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第12話

戦闘あり。一部残酷な表現してます。

 天災は忘れた頃にやってくるという。

 私も魔導師に狙われたという事実を深く考えてはいなかった。

 元は竜だとか面倒設定てんこ盛りだけど、それを知ってるのは箱庭の皆やフォルクマール達だけだ。ポッと現れた文字通りどこの馬の骨とも知らない女が狙われるメリットなんてない。

 平穏な日々に戻った私は、たまたま居た女だから狙われたのかも、そんな甘い事すら心の隅で考えていた。

 獣は静かに牙を研いでいたのに。

  


 視察という名のティータイムを終え、地下から馬車内へと戻ったらフォルクマールが居ない。仕事だと書類整理をしてた筈なのに。おまけに外の様子がおかしい。

 風が運んできた鼻につく臭気に私は顔を歪めた。


「不思議ですね。これほどの被害なのに荷が残っている。賊は何も盗らずに逃げたのでしょうか?」 

「荷を諦めなければならない事情が出来たという事か。それとも殺害だけが目的か。生存者は?」

「残念ですが…この場には見当たりません」

「森へ逃げ生き延びている者が居るかもしれないな。襲撃者もまだ辺りに潜んでいるかもしれない。シークエンタ、可能な範囲で気配を探れ。残りの者はそれが終わるまで周囲の警戒にあたるように。油断するなよ?」

「「「はっ!」」」


 号令とともにキビキビ動き出す面々。

 耳が拾うのは物騒で緊張感を孕んだフォルクマール達の声だった。

 でもそれと同時に私の耳が右手の森から拾ったのは微かな悲鳴と争う音。悲鳴は切羽詰った響きを帯びていた。

 考えるより先に、私は馬車の扉に手をかけると外へ飛び出す。


「マツリ、戻ったのか。悪いが馬車へ――」

「フォル!この奥で悲鳴が!」

「おい待て!っ、いい!俺が行く。この場はセウ、任せたぞ!」

「お1人では!待っ…!」


 フォルクマールが何か・・からさりげなく私の視界を遮ろうと体をずらした時には、すでに私の身体は森へと踏み出していた。

 驚いただろうにすぐ追いかけてくるフォルは流石といえよう。


「マツリ待て!」

「ああ、また悲鳴!フォル!こっち!!」

「くそっ!」


 全力で森を縫うように走った私達はその先にチカチカと瞬く光を見つけた。金切り声のような音と不規則な光が意味するものは――。

 無言でフォルクマールが先頭へ立ちスピードを上げた。みるみると引き離される。

 目に飛び込んで来たのは、よろよろと倒れた男に無慈悲に剣を振り上げる血に塗れた男の姿。

 「や、め…だ、ど、し……サ…バ、ン」、倒れた男は自分を殺そうとしている男のズボンに手を伸ばしている。

 剣を持つ男は、その手を踏みつけ剣を振り下ろした。


「止めて!」


 叫ぶと同時に振り下ろされる剣へ向かって収束させた風の塊を思い切りぶつける。

 体勢を崩した男の胸元へフォルクマールが飛び込んだ。

 鋭い音を立てて男とフォルクマールの剣が交わる。


「剣を引け!」


 腕力で勝るフォルクマールがスッとディアヌを手首で回転させたように見えたのだが、次の瞬間血まみれ男の剣は手元から離れていた。

 クルクルと上空に飛ばされた剣は、運悪く木の枝にぶつかり、男が手を伸ばせばすぐに届く位置へと落下する。

 しかし、剣を掴む事は出来ないだろう。フォルクマールが素早く剣を突きつけたから。

 男は底の見えない空ろな目で地に横たわる自分の剣を映していた。

 

「商隊を襲ったのはお前か?」


 男は何も答えない。ゆらゆら身体を揺らしブツブツ声をあげている。

 何なの、この人?

 男の反応を訝しく見つめる私達の前で、その男は無造作に自分の剣に手を伸ばした。

「動くな!」というフォルクマールの声は無視して――。


 ――ザシュッ――パタタタタ。


 重い物が転がる音の後、水しぶきの音がした。重なり合った落ち葉に黒くて赤い雫が勢い良く落ちる。

 倒れている人を守るため、3人の間に割り込んだ私は息を飲んだ。

 フォルクマールは躊躇しなかった。伸ばされた男の腕と剣との間にディアヌを振り下ろす。

 だが彼にとって誤算だったのは、男もまた一切躊躇しなかった事だ。

 男の腕は――。

 

 悲鳴をあげた私を男は胡乱な目で一瞥すると、また剣に向かって手を伸ばす。

 そこで初めて視線の先にあるべき物がないことに気づいたようだ。不思議そうに自分の腕の先と転がったパーツを見比べている。


 この人、おかしい。 


 何事もないように振舞うその様は、異常としか言いようがない。まるで痛みを感じていないようなその態度にゾクリとする。

 フォルクマールはそれでも怯まなかった。

 男に剣を向けたまま、油断なく男を睨んでいた。 


「…………頼む、ア、イツ、止め…………」


 弱弱しい声が背後から聞こえて、私は我に返った。


「あ、あなた大丈夫?!」

「……つうっ……」


 倒れていたのは私と同じ銀色の髪を背中で一つに縛ったまだ若い青年だった。

 全身傷だらけ、血まみれな男は痛みに呻きながらうつ伏せになっていた顔をこちらへ向け震える瞼を開けた。

 瞼の奥の赤紫の瞳がフラフラと揺らめく。危険な状態だが、まだ光を失っていないその目に安堵した。

 赤黒く汚れた浅黒い肌にハッキリと這うのは左目尻から頬骨にかけて彫られた黒く優雅な三つ首の蛇。蛇には羽が生えている。

 男は呻きながら息を整え、体を起こそうとしてまた倒れこんだ。

 

