3.傲慢な婚約者
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使用人に通されたカムグロス侯爵家の応接室は、息が詰まるほどの静寂に包まれていた。
ハネスト男爵家とは比べようもない高級な革張りのソファーに腰掛けていた人物が応接室に入室したラキへゆっくりと視線を向ける。
(……へぇ。想像してたよりも男前)
美しい青髪に、すべてを見透かすような青い瞳。
ラキの目の前にいる整った顔立ちをした男こそ、カムグロス侯爵家の嫡男ディートリヒだ。
ラキと目が合った瞬間、ディートリヒが浮かべたのは微笑みではなく、露骨な軽蔑の表情だった。
「座れ」
低い声が応接室に響く。
「失礼します」
ラキが促されるままに向かいのソファーへ腰掛けると、ディートリヒは長い足を組み替えて心底不快そうにラキを見下ろした。
「前置きは省く。ハネスト男爵令息、オレは貴様を愛するつもりは毛頭ない。勘違いするなよ」
「……はい?」
挨拶もそこそこにディートリヒの第一声に、ラキはパチクリと目を丸くした。
挨拶代わりに『愛さない宣言』をされるとは思いもしなかったが、ディートリヒの発言はそれだけで終わらなかった。
「ふんっ、借金まみれの没落貴族が。これまでは父子で女を使って上手くやってきたようだが……オレの妻となる以上、オレの目が届く範囲でそのようなみっともない真似は許さんからな」
(……ん? 父子で女を使って……?)
ラキは首を傾げそうになる。
父であるマルクは十数年前に亡くなったラキの母・アナベルを今も一筋に愛し続けているし、ラキ自身もそんな父を助けるために奔走していただけだ。
ラキには『女を使って上手くやってきた』という事実に全く心当たりがなかった。
おそらく、マルクのあまりのお人好しぶりや、ラキが“社交界の魔性の女”と呼ばれていた母親似の美貌を持っていることから適当な尾ひれがついた悪評でも聞いたのだろう。
(まっ、いっか。説明するのも面倒だし)
根がポジティブなラキは『この人、変な勘違いしてるなぁ』程度でさらりと受け流すことにした。
「必要最低限、オレに関わるな。ハネスト男爵家の借金は約束通り完済してやる。貴様はただの“飾り”として、ここで大人しく息だけしていればいい」
「はぁ、分かりました」
「ちなみに言っておくが、オレは結婚後すぐに愛人を作り、その女にカムグロス家の跡取りを産ませる予定だ。貴様が男である以上、異論は認めん。正妻の座を与えてやるだけでもありがたいと思え」
ディートリヒは冷酷な笑みを浮かべ、ラキを威圧してくる。
ラキは今回の一人っ子同士の同性婚による跡継ぎ問題をどうするのかと思っていたが、ディートリヒはラキを正妻(飾り)にして、愛人に子どもを産ませるという腹積もりらしい。
(うわぁ~、めちゃくちゃ勝手な言い分。でも……)
ラキの頭の中で、カチリと計算の音が鳴った。
ハネスト男爵家の多額の借金は完済。
衣食住はカムグロス侯爵家が完全保証。
面倒な跡継ぎ問題もディートリヒが勝手に愛人を作って解決してくれる。
おまけに『関わるな』と言われているのだから、妻としての義務や役目は発生しないということだ。
(なにこれ、最高すぎない……?)
実家の没落の危機から一転、超イージーな生活が約束されたようなものである。
ラキはガッツポーズをして小躍りしたくなった。
そんなラキの心情など露知らず、ディートリヒはふんっと鼻を鳴らし、ラキへ追い打ちをかけるように言った。
「言っておくが、貴様は女と密会することはおろか愛人を作ることは絶対に許さん。だが、貴様も男だ。そうだな……ああ、男で発散するのは認めてやろう。男遊びならしてもいい。貴様のような顔立ちなら相手に困ることもないだろうからな」
社交界の男遊びに対する皮肉のつもりだったのだろう。
ディートリヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
だが、その言葉を聞いた瞬間、ラキの瞳が輝いた。
(えっ、『男遊びならしてもいい』……?)
それはつまり、同性の友人たちと外で遊んだり、美味しいものを食べに行ったり、趣味に没頭したりする自由まで保障されたということではないか。
(じゃあ、お言葉に甘えて……!)
ラキの口元が思わず緩む。
「……何がおかしい」
薄笑いを浮かべたラキに苛立ったのか、ディートリヒが不機嫌そうに眉をひそめた。
「いえ、ディートリヒ様のご配慮、心より感謝いたします。仰せの通り“お飾りの正妻”として、ディートリヒ様のお邪魔にならないよう全力で過ごさせていただきますね」
「……なっ!?」
どこか嬉しそうなラキの態度に、ディートリヒは毒気を抜かれたように目を見開くのだった。
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