天使は一つ
アクセル・サンダースの意識は空に馳せていた
「………っ!!」
目まぐるしく飛んでいく光景。
雲一色なのが何時も不満であったが、今となってはそれを気にしている余裕は無い。
人間が生活するには余りにも狭いコクピットから長い年月を経て培った経験則という名の第三の眼をもって、敵機が背後に回った事を察する。
脳の命令よりも鋭く早い反射が手に持つ操縦桿を下に傾ける。
───一瞬で真下に傾く中、風防の数センチ上をかする形で鎖が串刺しの形で貫いて来たのを確認する
即座に更に操縦桿を操り、一瞬で機体の向きを逆転し、飛翔する。
そして再び自分の真上ですれ違う。
今度は鎖ではなく───そこには空色の髪を靡かせた幼い少女の姿の敵がいた。
音速を超えた速度で互いに飛び交っている以上、その交差は本当に刹那だったが、それでもお互いに姿を確認し合った。
向こうはそもそも人に非ず、そしてこっちは戦闘機を操るという点では最早人の領域で語られる範疇にいない。
アクセル・サンダースという男が発現した異能の内容は戦闘機を操る、あるいは完全な支配
文字通り、アクセルは戦闘機で飛ぶという事柄に対してはあらゆる常識を置き去りにして実現出来る物となる。
無理な機動が出来る事もそうだが、それに対して派生するアクセル自身のGへの耐性、機体の負荷等、全てが"操作"の範疇に収まる。
結果、アクセルの戦闘機の操作は現実離れした空想のそれへと変貌した。
戦闘機に乗る彼は空の覇者
誰も追いつけない、誰も追い詰めれない孤高の天使。
現実に現れた蒼い天使は最早、誰にも追い縋る事は出来ない事実にアクセル・サンダースは
「───はっ」
何て様だ、と無意識に自嘲する。
自らの堕落を空費して、ようやく男は現実に意識を帰還させる。
鍛え続けてきた経験は意識を一瞬外していても尚、敵機をターゲットスコープの真ん中に捉えていた。
「───」
一切の迷いなく引き金が引かれる。
音速を超えた戦闘機よりも更に前に出んとする機銃の弾丸が空色の少女に激突するのを見届ける───が、見えた光景にアクセルは舌打ちをするのを止めれなかった。
結果は無傷。
弾丸が激突する前に袖口から零した鎖が弾丸を防いでいた。
あり得ぬ光景で理性をマヒさせるような三流の行いはしなかった。
異能とは既存常識の否定、あるいは上塗り
出来ない事が出来ないまま、出来る様になる現象である事をアクセルは本能で理解している。
故に鎖で弾丸を受け止められる理不尽への追及は即座に放棄し、アクセルはこっち側の弱みを理解する。
………これじゃあ豆鉄砲だな、おい
勝手な解釈だが、恐らく単純に武装の質で負けている。
ただの鎖と戦闘機の弾丸で比べるのもおかしい事だが、撃ち合った結果、こちらの弾丸が完全に防がれているという事はこちらの火力が不足している証明に他ならない。
一応、こっち側の弾丸や燃料も異能の影響下にあるので弾切れ、燃料切れという心配は無いがそれは向こうも同じ事。
唯一、体力ならどうだ、と思うが、相手が本当に機械人形であるというなら集中力という名の体力ではこちらの方が不利な可能性がある。
さて、どうしたものか、と思っていると急に一瞬視界が暗くなる。
かつての経験がブラックアウトか、と告げるが、現在の意識がそれは無いと告げる。
では、雲が太陽に丁度かかったか、と思うが、それもない。
既に太陽は雲に隠され続けている───つまり、唐突に今まで無かった物が上空に発生したのだと気づき、頭の中で会議していたアクセルは現実に戻って視界を広げると
「───げ」
少女の袖口から零れている鎖が増えている。
一つ、二つ、三つ、四つ、飛ばして、十、二十、五十、以下略。
……確かにあんな頑丈で長い鎖があるわけがない以上、作っているのは不愛想な機械人形の餓鬼であるのは当然であり、作れるなら数を増やすのもそんなに難しい事じゃあないわな、と一人納得する。
既に鎖ではなく網となっている事実にいよいよ死中に活を求めないといけないとアクセルは笑う。
姿勢を正し、操縦桿をより強く握る。
煮えたぎる熱を全てブースターに叩き込み、殺意を持って脳内に殺人計画を立てる。
───ここまでの戦闘で分かっている事が一つある
それはあのメリッサと名乗った機械人形は滅茶苦茶下戦闘が大雑把であるという事。
曲がりなりにも火力という点で劣っているこちらが難なく避けれているのは相手が出力頼りの戦い方をしていたからだ。
フェイントも無ければ、飛び方も杜撰。
どの攻撃も小細工無しの大振りの一撃であるが故に、回避出来る瞬発力があるこっちとしては回避に苦労する事は無し。
完全なる異能頼りのド素人───だが、それを下手糞と呼べるのはあの機械人形よりも強者でなければ慢心と呼ばれる物に他ならない。
異能頼りの大雑把な一撃? 技と駆け引きも無し?
