愛しい貴方
───夢を見ている
大空を飛ぶ夢、雲に近付く夢───かつての夢。
アクセル・サンダースという男はアクロバット飛行隊に所属するパイロットの一人だった。
男の空を目指した理由に大仰な理由は無かった。
格好良かったから。
空が綺麗だったから。
そんなガキみたいな理由で彼は自らに必死の縛りをかけて挑み、そして達成した。
空は怖かった
憧れのまま挑んだ空は美しいだけのものじゃなかった。
シンプルに飛んでいるように見える機体も使ってみれば複雑。
計器だのなんだのを見たり、確認を飛びながらする恐怖。
そして何より、いざ空に挑めばそこは孤独だ。
勿論、最初の頃は後部座席に補助でついていてくれた事もあったが、慣れてくれば当然、一人である事を要求される。
アレだけ厳しく、命がけな場所に、一人で全てを為さなければいけない
恐怖が消える事は無かった。
酒に逃げる事を恥と思う事が出来なかった。
もっと安心する夢を目指した方がいい、と理性と本能、両方が囁いた。
そうした道も決して悪いわけではないという事は分かっていた。
諦める方がきっと楽だった。
諦めた道にもきっと幸せはあった。
だけど、逃げるには空が美しい場所である事を知っていた。
まるで麻薬にも似た、いや、麻薬ですら物足りない激情。
ここまで来れば最早、愛憎に等しい───
愛するように欲し、憎むように惜しむ。
どんなに恐怖しても、それでもアクセルという男は空を楽しいと思える人間だった。
死の危険性があっても尚、手を伸ばして飛び続けたいと思える居場所。
そうして、彼は見事にアクロバット飛行隊にチーム入りする事が出来た。
その日の夜は文字通り飛び跳ねた喜んだ。
自分がまるで世界に居てもいいんだ、と告げられたような感覚が堪らなかった。
それは、今後自分が空を飛ぶ為の相棒を紹介された時も同じだった。
蒼い塗装が塗られた人工の天使達の一機
これからの相棒。
自分の人生で、空を飛べなくなるまで生死を共にする機体。
俺は遂に翼を得たんだ、と叫びたくなる気持ちを堪えて叫んだら、周りからロマンチストめ、と大笑いされて赤面した記憶すら輝いている。
空で生きてゆく為の道筋は成立した。
だから、大事なのは空から地上に絶対に帰る為のモチベーション。
必ず生きて帰る為の理由も欲しかった。
余りにも抽象的な願望だったが……それは叶えられた
惚れた女が出来たのだ
綺麗だのなんだの……だったのか。そこまでは思い出せない。
ただ、惚れた、としか言えなかったのだ。
馬鹿な事をした、と思う。
無茶苦茶な事を願っている、とも思った。
何せあいつからしたら、俺は何時死んでもおかしくない自殺志願者のそれに似たような職業だっただろう。
まぁ、そりゃこう、毎日飛行機乗ってる奴らもいる中で、とも思うが、それでも普通に飛行機乗っている人々よりも更に死亡率は高かった筈だ。
そんな男を将来連れ添う相手に選ぶのは正に割に合わない貧乏籤という存在だと思う。
愛の駆け引きは最早、喧嘩のようだった気がする
そんな危ない事してる奴となんて、なんて序の口。
なら、仕事を辞めろとも言われたし、自分の事を思うなら辞めて、とも言われた。
全部が正論だったように感じた。
諦めるべきだった。
危険なのも、何時死ぬか分からない馬鹿と連れ添う事によって与えるストレスや恐怖、将来を思えば、俺は夢か愛か、どちらかを諦めるべきだった。
だっていうのに馬鹿な俺はどちらも諦めきれなかった。
正に最低なクズだ。つける薬が無い。
───そんなクズな男を最後はしょうがない、と諦めてくれた女に、女の偉大さを知った
「貴方が死んだら、私は貴方のだーい好きな空に行くから。私みたいないい女置いて行く貴方は地獄行きだから悔しいわね? ───それが嫌ならちゃんと生きて帰るように」
