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初めて、二人で一枚の設計図を引いた――帳簿は、共有された

 『俺の側の、一万世分の、観測を、お前に、見せたい』

 『私の側も、一万世分の、設計図を、共有する』

 夜が、ゆっくり、明けていった。


 葦の縁の青さの中の、夜の長い終わりに、初めて、二人で迎える、告げられた「明日」の朝が、立ち上がってきた。

 立ち上がってきた朝は、契約の中の、どの朝とも、違っていた。


 契約の中の朝は、いつも、片側だけの起床だった。


 一万一回目、私だけが、屋敷の寝台で、目覚めた。彼は、軍装の中で、何年も前から、別の人生を、生きていた。

 一万二回目、彼だけが、海沿いの駅で、私を、見つけに来た。私は、二十年前から、別の家の、別の名前の、子として、ただ、生きていた。

 一万五回目、私だけが、草原の天幕で、革紐の上に、置かれた。彼は、戦の前夜から、戦士たちと、いた。


 毎世、二人で迎える朝は、なかった。

 二人の意識が、同じ場所で、同じ夜の終わりに、同じ朝の立ち上がりを、共に見る——その朝は、契約の設計図の、どの欄にも、書かれてこなかった。


 今、葦の縁の青さの中で、その朝が、ゆっくり、立ち上がってきていた。


 彼の意識の輪郭が、私の方角に、揃った位相のまま、ゆっくり、目を、覚ました。

 覚ました、というその動作の中に、契約の中の朝の、検収の手順の、どの拍も、含まれていなかった。

 指先、足の裏、喉の奥、最後に左鎖骨の薄荷——その世ごとの朝の手順を、彼は、辿らなかった。

 辿らないまま、彼の意識は、私の目覚めの上に、深く、寄ってきた。


 私の意識も、同じ深さで、彼の方角に、揃った位相を、返した。


 二人の薄荷の痣の熱は、契約の朝の検収を、必要としなかった。

 必要としないまま、揃った位相のまま、青さの中の朝の立ち上がりを、ともに、迎えていた。


   *   *   *


 彼の側から、声が、ゆっくり、立ち上がってきた。


「俺の側の、一万世分の、観測を、お前に、見せたい」


 彼の声は、低く、深い場所から、出てきた。

 私の左鎖骨の薄荷に、初めて、何の層も挟まずに触れた、あの手の重みと、同じ深さの場所から。


 私は、応えに、間を、置いた。

 置いた間の中で、私の喉の奥の、深い場所が、初めて、別の側の語彙を、立ち上げた。


「——私の側も、一万世分の、設計図を、共有する」


 共有する、という動詞を、私が、自分の設計図に対して、用いたのは、これが、初めてだった。

 一万世のあいだ、設計図は、私の、私だけの、私一人の、観測の道具だった。

 共有する、という語が、私の喉の奥から、薄荷の痣の熱の中に、ゆっくり、降りていった。

 降りていった語の上に、彼の薄荷の痣の熱が、揃った位相で、応えた。


   *   *   *


 彼が、視線を、葦の縁の青さの上に、置いた。


 置いた視線の先で、青さの上の空気の中に、何かが、ひとつ、開いた。

 開いた、というその動作を、私は、私の側からは、知らなかった。


 空気の中に、彼の側の、一万世分の観測の累積が、薄く、層になって、立ち上がった。

 立ち上がった層は、私の設計図の、どの欄にも、書かれていない、別の角度の、観測の累積だった。


 一万一回目、戴冠式の、王宮の大広間。

 一万二回目、海沿いの踏切の、夜の青い光。

 一万三回目、写字室の蝋燭の、影の長さ。

 一万四回目、神殿の岬の、海の青さ。

 一万五回目、草原の天幕の、火のそばの灰。

 一万六回目、海面下の樹脂の壁の、青い光。


 ひとつひとつの世の、彼の観測が、葦の縁の青さの上に、薄く、層になって、並んだ。

 並んだ層の中の、ひとつが、私の方角に、ゆっくり、近づいてきた。


 近づいてきた層の中で、まず、一万一回目の、戴冠式の続きが、立ち上がってきた。


 王宮の大広間。

 私が、刃を、受けた、すぐあとの場所。

 彼の腕の中で、私の心臓が、止まった、その続きの、彼の側の景色。


 将軍の式服を着た、彼の身体は、私の身体を、抱えたまま、しばらく、動かなかった。

 動かなかった身体の、いちばん深い場所で、訓練された武人の作法が、ゆっくり、戻ろうとしていた。

 戻ろうとした作法の中に、彼の片手の、いちばん細い指の——薄い、震えが、混ざっていた。

 震えは、訓練された武人の作法の、どの欄にも、書かれていない、別の手触りだった。


 やがて、彼の片膝が、大広間の床に、ゆっくり、ついた。


 私は、見ていなかった。

 彼の腕の中で、私の心臓が、止まった、その瞬間で、私の意識は、終わっていた。終わったあとの、彼の側の時間の幅を、私は、一万世のあいだ、自分の設計図の、どの欄にも、置かなかった。


 次に、立ち上がってきた層は、一万六回目の、海面下の確認区画の中だった。


 両方向の同期の完成のあと、私が、最後の呼吸を、終えた、すぐあとの場所。

 樹脂の壁の中の、青い光の中で、彼の身体は、私の身体を、抱えていた。

 抱えていた手の重みは、揃った位相の、最後の確認の場所で、止まっていた。

 止まっていた手の中の、彼の意識は——私が、虚無の縁の側へ、滲んでいった方角を、長く、見ていた。


 長く見ていた時間の幅は、一万六回目の中の、どの計測の桁にも、置かれていなかった。


 私は、その時間の幅を、見ていなかった。

 確認区画の中での最後の呼吸のあと、私の意識は、虚無の縁の方角へ、滲んでいった。滲んでいったあとの、彼の側の時間の幅を、私は、一万世のあいだ、自分の設計図の、どの欄にも、置かなかった。


