2.想定外の求婚状
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「ラ、ラキィっ! たっ、たいっ、大変なことになったよぉっ!!」
翌朝、訳有りマダムリストの作成に取り掛かろうとしていたラキの部屋に父・マルクが凄まじい勢いで飛び込んできた。
その手には豪華絢爛な封筒が握られている。
「どうしたの、父さん。朝っぱらからそんなに慌ててさ。あっ、どこかのマダムが俺の噂を聞きつけて名乗り出てくれたの?」
ガタガタと生まれたての子鹿のように膝を震わせるマルクをラキは首を傾げながら迎え入れた。
「マダムどころじゃないよ! ラキ、君に求婚状が届いたんだ! しかも、あのカムグロス侯爵家から!」
「えっ、カムグロス侯爵家?」
ラキは目をぱちくりさせた。
カムグロス侯爵家といえば、王族や公爵家に続いて絶大な権力を誇る超名門貴族だ。
財力、武力、領地、どれをとってもハネスト男爵家では天と地の差がある。
「求婚状って……あそこ、俺と同年代の令嬢なんていたっけ? 確か息子は一人しかいないって記憶してるけど……」
「そうなんだ! お相手はカムグロス侯爵家の嫡男、ディートリヒ様だ!」
「……え?」
ラキは思わず自分の耳を疑った。
「ディートリヒ様って、男だよね?」
「男だよ!」
「俺も男だよね? あれ、俺って実は女だった……?」
「男だよ!」
「……向こうの家、俺のことをハネスト家の令嬢と勘違いして求婚状を送ってきたんじゃないの? 俺、母さん似の美人だから女に間違われることもたまにあるし」
「いや、求婚状にははっきりと“ラキ・ハネスト男爵令息”って書かれてるよ。しかもね、借金の立て替てじゃなくて、『ハネスト男爵家の借金はカムグロス侯爵家が完済する』っていう信じられない条件が提示されているんだ!」
「……かんさいってなんだっけ?」
「肩代わりしてくれるってことだよ!」
「マジ?」
「うん」
ラキはマルクから求婚状を受け取り、目を通す。
『古い歴史を持つハネスト男爵家の血筋を評価しており、ご子息を是非カムグロス侯爵家に嫁として迎え入れ、親睦を深めたい』
借金の肩代わり以外には、そんな内容が綴られていた。
没落寸前のハネスト男爵家にとって渡りに船どころか、天から黄金の船が降ってきたような状況である。
しかし、ラキの頭の中にはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいた。
「なぁなぁ、父さん。貴族の同性婚は別に珍しくないけどさぁ……男同士じゃ子ども作れないじゃん。うちもあちらさんも一人っ子だろ。この場合、どーすんの?」
「僕もそう思ったから、カムグロス侯爵家の使用人に『嫡男のディートリヒ様で間違いありませんか? 後継者の問題は大丈夫なのですか?』って確認したんだよ。そしたら『全て承知の上での申し入れです』って一蹴されちゃって……」
「マジか」
ラキは「う~ん……」と唸った。
王国の貴族社会において、同性婚は法的に認められているものの、爵位や財産を継承する立場にある一人息子が選ぶ道としては極めて異例だ。
跡取りを残す義務があるはずの侯爵家がなぜ、没落寸前の男爵家の令息を正妻として欲しがるのか。
“古い歴史を持つハネスト男爵家の血筋”と最もらしい理由が書かれているが、それは跡継ぎを産める令嬢に適用される話であり、男のラキには当てはまらなかった。
「ねぇ、父さん。もしかしてディートリヒ様って極度の人間不信とかで、跡継ぎを作るための結婚が嫌すぎて『男なら絶対妊娠しないから好都合』とか思ってるとか?」
「いやぁ、それはどうだろう……? ディートリヒ様といえば、文武両道の天才として有名で高潔なお方だと評判だけど……」
「へぇ」
「へぇって、同年代なんだからラキの方が詳しいはずでしょ?」
「ごめんごめん。周りのトラブルを解決するのに忙しくてその手の話題は疎くってさ」
「うぐっ!」
お人好しのマルクは厄介事を引き受けることが多く、ラキもその対応に追われていた。
男爵令息でありながら、学園も休みがちのラキは社交界については疎かった。
同年代の令嬢や訳有りマダムなどの情報はハネスト男爵家に必要だから調べていただけだった。
「まぁ、どんな理由があろうとこの話に乗らない手はないよね!」
ラキはポンと手を叩いた。
「このまま放っておけば、うちは差し押さえで一発アウト、廃爵まっしぐらだし。最悪、廃爵になるのは仕方ないとして、父さんが路頭に迷うのは嫌だしさ。うちの借金を完済してくれるっていうなら、俺は喜んで嫁入りしましょう!」
「……ラキはそれでいいのかい? 訳有りマダムと契約結婚して楽しく暮らす計画は?」
「確かにマダム探しも魅力的だったけど、カムグロス侯爵家が借金をチャラにしてくれるなら話が早いよ。ひとまず、そのディートリヒ様に会ってみないと始まらないしね!」
ポジティブ思考の塊であるラキは、不気味なほどの好条件にも怖気付くことなく、あっさりと腹をくくった。
こうして、ハネスト男爵家の危機を救うため、ラキはカムグロス侯爵家のディートリヒと対面することにしたのだった。
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