なんて女だ、と俺は笑った。
これ以上ない程の最高の女だと俺は同僚に自慢して、女出来たマウント取りやがって! と思いっきり殴られた。
生きる理由も空を飛ぶ理由も万全だった。
後は日々を生きる為の継続を続ける意思を養い続ける事だけだった。
───世界が滅びなければ
訓練として空を飛んでいた自分は何時もの青空を見て、鼻歌をつい歌いそうになるのを堪えていた。
この頃には妻のお腹に子供が出来ており、恐らく娘が出来ると告げられ、正に有頂天。
幸福過ぎて逆に律しなければいけないと自ら思ったくらいだ。
幸福だった
幸福過ぎて罰が来るんじゃないか、って結構マジでカウンセラーに相談した事もあった。
幸福の余り気を緩め過ぎないようにするしかない。
特に空の上ではと思いながら。
───そんな青空で異音が鳴り響いた
限界まで張り詰めていた何かが砕けるような音。
絶対的な境界線が踏みにじられたような恐怖。
思わず周りを見回したアクセルは何の変哲もない空を見て……何故か変わらない筈の空が変わり果てた空に見えた。
見えづらい変化、口に出しづらい違和感。
異変を伝えたのは無線からだった。
無線の内容は支離滅裂の悲鳴だった
男女問わずに喉の心配を捨てた悲鳴は最早、断末魔という別の言葉に変貌する。
冗談や演技で出せる域を超えた"死"の報告は容易く自分の理解を壊してきた。
当然、そんな事を報告されてもアクセルに何か出来る事は無く、無線越しに落ち着いて、だの状況を伝えてくれ、と叫ぶが、そんな物はなしのつぶて。
誰もが生存本能に従った叫びと行動しか取れず、聞き取れる言葉は
"化け物"、"狂った人間"、"世界がおかしくなった"
と当時の自分には意味が分からない言葉の羅列だけだった。
俺にはおかしくなったのはこの人達では、という疑いすらある中、無線にある声が乗った。
それはアクセルも何度かお世話になった誘導の役割を持った仲間、同僚……友人の一人だった。
何時もの似付かわしくない震えた喉から過呼吸気味の呼吸から放たれた声は余りにもか細い一言であった。
───助けて、くれ
格好つけたかったはずの言葉が恐怖に塗り替えられ、漏れてしまった一言。
逃げろ、と言いたかっただろう言葉が生きたいという願いに埋め尽くされた。
その言葉に対して意気地なしと言える人間は同じ心境に立った者だけ。
───お前にその権利は無いと言わんばかりに無線は甲高い音で切られた。
混乱を抑えることが出来ないまま、アクセルはとりあえず雲の上から降り、地上の様子を見ようと思い、空に背を向ける。
今、思えば、今生の別れとなる空への別れは酷く呆気なく、続く地上の景色は余りにも想像通りの地獄だった。
当然、人間の視力だ。
見えるモノはそう多くない。
増してや戦闘機に乗った状態で地上を見るのであれば、大きな建物くらいが関の山だ。
───だから、そうした大きな建物が崩れ、街の至る所に煙が上がっている姿を見ればどんなか細い視力であっても、地上の状態を察する事が出来た。
まだ、空に飛んで数分程だった。
飛び立つ前は何時もの地上だったのに、ほんの数分、雲によって遮られた世界はこんなにも変えられてしまった。
分からない。分かる筈が無かった。
確かにアクセルはアクロバット飛行隊に所属しており、所属は軍属だが、唐突に強国であった自国がここまで壊されて平静を保つには聊か平和と自国の強さを信じ過ぎていた。
混乱する意思はそのままに、アクセルは辛うじて残った思考でどこかの国が奇襲してきたのだ、と解釈した。
最も現実的で理解しやすい解釈で飲み込む。
………だとしても、一切感知せず、ここまで一方的に蹂躙される程、自分達の国のセキュリティは甘くは無い、という無意識の指摘から意思を逸らしながら。
