初めての誕生日
幻想的な風景はそのままに、茜とアマルは何も起きないと確認を終えた後、直ぐに確認の作業に入った。
恐る恐ると茜が手を伸ばして、氷に触れる。
「冷たい………」
当然だが、やはり存在としては冷たい氷。
それだけならば、溶かせれば少女を目覚めさせれるのかと思うが、流石にそう簡単にはいかないだろうと思い、アマルの方を見る。
するとやはり、そっちの方でアマルが眠る少女の方を一言見て、ごめんね、と一度言った後、手指の爪を禍々しく伸ばして、軽く氷を引っ搔いている。
結果は案の定、爪痕一つ残らず、だ。
「当たり前だけど、自然の氷じゃないね。火を当てれば…………なんて単純な方法でどうにかなるもんじゃないだろうし」
「せめてこの子の生命活動に問題が無いかの確認…………ってこの子、機械人形なんだっけ? とてもじゃないけどそう思えないけど………」
確かに見惚れる程の髪の色や幼さだけでは説明が出来ない可愛い顔つきは作り物だから、と言われたら、そういうものかと思えるが、それ以外がとてもじゃないけど機械人形とは思えない。
氷越しではあるが、肌の質感もそうだし、よくある肌の継ぎ目だのなんだのは少なくとも見える範囲にはない。
少女が纏っているダボっとしたジャケットから覗く手指など、幼子のそれと変わらない小さな手にしか見えない。
「そうじゃなくても噂通りなら100年、ここで眠っていただろうから、そもそも動くのかもそうだけど………これが自然の氷じゃないのなら、能力による封印の可能性もある」
「…………んーーー」
アマルの推測に茜は首を傾げる。
確かに自然の氷ではない以上、そこに異能を絡めるのは同意するしかない。
雪山で遭難ならともかく、こんな施設の地下深くで少女を氷結させるのは無理があるだろう。
だから、その推測事態に異は無い。
ただ、やはり違和感がある。
封印という推測は正しいと思う。
じゃなきゃ、誰が好き好んで綺麗とは言え氷塊の中で眠りたいと思うだろうか。
私達は神秘的なモノを見たと感動出来たが、そんなもん本人からしたら、だからどうしたっていう話である。
そこまで思考を回して、ようやく違和感の内容に気づいた。
「…………丸まって寝てる」
「ん………? そうだね。流石に気持ちよさそうに寝ているってわけじゃなさそうだけど」
それがどうしたの? と首を傾げるアマルに対して頷いて答える。
「さっき封印されたって話したでしょ。じゃあさ、普通、封印されそうになったらどうする?」
「それは勿論………ああ、成程………」
私が言いたい事にアマルも同じように思考を巡らせて答えに至ったのか、少女の方に改めて視線を向ける。
少女は氷塊の中で浮かぶように丸まって寝ている。
そう、丸まって、だ。
封印というのはどうあれ、他人によって無理矢理縛る行為にあたる。
そんなものを向けられた存在が、果たして赤子のように丸まって眠って受け入れたりするだろうか。
ましてやこの子は世界を滅ぼした機械人形とも言われる存在。
現代でもそうなのかは分からないが、とりあえずそう言われていた存在が一切の抵抗もなく他人の封印を受ける理由なんてそう多くはない。
「───この子はきっと他人か、もしくは自らかは知らないけど………眠る事を受け入れた、あるいは選んだのよ」
「………その場合、この子は悲観してって事になると思うけど………茜にしてはそんな事実を珍しく嬉しそうに語ってるけど」
どんな理由であれ人の不幸に関わる事で笑うなんて珍しい、と横目を向けてくる少女に対して茜はその疑問を否定しなかった。
だって、そうであるなら、それは悲しみしか残らない事実ではない。
「もし、そうなら、この子は確かにその時は不幸だと思ったんだと思う───でも、それは逆に言えばこの子は幸せになりたかったのよ。それなら、この子はただ悪い子じゃないって証明じゃない。幸福になりたいっていう願いを持ってくれるなら、きっと私達は話し合えるわ」
絶望を抱いたのなら、それは絶望なんて抱きたくなかったという事。
悲しみを抱いたという事は喜びを欲したという事。
私のような凡人でも共感できる感情。
…………申し訳ないのは、起きた先にこの子を迎える為の料理や物がない事だけど
こればかりはごめんなさいするしかないわね、と苦笑していると隣のアマルがジト目でこちらを見てくる。
ジト目が得意ね………と内心で思いながら何よ、というと
「その幸せになりたいが、自分だけが、とかも一応あり得るんだから、能天気になるのはまだ早い」
「能天気………ま、まぁ、確かにね。魔王のような機械人形だった可能性も一応あるわね」
「それに…………」
アマルはちらっと眠る少女の方を見て
「ワンチャン、寝ている所を封印された説も一応あるかなって」
「………………………………な、成程。ドジっ子機械人形説………!! 確かにそれなら丸まって寝ている間にこうなる可能性があるか………!!」
世界を滅ぼした機械人形、寝ている隙に封印決められる………!
