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「前言撤回だ! 結婚の条件は無効にする!」
ハネスト男爵邸の古びた応接室にディートリヒの低く鋭い声が響き渡った。
急な訪問に加え、開口一番に言い放たれた怒気を含んだ言葉にマルクは生きた心地がしなかった。
(ディートリヒ様が直接うちになんて……! 一体ラキが何をしでかしたんだ……っ!)
マルクが冷や汗を流しながら震えている一方、当のラキはいたってマイペースだった。
「ディートリヒ様? どうしたんですか、そんなに慌てて。顔が少し怖いですよ?」
「慌ててなどいない! 貴様が学園で連日繰り広げている奇行の数々が目に余っているからわざわざ忠告しに来てやったんだ!!」
ディートリヒはラキを睨みつける。
「奇行なんて人聞きが悪いなぁ。俺はただ、ディートリヒ様の許可を得て男遊びを楽しんでいただけですよ?」
「それが問題だと言っている! 男遊びを許可した覚えはあるが、まさか学園の令息たちを片っ端から骨抜きにして親衛隊のようなコミュニティを形成しろとは言っていない!」
「え? だって、男で発散するなら自由にしていいって言ったじゃないですか」
「ここまで派手にやれとは言ってない!」
学園で孤立気味だった令息たちがラキの周りに群がり、日々キャッキャと楽しそうに過ごしている。
その令息たちがラキに感化されて見違えるほど生き生きとし始め、一部の生徒や令嬢たちの間でちょっとした社会現象になっているというのだ。
ラキの婚約者であるはずのディートリヒは周囲からの視線や余計な憶測に辟易していた。
「とにかく! あの条件は本日付けで撤回する。明日から男遊びは一切禁止だ。もちろん、特定の令息たちとベタベタすることも許さん!」
ディートリヒは勝ち誇ったように、ふんっと鼻を鳴らして宣言した。
これでラキに群がる害虫(令息たち)を一網打尽にできると思った。
しかし、
「結構です」
ラキはにこやかな笑顔を崩さず、はっきりと断言した。
「……は?」
ディートリヒが間抜けな声を漏らす。
「ですから、条件の撤回は結構ですよ。こっちは借金を完済していただいた身ですから、わざわざ条件を無効にしてもらわなくて大丈夫です!」
「なっ……何を言っている! オレが条件を無くしてやると言っているんだぞ! ありがたく思え!」
「だって、せっかくディートリヒ様が『男遊びならしてもいい』って公認してくれたおかげでシリルくんたちと楽しくお喋りできるようになって、毎日の学園生活がすごく充実してるんですもん。今更それを無しにされたら、俺の楽しみがなくなっちゃいます」
「息抜きのために夫のメンツを盛大に潰すやつがいるか!」
ディートリヒは立ち上がりそうになるのを必死にこらえた。
「夫のメンツって……俺たち、まだ婚約中で結婚式は卒業後ですし、お互いに干渉しない約束だったじゃないですか。『ただの飾りとして大人しく息だけしていればいい』って言ったのはディートリヒ様ですよ?」
「それは……その……!」
正論を述べるラキにディートリヒは返す言葉が思いつかなくなかった。
ディートリヒはラキへ言い放った条件の数々が今、自分の首を絞めていた。
(くっ……! あの時、緊張して口走らなければ……!)
ディートリヒが後悔に打ちひしがれている中で、2人の会話を見守っていたマルクは一人慌てふためいていた。
(ラキィ~。相手はディートリヒ様なんだから態度を改めないとぉ……)
マルクの心配など気にも留めず、ディートリヒに対してラキには一切の怯えはない。
ただ、純粋に自分の日常を守りたいという思いが強かった。
(きっとディートリヒ様はカムグロス侯爵に何か言われたから慌てて言いに来たんだろうな)
ラキは憶測を立てて、ディートリヒへ優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですよ、ディートリヒ様。俺はちゃんと“お飾りの正妻”としての立場はわきまえていますから安心してください」
「………」
ディートリヒは気付けばラキにペースを握られていた。
「……っ、勝手にしろ!」
これ以上ここにいたらぼろを出すと悟ったのか、ディートリヒは乱暴に立ち上がった。
「用件はそれだけだ! 失礼する!」
そう言い残すと、ディートリヒはハネスト男爵邸を去っていったのだった。
静まり返った応接室。
「あらら、帰っちゃった」
ラキは呑気に呟く。
「ラ、ラキ……ディートリヒ様にあんなに強く言って、大丈夫なのかい……?」
青い顔をしたマルクが恐る恐る尋ねる。
「大丈夫大丈夫。ディートリヒ様はちょっと意地を張りたかっただけだよ」
ディートリヒの話を聞いてもラキは何にも思わないのだった。
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