アズラエルの輪郭の奥で、もう一つの、人影が、揺らいだ
『観測した。お前たち、私の予期しない場所まで、進んでいる』
観測者の側から、初めて、置かれた三語――見落とし、告白、別の位置。
夜明けが、葦の縁の青さの上に、降りてきていた。
青さは、藍の縁から、薄い灰青の方角へ、もう一段、明け始めていた。
明け始めた青さの中で、二人の指先の熱は、揃った深さを保っていた。
保たれた熱の縁に、夢の中の、影の奥に揺らいでいた、もう一つの気配の、短い指の長さが、まだ、一筋、残っていた。
残った一筋は、私の設計図の、どの計測の桁にも、置かれていなかった。
彼の意識の手が、私の方角へ、寄ってきた。
「——思い出す側に、回る」
彼の発話は、低く、葦の縁の青さの上に、置かれた。
「——回る、という動詞の、最初の角度を、どこに、置こうか」
最初の角度、という語の重みが、青さの上に、降りた。
降りた重みの下で、私の応えが、立ち上がった。
「——影の手の上にあった、形を持たない、何か」
「——あの重みの、形を、二人の側から、書き始める」
書き始める、という動詞の縁が、私たちの薄荷の痣の熱の中に、別の方角の手触りで、立ち上がった。
立ち上がった手触りの中で、二人の意識は、夢の中の、夕陽の傾きと、水音と、影の身体の暗さの方角へ、揃った深さで、降りていこうとしていた。
降りていこうとした、その手前で——別の縁が、葦の縁の青さの上に、立ち上がった。
* * *
別の縁は、二人の意識の手前で、立った。
立った縁は、無機質の方角の、いつもの薄さで、保たれていた。
保たれた薄さの内側に、ひとつ前の朝の、別れの語の余韻が、まだ、残っていた。
観測者の縁だった。
葦の縁の青さの上に、観測者は、ひとつ前の朝の、退きの最後の折り目から、続きの拍として、降りてきていた。
降りてきた拍の長さは、私の側の計測の桁にも、彼の側の計測の桁にも、揃って、置かれた。
二人の意識は、観測者の方角へ、揃った深さで、向きを返した。
返した先で、観測者の縁が、ひと拍、開いた。
「観測した」
観測者の発話は、いつもの無機質の拍で、葦の縁の青さの上に、置かれた。
「お前たち、私の予期しない場所まで、進んでいる」
予期しない、という形容の重みが、観測者の語彙の、いちばん奥の場所から、立ち上がっていた。
予期、という名詞の縁は、観測者の側の計測の桁の中で、これまで、いつも、私たちの側の歩みの先に、置かれていた。
今、その縁は、私たちの側の歩みの、いちばん後ろに、置かれていた。
観測者の側の予期が、私たちの側の歩みの、後ろに置かれた朝は、一万世のあいだの、どの朝にも、なかった。
私の側の応えが、葦の縁の青さの上に、立ち上がった。
「あなたは、何故、それを、予期できなかったのか」
予期できなかった、という動詞の縁を、私は、観測者の側に、返した。
返した縁の下で、観測者は、一拍、沈黙した。
一拍の沈黙の長さは、これまでの、どの拍の長さよりも、深かった。
深い拍の中で、観測者の発話が、もう一度、葦の縁の青さの上に、置かれた。
「——見落とし、と、したものが、あった」
見落とし、という名詞は、観測者の語彙の、どの欄にも、置かれてこなかった。
置かれてこなかった名詞が、観測者の側から、初めて、私たちの方角へ、返ってきた。
返ってきた名詞の縁の中で、観測者の縁が、ひと拍、揺らいだ。
揺らぎは、四度目の揺らぎでも、五度目の揺らぎでもなかった。
数の桁の上では、もう、別の場所に、置かれる揺らぎだった。
別の場所に置かれた揺らぎの中で、観測者の、いちばん奥の縁が、別の方角に、向きを取り始めた。
* * *
向きを取り始めた縁の奥に、別の存在の気配が、立ち上がった。
立ち上がったものは、観測者の、いつもの無機質の側からは、立っていなかった。