夢は無いが、ある意味現実的な終わりに思わず頷く。
寝ている時こそがどんな生き物にとっての隙よね…………と生物としての真理に納得し、
「まぁ、冗談は置いといて。というか機械人形に睡眠はいらないんじゃない?」
「睡眠はいらないかもだけど、動力の補充時間はいるんじゃないかなぁ…………」
ちらりと少女の方を見て、思わず前からは見えない少女の背中側も見て回ってみるが、分かりやすい接続端子等は無さそうである。服の下にある可能性はあるけど。
とりあえず、現状、私達にこの氷塊をどうにかする手段は無し。
現状、候補とするべき手段は何かしらこの頑丈な氷塊を削る、もしくは溶かす道具を持ってきて、改めて…………っていうのが無難な選択肢という所だろうか。
それが一番、いいというのは分かってるけど………
「食料と水、どうなってたっけ?」
「一応、もしかしたらこの子も増える事を想定して多めに詰め込んだけど、私達2人なら4~5日は楽勝かな」
じゃあ、私の甘ったれの願望はある程度は叶えれそうだ、と思い、アマルに提案してみる。
「2日………ううん、3日くらいここで色々粘って、無理だったら私が一旦ここに残るからその間、アマルが食料とか解決出来そうな道具探しを頼んでもいい?」
「理由は?」
「うん───何かこんな何もない所にこの子をまた一人にするのは後味悪くて」
地下深くの暗い廊下の先の何も無い部屋に再びこの子を取り残すのは少しばかり気が悪い。
さっき、アマルが言ったようにこの子の本性が悪性の可能性もあるのは分かっているが…………そうでない可能性もあるのだから、やっぱりこんな部屋にひとりぼっちにさせるのは良くない。
その思考に至り、私は氷塊の中での姿勢の違和感よりも先に頭の中で空回りしていた違和感の正体を理解した。
少女の顔を見る。
第一印象は可愛いのまま。
あどけない寝顔で目を閉じている事に、私は思わず、この子の生みの親に溜息を吐く。
してやられた、と言うのは癪なのでアマルにも言いたくないが、乗せられた事は認めるしかない。
その事実を溜息に乗せて吐き出しつつ、アマルにウィンク一つしてとりあえずどう? と促すとやはり、アマルははぁ、と同じように溜息を吐き
「甘っちょろいけど、どうせ時間は有り余ってるしね。調査ついでと思えば、いいんじゃない?」
『そうかよ。じゃあ、それ、俺が貰ってもいいよなぁ?』
唐突に響く低音。
女声では選ばれなければ出せぬ低音の響きに、互いに一瞬、動きを止め、本能的に少女に視線を向けようとする反応を抑えて、別の方に視線を向ける。
そうして二つの物がこの空間に現れた事に気付く。
一つは空飛ぶ物体───余り見た事が無いが、ドローンと言われた機械。
そしてもう一つは出入り口を塞ぐ様に置かれた黒光りする質感のある物体───タレットと言われる兵装である事に気付いて青ざめ、しかし肉体がまだ反応しない中、アマルが見かけに合わぬ怪力を持って、私を無理矢理奥に向かって連れ出す。
この巨大な氷塊の中に眠る少女を盾にする位置に。
反射的にアマルに駄目、と言う前に世界が時を刻んだ。
「───!!」
秒間100発以上の速度で放たれる弾丸が轟音と共に狭い空間を揺らす。
氷塊を背にしている私達の背中にも振動が届き、少女に当たっている事実に歯噛みするが、そうしなければアマルはともかく私は死んでいたという事実に何も言えない。
もう既にタレットからの攻撃は5秒以上放たれているが、背の衝撃が消えてないのならば貫通はしていない。