それを称して下手糞というのはそもそも本人にそんな小細工がいらない程の力がある事の証明だ。
現に当てているこっちが一切相手を削れていない現状を鑑みれば、相手のやり方は何一つ問題が無い戦闘方法である事の証明だ。
兵法とは大抵の場合、弱い方が強者を崩すための駆け引きだ。
だが、蟻がどんなに数を揃えようと象に太刀打ち出来ないように、踏み潰せればそれだけで全てが解決する象が一体どうして駆け引きなんて余分な事を覚えようとする?
あの機械人形は間違いなくそれ。
目の前に広がる光景も巨大な象であるという証明。
既に鎖の数は網を超えて天幕のような質量になりつつある。
───その上で相手が全然これっぽっちも全力を出していない事が勘で分かる
異能もまた一つの能力である以上、それぞれに出来る事の限界は間違いなくある。
だからこそ、これだけの能力を乱雑に使いながら、未だ涼しい顔をしている機械人形に余裕がある事を否定出来る根拠がない。
「───舐めやがって」
けっ、と吐き捨てながら屈辱を飲み込む。
蟻んこ一匹上等、象であるというならその脛を食い千切ってやるという殺意は未だ収まらず。
アクセルは存在も知らないが、メリッサが目覚めて出会った一人軍隊と比べれば破格の戦士の器。
彼我の戦力差を知った上で、知った事か、と吐き捨てれる決意に空に唯一残った蒼い天使の翼も振動する。
男の名は加速する雷
自らの名を証明しようと猛る戦意に恐怖という名の曇り無し。
既に飛んでいる状態ではあるが、気分は今こそ離陸の瞬間。
その心境に達した時、耳元に囁かれる最高の言葉が脳に響く。
万の美女の囁きよりも力と勇気をくれる細やかな魔法の言葉を胸に、漢は今、最高の感覚に没頭する。
「───Good luck」
その言葉と共に天幕が遂に叩き付けられた。
※※※
メリッサは叩き落した天幕に相手の戦闘機が当たらなかった事を感触で知る。
鎖と鎖の隙間に戦闘機が入れる隙間なんて無い程度には密度を用意した上でこれという事はつまり、強引な方法で抜けられたと思い、ぐるりと体を回す。
そこにはさっきまで正面にいた筈の蒼い戦闘機が疾走していた。
純粋に速い
先程までも決して遅くは無かったが、今回の速度は断トツに突き抜けている。
自惚れではなく、自分を出し抜いたという事は少なくとも速度に置いては人類の最高峰の速度を出している。
自らを最強種と定義せざるを得なかった怪物としては相手の理の強さには凄いですねーと間延びした感想を咎める気も起きないのは確かだ。
だが───
「速いからーなんーだってー言うんですよーーー」
元より彼女に速度を競うつもりなんて欠片も無し。
強さだろうが、早さだろうが、競うなんて男らしさを表現して実に結構。
でも、お生憎様、一応、女の子なんで、そんな強いだのなんだので盛り上がれる程、スポーツマンシップとやらにも興味なし。
故にメリッサは空中に浮遊しながら、その機動を追うだけに留める。
的になる事を承知とした停止だが、相手の火力がこちらの防御を貫かないのなら、後は向こうがこっちに寄って来た時にカウンターで攻撃を放てばいい。
それを慢心と呼ぶのだろうが、慢心する側としてはじゃあどうしてそんな軽い攻撃しかしないの、という反論しか思い浮かばないのだ。
弱い相手に気を遣うのも一苦労だという事を知らないから、勝手に慢心だの言う。
───だが、それとは同時にメリッサは面倒臭がりだ
つい、殺し合いに付き合ったが、そもそも少女に殺し合いに興じる感性は欠片も無い。
ひたすらに面倒な行為であり、可能なら1秒より早く終えたい事柄でしかない。
こんな事が楽しい、と思うキチガイ相手に係ってる程、メリッサは器が広いわけでもなければ、興味も無いのだ。
そうと決めたメリッサは即座に再び袖口から大量の鎖を精製する。
銀の色はしているが当然、原材料は似て非なる地上にはない素材によって精製された鎖は主の意に従い、伸び、増え、束ね、重なる。
