鎖と十字を添えて
───氷塊で眠る少女は遂に自由を掴んだ
砕け散った後に、少女は自らの身長よりも高い場所にいたが、まるで重力の枷から解き放たれたかのようにゆっくりと宙を降り、そして足音一つ無く、地に降り立った。
───幼い
さっきまで宙で丸まって寝ていたから、読み取り辛かったが、実際に同じ大地に立てば、少女はやはり小柄……というよりまだ幼い容姿と体型をしていた。
今、茜は床に膝を付いているから判然としないが、恐らく立ったら少女の頭が胸の辺りに来るか来ないかくらいだろう。
年齢で換算すると11から13、良くて14歳くらいだろう。
こんな世界で言える事ではないが、十分親元で甘やかされてもいい年頃。
───そう単純に思えないのは少女の神秘的な所か
アマルのように吸血鬼のイメージの影響で白髪となっているような例もある世界だが、そうであってもまず見る事はない水色の髪に水色の瞳。
まるで少女だけが一つの自然から切り取った嬰児のよう。
可憐さと儚さの絶妙な融合。
愛らしさをそのままに少女は確かに一つの魔として完成されていた。
「…………」
そんな少女は喋らず、ただじーっとこっちを見てくる。
空色の瞳に自分が映っているのが何か、宝石の中に自分がいるみたいな変な感覚に陥りそうだし、何より純粋に気まずい。
思わず、ちらっとアマル(途中からすっかり忘れていた)の方を見るとアマルは倒れたまま、とりあえず何かサムズアップしてきた。
見捨てたわね……! と憤りをぶつけたいが、目の前の子の視線がそろそろ耐えるの難しそうだと思い、えーと、と前置きを置いて
「わ、私は白羽茜って言うんだけど───」
貴方は、と告げようとしたら少女はゆっくりとこっちに向かって歩み、倒れている私の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。
わっ…………
目の前に顔が寄ると少女の眼が凄いパチクリと開いていて驚く。
そしてこれだけ近づかれたというのに、茜は少女が本当に機械人形であると判別出来なかった。
目で見える皮膚にも不自然な形は欠片も見当たらなく、少女に対して考える事ではないと分かって入るが、機械特有の鉄の匂いもしない。
精々が人間では不自然な髪色と瞳の色と顔付きが作り物の如く整っているくらいだ。
同性且つ自分よりも幼い少女であるというのに、少しドキドキするのはこれは見惚れたという奴だろうか。
じゃないと幼女趣味且つ同性愛という成立しちゃいけない二つの成立懸念………!!!
ボケないと危険な気がする内心と共に近づく少女の顔に対処せねば、と思うが、思っていたロマンチック(いや、この思考も危険な気がする)な事は起きず、そのまま顔から首に向かって少女の顔を落ちて
「あっ…………!?」
首元に対して少女が急に噛んできた事に痛みに声が───ではなく、今回ばかりは真剣に自分が繋がったという感覚を覚え、声を上げる。
一瞬だったが、間違いなく途方もなく大きなモノに、私の何かが繋がった。
ううん、繋げられた。
それを為した少女は直ぐに顔を離し、次はとてとてとアマルの方にも近づき、やっぱり首を噛んだ。
…………どうでもいいけど、友人のちょっと艶めいた反応を聞いて、物凄く気まずく感じるんだが、つまり私もさっき上げた声はそうだったという事だろうか…………
恥、という一文字を思って顔を少し赤らめるが、少女は用事は済ませたと言わんばかりに上を見上げる。
そこには当然、天井があるが少女が見ているのは天井ではないように思えて…………。
数秒考え、そこでようやく自分達が今まで何をしていたのかを思い出した瞬間、
「きゃっ………!!」
一瞬の強烈な衝撃波、その後に破裂するような音が響き渡り、咄嗟に顔を覆うように両腕でカバーし、粉塵からも守るが、それらは直ぐに収束する。
直ぐに両腕のカバーを外すとそこに少女はおらず、代わりに天井に穴が空いている。
それの意味を理解し、茜は倒れているアマルに向かって叫ぶ。
「アマル! あの子、よく分からないけど滅茶苦茶猪突猛進だわ! あの生涯童貞野郎ぶちのめしに行っちゃった!!」
「そのパワーワード、気に入ったの?」
やかましい、と案外元気そうな相棒の額をデコピンしつつ、装備を整える。
何せ余りにも心配だ───手加減という概念を知っているかが。
※※※
ドローンを操っていた男は直ぐ様、今まで隠れていた場所から走っていた。
なんだよ…………なんなんだよアレは…………!!?