今ばかりはどうやって起こすかと難儀していたその頑丈さに感謝し───
『普通にしちゃあいい反応速度じゃねえか、そっちの白髪女。同類かぁ?』
轟音の中から近くから発せられる男の声に向き直すとやっぱりそこにはさっきのドローンが浮いている。
ドローンにこちらを見る為のビデオカメラでもあるのだろうと思いながら、即座に懐から取り出した拳銃を両手にしっかりと構えて、ドローンに向けて発砲する。
が
『おっと』
男の声を発するドローンは即座にこっちの射角からは見えない範囲にドローンを移動させる。
思わず、舌打ちするが、多分、あのドローンを撃ち落とした所で意味はない以上、拘泥しても意味がない。
能力の理屈を読み解くなら、恐らく敵の能力は物質錬成………それも相手の認識が届くなら、無から有すら生み出す程のクソチート。
代わりに何らかの制限があるのかもしれないが、だとしても狭い室内でしかも当事者がいないのは余りにも酷過ぎる…………!!
『こんだけ撃っても削れねえなぁこの氷。じゃ、まぁ、次は溶かしてみるか』
轟音の中から声が響いたと同時に、銃撃音が停止する。
男の言った言葉を咀嚼してもしやと思い、手持ちから手鏡を取り出し、なるべく最速で鏡をタレットがあった場所で映すと鏡に映る光景はさっきまでのタレットではなく───火炎放射器と呼ばれる装置に変化していた。
「まっ───!!」
て、という言葉が続く前に火炎放射器から業火が吐き出される。
それらは即罪に少女が眠っている氷塊に直撃する。
一瞬で、室内の温度が上がり、喉が干上がりそうな感覚を受けるが、流石に今度ばかりは叫んだ。
「───あんたもこの子を欲してここまで来たんでしょうが!! 自分の攻撃で殺す気!!?」
『あ? まぁ、そうだが…………この程度の攻撃で壊れるんなら噂負けした人形だろうが。世界を滅ぼしたなんて脅し文句あるんなら、対人兵器程度でぶっ壊れねえだろ』
大体殺すってなんだよ、とぼやいているドローン───そこに鮮血の刃が突き刺さる。
私が気を引いている間に、アマルが隙を突く。
これもまたお互いの何時もの連携。
このドローンを倒したところで本体に効果は無いと思うが、少なくとも次のドローンが来るまでは時間を潰せれる筈。
あのエレベーターに乗ってくるにしても、そうなったらこっちが待ち伏せ出来る。
その希望は、再び発せられた声に打ち破られる。
『───んだよ、予備も使わせんじゃねえよ面倒くせぇ』
ぶぅーーん、という音共に飛行音。
無から有を作れるというのならば、1台で済む筈がないという簡単な思考に辿り着けなかったが故の思考ミス。
どうしても常人よりも身体能力は高いが、超人程ではない白羽茜の身体と思考の上限を超えたインチキ。
───そんなインチキが蔓延っている世界で尚、世界が暗雲に包まれている事実に白羽茜はちくしょう、と嘆き
『じゃあ、もう遠慮なく吹き飛べや』
からんからん、と大量のピンが外れた手榴弾が部屋を埋め尽くす。
少女を封じ込める氷塊以外何もない部屋では、どうあっても全てに対処するのが不可能な数。
そんな無法が許される事が悔しいのにやり返す力を持たない私は、もう一度ちくしょう、と呟き───視界が光に飲まれた。
「──────────────────ぅ?」
視界が文字通りチカチカと点滅するような状況に思わず頭を傾げる。
はて、自分はさっきまで何をしていて、どこで倒れていて、そもそも自分ってというか全身が痛いどういう事地面堅い胸が潰れて痛い早く立たないといけないのにでもなんで?