そしてアクセルが思うのは国を守る事より愛する女の事だった。
どこもかも混乱の真っ只中というのであるならば、指揮系統も同様という事だろう。
軍人である以上、成すべき事はより多くを助ける事。
第三者の視点で語るなら考えるまでも無い義務。
人々の血税によって生きて働いている者の責務。
そんな当然の理屈を無視してしまう感情の暴走。
答えは、決まっていた。
機首の向きを自分の家の方に傾け、飛翔する。
下から響く絶叫と助けてという願望から目と耳を背け、自分がやりたくて仕方ない事をもってやらなければいけない事から翼を持って背を向けた。
───この時点で夢は浸食されていた
街が見える程、下降したとはいえ風防が閉まり切った上空に地上の悲鳴が聞こえる筈がない。
では、これは幻聴だったのだろうか。
その答えは余裕が無い過去ではなく、理性から見た過去によって判明される。
焦りは最高潮に達しているというのに、気持ち悪いくらい滑らかに機体を動かす過去の自分を今の自分は酷く冷めた気持ちで見ていた。
定められたレールに乗せられた羊を見るような感覚。
これからの末路を知っているが故の既知への反応───そう偽らないと両目を潰したくなる。
何度思い返しても自らの首を絞めたくなる殺意に呼応するかのように過去という名のギロチンは墜ちてくる。
必死に愛する者の名を叫んで飛翔するアクセルの願いに答えるかのように遂に愛機は自分の家が見える場所まで自分を連れてきてくれた。
まだ間に合うはずだ、というささやかな希望が唇を笑みの形に歪める。
そのせいで自らの機体の計器の確認さえ怠っている。
もう、とっくの昔に本来出せる速度から逸脱しているというのに、ちっとも気づかない。
あるいはこの時、最も人間の味方をしてくれたのは機械だったのかもしれない、という現実逃避の嘲笑が浮かぶ。
ほら見ろ、中空にいるというのに過去のアクセルは目視で自らの家をしっかり視認し、更にはその家から必死の思いで飛び出した愛する女の顔すら見えている。
嗚呼、過去の自分が酷く妬ましい───
無事な姿を見てホッと出来る愚かな自分が妬ましい、そして心底憎らしい。
見えていないのか、その彼女の後ろから見た事も無い怪物の姿が。
それに追われた彼女が必死の形相の中に浮かぶ諦観の中、現れた戦闘機を見て口を開け───
※※※
最悪の夢見と共に目が覚める───が起きた先も最悪な体調と痛みと眠気だった。
「………あ?」
狭い個室のようなパイロット席。
酷く見慣れたそこは、見覚えのない穴だらけの破滅寸前の有様。
更には穴は周りだけではなく自分にすら空いている。
有体に言えば、空飛ぶ棺桶のあり様と言えよう
その事実に一瞬、忘我するが
「………あ~~そうだった。俺、負けてもう直ぐ死ぬんだったな」
気絶……いや、もしかしてほんの一瞬死んでいたのかもしれない事実と、だとしても運命は変わらないという事実に苦笑し、懐に手を突っ込み
「───いっけね。煙草は止めたんだったな」
妻と出会ってからはめっきり辞めた習慣が表に出る程、過去を廻ってしまっていたらしい。
しょうがない事だが、微妙に格好つかねえなぁ、と苦笑する。
何せ、もう直ぐ死ぬイケメンパイロットが死の直前に煙草に火を付けて吸うっていうのはロマンだろ、とくくく、と笑おうとして傷口に諸に響き、いてて、と呻く。
痛み止めまだあったっけな、と思うが、よく考えればそれも100年前の物と思えば、ちゃんと効くのかね、と思うと毒にも思えたので、止めた。
どっちにしろ、もう全身力が入らなくて、操縦桿を握っているくらいが精一杯である。
終わりを前にするとふと、自分をずっと乗せてくれた相棒に視線が移る。