「世界を滅ぼしたなんてデマだろうが普通………!!」
ちょっとした噂話だった。
世界を滅ぼした機械人形がある、と。
世界が滅びた理由が100年前程度の機械人形だなんて信じる余地なんて欠片も無いから、精々多少性能がいい兵器がある程度と思っていた。
蓋を開ければこれだ。
あんな適当な噂から本物を引き当てるなんて運が悪過ぎる!!
自分の座右の銘は君子危うきに近寄らず、と何やら危険な場所には近づかない、だったというのに引っ掛かるなんて迂闊過ぎた、と歯軋りながら雪の道を走って
「…………っ! なん…………!!」
必死に走った先にあの機械人形が立っている事に愕然とした。
暗い空の下で木々の間に無言で立つ機械人形はまるで死神のように不穏さで思わず後ずさる。
機械人形は何も言わず、こっちを見るだけ。
闇夜の下で見る水色の瞳は酷く気味が悪く、何も喋らないが故の無音が酷く寒くて思わず声を震わせた。
「ま、待てよ。確かに俺はあの女共と争ったが………でも、それもテメェが目覚めた以上、勝負はついたって話だろ? なら、いいだろ? な?」
声を掛けられた機械人形は微動だにしない。
反応しない、なんてレベルじゃない。
瞬きはおろか、視線の移動すら起きず、声を掛ける前と掛けた後で何の変化も無し。
無視をするという行いは自分もした事があるからわかる。
だが、無視とはある意味、された事に対する対応している点では、やはりリアクションをしているのと変わらないのだ。
だが、この機械人形の反応は無視ではない。
この機械人形は届いた内容に興味が無いから反応しなかったのではなく…………心の底から話しかけられたと思っていないから耳に入っていない、と機械人形の瞳の無感情さが表現している。
虫の音ですらもう少し人間の気を震わせる。
───それはつまり、この機械人形にとって俺はあらゆる存在以下の価値しかないという意味
「は…………はは…………」
水色の瞳の感情も揺らぎも変わらない。
この機械人形にとって、俺の価値は定まっている。
すなわち───居ても居なくても変わらない生ゴミという───
「──────ふっざけんじゃねえぞ鉄屑がぁあああああああああ!!!!!」
一瞬にて沸騰した脳の想像が現実に走り───機械人形を囲うように様々な銃器、爆発物、その他諸々が現実に投影され、次の瞬間、全ての火力がぶちまけられた。
「──────!!!」
自分でぶちまけた後に脳が一瞬で冷静になる程の轟音が空間を埋め尽くす。
秒間百発以上で発せられる弾丸も全てがピンの抜けた手榴弾による絨毯爆撃に近い衝撃も、一斉に一つに集中すれば最早爆音という名の花火だ。
一人軍隊
自らが兵器と認識している道具を、自らが認識出来る場所に想像し、創造する事が出来る、世界が狂った事で自らに生まれた特異な能力。
性質上、核兵器すら創造する事が出来るだろうが、しても能力の生成距離の性質上自滅になるだけなのでやれない。
ただ、その代わりに───昔に流行ったゲームの中にあるMPみたいな概念は存在しない。
これは恐らく、自分だけではなく大抵の異能者全員がそうだろう(例外はあるみたいだが)。
つまり、俺は実質、これらの兵器を距離さえ気にしなければ実質無限に発射できるし、用意出来る。
何が世界を滅ぼした機械人形だ!! 俺だってその気になれば世界なんて滅ぼせんだよ!!