自分の脳内が忙しなく疑問に疑問を続けて空回りするのに、任せて無意識的に首を少し動かしてこてん、と横を見ると氷塊が映っており、眼だけ上を見るとそこにはやっぱり眠っている少女の顔。
ああ、後ろ側に回ってたのに衝撃でここまで吹き飛んだんだぁ、と空っぽの頭の癖に正しい答えを出して───
「───っ! アマル! 無事!?」
返事は返ってこない。
あの大量の手榴弾を防ぐ手段は白羽茜にはない。
故に友人が庇ったのだという事を理解し、歯噛みするが今、自分に友人を助ける手段も無い事は理解したいる為、口内でごめんと告げ、次に少女の方を見る。
少女を覆っている氷塊はアレだけの銃撃、焔、爆発を受けても一切変化がない。
思わず、安心の吐息を吐いた後、直ぐに周りを見回し、少女を自然と背後にする形になり
「───」
もう既に自分に対して拳銃が空中で浮いて静止しているのを見て、既に戦いが終了してしまった事を悟った。
この状況から逆転する切り札を、私は持っていない。
それを悟ったのか、ドローンもわざとこっちにまで回って来てわざわざドローンに終わった終わった、と言わんばかりの吐息を聞かせてくる始末。
『あっちの白髪があんだけやっといて、テメェが何もやらないって事は能力無しか』
「…………そう? 今もこうして貴方から油断を誘う真っ最中かもよ。勿論、じゃあんな事言わねえだろ、というに対しての油断誘いも含めて」
『そいつぁ、気の長い話だな。じゃあ、俺が今、どこにいるのか分かってるって事だよなぁ? じゃあ言ってみろよ。当たってたら泣きべそかいて逃げるのも吝かじゃねえよ』
ささやかな時間稼ぎも論破されたら舌打ちするしかない。
…………こんな世界だ。死ぬ覚悟は出来ている…………なんて高尚な事は一欠片も思ってないが、男の気分次第で1秒後に死ぬのだとしても諦めた心でそれを迎えたくない、と思い、唯一回すことを許される口を動かす。
「負け惜しみとして聞きたいんだけど…………あんたはこの子を手に入れてどうすんの?」
『あ? 決まってんだろ。こんな世界だ。戦力なんてあるならあるだけいい。世界を滅ぼした、なんて大層な文句は信じてねえが、こんだけ色々やって溶けない氷を操れるんなら、盾にも武器にもなってくれそうだしな』
最も、この人形が使った能力なのかはわかんねえが、とぼやきのような事を漏らすのを聞いて、成程と茜は内心で頷く。
詰まる所、自己保身。
勿論、それを悪と詰るつもりは無いが、それで完結している。
自己の生存を優先する事は否定される事ではないけど…………思わず、それだけかよ、と吐きたくなる悪態を耐えるのが大変だった。
上には上がいる、それは理解している。
私にとって、この男は遥かな格上だが、この男にとっての世界は安心とは縁が無いように思えるのも分かりはする。
分かるからこそ、じゃあ丸ごと叶えてやるから譲れ、と言いたくなる。
その不満が口から出なくても見て取れたのか、ドローンの男がこっちにも質問を投げてくれた。
『テメェも似たようなもんだろ? 弱いから強さに縋る。違うか?』
それはその通り。
その点で言えば、私はこの男と同じだ。
弱いから強い存在に縋る。
それはアマルであり、この少女である。
その点で言えば、自分で戦える分、私の方が寄生虫の度合いは強いだろう。
───だからこそ驚け間抜け。私は弱いから強い人間の想定を超えるドン引きな開き直りをするぞ
野望を望む唇は歪む。
願望に忠実に歪むそれを私は否定せず、吐き出す。
「───私の願いはね。もう一度この世界を滅ぼす事よ」
※※※
ドローン越しにその願望を聞いた男は、一瞬、聞き間違いかと思い、数秒間を置いたが、数秒経っても言い間違いや訂正の言葉が返ってこない事に、男はもしや俺は質問する方が馬鹿を見る類の女だったのかと考え込んでいたら、先に女の方から質問が飛んできた。
『どうせ正気を疑ってるんだろうけど、先に聞かせて欲しい───貴方は今の世界をどう思ってる?』
告げられた内容に、意識は外しはしないが、これまでの記憶を参照する。
飯を得るのも、生きるのも一苦労の極限状態。
一部の人間はなりやら過去よりも生きやすいとか言ってる奴もいるが、そんなのははみ出し者の言い分だろう。
なので、総合的に纏めればやっぱり───
『───くそったれな世界、違う?』
心を読まれた、とは思わない。