超巨大な叩き落としは効かなかった。
なら、次は膨大な点による掃討。
それも今度は敵がこちらに突っ込んできたタイミングに合わせての逃げるタイミングを無くしての反撃。
あっという間に鎖の数が万を超えて、まだかまだかと掃射のタイミングを待つ。
それをちらりと見てメリッサは
「よーく考えれば射出するのにりーちぎに鎖にしなくても良かったですよーう」
周りの鎖がガーン、という風にしょぼくれるが面倒なのでそのままで。
そうしていずれ来る突撃を前にメリッサは鎖の先を向ける。
彼に左右ではなく上下に移動しても、今度こそ鎖は戦闘機に向かうように調節する。
私を中心に衛星のように回る戦闘機をボーっと見ていると───機首がこちらに向けられる。
こちらに跳ねる様に前進し始めた直後に万を超える鎖は槍として前方の空間事貫いた
逃げ場無しの槍衾ならぬ鎖衾を前に幾ら無双の機動を見せる戦闘機とはいえ限度がある。
どれだけ質を極めようと質を覆す数には圧倒されるように、蒼い天使が鎖によって貫かれる金属音が悲鳴のように響き渡る。
───が、それでも蒼い天使は突き抜けてきた
「…………?」
貫いた感触があるのに突撃してくる様にメリッサは首を傾げる。
はて、人間は世界的にいいとしても戦闘機はそんな無茶が出来る仕様だったのかと。
機械人形である自分が言うのもなんだが、機械であるならば、10や20以上穴が空けば問題だし、どれかはエンジンを流石に貫いているものだと思われる。
なら、今もこちらに向かって突進してきているのは単にこれまでの加速による慣性か?
それとも異能による補正? 否、どちらであってもこのまままたちまちまと豆鉄砲を受けるのも面倒臭いので、防ぐか、と鎖を引き戻し───
「おーー?」
瞬間、今までの速度を更に凌駕し、目測を誤ったメリッサに対して右翼がまるでラリアットのように突っ込んでき、直撃した。
※※※
「してやったぜ……!!」
ちらっと横目で久しぶりに見る空色が愛機の翼に引っかかるのを見て会心の笑みを浮かべる。
アクセルが仕掛けた駆け引きは速度。
無論、最初から生温い速度は出していない。
その上で決して緩めず且つそれが最高速度と勘違いを起こすまで速度を上げきらなかった。
躱せそうな攻撃も全てなるべくギリギリに見える様に心掛け、そして勝負の舞台に引き摺り下ろした。
人間を見下した機械に対する完璧な鉄槌───
「ってこっちが付け上がるにはこの様じゃあなぁ」
罅割れて、使い物にならなくなったバイザー付きヘルメットを無理矢理外す。
その勢いで口から零れた血液を適当に吐き出し、腹に空いた穴から追加で零れそうになるのを片手で抑える。
代償は当然、敵の攻撃に無謀に突撃した事によるこの被害。
敵の慢心を突いて決行した作戦だが、自滅同然の作戦を作戦と呼んでいいのやら、とアクセルは自嘲する。
こういうのを日本ではカミカゼって言うんだっけなぁ……昔、知った時はドン引きしたんだが、自分がやる羽目になると思ってもいなかった……
機器はどこもアラート報告に煩いので無視する。
一応、最低でもエンジンと脳と心臓だけ守って、その三つ全部が守れたのは運ではなく自分の経験が一種の魔の領域に近付いたが故の奇跡だろう。
「───ちっ、下手糞が」
心の底からその結果をクソが、と吐き捨て、しかし操縦桿を片手で決して手放さないように握る。
普通、音速を超えた戦闘機で飛ぶ飛行機の翼に当たって無事に済む生物はいない。
今も洗濯物のように翼に引っかかっている。
この激突だけで終われば楽だったが、やはり世界を滅ぼした化物はこの程度では死なないらしい。
───ならば
「燃やし尽くしてやるよ」
操縦者も機体も穴だらけになった蒼い天使。
だが、一人と一つの意気は未だ健在。
むしろ今こそ飛ぶという事はどういう事か教えてやる、と異能ががなり立てる。