時代遅れの鉄屑風情が見下してんじゃねえぞ………!!!
大地も木々も火力によって消えて行く光景を、自己満足という名の愉悦で口元を歪める。
自業自得とはいえマヒして機能していなかった聴覚も復活して音を捌いてくれる。
大量の発砲音、次々と炸裂する手榴弾、くぁ、と暇そうに発せられる欠伸、吹き飛んで浮かんでいた木々が地面に激突する音、爆破の影響で顔に付着する泥───いや待て、今、おかしなモノが混じってなかったか。
創造していた武装の手を止め、ゆっくりと横を振り向くと、そこには何時の間にか水色の髪があった。
一瞬、幻術、という二文字が思い浮かぶが、幻術であるならわざわざ欠伸なんてさせるだろうか、と思考を絡めるが、そんな事をしている間に何時の間にか自分の腕に絡まる物に気付く。
「く、鎖………?」
先程、女に向けて撃った弾丸を防いだ道具である事に一瞬、気づくのに遅れる。
頑丈そうには見えるが、ちゃちな鎖───それが容易く腕の形を歪に曲げて折る光景は自分事の癖に他人事感がある。
───勿論、直ぐに激痛として折られた腕が自分の腕である事を自覚させられる事になるんだが。
「あ───あ”、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーーーーーーー!!!!
焼けるような痛み。
骨の内側から鈍器をずっと殴り降ろされ続けているような感覚が無事な左腕で折れた右腕を無意識で支える反応をする。
苦痛にじたばたする自分の瞳がぶれる中、その中に機械人形が映る。
やはり、機械人形は無感動そうに見ているだけ。
最初から今まで、機械人形の中で自分の評価が変わってない事だけが分かる。
舐めやがって、という思いはあるが、歯噛みする現実を前にすれば話は別だ。
何せ少女は能力らしい能力を今の所発現していない
強いて言うなら袖口から一体どれだけ長さがあるんだとツッコミたい鎖くらいだが、それ以外を出している様子は認識上ではない。
間違いない。
俺が蟻相手に銃や火薬なんて過剰火力を使わないのと同じで、この機械人形は俺相手に過剰な能力を使う必要が無いと考えている。
何が少女だ、と先程の女の戯言に激痛を堪えながら唾を吐きたくなる気持ちが胸の中で充満する。
"これ"は正に兵器だ。
時々に応じて適切な火力と残虐さで敵を蹂躙する兵器。
少女なんて言葉は見た目に騙された馬鹿の妄言でしかない。
痛みに悶えながら、この機械人形の戦力を改めて認識する。
少なくとも、自分の認識より早く移動が出来、鎖を自在に操る事が出来る。
それだけしか分からないが、それだけでも十分に人間を蹂躙は出来るだろう。
一人軍隊の弱点の一つに、使用者…………つまり、俺の認識が必要である以上、どんなに音速を超えた無数の銃火器を使用出来たとしても、武器を操る俺の認識が間に合わないと風車になってしまう。
どんな大火力もそもそも当たらなければ意味がない。
それらを補う広範囲の兵器を扱えば、今度は自分も巻き込んでしまう。
自分一人でも戦える能力だが、決して自分一人で何でも出来る能力ではないのは今、正に骨身に染みている。
しかし、今はこの骨身に染みた悔しさと情けなさを武器として振る舞うべきだ。
この状況では今、自分は圧倒的に不利。
故にこの機械人形が認識している慢心という名の理解を突け
惨めな敗者が最終的な勝者になる事を知らない機械人形のデータ不足を突く。
その為に、俺は激痛を堪えながら口を開いた。
「ま、待ってくれ。こ、降参だ。俺の負けだ。当たり前だが、もうテメェ等の前に顔を出さねえし、何なら俺の能力で銃火器を提供してもいい」