観測者の身体の、別の深さの方角から、立ち上がってきていた。
観測者の身体の奥に、もう一つ、人影が揺らいだ。
人影の縁は、ぼんやりとしていた。
ぼんやりとした縁の中で、頬の角度と、肩の傾きと、薄い唇の開きが、立ち上がっていた。
頬の角度の中に、夢の中の、泉のほとりの、若い男の頬の角度の、一筋が、混ざっていた。
肩の傾きの中にも、男の肩の傾きの、別の一筋が、混ざっていた。
薄い唇の開きの中にも、男の唇の開きの、もう一筋が、混ざっていた。
人影の手の縁が、観測者の身体の奥から、伸びかけていた。
伸びかけた手の指の長さは、短かった。
観測者の手の指の長さよりも、短かった。
夢の中の、もう一つの気配の、短い指の長さと、揃った深さを、保っていた。
人影の肩の傾きの中に、一万世分の重みが、降りていた。
降りた重みは、夢の中の、若い男の肩の傾きの、どの一筋にも、置かれていない、別の方角の重さだった。
ぼんやりとした縁は、男の頬と肩と唇の縁と、揃ってはいなかった。
揃わない縁の中で、ただ、薄い、似たかたちだけが、揺らいでいた。
彼の意識の縁が、私の方角へ、強く、寄ってきた。
寄った縁の中で、彼の応えが、葦の縁の青さの上に、立ち上がった。
「——あれは」
彼の発話は、低かった。
「——俺、ではない」
俺、という代名詞の縁の重みが、葦の縁の青さの上に、薄く、降りた。
「——俺に似ているが、別の魂だ」
別の魂、という語の重みが、私たちの薄荷の痣の熱の中に、別の方角の縁で、置かれた。
置かれた重みの下で、私の応えも、揃った位相で、立ち上がった。
「——あれが、誰なのか」
「——私たちは、もうすぐ、知ることになる」
もうすぐ、という副詞の重みが、葦の縁の青さの上に、別の方角の角度で、降りた。
降りた重みの下で、二人の薄荷の痣の熱は、揺らがず、揃った深さを、保っていた。
保たれた深さの中で、観測者の、いちばん奥の縁が、もう一段、別の方角へ、揺れた。
別の方角の揺れの中で、もう一つの人影の縁は、まだ、保たれていた。
* * *
ふいに、観測者の縁が、別の深さで、引き締まった。
引き締まった縁の中で、観測者の身体の奥の人影は、薄い縁から、もう一段、内側へ、退いた。
退いた人影の縁は、観測者の身体の、いちばん深い場所の方角へ、戻っていった。
戻っていった縁の上で、観測者は、いつもの無機質の側へ、ひと拍、向きを戻した。
向きを戻した縁の中で、もう一つの人影は、薄い縁の最後の一筋まで、観測者の身体の奥に、引き戻された。
引き戻された跡に、観測者の縁は、もう一度、無機質の側の、薄い深さで、保たれた。
保たれた深さの内側で、観測者の縁は——アズラエルの、別れの語の余韻と、揃った深さの、薄い手触りを、まだ、保っていた。
保たれた手触りの上で、観測者の発話が、もう一度、葦の縁の青さの上に、置かれた。
「次に来るのは」
観測者の発話は、いつもの無機質の拍より、別の方角の深さで、低かった。
「私の側の、告白の番だ」
告白、という名詞の重みが、葦の縁の青さの上に、降りた。
告白、という語は、観測者の語彙の、どの欄にも、置かれてこなかった。
置かれてこなかった語が、観測者の側から、初めて、葦の縁の青さの上に、置かれた。
観測者の発話は、続いた。
「——一万世以前に」
一万世以前、という名詞の縁が、葦の縁の青さの上に、別の方角の重みで、降りた。
「——私は、別の位置に、ただ一度だけ、立ったことが、あった」
別の位置、という語の縁も、ただ一度だけ、という副詞の縁も、観測者の側の語彙の、どの欄にも、置かれてこなかった。
置かれてこなかった二語の意味を、私たちは、まだ、自分たちで、辿ろうとは、しなかった。