慢心を突く為の翼を折りたたんでお遊びの飛行はこれまで。
人口故に本物の翼とは違う、人間が生み出しながら異能によってそれらを超えた最速に飛翔、ここにご覧あれ。
徐々に風防越しに見える光景が歪む。
加速の前兆、音速より早く、なんてちゃちな看板はここで放棄───音速の数倍、否、必要とあらば光すら超えようという誓いが今、ここで具現する。
───その間隙、悪魔めいた隙間にその問いが挟まれた。
「ねぇ───どうして地上に降りないんです?」
余りにも唐突な疑問。
この戦闘で確認するには意味もなければ、脈絡もない。
機械人形が問うた言葉は間違いなく世迷い事に他ならない。
だというのに
「───」
間違いなく、アクセル・サンダースの意識はその問いで完全なる忘我に至った。
※※※
その意識に、機械人形は容赦しなかった。
空色の眼が機械的にアクセルを見ながら、口を動かす。
「最初ー私達と出会った時、えっらく変な格好で留まっていましたよねーー?」
広場にて中空に機首を地面に向けて浮かぶ、という一種のパフォーマンスのような光景。
機首を下にしたのは単にパイロット席から地面にいるメリッサ達を確認しやすくなるように、と思われるが、だとしてもわざわざそんな荒唐無稽な姿勢で留まる理由があるのか、と問われたらパイロットの性格と普通なら思うだろう。
あるいはズボラなだけ、と至極単純な答えかもしれない。
戦闘機乗りの視点で見れば、着陸すれば離陸する為の距離が足りない、と考える余地もある。
おかしくはない、おかしくはないが……
「離陸に関しては、その能力があれば楽勝でしょーー? わざわざこれ見よがしに俺は異能者だーって見せつけたいのかと思いましたがー貴方が私を狙ってきたのは単純に私を殺したいからでしょー?」
無遠慮に機械人形がアクセルという男の内面を解体する。
望んだのは闘争ではなく殺害。
挑む前にまるで決闘のような振舞いを行ったが、そんなのは茶番だ、と機械人形は告げた。
アクセル・サンダースという個はメリッサという機械人形を殺したくてしょうがなかったから、来たんだ、と囁く。
当然だが、メリッサは目覚めた後、あるいは目覚める前でもアクセル・サンダースという人間と出会った覚えはない。
故に殺意を向けられる謂れはない───なんて流石に口幅ったい事を言う気は無い
だって、彼女は世界を滅ぼした機械人形なのだから
「───そんなにも地上を見るのが怖かったですかぁ? 何もかも亡くなったこの大地が」
バギッと異音が響く。
忘れがちだが、今も戦闘機は今か今かと加速を貯めており、更には戦闘機事体も穴だらけ。
その為、遂にメリッサの体、あるいは戦闘機に限界を迎えた音───ではなく。
音はパイロット席、アクセル・サンダースの口内で奥歯が噛み砕かれた音。
よりによって、それをお前が言うのか、とぎろりと見てくる瞳は殺意の色に染まる。
先程まで、ギリギリ被っていたアクセルという男の理性の皮が無理矢理剥がれそうになる光景を前に、しかし残念ながら機械人形にブレーキは存在せず、彼が隠していた痛みの全てをぶちまけた。
「だって見たら目も意識も背けれませんもんねーー───もう守りたいと思えるモノが何一つ無い事実から」
※※※
一瞬にして視界が真っ赤に染まる。
まるで脳漿がぶちまけられたような感覚と共に記憶が爆発する。
アクセルという男が100年間目を背けていた過去が一瞬にして噴火する。
空を飛ぶ自分と愛機、唐突に無線から響くSOS、意味も常識も崩れていく光景───助けにいかないと、と思い、命令も悲鳴も無視して飛翔し、そしてそして、そそそそしししししててててててててててててててま、何時も地面で待ってくれている愛するTUまとむSUめぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
「───ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
