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仕事に慣れ始めた、一年目。
僕のあらゆる面倒を見てくれる中古のフェイクを一体貰った。
純白の柔らかな肌を持っている。金髪碧眼、グラマラスな、あっさり顔の美少女風フェイク。鼻がそんな高くないところが可愛い。左の目元の小さな黒子がとても色っぽいから、前の人は趣味がいいと思う。
食事を作ってくれて、掃除をしてくれて、洗濯もこなす。
一番重要なのが、怪我をしたら手当てをしてくれるってこと。このプログラムは僕が入れた。
ついで、僕の夜のほうもなんとか紛わせてくれるっていう便利な子。セクサロイド機能付き。キスすると、唾液の味が人間のものと違うから、すぐにフェイクとわかるけれどそれ以外は本当によく出来てる。
名前はシャーサっていう。中古品で、廉価版だから、名前が最初に入っている。変えられるけど、つけたい名前が特になかったからそのまま。
シー・シック内のコンピューターとかもメンテナンスするし、仲間の持つブック(端末)をよく調整したりしていたからくれたんだ。「家事する暇があったら、こっちの機械を手入れしてくれ」とかいう建前を言ってたけど、僕はこの一年間結構頑張って、色々やってきたから、そういう頑張り賞みたいなもんだと思う。
脛に傷持つ彼らは、実はけっこう優しい。
僕は彼らに、血液の病気だとだけ言って、Bマイナスの三人、ミリオン、ヨー、アルダには感染する確率が高いから、僕が怪我をしたときは近づかないでと伝えた。
彼らは態度を変えないでいてくれた。ちょっと具合が悪そうに見えると、心配してくれるし、届けられる荷物に、僕の大事な薬が入っていることがあるんだけど、それを先に分けて、すぐに持ってきてくれるようになった。
僕は、注射器に蒼い色の薬を吸わせて、自分で自分の静脈に薬を打ち込んだ。
効いて、体内に増えたあいつらが減少を始めるまでに三時間かかる。その間は安静にしてなきゃ。
気持ち悪くなってきた。
昔、小さい頃は必要なかったんだ。
異変に気がついたのは、思春期と呼ばれる頃。十三歳。母を見ていたから、僕は体内で悪魔が起きたことを知った。
最初、薬を一回打ったら、治ったようだった。五年間、僕の体は平和だった。
五年後、僕は再び薬を打った。
三年の平和だった。
体に巣食う悪魔は薬で壊滅的打撃を受けると、繁殖力を増す。まるで、害虫のようだった。
想像すると気持ち悪くなって吐きそうになるから、僕は気を反らそうと試みたけれど。駄目なんだ。
体の小さな血管にまで、ミジンコみたいな黒い粒が駆け回っているような想像。実際、そうなんだ。この悪魔はミジンコよりもっと小さい。
10のマイナス9乗。10億分の一という名前を与えられた悪魔。
それが僕の血管を肉の隙間をびっちりと侵食していく。
母から悪魔を受け継いだ僕は、母と同じように生きるために抗う。
これからは薬を毎年打つことになる。
それから、やがて半年ごとになって、毎月に代わり、半月になり、二週間おきになり、十日ごとになり、週ごとになり、五日間隔になっていき・・・・・・・。そして最後には毎日になる。薬が追いつかなくなったとき、死が僕にかぶさる。
わかりきった道筋。
でも、僕は、生きる。
「駄目だよ。ウィルバ」
注射器に興味を示した傷だらけの兎を僕は叱った。
ああ、言い忘れていた。
兎は仲間内でブームのペットだった。僕もここに来て一週間目に誘われて、これを作らされた。
兎というのは、遥か昔は小さかったらしい。幼い少女が白兎を抱きしめている古い映画を見たとき、僕はびっくりした。あんな小さかったら、どこを食べて、どう毛皮を剥ぐのだろう? 非効率的な家畜だ。
昔の兎でコートを作ったら継ぎ接ぎだらけになってしまう。あんまり見栄えはよくなかっただろうに。昔の職人の技術って凄いと思う。
僕のこの六十キログラムある兎ウィルバは食用でも毛皮用でもない。こんな傷だらけの兎を毛皮にしてもしょうがないじゃないか。
闘兎が仲間の間では唯一共通の娯楽だった。僕もここに居る以上、変な軋轢とか仲間外れとかになりたくなかったから、誘われてウィルバを作った。
兎を作る機械があって、暇を見てそのマニュアルを読んで、骨格とか武器とかを付加する。ヨーの兎テックは長い爪を持って二足歩行した・・・・・・。もう兎じゃないような気もするけど、耳はなぜかみんな長いままにしている。
みんな口をそろえてこういう。
「兎ってのは耳が長いんだ」
一番の急所なんだから短くしたほうが絶対、闘兎では有利なのに。
それでもみんなが強固にそう主張するから、ウィルバは耳が若干短くなったけど、兎らしく長いようにはしてある。僕にとってはかなり不本意だ。
他は別に、体毛は白で赤目じゃなきゃ駄目だとか、そういう要求はなかったから、耳が長い得体の知れない生き物が兎って名づけられて飼われている。
一匹作るのに結構時間がかかってお金もいるから、みんなそれを大事にしている。闘わせるけど、大怪我する前にジャッジがつくように判定用フェイクは設定されている。
十三年生きている老兎たちが、紫外線室でぼうっと寝ていたりするし、それが死んだときなんか飼い主はもちろん、他のみんなまでが盛大に泣くから、僕はびっくりした。
