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シー・シックに大型船が入港するのは、珍しいことじゃない。ここは木星と火星の半ばにあるから。
オーロラ号。
黒色の船体に、虹のカーテンを描いたあの綺麗な船はちょっとばかり特殊だった。
女の人の船だから。
一人で海賊をやっている女の船乗りっていうのは珍しい。まったくいないわけじゃないけど、小型船の八パーセント、大型船の十五パーセントが、女の人。
一人きりでの長期渡航による単調な生活からのストレスって、実は男のほうが耐えられないんだそうだ。だから、船っていうのは大抵会話機能のついたフェイクを入れていたり、コンピューターに返答をさせたりする。
そういえば、面白いデータがある。
現在の人間における盤上ゲームのチャンピオンの六割は、長期渡航者なんだという。
暇だからね。今の航海って。慣性の法則っていうのは偉大なもので、加速、減速しているときはGが体を圧迫するけれど、速度が一定になると平時に戻る。宇宙空間は大気による摩擦がないから、減速率は低い。
大型船小型船の明確な区切りっていうのはないけれど、外見の大きさよりは荷の積載量で区別する。
だいたい、20トン以下だと、超小型船。通称バイク便。(悪口では小蝿)これで大気圏に出たり入ったりするのは無意味だから、月同士を繋ぐのが一般的。ほとんどが、木星の月都市群の中を行く。あとは、火星の二つの月の区間とかね。
遊覧飛行したりもする。人間を乗せて。ちょっとした宇宙旅行気分ってやつ。正規の会社がオプションツアーとしてやることだ。
だいたい、1キロトンを越えてからが、大型船。その間に小型船が存在する。
だから、地上ではせいぜいトラック四台分の荷物を運ぶ超小型船でも、大きさはジェット機並み。割りにあわないから、こういうのは長距離船にしない。
以上は積荷の積載量で、機動力を保つための液体酸素、水素、その他の燃料、乗組員の食料、生活環境に類するすべては加わっていない。これに加えて、機体の重さもあるから、大型船は地球には降りられないというのが、最近の主流。
オーロラ号は、通常積載最大量が1メガトン(100キロトン)らしい。それにしてはスリムなボディーのほうだ。全長が約1000メートル。最大幅800メートル。古い魚雷みたいな形をしてる。黒いからますますそれっぽい。もしくは古い潜水艦かな。丸い小さな窓があちこちについているけど、危険だから大きな窓はない。余計なくびれとか、凹凸は排除してあって、推進のためと、方向転換のために折りたためる翼がついている。(ドッグ入るとき、長すぎる翼は邪魔だから)どれも普通の船は三重ガラスにしているはずだけど、海賊船はどうだろう。前にも後ろにも横にもエンジンはついているはずだけど、ぱっと見たところ、後部と翼にしか見当たらない。強力なエンジンを搭載すれば、必ずブレーキをかけるために逆位置に同等のエンジンが必要になるんだけど。ないみたいだね。実はこれも海賊の船に多い特徴。
海賊の使う大型船が、だいたい五十キロトンだから、大きいよな、やっぱり。ここまで大きいのは正規の会社ならちらほらいるだろうけど、海賊では見かけない。
だってほら、海賊は違法じゃないか。あんまり目立ちたくないっていう意識が働くから、なるだけ流通している型の船で、平均的な大きさのものを自分の船にするんだ。
現在の最大強力エンジンが、Α社の宇宙専用N三十三ラピスという。エネルギーを食うので民間運輸業者からは嫌われもので、使っているのを見たことがない代物。軍なら使うかな。大きさは僕が二人縦に並んでも半径にもならない。
オーロラ号はこれを改造して使っている。ダンピングのオイルを軽いのにして、磨耗しやすい部位に絶縁メタルを使用。挙句に、エンジン内部で酸素と水素の化学変化した力を無駄にしないために、出力を排出する口を狭めるという、間違うと船爆破しちゃうようなカスタマイズ。やった人は天才だね。ここに来るまでに爆発しなかった。
確かに、これでエネルギーは節約できるけど、ちょっと機体にでこぼこした抵抗を作ったら、バランスが崩れて制御不能になりそうな怖いことをやっている。
これを見ただけで、オーロラ号のイリスが、並みの女怪ではないことがわかる。