口から出る惨めな命乞いの常套句。
ペラペラと吐き出される俺の言葉に、機械人形は予想通りに特に反応もしない。
それで良かった、それが良かった。
ここで変に降参したならもういいか、みたいな反応をされる方が問題であった。
心の底から安心する───こいつは兵器だと俺が心の底から思えたのだから。
「──────!!」
荒い呼気と共に能力を再び発動する。
欲しかったのはわずかな時間。
その時間を持ってちゃんとこの機械人形を認識した状態で能力を使いたかったが故の命乞い。
一人軍隊の能力の本質は決して武器の大量生産だけではない。
ついでのように見えるが、能力のもう一つの本質は武器の支配。
武器を創るだけでは、大量の銃を創ろうが人間の構造上、二本の手でしか使用出来ない。
創った上で、その銃を支配し、扱えるからこその一人軍隊。
そして、その武器の支配は実は自分が創った物だけに留まらない。
俺がそれを自分で扱える武器だと認識すれば、他人が持っている武器であっても扱える。
自認が必要である分、他人の武装を扱うのはリスクが高く、剣や刀みたいな技術ありきの道具は認識下に置きづらい。
だが、この機械人形は能力云々はともかく、ある意味やろうとしている事は十分自分の脳内で補完する事が可能の動きだった。
なら、これは十分自分が支配出来る道具だ。
そっちも鎖で縛ろうとしたんだ。同じように縛り返しても文句は言えまい。
眼に見えぬ自分にだけ知覚出来る空想の鎖が機械人形の全身を縛る光景に逆転勝ちの笑みを浮かべ
───次の瞬間、一瞬で支配が砕かれる感覚に呼吸が止まった
「───はぁ?」
意味が分からない。
いっそ発動しなかったとかならわかる。
しかし、確かに自分の一人軍隊は発動した。その感覚を誤る程、この能力との付き合いは短くない。
条件は確かに成立した。
機械人形を武器として認識し、支配は発動した───発動した後に力づくで支配から逃れられた。
幾らなんでも理不尽過ぎる。
支配とは決して抜けられる余地がある状態ではない。
手指はおろか瞬きすら自分の指示が必要であり、全ての行動に制限がかかる事を言う。
その状態にかかる前ならともかくなった後に反抗出来るのは最早能力の差ではなく格の差───蟻と巨人の差。
最初から、手を出していいモノでは無かった。
「は、はは…………」
今度こそ口から吐きだされる空虚の笑みを余所に機械人形は再び袖口から鎖を吐き出し続ける。
最早少女の袖に隠れる量をとうに超えた膨大な鎖が吐き出され、束ねられ、そして一つの塊と変質する。
束ねられた鎖が変化した後は巨大な十字架だった
一瞬、皮肉かとよぎるが、少女は生み出した十字架に特に思うところなく、軽く持ち上げる。
それで気づく。
ああ、十字架と思ったが───これは十字架ではなく巨大な十字の形をした打撲武器のつもりらしい
見た目通りの質量なのか、それとも機械人形に見た目に合わせての見せかけの武器なのか。
どちらにしろここでこれが放つ一撃までもが見かけ倒しというわけではないだろう。
機械人形の瞳の色は変わらず無感動。
自分の命に一切価値を見出す事無く、十字が振り下ろされようとして───
「───ストップ!! そこまで!!」
※※※
茜は少女が男に対して振り下ろそうとしていたハンマーが本当にギリギリの所で静止された事にホッとする。
男の様子は見る限り片腕が折れている事以外に問題は無し。
少女もまた特に負傷の様子が無いから更に良し。
ただ、少女が無言でこちらに振り返って何で止めるの、という風に首を傾げている。
…………さっき起きたばかりの少女の感性なんて当然、茜には分からない。
