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この頃、宇宙の海賊は二種類いた。
他の船から金品を略奪する、普通の古式ゆかしい海から派生している宇宙海賊。
もう一つは、というか圧倒的に数が多いのは不正輸送・密入国船などだ。僕の養父のアルシュはこれの組織的なものを運営していた。とはいえ、大小の船を八つ、十五人程度の船乗りを持つ小規模なものだったけれどね。
輸送には認可がいる。そこにかかる金額や手続きは微々たるものだし、これがないと正規の保険に入れないから、そのことにはさして問題はない。ただし、そうして認可された宇宙船には検疫や、さらには積み荷検査が入る上、違法なカスタマイズを行っていると、当然見つかりやすくなる。
月都市(ルナ、アルテミス、ジョウガ、イシス、ツクヨミ、ダイアナの五都市)連合と木星月都市(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト等、十六の月にある百八十の都市)群連盟では、共同で海賊取締りを行っている。宇宙交通警備隊の彼女たち(女だよ、全部。ちなみに警察みたいな名前だけど、装備は軍同等だ)としては自分たちよりも早い船があったりしては困るのだ。
この不正輸送屋になるのは、大半が男だった。女はきちんとした正規の会社で雇ってもらえる。性差別と言われようとも会社側としては酸素と食料を著しく消耗する男より、女性のほうが使いやすい。もっといえば、男は問題を起こすという考えが輸送関係では常識だった。自社の名前入りシャトルの乗組員が、遠く離れた場所で喧嘩や婦女暴行なんぞやったら、今の時代えらいイメージダウンだった。悪評はあっというまに、太陽系内に知られてしまう。知り合いのいないところに行った男の酷いハメの外し方を見てきた会社側はかかる経費や予想外に広範囲にこうむったイメージダウンを経験して、男性飛行士そのものを取り扱わなくなってしまったのだった。
真面目な人も居たはずだけれど、やっぱり統計的に見て、当たり前だが女の人は喧嘩や強姦とかはしない。やっても男に比べればすっごく少ない。何より裁判になれば女の人は被害者、男の人は加害者になりやすい。会社が最善として選ぶのは当然前者。
宇宙に出たい男たちは自分で運送業をするか、客でいるしかない。ただの趣味で飛ばすには宇宙船というのはコストがかかりすぎた。
ここで前述したことを思い出して欲しい。
男性は女性に比べて、コストパフォーマンスが悪い。筋力の差や背丈の差だが、普通の女性に比べて酸素は使うし、一般論として飯も食うものだそうだ。皮下脂肪がつかない性質のため、現地で食いだめることもできない。短距離はともかく、長距離運送(片道二ヶ月以上のもの)になると金額がかなり変わってくる。同じ時間がかかるのなら、荷物を送ることがあったなら僕でも普通の女性飛行士を使っている会社を選ぶ。だって目に見えて安いもん。
そして男たちはここで、違法に入る。
シャトルの大幅改造。安全基準ラインに抵触するような軽量化。基準表設定以上の大きさのブースター・エンジンの設置。女性の体では耐えられない重力負荷を受けて、体力の限界を飛ぶ。
速度を最重視するカスタマイズ。これで料金を上げて荷物運びが出来る。
こうして略奪をしない宇宙海賊たちは生まれる。
真っ当にやれないなら宇宙に出なきゃいいのだけど、門戸が開いてないから諦めるっていうもんじゃないらしい。僕はそうまでして船に乗っていたいとかは思わないけどね。
そして僕はその海賊のための基地『シー・シック』に雇ってもらえた。
『シー・シック』はその不正運送屋のための、メンテナンスセンターみたいなもの。独立して宇宙に浮いているのは、これ自体が一つの巨大な宇宙船であるからに他ならない。
作った人は天才だと思う。
これ自体も凄いけど、こんだけのもんを警備隊に見つからずに組み上げて飛び立たせたっていう手腕だ。そして今なお、警備隊には『シー・シック』があることはわかっても見つけさせていないのだから、ここの責任者キンカナは大したもんだと思う。
