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僕がそこにたどり着いたのは、必然というのか他に選びようがなかったというのか、まあそんなところだ。
宇宙空間にぽつんと浮いた小さな島。そこは海賊のための基地というような代物で、ツテのツテを頼ってたどり着いたようなもんだった。
僕のこの、先天性のコレを前にして、世は平等ではなかった。一生懸命苦労して金をかけて得た資格さえも無意味だった。
養い親の元にずっといるのも、自立しないようで嫌だった僕は、一生懸命真っ当な職を探したのだが。こんなところぐらいしか、雇ってくれるところはなかったのだ。
ここはすべてが、人工物。
すべてが作り物。
コロニーと呼ぶには、ここはいささか小さい。完全球体の建築物。ど真ん中に重力リングが入っているという変則的なつくりだ。
小さな町よりは広かったけれど、定住用の居住区は狭い。八十人ぐらいしか住んでいない。
「驚いたねえ。履歴書もってきた子なんて、もう何十年ぶりになるか。しかも紹介状まで持って」
目の前にいるのは剃禿の老人だった。灰色の目がとても印象的で、口調がはきはきしている。矍鑠として口を開くたび自前の歯が残っているのが見えた。若々しいピンクの歯肉が彼がこれ以上なく健康だということ僕にわからせた。痩せた顎。頬骨がくっきりと出ている。顔や腕は痩せているのに腹が出てる。皮膚はたるんで皺を作って、完全に見た目が老人だ。背骨が潰れているのだろう、腰から首にかけて奇妙な曲線を作っていた。余計に背が小さく見える。
僕はその曲がった背中に触ってみたくなった。ちょっと見かけないぐらい、深く曲がっているから、嘘っぽいんだ。これでは歩くときは杖が要る。果実をいっぱい実らせて、つっかえ棒が必要な枝みたいだった。
僕がキンカナに持ったのは、そういうイメージだった。枯れ枝や朽ちた樹木とは逆の、豊かな果樹。
不思議な気がした。
不老処置を使えば、中年ぐらいにはなるけれど、老人にはならない。目の前のこの人は、ここの責任者のはずだ。給料はそれなりに貰っているはず。僕のほうが驚くよ。若返るのはともかくとして、背骨の矯正ぐらいできるだろうに。これでは不便そうだ。
「おまえさんの体のことも書いてあった」
予期はしていたけれど、僕はやっぱりびくりと体を跳ねさせた。
ラボと呼ばれる、責任者の私室には僕とキンカナしかいなかった。隅に置かれたソファだけが来客スペースで、残りは寝室らしい場所を曇硝子のアコーディオンカーテンで仕切り、開かれた大きなスペースには台が置かれて図面が敷いてあった。太陽系の、精密な立体地図が浮かんでいて、一つの恒星と九つの惑星、有人衛星が巡っている位置とこのシー・シックの距離と方向が即座にわかるようになっている。
「わしは無知じゃないから、少しは知っておる。というより、不老処置を受けてここまで年を食うほど生きていれば、それぐらいどこかで聞きかじっているものだよ。だから、お前さんをここに寄越したんだろうな」
皺の刻まれ枯枝のような細指で、ぴしっと間近に浮いているデータ画面を叩く。とはいえ、映像だけだから触れない。
タルヒ・オバーリン。2522年、五月二十二日生まれ。二十二才。男。出身地・地球。家族なし。
僕のデータの書き込まれた画面の端には壮齢の若者のように見える男の顔が載っている。
もう五十なんだけど、指標年齢では三十代前半にしか見えない。母さんの古い知り合いで僕をここに紹介してくれた人。『ノーム』出身の海賊アルシュ。すでに親玉なんで船にはあんまり乗らず、下っ端のトラブル処理に奔走している人だ。僕を息子のように思って、忙しいはずなのに色々構ってくれた。
「よかろ。どうせここに居るのは、病的な犯罪者ばっかりだ。そこに病人が混じっても、まあなんとかなるだろ」
病気と言われたけれど、それが多分正しい認識だ。人間が手間隙かけて、金もかけて作り出した、たちの悪い病気。
「ありがとうございます。頑張ります!」
僕は頭を下げた。
「じゃあタルヒ」
僕のデータが画面から消えて、三人の男たちの顔が浮かんだ。
身体的特徴がずらずらと書きつつられる。
僕と同じ年のアルダは、再生した左目に色素がなかったから赤い。喧嘩で潰したって書き込まれている。背丈は僕より少し小さい。
三十一歳の、顔の大きいヨー。気弱そうな目と雰囲気。顎が少し右に傾いているのは、やっぱり古い喧嘩の名残り?
不自然に赤い髪がふさふさとしているミリオンはこの中で一番年上で、五十四歳だった。きっと薄くなったから育毛したばっかりなんだな。
「こいつらがおまえさんと同じ血液型だから、なるだけ接触しないように。いずれもおまえさんのセクションとは違うから、食堂と娯楽室類でしかすれ違わないと思うがね。あとは闘兎だね」
闘兎?