事体が進む前に、隣にいるアマルと視線を合わせて、任せてと伝える。
その時に彼女がこの子は魔王のような子かもしれない、と忠告を告げてくれた事を思い出すが、内心でそれではいけない、と茜は首を振る。
怯えと畏怖で訴える言葉は薄っぺらい。
必要なのは本心からの言葉。
だからお為ごかしは捨てて口から言葉を吐いた。
「私ね。貴方に人殺しをさせる為に起こしたわけじゃないの」
私が呟いた言葉に少女は首の角度を更に曲げつつ、しかし瞳がだから? という風に問いかけてくる。
私はそれに苦笑して答える。
「分かってるわよ。予定に無かったけど、唐突にそういう事が起きる事がある、でしょ。そうなったら弱肉強食みたいなもんだもの。殺すのをしょうがない、なんて言い訳にしか聞こえないけど、でも本当にしょうがない事が起きる場合があるのは覚悟している」
こんな世界だから人間同士は助け合わないと───なんて綺麗事が成り立たない事はこれまで何度も経験した。
それ自体は言葉で伝えられるものではないだろうけど、でも、何時か少女がこの世界で生きていく限り向き合わないといけない人間の業である事は理解している。
だけど、この場に置いては私はこの少女頼りの身勝手な信頼で話を終わらせたいと思い、強気な笑みを浮かべて一言
「───でも貴女、強いんでしょ? じゃあわざわざそんな汚れないといけない事しなくてもいいじゃない?」
響いた言葉に水色の髪の少女は確かに、という風に頷き、持っていたハンマーを地面に刺すように置いて、いともあっさりとぽいっと手放した。
あっ…………と呟く頃には十字の形をしたハンマーはそのまま重力に従って傾き
「んっぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
倒れている男を下敷きにした。
片腕は折れているから残った腕で頑張って支えているが、当然そんな腕でどうにかなるのは難しく、更には折れた腕が激痛を発しているから雪も溶けてない寒さの中でも汗を搔いている。
そしてそんな事実を無視して、少女はとてとてとこっちに向かって歩き、最後には私の右足に寄り添う形で止まった。
…………可愛らしい仕草だけど見逃さなかったわよ…………
手放す時、ちょいと手で十字が男に向かって倒れる様に押した事を。
何かさっきから勝手に動き回ってるのを見て、薄々思ってたけどこの子、結構な悪ガキね…………と思いながら、丁度少女のつむじが見えて、且つ頭が丁度私の手に乗せやすい場所にあるから、思わず手を動かしそうになる自分を抑える。
治まれ母性………!!
見るだけで分かるくらいさらさらの水色の長髪とか触り心地最高な感触が返ってくる事が分かり切っているが、目の前の男の前でやるのは聊か緊張感が無さ過ぎる………。
ふぅ、と溜息を吐き、傍のアマルが視線を寄越すとハンドサインでYESロリータNOタッチと伝えてくる。
私は思わず、笑顔で相棒にサムズアップを反転したサインをぶちかまそうか悩んでいたら、さっきまで痛みと重みに呻いていた男が急にくっくっくっ、と不気味な嗤いを浮かべていたので、怪訝な表情を浮かべて思わず、声を掛けてしまう。
「何よ。言っとくけど、ここに来て再び互いの価値観の相違を話し合う気は無いわよ」
「それに関しては同感だ偽善者」
少女が凄い処す? 処す? と目を向けてくるのだが、No、No Warと停止の意を込める動きをすると反射的に少女の頭に手を置いて撫でてしまい
───え!? 何、このさらさら具合!! 100年を超えて品質を保つ成分があの氷塊には宿っていた…………!?