砕ける理性と吹き上がる怒りの余りに目の毛細血管がぶちぎれ、鮮血が零れる。
一切合切取り繕えない。
獣としての生きる為の殺意なんて合理的な物ではとても表現できない、人間だからこそ可能の殺意。
ただただお前を殺したいと叫ぶ本能に、今こそ蒼い天使が最大の鼓動と共に加速する。
後部ブースターの内側から、理論立てて作られた物とは思えない程の熱量がぶちまけれる。
機体本来の最高速度、マッハ1なんて物は最早時代遅れ
後先考えない速度は今こそ搭乗者が望む空想を発現する
二度と末尾にス、と複数形を付ける事が無い世界最後の蒼い天使が愛する男の為に名付けられた己の名を顕現する。
振動は嘶きに、加速事態を翼に、この冷たい金属を愛する男を抱く抱擁に。
アクセルという男が持つ、異能の限界地点。
異能を持って保護されている筈の戦闘機ですら摩擦熱で赤く燃える程の加速。
これに抗える生物は地上にはおらず、仮に異物である筈の魔物であっても最高純度クラスのを除けば、何れ砕けるであろう法則の圧力。
光速に比する速度で疾走する自壊覚悟の飛翔。
これに勝てる生物なんていない。
これに抗える法則は存在しない。
───故に抗える存在として生まれた機械人形はこの世の生物でも無ければ、この世の法則を真っ向から踏みにじる存在であった。
「───!!?」
理性すら失ったアクセルですら驚愕する事実。
間違いなく一度は最高速度に乗った。
最早、何者でも止めれるような速度では無かった───なのにまるで後ろから巨大な手でつかまれたかのように無理矢理止められた。
当然、それはパイロットである彼の意思ではない。
行き着く先が死であったとしても止まる、なんて理性は間違いなく機械人形の手によって焼き切られた。
止まるなんて思考が生まれる余地は無かった。
で、あれば当然、止まる要因は外部である
原因の判明は難しくなかった。
風防越しに見える自らの愛機───名にも反映されている蒼色の機体が今は銀の鎖に覆われている。
その有様は網に引っかかった魚のように思える。
つまり、網を持っている漁師がいる。
当然、直ぐ様右翼に引っかかっていた空色の髪を探すが───いない!!
脳すら焼き切るような怒りに支配されたまま、進んでいた物を鎖の網で止めたというのならば止めた本人は後ろにいるはずと考え急いで背後を見る。
いた
愛機に絡ませる形で大量の鎖を袖から零し、直接手指で鎖を握りしめてこちらの動きを阻害している機械人形がいた───それも片腕で
「───」
茹った脳が急速に冷却される。
アクセル・サンダースという男にとって会心の速度。
空中分解するまで止まらぬ、と殺意による暴走は間違いなく音を超え、勘違いでなければ光にも伍する勢いがあった筈だ。
それを止めた、という事は光を掴んだという事に他ならない。
確かに地上の法則は一新された。
だが、それは何も既存の法則が最新の法則に丸ごと屈服した、というわけではない。
その最たるものであった"光"が、あんな小さな手に負ける。
余りにもふざけた光景に怒りよりも嘆きが勝る。
今も必死にバーナーを吹かしているが、前に進むどころか鎖の一本ですら砕くことが出来ない。
それはつまり、アクセルの異能は機械人形の異能を一切揺るがせなかったという証明であり───
「いい加減、長い引きこもりは終わりですよーー───何時までも空じゃ憧れる事も出来やしないですよーう」
そんなぼやきのような苦言を聞かされ───少女は一気に鎖を手繰り寄せ、俺事そのまま無理矢理落下し始めた。
地上に叩き付けるつもりか、と思い下を見て、更に絶句する。
下にある光景はこの少女と出会ったあの広場。
証拠に少女が一緒にいた女二人がこちらを見て驚愕している。
当然だが、アクセルに終点を始点に戻すような思考も余裕も無かった。
───最初から最後まで手の平の上
