28-3
あたしは警備通路に登って単眼鏡を覗く。
視界の先に捉えたのは、魔法士らしい特徴的なローブを纏った女性を先頭に、こちらへゆっくりと近づいてくる四人組の姿だった。
「敵意はないみたいすっね…」
隣にいるサムもまた、あたしと同じように単眼鏡を覗き込みながら、低い声で呟いた。
「気を抜くんじゃないよ」
「はい」
「武器は見えないようにしな」
武器を見た途端、逆上するやつもいる。
これは経験則だ。一瞬の油断が命取りになることもある。
「眉間を射抜いて見せますぜ」
ゲイルは、自分の眉間を人差し指で叩きながら、ニヤリと笑ってそう言った。
「やめなって。ケツ蹴るよ?」
「冗談ですよ」
そう言って笑う。
だいたい、眉間を射抜ける腕前じゃないでしょ…。
あたしはもう一度、単眼鏡を覗き込んだ。
「あ、棟梁が外に出てる」
「え?」
門の正面には、大工たちの作業小屋がある。
その前に棟梁が立っているのが見えた。
「何やってんの…」
「棟梁!外に出ないでください!」
サムの声に気づいた棟梁は、満面の笑顔で手を振る。まるで子供のように。
「聞いちゃいねえし…」
サムが頭を抱える。
「ははは!」
ゲイルが大笑いしだす。
笑い事じゃないんだけど…。
「スチュアート!棟梁を作業小屋に入れてきて!早く!」
「はい!」
スチュアートが駆け出す。
彼は通用口から出て、走って棟梁のもとへ。
棟梁は、多少嫌がりつつも作業小屋に入っていく。
スチュアートがこっちに完了のサインを出す。
あたしは、そこに留まるように、とサインを返した。
彼は、一度手を上げてから作業小屋に入った。
「ふぅ…」
あたしは、息を吐いて座り込む。
「大変ですね。隊長ってやつは…」
ゲイルが苦笑いを浮かべている。その言葉に、あたしは思わず睨みつけた。
「代わってくれる?」
「謹んでお断りします」
彼は、胸に手を当て、うやうやしく頭を下げた。
隊長なんて、好き好んでするもんじゃないよ。
責任と重圧に押しつぶされそうになることだってしょっちゅうある。
「何をふざけた事言ってるんです。来ましたよ」
サムらしくない真剣な声が、あたしの意識を引き戻す。
「あいよ」
サムの報告に、立たずに顔だけを出す。
あー、来たね。
いよいよご対面だ。
「やっぱり賊には見えないねぇ」
「賊というより浮浪者って感じっすね…」
サムの言葉に、あたしは頷いた。
「そうだね」
「それから、疲れた顔してません?」
「それ風を装ってるかもしれないぜ」
サムの指摘に、ゲイルが注意を促す。
ゲイルの言葉にも一理ある。どんなに疲労困憊に見えても、敵意を隠している可能性は否定できない。
「全く…何事なく暮らしたいね…」
あたしは独り言のように呟いた。
いつだって、どこからか厄介事が舞い込んでくる。
「隊長。何事もなかったら、竜騎士はいらないっすよ。オレ、何して生きていけばいいんっすか?」
「ふっ…」
サムの言葉に、ゲイルが吹き出す。
「竜騎士がいるから平和なんだぜ」
「そうか?」
「竜は平和じゃないと、卵を産まないんじゃなかったか?」
「あんた、よく知ってるね」
「マジで?」
サムが驚いている
「サム、あんたは知りなすぎるよ。もうちょい勉強しなよ…」
「はい…」
別に知らなくてもいいことだし、知っているからって役には立たない。
でも、自分の竜に興味を持つことはいいことだと思う。
「さてと。ご対面と行きますか」
あたしはゆっくり立ち上がった。
四人が、あたしの立ち上がった姿に気づき、動きを止める。
立ち止まった四人に向かって、あたしは大きく手招きをした。
それに応じ、ゆっくりと近づいてくる。
防護壁の下まで来てもらい、彼らの顔がはっきりと見える距離まで近づかせた。
サムの言う通り、疲労が顔に出ている。
服も薄汚れていて、長旅の疲れが滲み出ているようだった。
あたしはサムに、あたしと四人との会話をサインで、ガルドたちに伝えるよう指示を出した。
「あたしは、ここシュナイツの竜騎士隊隊長ヴァネッサ・シェフィールド」
あたしが名乗ると、四人が驚きの表情を見せる。
「女の竜騎士?」
少年が、信じられないといった様子で呟いた。
「兄貴、知ってる?」
「噂は、知ってるが…まさか本当だったとは…」
「姉さん、こっちも自己紹介したほうがよくない?」
「え?ええ…そうね」
魔法士の格好をした女性が、戸惑いながらも前に出た。
彼女の顔には、警戒と少しばかりの怯えが浮かんでいた。
「私たちは、ノーストリリムから参りました。私は…」
「ちょっと待な。どこから来たって?」
あたしは思わず言葉を遮る。
「ノーストリリムからですが…」
ノーストリリムは北の大山脈の向こう側にある国。
セレスティア王国と国交はない。
シュナイツの北には巨大な山脈がある。どうやって、あの険しい山脈を越えてきたんだ?