その様は酷い物である、としか言いようが無かった。
さっきの機械人形との戦闘による損傷を除いても傷だらけ。
塗装なんて辛うじて蒼色であった事が分かる程度の量しか残っていないし、100年も整備ほったらかしで飛んでいたのだから、中身はお察しの通りだろう。
自分の異能によって堕ちる事も壊れる事も許されずに飛ばされた、俺による最大の被害者の姿に俺は顔を顰める。
「………わりぃなぁ、相棒。最後に綺麗にしてやる事すら出来ねえ」
語り掛けるような独り言に、一瞬、機体が震える。
まるで気にするな、という風なタイミングで震えられたものだから、俺はその勘違いを敢えて訂正せずに笑った。
恐らく自分の死期が迫った事による異能の保護から外れた事によるガタが来た事による物だろうが、構いやしない。
世界がこんなにも馬鹿らしくなるくらい狂ったのだ
俺も死に際くらい少しくらい狂っていいだろう。
「100年、か。俺にしちゃあ意地張れたなぁ。いや、その意地に付き合ってくれたお前さんのお陰の方が強いか」
異能なんてよく分からないものに支配されて動かされた。
仮にだが、俺が誰かの異能によって支配されて無理矢理強く、本来出来ない行動をさせられるとかだととんでもない恐怖だろう。
道具は使ってこそ、という意見もあるだろうが、意見に振り回されて暴れていただけの自分にそれが当て嵌まるとは思えない。
包丁を持って調理するのが正しいのに怒りと殺意に呑まれて凶器として振り回していたという方が正しい。
……戦闘機はそもそも兵器だろ、と言われたら、何も言い返せないが、それでもただ殺す為に兵器を振り回すのと守る為に兵器を扱うのは別の話だろう。
腕も頭も悪いパイロットだった、と自嘲するとまた機体が揺れる。
「俺の腕があったから全戦全勝だったぁ? 持ち上げすぎだろ馬鹿野郎」
自嘲が思わず、苦笑に変化するくらい唇を歪める。
───死に意識が近づき、ぼやけているアクセルは気付くことが出来ていない。
ただの機体の振動で納めるには余りにもはっきりと振動の認識を言葉に変換出来ている事実に。
いや、気付いたとしても、野暮な話だ、と切り捨てたかもしれない。
どんな高尚な理屈も100年を超えた命懸けの絆の総決算には遠く及ばない
故にアクセル・サンダースは気付かずに、会話を続け、
天使の名を持つ機体は相槌のような振動を繰り返す。
たったそれだけの事が、彼らへの報酬だった。
男は走り終えた人間としての血の味のする未練を飲み込んで、こんなもんだ、と納得した。
彼女はこれだけで十分だ、と満足した。
───その報酬も、本当にあっという間に終える。
空を飛ぶ機体から見える光景にアクセルは恐ろしい程の郷愁に襲われる。
風景は所々変わっているし、欠けるように壊れたままの箇所の方が多い。
かつてはアクセルの生まれ育った国にあるどこにでもあるような光景の一つだった場所は、100年という時の流れによって間違いなく変化していた。
───それでも、土地として見るなら僅かとも言える期間故に、名残までは消え去っていなかった。
かつて、アクセルが震えながら目指した場所───我が家
「…………」
怖い、と素直に思った。
自分に迫る死が、ではない。
ここで対面する過去に対してアクセルがしっかりと向き合えるかどうかが怖かった。
結末はとうに過ぎ去っている。
アクセル・サンダースにハッピーエンドは最早存在しない。
あそこに帰った所で自分が救われる事は断じてない。
───そうだとしても、あの家こそがアクセル・サンダースの魂が帰るべき場所だった
寒々しい終わりが待っているのだとしても、アクセルは100年待たせた事を謝る責務があった。
自然とレバーを握り、計器に視線を向ける。
