9.ディートリヒの思惑
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殆どの生徒が来ることがない学園の資料室。
机に向かうディートリヒの目の前には、学園に潜ませている監視役の生徒から提出された報告書が広げられている。
『ラキ・ハネスト男爵令息、学園復帰以降の行動記録』
報告書を読み進めるにつれ、ディートリヒの眉間のシワはどんどん深くなっていった。
「……様々なタイプの令息たちに片っ端から声を掛け、連日大食堂のテラス席でお茶会を開いている……だと?」
報告書には、ラキが学園でどう過ごしているのかが細かく記されていた。
子爵家の三男の刺繍を絶賛して自信をつけさせる。
見た目を気にする令息の髪型を褒めて耳まで真っ赤にさせる。
渡された高級菓子を他の令息たちと和気あいあいと分け合う。
放課後に令息たちとカフェへ行く約束を笑顔で取り付ける。
そのほかにも色々と記されていた。
「……何をやっているんだ、あいつは……!」
ディートリヒは低く唸り、報告書を握り潰しそうになった。
顔合わせの日から今日まで、ディートリヒはラキとは一度も会っていなかった。
ラキが学園に復学するという報告を受けた時、ディートリヒは確信していたのだ。
(……フッ、また学園に通い始めるということは、ようやくオレに会いに来る気になったか。あれだけ言ってやったんだ。『ディートリヒ様、どうか俺をお見捨てにならないでください……』と泣きついてくるに違いない……)
そう思いながらカムグロス侯爵邸で待っていたというのに、何日経ってもラキがディートリヒの元にやって来ることはなかった。
それどころか、ラキは様々なタイプの令息たちと楽しく交流しまくっていたのだ。
「……なぜだ!? なぜ、ラキはオレの計算通りに動かないんだ!?」
ディートリヒは頭を抱えたくなった。
彼は大きな間違いをしていたのである。
時計の針を、一ヶ月ほど前に戻そう。
ディートリヒがラキ・ハネストを初めて見掛けたのは休日の町中だった。
カムグロス侯爵に町の視察を命じられ、渋々歩いていた時だった。
ディートリヒの視界に一枚の美しい絵画のような光景が飛び込んできた。
蜂蜜色の髪に新緑の瞳をした美少年が誰かと楽しそうに会話をしていた。
(……な、なんだ、あの美しい生き物は……!?)
文武両道の天才として持て囃され、群がる令嬢たちを冷ややかな目で見下してきたディートリヒは、生まれて初めて雷に打たれたような衝撃を受けた瞬間だった。
いわゆる一目惚れである。
すぐにどこの誰なのか調べた結果、ラキ・ハネスト男爵令息であることが判明した。
ディートリヒはハネスト男爵家に一人息子がいることは知っていたが、ラキの顔までは知らなかった。
ラキの生い立ちやハネスト男爵家の状況を調べさせたディートリヒは、ハネスト男爵家が多額の借金によって没落寸前であることを知る。
『父上! ハネスト男爵家の借金を完済してください! そして、ハネスト男爵令息をオレの妻として迎え入れるお許しを!』
ディートリヒは急いでカムグロス侯爵に申し出た。
『はぁ!? お前は何を言っているんだ、ディートリヒ! ハネスト男爵家は嫡男しかいないんだぞ! それに同性婚などしたらカムグロス家の跡継ぎはどうするんだ!?』
『跡継ぎなんて愛人に産ませればいいだけでしょう! オレはラキ・ハネストでなければ嫌なのです! ハネスト男爵家は古い歴史を持つ名門、血筋も申し分ありません! どうかお願いします!!』
普段は冷静沈着で高圧的な男がプライドを捨てて床に頭を擦り付ける勢いで懇願してきたのだ。
カムグロス侯爵は呆れ果てつつ、息子のあまりの必死さに困惑するのだった。
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