この船内には酸素を作るための森林公園も大きく入っているし、外を見られる小さな展望デッキもある。食い物屋もあるし、その他どんなもんでもある。
ないのは、女の子とか子供だけだな。
いや、女の子はフェイク(アンドロイドの総称)とかあるけれど。ここは若いように見える老人とか、本当に若い奴とか混じっているけど、女の人が永住しないから子供はいない。
だから、僕はここに来た。
女の子じゃあない僕は、この病気を子供に遺伝させることはたぶんない。恋人が同じ血液型Bマイナスで感染させてしまったら別だけれど。体温の関係で女性から男性に感染するより、逆のほうがずっとずっと少ないともいう。母さんから客に感染したっていう話は聞かないから、逆もまたないだろう。アルシュは元気だしね。
それでも、万に一つ、そういう確率が残っているから、僕を雇ってくれる会社はない。僕の病気って、一般社会をヒステリックにさせるんだ。
母子感染は自分の子宮を使った場合は百パーセント。僕の母はそれだった。母はその病気で死んだ。僕もいずれ、同じように死ぬだろうけど、母と同じようにそれに抗うだろう。
そのためには、働き口と金と住みかは必要だった。こんな犯罪者ばっかりのところでもその三つを満たしてくれる。
僕が担当したのはメインコンピューターのメンテナンスだった。今まではこれを担当していたのは僕を面接したじぃちゃん(なんと百二十五歳だという)キンナラだった。これって確か天使か神様の名前だったと思うから、きっと偽名だ。
宇宙船がコンピューターウイルスに感染するということは、そのまま死を意味する。
だから通信用と、船の監視システムは別々に独立させておくのが常だった。
まあ、それでも。
ウイルスのせいでハッチが開くこともある。あれって、外部からのコントロールを受け付けるから。そうしないと、外に全員出ていたら船員が乗り込めないもんね。宇宙空間でそんなもんが開くとどうなるかっていうと。普通の船は問題ない。扉が安全のために三重構造になってるんだ。内扉は手動というのが一般的だ。でも、海賊の船って軽量化されているから、薄い鉄板でさして機密性がよくない内扉使っていたりして、危険極まりない。
命と安全はスピードより重視したほうがいいと僕は思うけど、海賊は軽量化は死活問題だから安全を軽視しまくる。
そんなわけで、通信のウィルスチェックしたりする一方で、メインコンピューターを弄り回す。ここが壊れると、宇宙で迷子になる。普通、そうしたら死ぬ。だいたいみんな、レーダ類に映らない機体だから、探し出してもらえない。
普通の船は予備のコンピューターを置いて、故障すると船員が第一ホストの電源を落とし、数秒後(遅くとも五秒後)に第二ホストが起動する。でも、やっぱり海賊船には予備なんてついてない。船を管理するコンピューターってけっこう大きくて重いんだ。
まあ、最近のは故障することってまずないけどね。それでも万一の事故はいつ降りかかるかわかんないから、徹底的に調査する。
大きなものだと三日ぐらいかかりきり。
ここを訪れる大物船(感覚では長距離トラックかな。金星から冥王星まで行くことができるもの)は一ヶ月にだいたい十三機ぐらいで、燃料補給目当てだったり、傷ついた船体のカバーだったりすることが多い。小型機は、最接近時は月に四十機ぐらいは通るらしい。
小型機っていうのは『シー・シック』に泊まっていくことがない。補給して、すぐに出て行く。彼らは近場(木星月都市群・火星間)だけしか行き来しない。月群の中には別の海賊港があるから、わざわざここまでこない。アルシュたちはたいてい、そこを使う。
で、小型機だから、ここで燃料補給する必要が出るっていうだけ。軽量化のために、燃料を一杯積まないんだ。大抵、往復で寄らざるおえないから、忙しい時期が来ると顔馴染み客はすぐに増えた。