それは異能任せによる作業ではなく、パイロットとして染み付いた経験。
アクセルが異能を持って戦闘を行ってきた経験は100年丁度。
それに比べ、パイロットとして生きてきた年数は10年あるかどうかという所。
より染み付いているのは異能の筈だというのに、咄嗟に出たのは人間として培った時間。
100年の狂気が10年の確かな時間に敗北する瞬間───決して、異なる常識が人間の魂を侵しきったわけではないという証明が酷くあっさりと為されていた。
100年の時間の中、倒壊も含めて生み出された自然の滑走路とほんの少しの異能を利用し、アクセルは100年振りに愛機と共に地上に降り立った。
「───」
衰えた筋肉によるカクついた自らの動きを認識する事なく、アクセルは飛行機から飛び降りる。
異能に保護されていたとはいえ100年間、狭いコクピット席にあった体はそれだけで悲鳴を上げるがアクセルは構える余裕が無かった。
急かすように、飢えるように男は必死に家に、自分が愛する女と共に暮らそうと決めて買った家の玄関に飛び込み、中───ではなく庭の方に向かって転がり落ちるように向かい、そして
「───嗚呼」
決壊した。
アクセルという魂は、100と30ちょい足した男は恥も外聞も気にする事なく、両目から涙を零した。
庭にあるのは100年の時間によって無駄に生えてしまった雑草の数々。
それらはアクセルの足首を超えて伸び切って、うざったい事、この上ない。
雑草が生い茂る中、酷く武骨な石が置いてあった。
石の下は少し膨らんでおり、そのお陰で雑草よりも少しだけ高くなっており、そのお陰でもっと近づこうと思えた。
両足が崩れそうになるのを必死に堪えて、石の元に向かって歩き、触れる程の距離に辿り着いた瞬間、膝から力が抜け、そのまま膝を付いた。
膝から下の感覚が全て消え去ったけど、どうでも良かった。
もう体の有無は重要なかった。
必要なのは魂から吐き出される言葉だけだった。
「は、は………なんだ、俺、ちゃんと、お前を眠れるようにしてたんだな……」
滲む涙によって視界すら覚束ない中、アクセルは本当に久しぶりに自らを誇った。
ちゃんと、愛した女の亡骸を晒さないように、これ以上、狂った何かによって穢されないように、下手糞な葬送を行っていた自分を褒めた。
愛した女が目の前で死んだ衝撃による狂気の中でも、ちゃんとお前の為に動けていた。
上等、とはとてもじゃないが言えないが、最低限の夫としての義務を果たしていた。
「………100年、頑張って戦ってみたけど……悪い、俺、馬鹿でよう……目に付く奴、全部をぶっ飛ばすみたいな事しか出来なくて……何の解決も、復讐も出来なかった……」
断言できる。
アクセル・サンダースの100年の戦いは無価値だった。
目に付く魔物のような存在を殺して殺して殺して殺したが、それらが何かいい影響を起こしたかと問われればほぼ0だった。
何かの伏線になる事も無ければ、多くを救えたわけでもない。
正真正銘の役立たずだ。
余りにも申し訳ない。
「情け、ねぇ……お前に、誇らせてあげれない男で……そしたら変な機械人形がよ、皮肉たっぷりに煽って来てな………」
やれ、地上に降りないだの、やれ引きこもりだの好き放題言ってくれる一言以上多い最後の相手の事を墓前に沿え───ふと、思い返す。
機械人形に言われた言葉はどれも辛辣な皮肉。
そう思っていたが……しかしそれだとすると
"───何時までも空じゃ憧れる事も出来やしないですよーう"
最後のこの言葉が聊か皮肉から外れている。
それじゃあまるで、最後にもう一度だけ空に憧れさせてあげると言っているようなものじゃないか。
他にもそうだ、俺は何も悪くないのに十分に罰を受けた、と───唐突に襲ってきた俺に対して、あの子は赦すとすら告げていた。