アルシュのところでは普通に立体チェスがみんなの娯楽だった。通信でやれるからその場にいなくてもすむ。互いが遠く離れると、そのタイムラグでイライラさせられたりもしたけど、そんなときは考えは切り替わった。
一時間(三十分とすることもある)ごとに一手ずつ進ませる悠長なルール。そうすると、その合間にみんな色々できるから。だから、一戦が終るのに一週間かかったりする。
定住するって、やっぱり違うんだな。
僕は大きく感心していた。
僕に与えられた部屋は真四角の、窓のない部屋だった。広くはないけど、壁に大きなスクリーンがついている。外を映したり、自然な風景を出したり、ときには鏡になって部屋が広いような錯覚を作ってくれるので、閉塞感がない。
床と壁と天井の中にある照明をブルーにしたから、全体として水の中を揺らいでいるような感じの部屋になった。これって少し前の流行なんだよね。こうして、少しだけ壁に空間を作って、中に照明を入れて、アクリルガラスで覆うと、神秘的で柔らかい雰囲気になる。ちょっとした古いお洒落。アクリル板の色を変えたり、曇ガラス風にすることで部屋が簡単にムードチェンジできるから、喫茶店とかでは今でもよく使っている。
造りつけのベッドは僕なら楽に眠れる大きさだった。ベッドの硬さも丁度良い。内部でたぷたぷと揺れる水の振動がとても好きだ。
狭いシャワー室とトイレと洗面所がユニット式で一室に納められて置かれている。
あとはキッチンがついている。電熱コンロが一つ、レンジが一つだけの簡単なものだけど、食堂があるからきっとほとんど使わない。先人も使わなかったんだろう。シンク周りは汚れていたけど、電熱コンロの周囲は新品みたいだった。
部屋全体はそう広くはないけれど、一人で暮らすには十分だった。冷蔵庫がちょっと小さすぎるのを除けば、ね。給料を貰ったら買い替えよう。前の主はきっとドリンク専用の冷蔵庫にしていたに違いない。料理とかしてないようだから。
スクリーン映像は外を映している。夜空。大気の中より星は鮮明で、数がいっぱい見えた。空気を挟んで見ていないから瞬くことがない。
出窓に見立てられたところに、写真を立てかけた。
母と僕の写真。
同じ柔らかな猫っ毛。色は僕が黒くて、母さんは栗色だったけど。瞳の色は僕とまったく同じ深い黒。クローニングでもしたんじゃないかってぐらい、僕は母によく似た顔だった。僕はナルシストじゃないんで『お母さんは世界で一番美人だ』と子供の頃なら思ったけど今は普通の女の人に見えた。ほら、子供ってなんでも自分のお母さんが一番って時期があるから。
あまりにも母と顔が似ているからアルシュがこんな風に母をべた褒めしたときは恥ずかしかった。
『君のお母さんはとても儚くて綺麗な人だった。透き通る青い蘭のようだった。黄色を帯びているというのに、血の気を感じない雪のような肌が暖かいことに毎回驚かされた。子供のように大きな目で、まっすぐに俺の目を見て笑うんだ。そうすると少し綻ぶ唇が印象的で。とてもとても、印象的で。なぜ笑っていたのか、今もってわからない。てっきり俺はタルヒが、その、俺の子なのかと思っていたんだ。そんな秘密を一人で弄んでいるから、俺を前にして、意味ありげに笑うのだと。遺伝子配列は違っていたけれど、もうずっと思い込んでいたから、君は息子も同じだ。彼女の遺言どおり、君を外に連れて行く』
そのあと、船の中で僕を椅子に座らせて、アルシュ自身は室内をぐるぐると忙しなく意味もなく歩き回りながら、天使みたいだった、女神のようだったと繰り返したんだ。
母が死んだのは、四十一歳だった。この写真は一年前のもの。一番綺麗な服を着て、二人で写真を撮りましょうと母さんがいうから、撮った。結局、これが遺影になった。僕は十三か十二ぐらいだったはず。
最期まで、二十代前半のような肌の色艶と瑞々しさで、死ぬ前は血の色(病気のせいで濃紫になる)が濃くなって、ブルーダイヤで作った彫刻みたいだった。口紅を落としたときに紫色の地色を見られたら嫌だから(たぶん自分で見るのさえ嫌だったんだろう)と、僕が生まれる前からそこが真っ赤な色を保つようにと刺青を施していた。
僕の人生は多分、母よりもう少し、短いだろう。
母は地球の生まれで、後ろ盾を持たずに一人で稼ぐ街娼だった。アルシュはその馴染み客だ。二十七歳で僕を身ごもったとわかったとき、彼女は悩んだという。
母子の感染は百パーセント。
悩んで悩んで、僕をそれでも生んだ。
一人で育て、ある程度のお金をくれて僕を宇宙に解き放った。
僕はたぶん終わりの日まで、ここで生きていく。
兎が出張る・・・