命は大事にしようよ、みんな。特にシー・シックの上お得意様方。
僕は船着場に降りた。
入り口に入ったあと、船は大きさやカスタマイズや給油の希望によって振り分けられて、ドッグに納められる。
でっかいオーロラ号は大型船舶用の一区に連れて行かれた。
ここまで来ると、空気がある。多少、エンジンの余熱で、一帯が暑くなることはあるけれど、すぐに冷える。一番、外に近い区画だから。
外。宇宙の温度を僕は計ったことはないけれど、太陽からの距離が火星より遠いから、かなり厳しい冷たさのはずだ。昼でもあったかくない距離になっている。
僕はイリスを見に来ていた。
六ヶ月ぐらい前、オーロラ号は泊まったけれど、そのとき僕は他の機体にかかりっきりだったし、大型船とはいえ、女の人が乗っているなんて知らなかったんだ。
どんな人か見てみたかった。
噂では、キンカナの愛人だと揶揄されている。
ハッチが開いて、自然落下するように中から人が降りてくる。階段なんか使ってらんないっていう雰囲気だ。ドッグは重力値が地球の八分の一だからよほど変な格好しないことには怪我はしない。
僕はぞわっと背筋に悪寒を感じた。産毛が総毛立つ。
遠目から見ても顔立ちがわかるぐらい、はっきりとした掘り深い美女だった。僕は絶対、彼女のその真っ赤に主張する唇は忘れないだろう。けど、それでこんなにちりちりと痛いぐらい全身が反応したんじゃなかった。
怒っているのだ、彼女は。ウィルバが殺気に反応した。
なんといったらいいのか。彼女の姿は黒い塊だった。
長く艶やかな黒髪はまっすぐに垂れて、床にさえ達している。宇宙みたいな色で、星が入ってるみたいに蛍光灯で輝いてる。
驚きだ。だって、彼女は僕よりずっと背が大きい。二メートルぐらいあるかもしれない。
船乗りは小柄だというのが常識なのに。
肌も真っ黒だったし、着ている服も黒皮のジャケットとやっぱり黒い光沢あるタイトスカート。ベルトは銀に光っているところはあるけど、黒。怒りでぎらぎら燃えた目も黒い。
言い表すならそれは、類まれな黒人美女だったけれど、怒っている黒い悪魔そのまんま。黒い刃物が抜き身のまま歩いてるって感じだ。
ドッグから通路にやってきて、僕らのいる船を見下ろせるロビーに勢いよく飛び込んできた。通路はすべて暗記しているようだ。
ウィルバは唾と一緒に、僕に内緒で食っていたコカガムを吐き出し(誰だよ、あげたの)、上体を起こした。体を大きく見せて威嚇体勢。
僕が止める間もなく、ウィルバは彼女に襲いかかった。
六十キロを越えた、遺伝子改良を加えた肉食兎。
おそらく体重は絶対九十キロは越えているはずの、怒り狂う女性。
ここはもう、重力値が標準だからウィルバの蹴りが重い音を立てた。
「兎のくせに!」
イリスから体に見合う、ハスキーな声が出た。きゃぴきゃぴした甲高い声だったら、きっと笑われてしまうだろう。
長い腕でウィルバの蹴りを受け止めたイリスは目を眇めた。面白そうというのか、獲物を見つけた肉食獣みたいというのか。
ウィルバはイリスから少し離れたあと、背中の毛を逆立てて低く威嚇の唸り声を発した。
初めて聞いた。ウィルバは他の兎には威嚇とか毛を逆立てるといった普通の行動をしたことがない。
どうしよう。僕はウィルバの飼い主としてこれを止めなきゃなんないけど、僕は五十八キロだよ? どちらか一方にさえ、体重が勝ってないんだ。中に入ったらきっと僕が吹っ飛ばされる。
僕は悲壮な決意を固めて、中に割って入った。
まずウィルバの首根っこを捕まえた。いつものことなので、これは簡単。力で鼻先を床にこすり付けさせて、制止させる。
もがいても手を緩めない。頭突きされたらことだもの。
イリスは勢いそのまま蹴ってきたけれど、それは僕が足を踏ん張って、左手でその足首を捕まえた。右手はウィルバ捕まえているから。
言うほど簡単じゃなくて、勢い殺し損ねてイリスの蹴りを受けた左手の甲が僕の顎に思い切りぶつかってきたけど。
まあなんとか。
腰を落としているから、脳震盪で体がふらついてもみっともなく倒れ込んだりしないですんだ。
「落ち着いて。殺気を引っ込めてよ。ウィルバはあんたが嫌いで攻撃したんじゃないよ。身の危険を感じるから、あんたに挑んだんだ」