やるわね100年前………! いや、それともこの子だけの特異体質かもしれない。
若いっていいわね………としみじみと思いながらちょっと忘れそうになった男の方に意識を向ける。
「何? 自殺志願者なら勝手にやってよね。偽善だか善だか知らないけど、甘えた思想に強請らないと生きていけない状態であると分かった上で罵るんなら、私だってそこまであんたの生存に構う気はないわよ」
甘い事は否定しないし、それが成り立っているのはこの子の強さのお陰というのは理解している。
金魚の糞が調子に乗っていると言われたら何も否定できない。
だけど、少女が自分の側に立っているのは単に一番近くにいたから、というわけではないとは思っている。
これだけの強さと意思を持っている子が逆にそんな単純なシステムに従っている方が無理がある。
文句を言うなら少女が傍に立ってくれるような言い分を持ち合わせなかった男の負けだろう。
その負けを、さも卑怯者と罵るのならば、流石に私とて容赦する気は無い。
そのつもりで言ってたら
「そうだよ───一緒に死ぬんだからそうなるさ」
は? と心の底からの本音が口から出る。
すると男は十字に潰されるのを受け入れつつ、つい、と空を見上げる。
つられて上を見るがそこには何時もの曇り空が見えるだけ。
そのままの状態で男の声が響く。
「俺の能力、大体は分かってんだろ。能力としては兵器の創造と支配。俺が認識する空間に置いて俺が創造出来ない兵器はねぇ。最も、広範囲の兵器とか作ればその範囲から逃れる事が出来ねえのが難点だが」
大体が想像していた通りの能力。
弱点が精々間合いと使用者の認識に委ねられるのと…………後は魔物とか相手だと聊か火力不足の可能性があるくらい。
それ以外は応用も効くし、普段使いも十分に使いやすいだろう。
だけど、今更能力の開示なんてして何があるというのだろうか。
「テメェは知らねえだろうが、そこの白髪女なら分かるだろ? 俺達の能力に残弾だのMPみたいな概念はねぇ」
体力は普通に消費されるがな、と男は苦笑する。
それに関しては知っている。
異能だなんだの言っているが、どちらかというと最早身体能力の一つに加わったみたいな形である事。
吸血鬼であるアマルも吸血鬼としての能力を使用するに当たって、血液といった肉体に関わる物は消費したという感覚はあるらしいが、吸血鬼という能力の源泉事体が消費される感覚は無いらしい。
つまり、その気になれば吸血鬼という能力に許される事は使い続けれる。
これまで出会った異能も大抵はそういうものであった。勿論、例外はあったけど。
だから、男の言う事はそれこそ今更感がある異能の説明だったが…………
「つまりだ。能力に残弾っていう概念が無いって事は───上限も緩い事が多いんだぜ?」
言われた意味を考える。
兵器創造の能力の上限とは。
数か? それとも兵器としの質? あるいは───兵器であるならば何でも作れるとか?
その恐ろしさを理解した瞬間、一気に血の気が引く茜に、男の言葉は綴られた。
※※※
「能力の都合上、実際に見るのもそうだが、色々調べ物たりもしたぜ。これは100年前でも空想の兵器って言われててな。笑えるだろ、こんな空想のような世界になったからこそ俺が実現出来るだなんて。俺の認識便りっていう縛りがあるから成層圏を超えた先に作る事は出来ず、雲の下に作るのが限界だから本来の想定に比べればって所だろうが」
男との視界を共有する事が出来ない者が幾ら空を見上げても分からない。
空には今、重量100kgを超える長大な金属棒が生成され、狙いを定めている事を。
本来の距離から足りぬ分は彼の想像と創造が架空だった理論を補強する。
弾丸は異能で、威力は足らぬ距離を想像による威力に合わせて落下速度が通常の法則ではあり得ない速度で堕ちる事で補強される。
本人ですら知る事が無かった一人軍隊の真髄の一つが表に出し、神の杖はこの時、初めて理論から現実となって産声を上げる。
刹那の光の柱となって、杖となるには1秒もかからない。
アマルが最速で血液を動かそうとする動きも、条件反射で茜が少女に手を伸ばす動きも全てが完結せずに、惨劇となって彼女達を蹂躙する。
───だから、その音声は男が攻撃を行う前に告げられた。
