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「ハネスト男爵令息」
「あっ、ディートリヒ様。ご機嫌よう」
学園の廊下でラキが令息たちと楽しそうに談笑しながら歩いていると、曲がり角からディートリヒが姿を現した。
あからさまにラキの移動ルートを予測して待ち伏せしていたようなタイミングだった。
「これを貴様にやる」
ディートリヒは小箱をラキに押し付けた。
ラキが小箱を開けると宝石付きのネクタイピンが収まっていた。
ディートリヒとしては少しは優しくしてラキの気を引こうという彼なりの不器用なアプローチだった。
(これでラキはオレを見直すだろう)
ディートリヒが内心で胸を張ったのも束の間。
ラキは一瞬目を丸くしたが、笑顔を浮かべた。
「わあ、素晴らしい品ですね! カムグロス侯爵家に相応しいお品を賜り、大変光栄です。婚約者としての面目を保つため、パーティーなどで着用させていただきますね」
「……は? あ、あぁ。そうだな」
「それでは、お気遣いいただきありがとうございました。失礼いたします」
ペコリと会釈すると、ラキは風のように去っていった。
その場に残されたディートリヒは、ぽつんと佇むしかなかった。
(……違う。そういう意味で渡したんじゃない!)
ディートリヒの目論みは見事に打ち砕かれた。
ラキにとって高価な贈り物は“婚約者の立場を維持するための経費・備品”に過ぎなかったのだ。
その後も、ディートリヒの空回りするアプローチは続いた。
ラキが好みそうな高級なお菓子を「余ったから貴様にやる」と渡せば、「お心遣い感謝します! 皆で美味しくいただきますね!」と令息たちのお茶会で綺麗に分配され、大好評を得る結果になった。
学園の図書室で偶然を装って隣に座ってみれば、「あ、ディートリヒ様のお邪魔になっては申し訳ありませんので」と一瞬で席を立たれてしまう。
ディートリヒが距離を縮めようとすればするほど、ラキはスルーして、二人の距離は平行線をたどるばかりだった。
その一方で、ラキの周りの令息たちは目覚ましい変化を遂げていた。
「ラキ様! 見てください、この前のテスト、クラスで五位になれました! 次は一位を目指します!」
「すごい! やっぱり努力は裏切らないね!」
「はい! ラキ様が『君の集中力は才能だよ』って褒めてくれたから僕、諦めずに頑張れたんです!」
ある令息はラキに自己肯定感を高められた結果、持ち前の集中力を学業にも発揮。
今や学年でも有数の秀才として一目置かれる存在になっていた。
「ラキ様のおかげで、自分に自信が持てるようになりました」
「ラキ様のためなら、どんな困難も乗り越えられます!」
影を潜めていた令息たちは、ラキの純粋な称賛と温かい言葉によって、どんどん魅力的で優秀な立派な男たちへと大開花を遂げていったのだ。
彼らのラキに対する感謝と推しへの信仰心は、日に日に強固なものとなっていった。
遠くからその光景を眺めるディートリヒは、苦々しい表情で拳を握りしめる。
(なぜだ……。なぜあいつらはラキにあんなに素直に甘えられて、褒めてもらえるんだ……? オレだって……!)
自分が最初に「関わるな」や「愛さない」と突き放してしまった手前、素直になれないディートリヒの悶々とした日々は続いていったのだった。
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