12
「……一体、どういうことだ」
ディートリヒは立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられている信じられない光景に、彼の整った顔面が引きつっていく。
数日前、ラキを呼び出して言い放った言葉が脳裏に蘇る。
『女と密会することはもちろん愛人を作ることは絶対に許さん』
『だが、貴様も男だ。男遊びならしてもいい。貴様のような顔立ちなら相手に困ることもないだろうからな』
あれはラキに嫌われたくなくて、つい言ってしまった言葉だった。
それなのに……。
「ラキ様! これ、新しく焼き上げたクッキーなんです。どうぞ!」
「わあ、美味しそう! じゃあ、いただきます……ん、サクサクしててすごく美味しいよ」
「ラキ様に食べていただけて嬉しいです……!」
大食堂のテラス席でラキは可憐な令息た
ちに囲まれていた。
ラキはディートリヒの前では一度も見せたことのないような笑顔を浮かべている。
しかも、令息から手作りのクッキーを『あーん』されて美味しそうに食べていた。
(なんだあの距離感は……!?)
ディートリヒは脳内で情報を処理出来なかった。
「ねえ、ラキくん! 次の休日は一緒にお茶を飲みに行こうよ!」
「いいね。みんなで行こうか」
「やったぁ! ラキ様大好き!」
「おい、ずるいぞ! 次は俺がラキ様の隣だ!」
平和すぎる空間。
誰もラキを独占しようとせず、ただひたすらにラキを推す楽園だった。
(あいつ……! オレという婚約者がいながら、なんてことを……っ!)
ディートリヒは自分の胸をかきむしりたい衝動に駆られた。
自分の出した条件が完全に、そして最悪の形で裏目に出たことを悟り、ディートリヒはめまいを覚えた。
血の気が引き、膝から崩れ落ちそうになったその時だった。
「―――ディートリヒ様」
冷ややかな、しかし怒気を孕んだ声が背後から聞こえてきた。
「?」
ディートリヒがハッとして振り返ると、そこには数人の令嬢たちが鬼の形相で立っていた。
ディートリヒを睨みつけている令嬢もいた。
「お聞きしたいことがありましてよ、ディートリヒ様」
「……なんだ」
「あなた、ラキ様にどのような条件を出したのですか? わたくしたちが何度お茶会にお誘いしても、『ディートリヒ様との約束だから』や『誤解を招くような行動は慎むように言われているから』と、すべて断られてしまうのです!」
「なっ……」
「ラキ様があのように誠実にあなたとの約束を守っていらっしゃるというのに、当のあなたは一体何をなさっているのですか!」
「そうだわ! ラキ様はあんなにも純粋にディートリヒ様との結婚を見据えておとなしく過ごしていらっしゃるというのに……!」
令嬢たちの容赦ない追及に、ディートリヒは言葉を失った。
おとなしく過ごしている?
純粋に約束を守っている?
目の前で令息たちにクッキーを食べさせられ、黄色い歓声を浴びながら満面の笑みを振りまいているあの生き物のどこがおとなしいというのか。
心の中で激しく反論したい衝動に駆られたが、令嬢たちの剣幕に気圧されて声が出ない。
「もしやディートリヒ様、ラキ様の素晴らしさがお分かりになっていないのではなくて?」
「もったいないお化けが出ますわよ! あんなに素敵な方を放っておくなんて、目が節穴ですわ!」
「わたくしたちは、ラキ様がいつかフリーになる日が来るのではないかとひそかに期待しておりましたのに、あなたが約束を取り付けたせいで誰も近付けないではありません!」
「そうよそうよ!」とばかりに、周囲にいた他の令嬢たちも賛同の声を上げる。
まるで袋叩きのような状況に、ディートリヒは冷や汗を流した。
「……オレは、ただ……」
「ただ、なんだというのですか!」
「……なんでもない」
ディートリヒはこれ以上令嬢たちの怒りを買うのは得策ではないと判断し、小さく息を吐き捨てた。
視線を再びテラス席に戻すと、そこには楽しそうに笑うラキの姿がある。
(……こっちの気も知らないで勝手な真似ばかりしやがって……)
ディートリヒは苦々しく歯噛みした。
冷徹で傲慢な侯爵家の嫡男として恐れられてきた彼だったが、なぜかこの瞬間だけはどこか調子の狂う思いを抱かざるを得なかったのであった。
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