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【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話  作者: かがみゆえ


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11.ディートリヒの思惑3

 その日の昼下がり。

 中庭には重苦しい空気に包まれていた。


「あ、あれ……ディートリヒ様じゃない……?」


「どうしてこんな所に……?」


 生徒たちがざわめく中、ディートリヒは黙々と中庭を歩いていた。

 美しい顔にはあからさまな不機嫌さが刻まれている。


「おい、ラキ・ハネスト男爵令息」


 目的の人物であるラキを見付けると、ディートリヒの低い声が響く。

 周囲の生徒たちがヒッと息をのんだ。

 しかし、当のラキはゆっくりと振り返っただけだった。


「ん? あ、ディートリヒ様。こんにちはー」


 ラキは会釈をすると、そのまま何事もなかったかのようにディートリヒとすれ違って通り過ぎようとした。


「……なっ!?」


 あまりの扱いに、ディートリヒは驚きの声を上げた。


「待て! 貴様、オレを無視してどこへ行く気だ!?」


 ディートリヒはラキの細い手首を掴んで引き留める。


「え? どこって……用が済んだので教室ですけど」


 ラキは掴まれた手首とディートリヒを交互に見つめ、不思議そうに首を傾げた。


「ディートリヒ様、俺に何か用ですか? あ、もしかして何か書類があって提出されてないとかありました?」


「書類などどうでもいい! 貴様のその態度だ! 婚約者であるオレの姿を見かけたというのに、会釈だけで通り過ぎようとするとはどういうつもりだ!?」


 ディートリヒが苛立ちを隠さずに叱責すると、ラキはきょとんとした表情を浮かべた。


「え? だってディートリヒ様、最初の顔合わせの時に言ってたじゃないですか」


「何だと……?」


「『必要最低限、オレに関わるな』って」


「っ!?」


 ディートリヒが一瞬固まった。


「俺、ちゃんとディートリヒ様の指示を守ってるんですよ? 『お飾りの正妻としてお邪魔にならないように全力で過ごす』って決めましたから。だから、学園で会って話しかけたらご迷惑になっちゃいけないと思って、最低限の会釈だけに留めたんです。俺、何か間違ったこと言ってますか?」


 言い返すことが出来ない正論。

 しかも、一切の悪意や皮肉が含まれていない。

 ラキに真っ直ぐに見つめられ、ディートリヒは言葉を詰まらせた。


(ぐっ……! た、確かに言った……! 『必要最低限関わるな』と言ったのはオレだ……! だが、それは言葉通りの意味ではなくて……っ!)


 これは完全にディートリヒの自爆である。

 自分が格好をつけて言った内容が、見事なまでに自分を苦しめる鎖となって巻きついていた。


「そ、れはそれだ! それより貴様、学園での噂はオレの耳にも届いているぞ!」


 ディートリヒは必死に話題を変えようと、ラキに本題である“報告書の内容”について追及し始めた。


「連日、他の令息どもを侍らせて、あられもない姿で歓談しているそうじゃないか! いくらオレが『男遊びならしてもいい』と言ったからといって、限度というものがあるだろう! カムグロス侯爵家の婚約者としての自覚はないのか!?」


 ディートリヒとしてはラキが『申し訳ありません! もう二度と他の男など見ません!』と泣きついてくることを期待していた。

 しかし、ラキの反応はディートリヒの予想を上回るものだった。


「えっ! 男遊びのことですか!?」


 ラキの顔がパァッと明るくなったのだ。


「はい! ディートリヒ様のおかげで男遊び、めっちゃ楽しんでます!!」


「……は?」


「いやぁ~、ディートリヒ様が『男遊びならしてもいい』って許可をくれたおかげで、すごく素敵な男友だちがたくさんできたんですよ! 刺繍のすごい子とか髪型変えたらカッコよくなった子とか! みんなで美味しいお菓子を食べたり、おすすめのカフェの話をしたりして毎日最高です!」


 ラキは心の底からの感謝を込めて、ディートリヒの手を両手でギュッと握り締めた。


「本当にありがとうございます、ディートリヒ様! 俺に自由を保障してくれて、こんなに優しい婚約者様を持てて俺は幸せ者です!」


「あ……あ……」


 ディートリヒの口から情けない声が漏れた。

 眩しすぎるラキの笑顔とあまりにも純粋な感謝の言葉。

 そして何より、ラキにとって“男遊び=健全な男友達との交流”に変換されているという衝撃の事実。


(ち、違う……! オレが言った“男遊び”はそういう意味じゃない……! オレが望んでいたのはこんな展開ではない……!)


 ディートリヒの脳内で何かが音を立てて崩れ去っていった。

 愛するつもりはないと突っぱねたら、完全に放置された。

 関わるなと言ったら、徹底的にスルーされた。

 男遊びをしていいと言ったら、令息たちと交流をし始めた。

 自分の出した条件がすべて裏目に出てラキを遠ざけている。


(どうすればいいんだ……!? どうすれば、ラキを振り向かせることができるんだ……!?)


「あれ、ディートリヒ様? 顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」


 顔面蒼白でプルプルと震えるディートリヒをラキが心配そうに覗き込んでくる。

 至近距離でラキの美貌を見たことで、ディートリヒの心臓がドクンと跳ね上がった。


「っ、オレは至って正常だ!」


「そうですか? なら良かったです! それじゃあ、そろそろ次の授業があるので失礼しますね! あっ、放課後はシリルくんたちと新しいカフェに行く約束があるので、令嬢たちに絡まれないようにサッと帰りますから!」


「っ、待て!」


 ディートリヒが伸ばした手も虚しく、ラキは軽やかな足取りで走り去っていってしまった。

 一人中庭に取り残されたディートリヒは、去っていくラキの背中を茫然と見送るしかなかった。


「……どうしてこうなった……」


 ディートリヒは天を仰ぐ。

 一目惚れした愛しい婚約者の心を射止めるためのディートリヒの険しすぎる道のりは、まだ始まったばかりだったのだった。


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