僕が睨むと、イリスはちょっと驚いた顔をして、自分の足と僕とを見回した。
するっと足を引く。
今さら、手が痺れていることに気がついた。
じんじんとしている。顎も痛い。
でも、吹っ飛ばされなかっただけましだと思おう。
「悪かった」
声が高めの男性といっても通りそうだな。
アルトより、テノールっぽい。かすれない、力強い声。甘えるより怒鳴るほうがよく似合う。
たぶん、筋力増強剤使ってるんだろうな。あれを使うと、体が少し男性化する。声も低くなるという。
皮のジャケットの下は、ボンテージだ。うう、すっごい。豊かな胸が革布に押しつぶされるようになっていて、深い谷間が見える。生で女性の曲線見るの、僕は一年ぶりだよ。他のやつらなんか、五・六年ぶりだろう。海賊をする女性はほとんど月都市のルナ出身で小柄でとてもスレンダーだから、こういうめりはりはないんだ。
ちょっと得した。良い日だなぁ。
イリスのはバストのトップぎりぎりから下をやっと隠すような服だけど、上着を脱いでみせられて驚いた。まっすぐで綺麗な背中がウエストのくびれまでをじかに見せ付けている。タイトスカートは切れ目が入っていて、太股が見えてるし。
僕はぼうっとしていた。
街にはそういう子もいたよ。そういうファッションだって確かにあるけど。
ここで、それは。ちょっと。
その。
ねえ? 目の保養だけど目の毒だよ。
鼻血噴きださないのが奇蹟ってぐらい、僕は逆上せた。
どうやら、ジャケットを脱いだのは迷惑をかけた僕へのサービスだったらしい。体のライン、どうやって維持してんだろう? 筋力増強剤を使うと皮下脂肪がつきにくくなるからこんなグラマラスな体型は保てないのに。
イリスはジャケットをすぐに着ると、いままで満ちていた凄まじい殺気を消し去った。
顔立ちを見て僕は首を傾げた。一般に言う、黒色人の顔ではなかった。そういえば、髪の質もずいぶん始末にいい、東洋系のものだし、鼻筋は寒い地方に適応した人種のものだ。黒い肌は南方だから・・・・・・。
混血は珍しくはないけど、かなりぐちゃぐちゃと入って、中間を選択せず個々の部品が先祖がえりしてみせたってとこ?
「キンカナはどこ?」
イリスは硬質な声で鋭く聞いた。
僕はまだ半分ぐらいイリスに見蕩れてぼうっとしていたけれど、すぐに正気に戻った。
まさか、キンカナに怒っているの? お年寄り相手にウィルバにやったようなことしたら死んじゃうよ。キンカナはエネルギッシュだけど、それは年齢のわりにってことで。若い人ほど素早くもないし、腕力もないんだから。
「いつまで放置しておく気だ、この馬鹿!」
怒鳴りつけられて僕は首を竦めた。僕が怒られたのではなく、背後に居たキンカナが叱られたのだとわかったのは、
「害はないからのぉ」
という、暢気な言葉が降って来たからだ。
僕は二人の間にいるの、嫌だったから横にずれた。
そうすると、二人の顔が見比べられる。
イリスは生姜の塊を噛み砕いたような顔をした。
「あるだろう、これっだけあたしが不機嫌になるんだから」
イリスのその声は小さな頃に聞いたことのある、落雷の轟きみたいだった。
ウィルバの背中の毛がまた逆立ってしまった。
キンカナはイリスの激昂を笑って受け止める。
僕はウィルバの首を掴んでそのままそろりそろりとそこから立ち去ろうとしたけれど。
「あんたがそうやって無頓着だからあたしが怒るんでしょ!」
あまりにも乱暴にキンカナを詰るから、つい僕は口出しした。
「たくさん年上の人にそういうふうに怒鳴るのはよくないと思う」
キンカナは馬鹿笑いしはじめた。
「わしは確かに年上じゃ。イリスはわしより三十八日後に生まれただけじゃがね」
というと、百二十六歳ってことになる。
その美女は嫣然と僕に対して笑った。
笑ったけど、目が笑ってない。氷のような視線が怖い。痛い。威嚇? それ、威嚇の笑いだな? 虎なんかが唸るとき、笑うに近い口の形作る、あれだ。
ロビーにはさっきまで人が少し居たのに、今はもうこの人たち二人と僕とウィルバしかいなかった。逃げ出したらしい。みんな賢明だ。
これが、僕、タルヒ・オバーリンとイリスの、史上最悪な出会い。
ここまでで一章分です。
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