むしろ思わない方がどうかしている世界なのだから、向こうも俺もそういう意味ではこの世界における真っ当な人間の精神構造をしていると言えるだろう。
殺し合いがどうだとか、実力を試せるだの、そう言う事ではなく、俺は単に一々しんどい思いをしないと生きるのも大変な世界への愚痴みたいなもんだが、根底にある願いはそんなもんだろう? とは思う。
誰だって、生きるのに恐怖が付きまとうのはしんどい。
ましてや、それがこれから先、永遠だと思うと、嫌気だって差す。
だから、"楽"を少しでも増やす為に力が欲しい。
『───そんな世界が嫌だから、私は99%嘘だと思っても、噂に縋って来た。世界を滅ぼす、その詐欺のような、でも、一番欲しい力を』
それはもうこんな世界など、滅んでしまえ、という自殺願望から、という事だろうか。
おっかねぇ、女、と思い、もう空想のトリガーを引いてやろうかと考えていたら
『───だって、世界を滅ぼせるんなら世界を救う力があってもおかしくないでしょう?』
次に響いた言葉こそが最も馬鹿げた綺麗事だった、
※※※
吸血鬼であっても、大量に血を流せばどうしても力が抜ける。
この場の敵が使用してきた兵装ではまだまだ死ねないけど、それでも衝撃は十分に伝わった。
吸血鬼なんだから、そこら辺、不死身なら不死身の怪物らしく直ぐに立ち上がれればいいんだけど、半端に人間としてある意識が脳を揺らしている。
肉体ではなく、アマル・ティアという意識が体についていけてないのだ。
それを歯噛みしながら、しかし、アマルは友人の叫びを聞いていた。
「だって、そうでしょ? 世界を滅ぼせるって事は世界という莫大な質量に干渉出来るって事でしょ? じゃあこの弱肉強食の世界を滅ぼしてくれたっていいじゃない」
この話に乗った時も思ったが、こんな状況でも思わず苦笑する理論だ。
見つけておいてなんだけど、もしもこの状況をどうにか出来たとして、この可愛い少女が本当に世界をどうにか出来る力を持っていた場合、私は心底同情するだろう。
そんな都合がいい事、出来るか、と私ならそう思う。
というか、実際そう言ってみた。
もしかしたら、壊すのが専門かも、そう伝えたら
「じゃあ、今いる危険な魔獣とか怪物をぶっ倒す事が可能かもしれないわね!」
思わず、駄目だこりゃ、とアマルは諦めて笑ったもんである。
世界を滅ぼした、という単語を彼女はマイナスなだけのものだとは思っていなかった。
力はあくまで力。
世界を滅ぼせる程の力があるなら、その力の流れを正せば、正の流れにもなる筈だと信じていた。
…………何て甘い戯言。
誰もが明日が続くかどうかを考える余り失った、未来への展開。
対処療法では無く根本治療をこそ為さなければならない、という正論。
それが白羽茜が求めるモノ───今あるか細い安定という名の世界を滅ぼしてでも叶えたいと願う強欲。
「その為なら、機械人形だろうが、天使だろうが! ───悪魔にだって捧げてやる! でも神様だけはごめんね! だって見た事ないから!!」
変な所で頑固な言い方にアマルは苦笑しながら目を動かす。
自分の頭上にドローンが監視の為に2体いるが、いざという時、私はちょっとくらいの銃弾では死なない。
いざという時は、自分の体を盾にしてでも、あの頑固者を守らないと思い、意識を引き上げ、肉体に力を込めようとする。
───次の提案を聞くまでは。
「───だからさ。色々やり合う前にさ、せめてこの子の意思を聞いてからにしない?」
※※※
『───はぁ?』
正しく阿呆か、こいつはと伝えてくる呆れた呟きに正直とても同意しながら、茜は自分がどうしてそんな馬鹿丸出しの事を言ったかの理由を伝える。
「この子、可愛いでしょ?」
この状況で後ろを向ける勇気は無い為、確認出来ないが、後ろの氷塊の中には可愛らしい子がいる。
可愛らしい、そう、可愛らしい、だ。
「───普通、世界を滅ぼせるような力を持った機械人形を、可愛らしく作る?」
極端な例で言えば、核爆弾の形をとんでもなく愛らしい外見にするかという感覚。
私なら例えそれが製作者側であっても、その発想にドン引きする。
どんな事情、どんな理由があれ、人を、土地を、世界を侵す兵器に対してわざわざ可愛く仕上げて、それを使うのは意味も意図も分からないし、気分も最悪なものだと思う。
私ならそんな事しない。
