「何もしないって」
「わかるもんか…」
「リク!失礼ですよ」
レイラがリクを窘める。
「申し訳ありません…。リク、謝りなさい」
「いいって」
あたしは歩き始めた。
館へ入る。
「本当に申し訳ありません。弟が失礼な物言いを」
「あんたを心配してるんでしょ」
「そうなんですが…あの子は、血の気が多くて、困ってしまう時があります」
「あんなもんだと思うよ。男の子は」
「はい…」
レイラはため息を吐く。
そのため息は、彼女が背負う重荷を物語っているようだった。
二階に上がり、謁見室のドアの前へ。
「うちの領主はうやうやしくされるのが、好きじゃなくてね」
「そうなのですか」
レイラは少し驚いたような顔をする。
「膝をつく必要はないから」
「わかりました」
あたしはドアを少し開けて中を確認。
全員揃ってるね。
「どうぞ」
ドアを開けて、レイラを謁見室に入れた。
彼女は、謁見室の中程まで進む。
「はじめまして。レイラ・ヒルトゥーラと申します」
そう言って頭を下げる。
「ウィル・イシュタルです」
続いて各隊の隊長の紹介。
リアン、ライア、ミャン、エレナ、そしてジル。
「エレナさんは、隊長さんだったのですね」
レイラの視線がエレナに向かう。
「私自身は隊長に相応しくないと思っている。だけど、ここには限界突破を一度もしていない魔法士がいる。彼らの指導を仰せつかっているから…」
エレナは淡々と答える。彼女の言葉には、謙遜と同時に、強い責任感が感じられた。
「なるほど…あなたはちゃんとやるべきことを見いだしているのですね」
素晴らしいです。と、レイラは話す。
「この度は、突然お伺いしたにも関わらず、お助けいただきありがとうございます」
「たいしたことはしていませんよ」
「いえ、そんなことはありません」
レイラは恐縮しっぱなしで、顔を伏せたままだ。
「よろしければ、何があったのかを教えていただけませんか?政変に巻き込まれた、とヴァネッサからは聞きましたが」
彼女は言いづらそうにしていたが、やがて顔を上げる。
「こうなってしまったのはすべて、私の無関心と不注意が招いたものです…」
レイラは、魔法士として二度の限界突破をしたことから、ノーストリリムでの地位を確立していた。
「私は地位や権力などに興味はありませんでした」
兄弟たちと生きて行ければそれでよかったとレイラは、話す。
「今思えば、二度目の限界突破をした時から、何かが狂い始めていたのです」
レイラは二度の限界突破したことで、魔法士を統括する役職に就くことになる。
「最初、お断りしたのです」
「どうして?」
ウィルが尋ねた。
「若輩者の私が魔法士を束ねるなど、到底無理な話。経験豊富な先輩方がなるべきだと…」
しかし、周囲からの推薦もあり、不本意ながら魔法士統括官となった。
統括官となってからは、魔法士としてではなく、政治的な仕事が主なものとなっていく。
「政治は私向きの仕事ではありませんでした…」
「魔法士の仕事ではない」
エレナが少し語気を強めて話す。
「シファーレンでは、魔法研究所は独立した機関で、宮殿に研究所はあるものの、国から一定の距離を保っている。私は、そう習った」
「王国もそうだよ」
「どうして独立?しているの?」
リアンが手を上げる。
「魔法は国を簡単に滅ぼせる力があるためです」
エレナの言葉は重く響いた。
「滅ぼすって…そんなことする?自分たちが困るじゃない」
リアンの疑問はもっともだね。
「力で、支配したい奴らがいるのさ…」
あたしは呟く。
人は、バカな生き物なんだよ。いつまで経っても。
「私はそうした懸念から、できる限り中立の立場を保っていたのですが…」
「中立って難しくない?」
「はい…。傍観しているだけか、と罵倒された事もあります」
レイラの表情は、苦しそうに歪んだ。
「面と向かってか?」
ライアの問いにレイラは力なく頷いた。
「そんなつもりはなかったのですが…時期が悪かったこともあるかと思います」
「時期?」
「私が統括官になってまもなく、陛下がお倒れになったのです…」
Copyright©2020-橘 シン