僕は自分でも意外なことに客受けがいいらしい。相対的なことだけど、シー・シックのほかのメンツが客当たりがあまりよくないから、余計に僕が親切で行儀よく見えているみたいだ。人に威圧感与えない身長と体格(船乗りって身長と体重が低くて少ないほうがいいんだ)だしね。シー・シックのナンバー2のジョーなんかは二メートル十五センチもある上に肩幅広くてがっしりと筋肉つけているから、百七十センチそこそこの船乗りたちは、彼に愛想よくされても怖いらしい。キンカナに代わって、力でごろつき纏めるから、目つき険しいし、言動が荒い。
で、仕事の話に戻るね。
僕が三日かかるところ、キンナラは一日で終らせちゃうんだ。経験の差なのかな。頑張っちゃいるんだけどどうしても苦手なものってある。まったく見たことのない、自家製コンピューターとかは僕は駄目。キンナラに振ってる。そういうときはキンナラの横で見て、ノウハウとか学ぶんだけど、キンナラと僕とでは思考回路が大きく違うんだろう。キンナラはメモを取らないし、コンピューター関係の情報は読むけど、プリントアウトしたり、ダウンロードしたりはしないんだ。電子手帳すら持ってないことに、僕は驚かされる。
わからないことにぶつかって、調べる時間がないから、僕の半分以下の時間で仕事できるんだろうな。
「わしは特別じゃもの」
追いつこうと頑張ってる僕に、キンナラはそう言って優越感に浸る子供みたいに笑う。僕はちょっとむっとする。
「明日、今のわしになれるように走るより、おまえさんと同じ年の頃のわしになっているかを意識したほうが建設的だとは思うがね。まあもっとも、昔のわしも天才じゃったが。知らぬ物は、天才だってわからんよ」
要約すると、物を知れってことかな。
確かにキンナラって天才だった。
双子の姉が別の、ちゃんとしたコロニーで生活しているんだという。そちらも天才なのだそうだ。僕が驚きたいのは、よくまあ二人揃ってこんな年まで生きているってこと。やっぱり背中がこんなに曲がってるんだろうか。杖をついて、それでもエネルギッシュに動き回っている老婆を僕は想像してみた。
不老処置っていうのは、諸刃の剣でね。癌とかが体内に発生すると、体が若いから取り返しがつかないことになるのがとても早いんだ。年寄りの体は毒素を取り入れるのが弱いけど、若いままの新陳代謝が活発だと、大気や水、食べ物から薄い毒素を蓄積していって、臓器や、致命的なことは脳をおかしくしやすい。
見かけは美しく若く、体力も保ってくれるけど、若いからこそ自覚症状を起こさせずに、致命的になるまで無理が効く。一線を越えると、不老処置は一気に崩れ、魔法が解けたように人は肌をぼろぼろにして死ぬ。
結局、人はそんな奇蹟の技を身に施しても、一般人は七十かそこらで死ぬ。臓器移植や、パーツ移植は、とても値が張る。そして死は死だった。未だに復活はなかったし、個人管理するには冷凍睡眠は金がかかりすぎる。クローニングは再生とはいわないし、当たり前の話、性格が別人の者ができあがるから、飽きられて廃れている。せいぜい、同性恋愛間での子供を作る処置ぐらいにしか生かされていない。
金のない人が長生きしたいなら、実は不老処置はしないほうがいい。皮肉なことに、統計としてそれがはっきりと出ているんだ。処置をしない人の平均寿命は九十八歳。処置した人の平均寿命は七十二歳。
でも、海賊はわかっていてもやる。体力が落ちれば、速達便としての彼らは即廃業だから。あんまりにも過酷な仕事だから、不老処置しなきゃ四十代前半で引退だけど、不老処置を使えば六十代の終わりまで続けられる。死ぬ直前までだ。だから、その諸刃の薬を身に注ぐ。
宇宙船の船乗りは死を落鳥という言葉で現す。野生の鳥は落ちるまで死なない。海賊は自らを野生動物に例える。飼い主など持っていないという大いなる自負。
死という天敵に捕食されるまで、彼らはその諸刃に体を蝕ませて飛ぶんだろう。
まるで昔の、ナノシリーズみたいに。
夢には裏があり、代償がある。
若さには可能性がつく。生と負の。
他人を傷つけない不正には自分自身に対してリスクがあり、リスクがあったから通常は規制されるのだから。