もしも、私がこの子の制作者として世界を滅ぼそうとしたなら、私はそれこそ爆弾か、機械人形である必要があるなら、無骨なフォルムにする。
なのに、そんな力を持つ機械人形をこんなにも愛らしく作った。
油断を誘う為、という考えはあるが、それは世界を滅ぼす事が出来る強い機械人形には不要な能力だろう。
なら、そんな機械人形を可愛く作るのは何故か? 自分の思考では一つしかない。
「───愛されて欲しかったのよ。可愛いって。力としてではなく、機械人形の少女として誰かに可愛がられて欲しかったのよ」
即ち幸せになって欲しかったという願望に他ならない。
力の有無ではなく、生まれる一つの命を案じて作ったと信じたい。ううん、仮に違うのだとしても私がそういう形で信じると決めた。
それが茜が感じ取った、眠る少女の顔から得た違和感の正体。
だから、してやられたと思った。
こんな可愛い子を困難な願いをお願いするのは忍びない、と思わされた時点で私の負けだ、と。
…………そういう非情さが無いのが、悪い所なのかもしれない。
命懸けで守ってくれたアマルにごめん、と内心で告げ、覚悟を決めて銃口を覗く。
「だから、この子がただの生活を望む場合は貴方の考えに同調するかもしれないでしょ───この子も生きているというなら、その意思はその子に委ねるべきだわ。どんな事情であれ、どんな世界であれ、ね」
最低な世界だからこそ、生きる意思は誰かではなく、自分で決めるべきだ。
死に方を選べないかもしれない世界であるならば、生き方は自らの本音で定めるべきだ。
だから、この考えもまた私の心の内から生じる熱のまま決めた、後悔を祓う生き方───迷う余地のない信念。
そうして、数秒、ドローンのぶぅーーん、という音だけが響いた後
『そうかよ。1から10まで聞いた上で言うが阿呆か』
返ってくる言葉は罵倒。
当然過ぎて苦笑も出ないレベル故に、茜も納得はする、が
『大体なんだ機械人形に意思? 可愛い? 馬鹿じゃねえか。俺が持ってる銃が可愛かったら意思があるってか。ああ、いや俺が操ってるからある意味俺の意思が宿ってるとも言えるが、そうじゃない兵器に選択だの意思だの頭湧いてんだろクソ婆』
いいか、とまるで阿呆丸出しのクソ餓鬼に当然の事を教える様に
『───そこにいるのはガキじゃねえ。物だ』
────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────成程成程ーーーあ”あ”?
勝者とはいえ容易くラインを二つ以上超えやがったクソガキに耐えていた理性がプッツンと途切れる。
殺されると分かっても、止められる怒りが、戦術だと考えていたこの男のヘタレ具合を口から吐きだした。
「───はん! よく言えたわね? ────怖くて怖くてしょうがなくて女の尻二つ眺めてブルっていたヘタレ男が」
男が何か反応する前に再び鼻でふん、と嗤い、相手が怒りと殺意に飲まれる前に言いたい事を吐き出す。
「分からないと思ってたの? 阿呆が? 確かに私達は阿呆かもだけど、来たのはいいけど入る勇気が無くて私達が入るタイミングに合わせて貴方もドローンを紛れさせていたんでしょう? じゃなきゃ、そんな都合よく偶々嚙み合ったなんてあるわけないじゃない」
だから、奇襲が成立した。
恐らく、ドローンではなく何かしらの小型の盗聴器………いや監視カメラを遠方から付けたのか、もしくは私達の体のどこかに付けてという事だろう。
石橋を叩いて渡る方法だと言われれば、それまでだけど、わざわざ売り言葉を放ったヘタレに買い言葉を慎む程、この男の味方になる気だけは断じてない。
「やり方ドン引きだし、女を盾にした癖にこの子をこれから頼る馬鹿が兵器だ物だなんて格好つけた事言ってる!! あーーーー!! 格好悪!! 知らないの!? ───どんな事情でもイモ引いて、女の後ろでペチャクチャ喋るヘタレは完・全!! 絶・対!! 何が・あっても!!! ──────女にモテる事は無いのよ、この生涯童貞ーーーーーーー!!!!」
『───よし、遠慮なく死ね』
あ、やば、と思う間もなくマズルフラッシュが銃口で発生する。
死を前にアドレナリンが大量分泌されるが、それすら置いてけぼりにする音速の弾丸があっという間に額に命中しようとするのを感じて反射的に目を瞑り、死んだと思い──
死んだ───
…………死んだ───
………………………………死んだ………?