辿ろうとはしなかった重みだけが、私たちの薄荷の痣の熱の中に、別の方角の深さで、降りた。
降りた重みの中で、観測者は、ひと拍、長く、保たれた。
保たれた拍の中で、観測者の縁は、もう一度、薄い無機質の側へ、向きを返した。
返した縁の上で、観測者は、葦の縁の青さの中へ、ひと拍、退いていった。
退きの最後の折り目で、観測者の縁は、薄い深さの一筋を、葦の縁の青さの上に、残した。
残した一筋の重みは、告白、という語の縁と、別の位置、という語の縁と、揃った深さを、保っていた。
* * *
退いた観測者の縁の跡に、私と彼だけが、葦の縁の青さの中に、揃った位相のまま、立っていた。
揃った位相の中で、二人の指先は、もう一度、別の深さで、触れ合った。
触れ合った指先の熱は、薄荷の痣の熱と、揃った深さを、保っていた。
彼の応えが、低く、葦の縁の青さの上に、立ち上がった。
「——あれは、俺ではなかった」
「——けれど、俺の側のいちばん深い場所に、薄い縁で、触れていた」
触れていた、という動詞の縁が、私たちの薄荷の痣の熱の中に、別の方角の手触りで、立ち上がった。
立ち上がった手触りの下で、私の応えも、揃った位相で、続いた。
「——観測者が、自分の側に、見落とし、と、告白、という、二つの語を、置いた」
「——一万世のあいだ、置かれてこなかった、別の方角の語だった」
別の方角の語、という語の重みの下で、彼の応えが、続いた。
「——観測者は、私たちの設計図の、いちばん奥の場所に、自分の側の重みを、置きに来る」
「——置きに来た重みの縁は、観測者の身体の、いちばん深い場所の、別の位置と、揃った深さを、持っているはずだ」
別の位置、という語の重みが、私たちの薄荷の痣の熱の中に、もう一筋、降りた。
降りた筋の中で、私たちの応えは、揃った位相のまま、葦の縁の青さの上に、保たれた。
保たれた応えの中央で、ひとつの覚悟が、二人の薄荷の痣の熱の中に、立ち上がった。
「——受ける」
声は、二人の魂の、いちばん奥の場所から、揃った位相のまま、出ていった。
受ける、という動詞は、ひとつ前の朝の、許す、という動詞と、別の方角の深さで、葦の縁の青さの上に、置かれた。
置かれた動詞の縁の中で、二人の薄荷の痣の熱は、別の方角の向きで、もう一段、深さを増した。
増した深さの中で、観測者の側の告白の縁は、まだ、開かないまま、別の方角の深さで、保たれていた。
* * *
夜明けが、葦の縁の青さの上に、もう一段、進んだ。
青さは、薄い灰青の縁から、もう一段、明るい灰白の方角へ、降りようとしていた。
降りようとした青さの中で、私と彼は、揃った位相のまま、立っていた。
立っていた、その奥に——観測者の身体の奥で、もう一段、揺らいだ、別の魂の薄い気配が、私の薄荷の痣の熱の中に、もう一筋、残っていた。
残った気配の手の指の長さは、夢の中の、もう一つの気配の、短い指の長さと、揃った深さを、保っていた。
揃った深さは、彼の側の計測の桁にも、私の側の計測の桁にも、まだ、書かれていなかった。
書かれていない深さの上で、葦の縁の青さの夜明けは、もう一段、明けていこうとしていた。
明けていこうとした青さの中で、二人の指先の熱は、揃った深さの薄荷の痣の縁と、揃ったまま、長く、保たれていた。
保たれた熱の縁に、観測者の側から、初めて、置かれた三語——見落とし、告白、別の位置、という重みが、もう一筋、別の方角の深さで、残っていた。
残った重みは、まだ、私の設計図の、どの計測の桁にも、置かれていなかった。
観測者の輪郭の奥で、夢の若い男に似た、別の魂の人影が、一瞬だけ揺らいだ。
『——受ける』/次に来るのは、観測者の、告白の番。一万世以前の、別の位置、という重みの正体を、私たちは、もうすぐ、知ることになる。