圧倒的な敗北感に、抗う術すら持てない敗者は、そのまま自分が地上に落とされるのを見届けるしかなかった。
100年振りの地上。
懐かしさなんて湧き上がる事は無かった。
あるのは寂寥感。
───もうここに自分が求める者がいないという寂しさが地上への激突で断ち切られた事だけが本当に救いであった
※※※
───茜達には少女の戦闘のほとんどを理解する事が出来なかった。
分かるのはただ一つ、人知を超えた戦いをしていたという陳腐な感想。
そして、勝者がソラ色の髪をした機械人形の物である事は、その決着の形。
メリッサが上で、戦闘機が下、その構図から理解出来た。
弱者の視点では理解も出来ない凄まじい戦闘をしたであろう少女は無傷のまま、そのまま足で戦闘機の風防を蹴り開け、パイロットと対峙していた。
「言い残す事はぁーー?」
「───はっ、ねえよ。この化物が」
そーですかーと少女は興味なさげに袖から鎖を零す。
余りにもあっさりとした殺人許可証のやり取りに茜は動く事も出来ず───動いたのは想定外の物であった。
唐突に戦闘機がまるで子を守る親の如く暴れるように跳ねあがったのだ。
0から10の急激な動作は戦闘機に恐ろしい負担を代償に、機械人形の少女の不意を突いた。
おおう? とあっさりと両足が戦闘機から離れ、地面と平行になる姿勢で地面に落ちていく。
危ない、という思いに反して、体が危険地帯に向かうのに反応してくれない。
代わりに横に立っていたアマルが飛び出し、地面に倒れそうになるメリッサをキャッチしてくれてホッとする、
不意の暴走によって会話も流れも途絶えた。
ただ、メリッサは助け起こしてくれたアマルに目もくれず視線をアクセルと名乗った男───否、戦闘機の方に視線を向けていた。
「…………」
少女は口を開ける事は無かった。
代わりに目が口の代わりに物語っていた。
まるで趣味の悪い何かを見たような顔をした後、酷くしょうがなさそうに溜息を吐く。
「茜さーん、アマルさーん。この人、もうどーでもいいから逃がしていーですよねーー?」
意外、と思ったのは案外私はこの子が冷血な子だと思っていたのか、と良い事なのか悪い事なのか分からない発見を思いながら、少女の提案を顧みる。
逃がす
リスクは当然、再戦、あるいは奇襲の余地を残す事。
真っ向から勝てなかった以上、次はもっとなりふり構わない方法で来る可能性がある。
茜もアマルも人殺しなんて欠片も興味も楽しさも覚えない真っ当な性質だが、甘さの結果、自分の命を支払うとなる場合はそこまで優しさを安売りする気も無い方針だ。
その上で逃がすというなら、当然、それは襲われた本人であるメリッサの考えを尊重する、で構わないのだが……
「───いいの、メリッサ? また来るかもしれないわよ?」
「そぉーれは無いですねー。ここで永遠にさよならでーすよーう」
どういう意味か、と問う前にアマルがこちらを見て───顔を横に向ける。
一瞬の思考───結論はまるで水たまりに落ちたスポンジのようにゆっくりと出た。
アマルが察せれる何か───吸血鬼である彼女はその性質上、血液には敏感だ。
この場にいる生命体で血液を流している可能性があるとすれば、一人しかおらず、そして首を振るという事は………。
メリッサのさよならの意味をしっかりと理解して頷き
「そ。貴方がもういいのならいいんじゃない?」
「じゃあいーんでいーですねー」
告げる言葉に嫌味や敵意が混じっていない。
終わらせた事に文句も後悔も無いのなら、いいか、と思っていると
「………おい、機械人形の餓鬼」
かすれた声でパイロット席から声が放たれる。
私とアマルが警戒の態勢になるが、当の本人はさっきまで殺し合っていた相手だというのに酷く気安く
「なぁーんですかぁーー? 残り少ないんですから、やりたい事ゆーせんした方がいーんじゃないですかぁーー?」
等と加害者、あーいや、一応襲われた側だから被害者なのかな?