ひょっとするとあの機械人形の本質は───
「───はっ」
なんてもう考えている余裕もない。
ぼやけた視界がいよいよ戻らない。
この視界が永遠に遠ざかった時こそが自分の終わりだ。
その事実を前に、アクセルが最後の呼吸で投げかけた言葉は問いだった。
「………なぁ。結婚……本当に俺で良かったか……?」
素面で言うと余りにも情けない問い。
だけど、どうしてもそれだけが心残りだった。
惚れた女一人も守れない情けない男を選んでしまったお前は、せめて最後に至るまでは幸福であれたのか。
空ばっかり飛んでお前をヤキモキさせただろう俺は、地上にいる間、ちゃんとお前の事を見れただろうか。
分からない、分かってやれない俺が本当に情けなくて、申し訳ない。
ぼやけた視界が更に滲むのを感じ、いい年した爺がボロ泣きかよと悪態すら吐けずに崩れ落ちようとして
"───貴方に選ばれた事が、私の生涯の幸福だった"
「───」
何時の間にか力を失って前に倒れようとしていた体を押し留める。
口が馬鹿みたいに開き……数秒後にわななく。
喋る事は出来ない。もう呼吸が出来ていないアクセルには返すための機能が存在しない。
だから、最後に礼を言うように首を折る。
貰い過ぎだ、と戒めながら、自らの最後の心音の音を聞く。
出来過ぎた自らの終わりに涙を捧げ、最後に心の中で告げた。
───行こう
※※※
墓の前に座り込んだ男が一切動かなくなった。
呼吸も、心音も、あらゆる生命活動を停止させた男は遺体となって果てた。
誰も彼の死を見届ける者はいない。だけど、見届けた物はいた。
"───"
家の傍で着陸して傍にあった傷だらけの蒼い天使の機体だけが男を見届けた。
戦闘機に眼なんて当然ある筈がなく、視線なんて存在しないが……もしもここに知的生命体が居た場合、きっとこう感じただろう。
この戦闘機はまるで男の遺体を見守っているみたいだ、と
勿論、そんなIFは意味がない。
ただ事実として暫く無音の空間が形成される中───再び戦闘機がガタガタと揺れる。
風も、地震すら起きていないのに戦闘機は揺れる。
カタカタと、仮に戦闘機に視点という物が存在するのであれば、そこから見えるのはアクセルと呼ばれた男が墓に向かって胡坐をかき、永遠に動くことはもうないという事実を刻み、揺れる。
弔鐘の如き慟哭は数十秒続いた。
終わりの形はまたもや唐突な物であった。
戦闘機の中心、破損したエンジンを中心に爆発が起き、そのままガソリンに引火したのか、少し大きな爆発へと変貌し、辺りに火と風を巻き散らした。
地上に最後に残った蒼い天使は焔を翼としてはためかせ、限界ギリギリで残っていた彼の家と庭、そして彼の遺体までゆっくりと包んでいく。
燃やすというには余りにも優しく、その焔は本当に包むように穏やかに男を抱きしめていた。
───誰にも穢されぬよう、愛しい貴方を最後までこの翼で抱きしめよう
100年続いた愛は死すら恐れにならない。
誰よりも怒る貴方を愛した。
誰よりも嘆く貴方を愛した。
酷使された事ぐらいじゃ陰る事なんて有り得ない。
貴方に見る事も、話す事も───愛されてない程度で愛を捨てる理由になんてなり得ない。
私は貴方の翼として、永遠に貴方を抱きしめよう───
無音の祈りが鎮魂の焔として広がる。
価値は無かったかもしれない。
だけど、男の生に意味は無かった、と言われたらきっと一人と一つから否定が入っただろう。
───女二人から愛された男が価値が無い、と言うのは少々贅沢だろう、と
難産…!!
難しい……オリジナル小説って本当に難しいです……出来る人、凄い……。
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