延長線上の世界の脅威
前置き 情報量(伏線?)が多い話になります
世界を支える七本の大樹。
その内の一本、【黒】。
『初めまして、君が【翠】に乗っている少年か』
目の前の、蛹にくるまれた人物はすさまじい圧を放っていた。喉がカラカラに乾いて上手く言葉を出せない。
『ほら、なんとか言ったらどう』
そう【黒】の世界樹が言った途端、詰まっていた息が一気に吐き出された。俺の意識とは全く関係なく。体が突然のことにびっくりしてえずく。
「うっ、うぇっ……すごい、殺気……」
『ああ、隠せていなかったのか。自重したつもりだったんだけど』
こんなのに比べたら死神なんて可愛いものだ。熟練の戦士になると、殺気だけで相手を倒せると聞く。……あれ?じゃあやっぱりサーラってエセ死神なんじゃ……
と現実逃避していると、更に鋭い殺気を向けられた。
『【翠】が君に心を許すとは……君はどうやって世界樹を手懐けた?』
「手なずけたっていうか……俺はたまたま世界樹に乗っただけだけど……」
『偶然、ね……』
そこで、【黒】の声がすっと低くなった。何か嫌な予感がする。こう、成り行きでとんでもないことを耳にしてしまいそうな—―
『君は、世界樹に乗れたのがただの偶然だと思っている?』
心臓が握りつぶされた感覚がした。
慌てて胸を押さえる。だが、何ともなかった。幻覚?相手は声の調子だけで精神を揺さぶれるというのか。
「何を……」
『【翠】以外の世界樹は、全て人の姿をしている。【翠】は自ら望んでああいう姿を取っている』
蛹越しに、全てを見透かすような眼光で射竦められる。
『世界樹が人の傀儡と化すなんて……
【紅】だったら、崇高な世界樹を侮辱するなんてと怒るだろう。【蒼】は……好きなものにしか関心がないだろうから、心底どうでもいいだろう。遊び惚けている【黄】も同じく。【橙】は……王国経営で忙しいか。
【紫】には会ったか?奴は【翠】を奪取するのに失敗したんだろう』
「ほんっと、迷惑したよあのお姉さん……あんたの差し金?」
『ここ最近、奴の気配が途絶えている……神木封じでも食らったか?』
微妙に話がかみ合わない……。世界樹って、意思疎通に難がある人多いのか……?
『無礼なことを考えているだろう』
「うわっ心読めんの!?すいませんなんでもないです!」
さきほどとは別種の殺気だ。情けなく地面に額をこすりつけていると、【黒】の世界樹は嘆息して、
『私は君がそこまで世界樹に気に入られている理由を知りたい』
「知りたいっていっても……俺だって知らないよ。本当はドラゴンに乗りたかったのに」
『世界樹を望んだのではないのか』
「別に?俺が憧れたのはドラゴンライダーだ」
『……なら、別になくても構わない、と』
—―瞬間、地面が激しく脈打ち、鈍重な衝撃がした。
少しの空白。
俺の腹は、黒い根に貫かれていた。
「……は?」
赤黒いものが口から溢れる。視界が点滅する。灼熱の痛みに堪らず体を折る。
ただ、いつまで経っても意識が遠のく気配はしなかった。
『……殺しきれない。さすがは【翠】の加護か。チッ、神木弾きを施している』
どうやら、俺は【翠】の世界樹に生かされているらしかった。
けれど、激痛で今にも頭がおかしくなりそうだ。身体が壊れる間際で蘇生され、半殺しにされ続けるんだからたまったものじゃない。
『君のせいで、【翠】は世界樹の権限を捨て、私たちの計画に遅れが生じることになった……
君はどうして【翠】を縛り付ける?言え』
「しばり、つけてっ、なんか……ねえ、よ」
やっとのことで言葉を絞り出す。涙と脂汗が滲んだ顔をさらしながら、【黒】を睨み付ける。
「しばりつけたら、空なんか……飛べないじゃんか。俺が世界樹に求めるのは……仲間であることだけだ」
初めは、世界樹になんか乗りたくなかった。
だが、最近になって気付いた。世界樹と旅をするのは、案外悪くないと。
ドラゴンには乗りたい。世界樹とも空を飛びたい。
二つの願いを抱くのは、欲張りだろうか。
それでも、俺は思う。夢はいくつあっても、困ることはないと。
「世界樹を道具としか思わない奴には、やるつもりねぇよ。それに、【翠】じゃなくて、俺を狙うってことは、さてはお前【翠】より弱いだろ」
挑発するような笑みを向ける。【黒】の世界樹は押し黙る。やばいこれ、本当に死ぬかも。
『……なるほど。【翠】が心を許すわけだ』
しかし、予想とは反対に、腹を貫通していた根が抜かれる感覚がした。終わりのない死が途絶える。俺は力尽きて倒れこむ。腹が陽光を発しながら修復されていく。
『世界樹を手放したくなったら私のもとに来るといい』
「そんなこと、あるわけないだろ」
『どうかな。世界樹は争いの火種にしかならない』
「……あんたも火種になったのかよ」
『火種……いや、私は炎そのものだ』
世界樹の声の調子が一段と低くなる。横たわる俺は息を呑む。
『私が存在するだけで魔物が生まれる。そして、私は魔物の死によって生かされている』
それから、【黒】の世界樹は付け加える。
『私は、生きるためこ、の世に魔物の争乱をもたらす。それは、誰にも止めることができない』
嘘だ、と否定したかった。だけどそれをするには、目の前の世界樹は揺るぎない覚悟に満ち過ぎていた。
「そんな、こと」
『今はできない。けれど、もっと魔物の死が集まれば……私は復活することができる』
その時、体が根に絡めとられた。思わず身構えるが、根は押しつぶそうとするのではなく、真上へと伸びていく。
『そろそろ【翠】にも勘付かれそうだ。今回はこれで終い。また会おう』
「待っ、待って!あんたは……」
『最後に、ひとつ。人の子』
遠ざかっていく純白の蛹が、問いかける。
『【白】の世界樹に会ったことは?』
視界が狭まって、不気味な地下空間がフェードアウトしていく。
俺は小さく呟く。
【白】?
読んでいただきありがとうございます。
だんだんとシデが不憫になってきました。幸せになって欲しいものです。
死神サーラちゃんの最大のライバルは翠さんだった