「あの山脈を越えて来たっての?冗談はなら、やめてほしいね」
「冗談じゃねえよ!」
少年が、怒りのこもった声と表情で叫んだ。彼の目には、強い感情が宿っていた。
「いい面構えしてるな、あいつ」
ゲイルがそばで、面白がるように呟いた。
「煽ったりしないでよ」
「分かってますよ」
「リク、黙ってて」
魔法士の女性が少年を嗜める。
「でも、レイラ姉ちゃん…」
「大丈夫だから」
兄貴とか姉ちゃんとか言ってるってことは、兄妹か。
「私は嘘をつくつもりはありません」
そう話す顔は真剣だった。
「悪かったよ」
「いえ…お騒がせして申し訳ありません」
そう言って、頭を下げる。
その礼儀正しい態度に、あたしは少しばかり警戒心を緩める。彼らは賊ではないようだ。
「まずは、名前を聞こうじゃないの」
「はい。私はレイラ・ヒルトゥーラ。後ろにいるのが、兄のアレクシス。妹のイーナ。弟のリクです」
後ろの三人が会釈する。
アレクシスは、中々いい体格。
年は三十は越えれてるか。
レイラは二十半ばか後半。
イーナは十代後半。
リクは十才くらいか
「賊じゃないんだね?」
あたしは念押しするように尋ねた。
「違います。あなた方に危害を加えるつもりは全くありません」
レイラははっきりと答えた。
「じゃあ、ここにいる理由は?」
「理由…ですか…」
レイラは、すぐには話さずに考え込む。
その表情には、迷いが浮かんでるように見えた。
「山脈を越えてまで王国に来た理由があるでしょ?」
「それは…」
彼女は、ノーストリリムで政変があり、それに巻き込まれて命を狙われる身になってしまった、と話す。
ほぼ着の身着のままで、国を脱出し山脈を越えて来たという。
なるほど。彼らの表情に、疲労の色が濃いのはそのせいか。
亡命?ってことになるのか?。
なんだか面倒な事になりそうだ…。
「で、目的は?目的もなしに近づきはしないでしょ」
「はい…お恥ずかしい話なのですが…食事と少しばかりの金銭をいただきたく…」
なるほど…。
「ちょっと待ってくれる?」
「はい」
あたしは姿勢を低くする。
「やっぱ浮浪者すっか」
サムが小さく呟く。
「どうだかね」
どうするか…。
ウィルは助けろと言っているけど、よくわからない部外者は入れたくないのが正直なところだ。
かと言って、敷地の外においておくのもね…。
領民が落ち着かないだろう。
「中に入れるか…」
「入れちゃいますか?」
「外とより敷地内のほうが対処はしやすい」
「領民を人質に、なんてされちゃマズいっすからね」
「それもある」
あたしは四人を見張ってるように指示して警備通路を降りた。
「ノーストリリムから来たって本当ですか?」
ガルドをはじめ、全員が驚きの表情であたしを見ていた。無理もない。あの山脈を越えてくるなんて、常識では考えられない。
「向こうの言葉を信じるならね」
「嘘ならもっとましな嘘をつくでしょう」
「あたしもそう思うよ」
レスターが冷静に分析する。彼の意見には同意はできた。
「四人は、食事とお金が欲しいってさ」
「で、中に入れると…」
ガルドが確認するように言った。
「中になら、すぐ対処できるから」
「ですね」
「中には入れるけど、館には入れない」
「はい」
「当然、監視はつけるけど、あまり過剰にならない程度に。それから…レスター」
「はい」
「四人分の食事を厨房に頼んで来て」
「食べ終わったばかりだから、時間がかかるかもしれませんよ」
「だね…それは仕方がない。待ってもらう」
その他諸々の指示を出していく。
彼らの安全を確保しつつ、敷地内の秩序を保つ。それが最優先だ。
そして、四人を敷地内に入れた。
Copyright©2020-橘 シン