…………いや、死んでない?
恐る恐る目を開くとそこには数秒前と変わらぬ光景……に一つだけ無かった物が存在していた。
「───鎖?」
間違いなく数秒前には存在していなかった銀の鎖が私に当たる筈だった銃弾を見事に間に詰まらせて防いでいた。
見れば鎖は自分の右肩の上を通る形で背後から伸びている。
私の背後にいるのは一人しかなく───その理解と共に小さく、しかし続いて背後から砕ける音が連なる。
目の前に拳銃がある事すら忘れて、私は振り返る。
想像した通り、少女を守るように覆っていた氷塊が今、罅割れ、砕けていく。
少女の袖口から伸びた鎖が開けた穴を起点に、広がり、中を確認する事が出来ない程に歪む。
───瞬間、世界が下降する
「くっ……!!」
唐突な浮遊感。
足元が無くなったような感覚に思わず、立っていられない。
余りの異変に自分の幻覚か、と思ったが、後ろで飛んでいた筈のドローンがガシャン! とまるで地面に叩き付けられた───否、浮いている事が出来ない程の重圧に堕ちたような音が響いてこれが現実である事を悟る。
エレベーターに乗っていた時なんて比べようがない程の後戻りが出来ない底に堕ちた感覚。
今、この瞬間こそが底の底である事を思いながら、茜は目の前の氷塊を見る。
大小多くの亀裂が走ったせいで、中にいた筈の少女を茜は見る事が出来ない。
だとしても、氷の中にいるのは当然、同じ少女の筈だが───変貌した世界が刃で刻むように茜の本能を揺り起こす。
───この氷塊に眠るは死の現象、滅びの塊
噂話? 笑止千万、此処に眠るは正真正銘の世界を滅ぼすに足る力である───
世界を滅ぼす機械人形の力を借りに来た? ───これを私は借りに来たのか、とあんなにも冷たく感じた空虚の部屋の中で大量の冷や汗をかく。
19年の歳月で培った程度の自意識では支えられない程の闇を前に茜の信念は容易く砕け───氷塊に向かって差し出された両腕は残ったありのままの自分による行動であった。
誤魔化す事なんて出来やしない空間で、白羽茜という剥き出しの人間性によって綴られるのは、やっぱり一つだった。
「大丈夫。いいよ───」
何も分からないまま、茜は肯定の言葉を告げる。
それこそが目の前のこの子に必要な言葉なのだと勝手に勘違いしながら、茜は笑みを浮かべる。
恐怖の色を捨てる事も出来ず、力の差も理解したまま、この瞬間を逃げてはいけないと告げる女の本能のまま白羽茜は神ならぬ身で祝福した。
「───おいで? 一緒に、生きよう?」
─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────じゃあ遠慮なく
その契約の言葉と共に氷塊は内側から砕け散った。
墜ちていく世界も停止し、代わりに現るは今は亡き、ソラから零れ落ちた少女。
重力圏から解き放たれたかのような幻想さで髪を揺らし、ゆっくりと落ち、瞳を開く。
その瞳もまた髪の色と同じ色に染められ、髪と同じように地上でソラを具現化する。
────百年の歳月を経て、少女が初めて誕生を祝福された瞬間であった
さて、一体この少女はどこに反応したのか、と考えて頂ければ幸いです。
悪癖治らず……!
文字数はやはり平均こんな感じになるので、やっぱり不定期更新でお願いします……!