どっちであっても、微妙に言い辛い事を言いまくっている事に教育の必要性を感じるが、今、間に挟まるのは無粋だろうと思い、沈黙を選ぶ。
「………殺さないのか?」
「人を殺人マシーンみたいに言わないでくださいよーう。貴方はじゅーぶんに何も悪くないのに罰を受けてたみたいだから、それでチャラでいーんじゃないですかぁーー」
何故だろう。
パイロット席で、恐らく痛みに耐えて息を少し乱している男は今の言葉に本当に愕然としているようだった。
アクセルと名乗った男がメリッサの何に驚いたのか。
メリッサが何故、襲ってきた彼にもう贖罪は済んだでしょう? と許したのか。
当人同士の理解による言葉に疑問を挟むには、私は本当に弱過ぎたのだ。
パイロットの男は数秒して小さく笑う音と共に
「……さっきのは俺の八つ当たりだ。負けた癖に化物なんて言って悪かった」
「別にー本当の事なんでいーですよーう。だから、そろそろ行ったらどーですかー? ───帰らせたい場所があるよーですしー彼女さんはー」
その言葉を受けてか、男はもう一度小さく笑った音、開け放たれた風防が閉じてゆき、そのままゆっくりと浮き上がり、どこかへと飛んでいった。
その光景を見送りながら不思議な気持ちになる。
殺し合いで終えた双方がまるで河原で喧嘩をした友人のような形に落ち着いたのが不思議でならない。
「……戦ってる間に何か話したの?」
「あーんな音速域で話すもクソもねーですよーう。しかもまーーしこたま撃ってくるんですからお肌かびかびですよーう」
無傷の機械人形のしくしくという嘘泣きは無視して、さっきの戦闘が音速を超えていたのか……と改めて愕然とする。
その域まで行けば、速度は自らを害なす牙ともなる。
だというのに、その速度を出した本人が無傷という事はもしかして既存の星の法則ではこの子は傷すら得ないという事なのだろうか……?
流石に光速には、と思っている茜は実はその光速を味わった上で無傷であるという事を知らずに考えていたら
「そーいえばー茜さん達に聞きたい事が出来たんですよねー」
と、質問の割には興味なさげな声色と表情で少女は訪ねて来た。
なぁに? と首を傾げてアマルと一緒に質問を待っていると
「簡単ですよーう───そういえば私の事は誰に聞いたんですかぁーー?」
このタイミングで聞く事かどうかはさておいて、成程確かに少女が気にしてもおかしくない事。
だから、アマルと一緒にああ、と頷いて思い返し……。
思い返し……。
思い返し……?
「………あれ?」
誰に、どんな状況で聞かされたんだっけ?
アマルに視線を向けると同時にこっちに同じような疑問の色で赤い眼を向けてきた。
つまり、二人とも記憶が曖昧。
誰に聞いた? ………いや、何から聞いた?
世界を滅ぼした機械人形のお話だけは鮮明に覚えているというのに、何時、何処で、誰にされた、という記憶だけが不自然な程、綺麗さっぱり消えている。
ぽっかり空いた穴の如く、メリッサの事を伝えたそれは一切合切消えていた。
その事実に驚愕して、思考停止する中、その事実に目を細めた少女は面倒臭そうにソラを見上げた。
その反応に共鳴して、私もソラを見上げる。
相も変わらずソラは曇り模様
変わらぬソラ、覆われたソラ───暗いソラ
100年後の私達には当たり前のソラだと思い、少女に視線を戻す。
100年後の当たり前を、100年前に生み出された機械人形は面倒臭そうに───憎いモノを見る様にソラを暫く睨んでいた。
それを見て、私はまるで宣戦布告しているようにも思えた。
───一体、何に?
それを問う事は無かった。
問うには余りにも白羽茜という生命体はメリッサという現世界における最強種に届く強さが無かったから。
肉体的な強さだけじゃない。
まだこの不思議で不自然しかない機械人形に対して対面する為の意思を持つ理由が私にも、何ならアマルにも無かった。
少女の過去を知らないのは当然だ。
過去を得るのはこれからの私達の歩みと少女の気まぐれを待って知るべきものだから。
単純に私達は少女の今───好きな物とか嫌いな物とか、そんな単純な事すら知らないのだ。
そんな薄っぺらな関係性でどうして全てを求める事が出来る。
求める為の旅はまだ始まったばかり。
私達はソラを睨む少女の髪の色の呼び方を知ったばっかりなのだから───
序盤の敵に光速を突破させた作者がいます。
自分です。OH
テンションが上がったから止む無しっ。
感想・評価などお待ちしております。
次回は最後の飛行機乗りの終わりを描かせて下さい。