 私が、見ていなかった、私の死後を、彼は、見続けてきた。


 見続けてきた景色の累積は、一万六世分、葦の縁の青さの上に、薄く、層になって、立っていた。

 立っていた層は、私の設計図の、どの欄にも、書かれていない、別の側の重みの場所だった。


 一万世のあいだ、私は、自分の死を、設計の側からしか、見てこなかった。

 設計者の側の、設計図の、最終ピン留めの欄に、私の死が、置かれて、その先を、私は、毎世、見なかった。

 見なくていい、という前提の上で、私は、毎世、死の前のひと続きの動作を、設計図の上に、置いてきた。


 彼が、見ていた。

 毎世、私の死の続きを、彼は、見ていた。

 見ていた、ということを、私は、一万世のあいだ、自分の設計図の、どの欄にも、書きこんでこなかった。


   *   *   *


 彼の累積の、いちばん奥の場所に、もう一つ、別の輪郭が、薄く、置かれていた。


 いちばん古い世の、私たちの、いちばん最初の、ひとつだけの生の——ある朝の、景色。

 契約という語を、私が、私の喉のどこにも、まだ、持っていなかった、その朝。


 彼の累積の、いちばん奥の輪郭は、ゆっくり、葦の縁の青さの上に、立ち上がってきた。


 ある朝。

 光の方角の、明るさの中で、彼の身体は、私の方角に、ゆっくり、近づいてきた。

 近づいてきた彼の唇が、私の耳の、いちばん奥の場所に、三つの音を、置いた。


 三つの音を、私は、本文の、どの欄にも、書かない。

 書かない欄の中で、その三つの音は、毎世、毎世、彼の口の側にだけ、保たれてきた。


 その三つの音が、初めて、私の耳の、いちばん奥に、置かれた、その瞬間の——


 私の、顔。


 彼の累積の上に、その瞬間の、私の顔が、薄く、立っていた。


 立っていた私の顔は——私が、私の側から、私の顔を、見るときの、どの設計図の上の、顔とも、違っていた。

 違っていた、というよりは、設計図に、まだ、入っていない、顔だった。


 一万世前の、私の、笑顔を、彼の側だけが、覚えている。


 覚えている、という事実が、私の喉の奥の、いちばん深い場所に、ゆっくり、降りていった。

 降りていった事実の上に、私の薄荷の痣の熱は、薄く、揺らいだ。


 揺らぎは、設計図の、どの欄にも、まだ、書かれていない、別の側の、揺らぎだった。


   *   *   *


 彼の累積は、ゆっくり、葦の縁の青さの中に、降りていった。

 降りていった先で、二人の薄荷の痣の熱は、揃った位相のまま、長く、保たれていた。


 保たれていた熱の中で、彼の意識が、私の方角に、もう一度、ゆっくり、寄ってきた。

 寄ってきた重みは、私の側の問いの代わりに、彼の応えを、すでに、立ち上げていた。


「——俺の側の、一万世分が、見えた」


 私は、応えに、間を、置かなかった。

 私の喉の奥のいちばん深い場所から、揃った位相の応えが、薄荷の痣の熱の中に、すでに、立ち上がっていた。


「——私の側の、一万世分も、共有する」


 共有する、という動詞は、ふたつ目の発火の場所で、別の重みを、私の側に、置いた。


 私の側からも、葦の縁の青さの上に、視線を、置いた。


 置いた視線の先で、青さの上の空気が、ゆっくり、開いた。

 開いた空気の中に、私の、一万世分の設計図が、薄く、層になって、立ち上がってきた。


 立ち上がってきた層は、一万世分。

 その層の中で、ひとつひとつの輪郭を、保ったまま立っているのは——

 一万一回目の戴冠式の刃から、一万六回目の海面下の青い光まで、ひとつひとつの世の、設計図の累積。

 いちばん奥の場所には、いちばん古い世の——私たちの、ひとつだけの生の、契約の前の朝の、薄い設計図の影だけが、置かれていた。


 私の側の一万世と、彼の側の一万世が、葦の縁の青さの上で、初めて、向き合った。

 向き合った層の輪郭は、揃った位相のまま、薄く、揺れていた。


 揺れた輪郭の上で、彼の意識が、私の方角に、もう一度、寄ってきた。


「——設計図を、別の角度から、並べてみよう」


 私の意識も、揃った位相で、彼の方角に、応えを、返した。


「——私の側の設計図と、あなたの側の観測と、――重ねたら、まだ、何か、見える」


 重ねる、という動詞を、私たちは、まだ、一度も、自分たちの側に、置いたことが、なかった。

 置いたことのなかった動詞の輪郭が、葦の縁の青さの上の、私の一万世と、彼の一万世の、中央に、ゆっくり、立ち上がってきた。


 初めて、二人で、一枚の設計図を、引いた。


 帳簿は、共有された。


 共有された帳簿は、葦の縁の青さの上で、揃った位相のまま、長く、保たれていた。

 保たれた帳簿の中で、次の一手の朝が、まだ、開かないまま、薄く、立ち上がりつつあった。


 初めて、二人で、一枚の設計図を、引いた。

 帳簿は、共有された。

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