「───めんどーですよーう」
酷くつまらなげな声が3人の耳に届く前に発射された。
※※※
───金属が張り詰めた際になるしゃん、という音と同時に茜は反射的に目を閉じていた事に気付く。
そこでようやく、アレ? と自分が生きている事に気付いて無意識に首を傾げる。
男の語った兵器までは流石に知らないが、少なくとも何かしらの広範囲の兵器………爆撃でもされるのかと思ったが、数秒経ってもそれらしい攻撃がされる気配はない。
ブラフだったのか、と思い、恐る恐る目を開けると
「─────」
自分の上空数十㎝先に多数の鎖に絡められた長大な金属棒がぶら下がっている事実を見て絶句する。
ぷらーんと力なく揺れる金属棒には当然危険性は無いが、状況を見る限り男が認識する最大限上空からこの金属棒を落とした…………という事だろうか。
その威力がどういったものになるかまでは、私の知恵と知識では分からないが…………少なくとも複数の鎖を使用したとはいえ、それだけで帳消しになるような落下エネルギーではない、筈。
ただの鎖にそんな事は絶対に不可能
故にその鎖の根源である機械人形の少女は人類の既存兵器では決して傷を得ないという証明であった。
そしてそんな機械人形の少女がどんな顔をしていたかと思えば───欠伸をしていた。
くぁっと可愛らしく、眠そうに…………あるいはつまらなさそうに命懸けの出来事をつまらぬ芸と切って捨てていた。
「…………」
唖然とする気持ちも切り捨てて欲しいが、そうは上手くいかない。
とりあえず一つだけ分かる事があるとすれば…………私達はこの一連の戦闘の流れ程度では少女の底を知る事は出来なかったという事だろう。
…………でも、まぁ、それは置いといて
ちらっと視線を向けるとそこには金魚みたいに口をパクパクしている男の間抜け面。
その気持ち事体は同意だが、とりあえずとても言いたい事を吐き出すために思いっきり深呼吸を行い、軽く男に向かって駈けてぇーーーーー
「──何回負けた後の最後っ屁攻撃してくんのよ!!!」
と思いっきり、顔面を蹴り飛ばした。
ぐはぁ、という音と共に口から歯らしき物も飛んでいくのが見えたが、一切同情もしないし、やり過ぎたと思わず、むしろ滅茶苦茶スッキリした。
偽善と言われたらそれまでだが、そうであっても命は見逃すと提案した直後に勝手に自殺に巻き込まれるて助かったんだからまぁ、いっか───で済ます程出来た人間にはなりたくもない。
今の一撃で気絶した事に舌打ちすらしたくなるが、これ以上追撃するのも馬鹿らしい。
腕の骨だけ応急処置だけして、後は野となれ山となれ、である。
はぁーーと思わず、両膝揃えてしゃがみ込んで疲れを表現していると
「わっ」
急に背中に乗っかかって体重をかけて来る存在が来て、一瞬、すわ、アマルの悪戯かと思って振り返るといるのは水色の髪の少女だった。
少女は再びくぁっと欠伸をするとなんとそのまま背中で眠り始めた。
ええ~と思わず、ゆっくりと近寄って来たアマルに視線を向けるが
「100年寝た直後にごたごたに巻き込まれたんだから、疲れたんじゃないかな?」
「…………そういえばそうだった。この子、さっきまで氷塊の中で眠ってたんだからそういうものかしら」
なら仕方が無いか、と思って背負おうと思い、彼女の足をしっかり持とうとするのだが
「…………アレ? いや、ん? 凄い軽いんだけど………本当に機械人形?」
「何なら頬っぺた凄いよ。凄いモチモチ…………」
少女の頬っぺたをツンツン指で付いているアマルの感想に後で自分も味合わなければという鋼の決意をしながら、立ち上がる。
少女の水色の髪がこちらの頬を撫でる感触がくすぐったいが、髪も人間と変わらないみたいだ。
アレだけの事をした少女のなんと可愛い事。
ふと辺りを見回せば何時の間にかさっきの鎖も十字も存在しない。
首に抱き着いている少女の袖に鎖の感触も感じないという事は、アレも創った鎖という事か、と納得しつつ
「まだ名前も聞いてないのよねぇ…………」
自己紹介までいけなかった不満を目の前で白目向いてる男にもう少しぶつけてやろうかと思った私は器が小さいのだろうか、ともう一回白い吐息を作るのだった。