だって、彼らは顔馴染みの海賊が死んだって聞かされても「あっそ」で済ませたんだよ。
でもね、ウィルバを飼いはじめてから僕もその気持ちはわかった。遠くの客より近くのペットだよね。僕もウィルバとお客さん十人ぐらい天秤にかけられて『さあどっちを助けたい?』って聞かれたらウィルバを助けてもらう。
そのウィルバ。僕は一ヶ月かけてマニュアルを読んで、数週間かけて「骨格・体格・その他のデザイン」である遺伝子配列を考えた。
それで、再考して何度もシュミレーションをかけてみて、納得してから僕はウィルバを作った。
名前は最初から決まってたんだ。もし、フェイクがウィルバより先に僕のところに来ていたなら、シャーサはウィルバ、ウィルバは別の名前になったと思う。ラビとか、薄青色の体だからマリンとか、ウォーターブルーとかね。
ウィルバっていうのは、僕と相性の良い名前。姓名占いで、ウィルバという親友を得ると運が開けるとあったんだけど、僕はその名前の人と出会えなかった。だから、兎につけたわけだ。
で、このウィルバ。
成長するのが遅かったので、仲間たちはイライラしていた。育成ポットから出てから一ヶ月ぐらいで闘兎に参加できるのが常識らしい。彼らは変わり映えしない毎日に新しいライバルを求めていてから、何度も僕は『まだか? まだか? まだか?』って、たくさんの奴らにせっつかれた。
闘兎の、ここでの規定体重五十キロに達するまでに、ウィルバはポットを出てから三ヶ月半かかってる。
僕はわざと成長速度を常の三倍遅くしたから、大きくならないのは当たり前だった。
成長期が長ければ長いほど、骨や骨格はしっかりするはずだと考えたから。
事実、ウィルバは闘兎に置いて、無敗常勝! ずるいとか、卑怯とか色々文句も飛んだけど僕は笑ってそれらを黙殺した。
だって僕はウィルバを強くするというより、長生きさせるためにもともと兎に付加されていた「成長促進遺伝子」は外したし、過剰生育させる遺伝子はちょっと弄って抑制した。
だいたいみんな九十キロ代で、最大デブ兎百四十キロの兎(うちの二倍以上じゃないか)を制して、僕のウィルバ(現在六十キロ)がトップ。
うんうん。大きさや重さだけじゃないんだよ。
特別なことをしたのかといわれると、困るけど。ウィルバは肉食にしてある。骨を強化するにあたって、カルシウムを摂取させなきゃならない。厨房で出る鶏肉の骨とか貰ってくると、嬉しそうに齧る。
ミリオンがそれを見て、気持ち悪いと言っていたけど、なんで? 血肉のついた骨を齧るのも、真っ赤な人参齧るのも、絵としてはおんなじようなもんなのに。
だって、みんな言わなかったじゃないか。
兎は人参食べるもんだって。耳は長くしたんだから、それぐらいは大目に見てほしいよ。
もしかしたら、ウィルバの強さは肉食っていうのもあるのかもね。
他の兎はウィルバを見て怯む。食われると思うのかもしれない。兎が草食動物だったなんて、僕ははじめて知った。
僕が知る兎っていうのは、角が生えていて毒液を吐いて、人を襲うものだったから。
子供の頃、そんな兎を退治にしにいく少年の話を聞いたことがあった。
母が寝しなに僕に語った御伽噺。僕がかなり大きくなっても母は同じベッドで眠って、寝入る前まで色々なお話をしていた。僕は母がしてくれる神話とか妖精とかの話がすごく好きだった。
僕の体重を越えたウィルバは綺麗なシルバーブルーのグラデーションがかかった色をしている。毛のさわり心地は逸品。僕はここの雑貨屋で高価なミンクの毛皮(燃料代とか食料代として妙なもんが質入されることがある)に触れたことがあるけれど、あれよりずっとずっと気持ち良い。ウィルバは生きてるからよけいに、なめらかだよ。すごくあったかい。
こんな柔らかい気持ち良い毛皮を傷だらけにするのはもったいないと思ったぐらい。唯一の難点は、毛が抜けることだけど。
ウィルバは短めの耳をぴくぴくと動かして、注射器を気にしている。
「駄目だって、ウィルバ」
自分の部屋で、僕しかいないから、僕はウィルバの首根っこを捕まえて、片手で床に押さえ込んだ。
「食べ物じゃないよ。毒なんだよ。まったく、お前はシンナーの匂い好きだし、ペンキ舐めるし、ちょっとは動物としての本能を働かせてくれよ」
ウィルバはじたばたしたけれど、やがて無駄とわかって大人しくなった。
みんなが悪いんだ。面白半分で、ウィルバにタバコ吸わせたり! コカガム食わせたりするから!
自分の兎にもやってるみたいだけど、兎と人間ではまったく食生活も体に良い物も違って当たり前なのに。自分が美味しいものをなんでもほいほいと与えるのはどうかと思う。
ああ、もう。
スラムで暮らしているお母さんになった気分だよ。
ウィルバはまたじたばたした。
さすがに僕でも、ウィルバに頭突きかまされると脳震盪起こすから、逃がさないように首輪をしっかり掴んだ。
ウィルバはまた諦める。
その間に注射器を片付けた。
「まさかお前」
ドラッグまでやってんじゃないだろうな?
しかも、こんな露骨に旧式の。
今はもうドラッグなんてパッチ式主流なのに。
ヤクやってますね、ウィルバ・・・(ぇ