「た、の……あ………く…」

「っ!無理しないで?!」


 そうだ、まずはこっちだ。

 ゆっくり治療する暇はないため、フォルクマール達を横目で窺いながら血止めの魔法だけ施す。

 コーディを呼べれば話は早いのだが、今後の立場上、人前で精霊をバカスカ使うなとフォル達からきつく釘を刺されている。面倒な話だ。

 意識を保てなかった男の浅い呼吸が規則的なものに変わったのを見計らって、私はフォルクマール達に向き直った。  

 狂った男はどうやったのか自分の剣を手にしていた。加勢するべきか悩んだのは少しだけ。

 左手で剣を操る男の動きは素人目で見ても鈍い。これなら任せても大丈夫だろう。

 数度打ち合った後、フォルクマールがもう一度相手の剣を軽々と弾き飛ばした。今度こそ男の剣は手の届かない場所へと落ちる。


「もう一度言う。引け。これ以上は無駄だ」


 なのに男は素手でフォルクマールへと向かってくる。

 大量に出血している右腕、蒼白な顔、そして空ろな緑の目は、今は死んだ魚のように濁っている。

 男がフォルクマールの顔に向かって出血の止まらない右腕を振り上げ、フォルクマールはディアヌを逆さに持ち替えた。

 反射的に手を翳した私が男を吹き飛ばす前に、ドスッと鈍い打撃音がして、その体は彼の足元へと沈む。

 後頸部にディアヌの柄を叩き付けられた男はピクリとも動かない。


「フォル!……し、死んじゃったの?」

「いや、気を失ってるだけだ」


 ホッと息を吐く。

 戻って早々、何という事だろう。

 今すぐ事情を聞きたいのは山々だったが、大量に出血している利き手を失ったこの男を放っておく訳にもいかない。このままだと確実に死ぬ。

 治療の後でオリちゃんに拘束を任せればいいかと、私は男の傍へ屈み手を伸ばした。


「!!マツリ!下がれ!」


 ――強い力が腰に巻きつき私の体が浮き上がった。

 フォルは私を抱きかかえ、その場を勢い良く飛び退る。

 ブワッと倒れた男の身体から、膨れ上がったのは黒い影。影は男を囲うようにして地面に牙を突き立てる。

 咄嗟に結界を張り身構える私達の前で影はユルリと静かに消えていった。


「……見たか?」


 私を地に下ろしながら周囲を見回す硬い表情のフォルクマール。


「黒い、影?」

「ああ。……何者かに操られていたのだろう」

 

 慎重に探るが、100m以内に他の誰かの気配はない。

 逃げられたか。

 魔導師らしき人物を発見できず、私達は緊張を解いた。 


 見れば哀れな男の呼吸は既に止まっていた。すぐさま駆け寄って魔力を注いだが間に合わなかった。何度行っても魔力は受け皿を失ってハラハラと男から零れ落ちる。 

 死んで、しまった。

 私は唇を噛み、男を眺める。おかしいと思ったなら、もう少し早く気づくべきだったのに。助けてあげられなかった。

 男の開いたままの瞼を閉じさせ、右手首を繋ぎ、血と汚れを清める。

 そうして私は目を瞑り両手を合わせた。後ろで黙って見ていたフォルも片手をお腹に当て黙祷を捧げる。


 人を、操る事の出来る、魔導師。

 先日の襲撃との奇妙な符合に私の心はざわめくのを止められなかった。

 




「残骸を――襲われた商隊を見つけたんだ。恐らくあの男が襲ったのだろうな」


 私達は男を弔い、血を流しすぎたのか意識が戻らない怪我人と一緒に馬車へ戻ることにした。

 フォルクマールが呟くように言葉を続ける。


「この者のように逃げのびた者が居ると良いのだが……」

「……近くに人はいないみたい」

「そうか……。おかしいと思ってはいたんだ。商隊への略奪行為は珍しくないし皆殺しも良くある話だが、荷が残っていたから。争った形跡はあるのに、周囲に轍も騎獣が踏み荒らした痕跡もない。あの男の他にも襲撃に加わった者達が内部にいたのかもしれないな」

「商隊の中で他にも操られた人が居たかも、ってこと?」

「そうだ。邪魔な者達さえ排除すれば、手駒を操り商隊の馬車をそのまま奪えるからな。殺しあった結果あの2人だけが残ったということか…。だが…腑に落ちない。魔力の持ち主が、何故直接自分で手を下さなかったのか。配下と共に商隊を襲えば全滅させるのは訳もなかっただろう。それをわざわざ手間のかかる方法で……意味がわからん」


 そのままフォルクマールは考え込んでしまった。

 いつになく口の重い風精霊に何か知らないか聞いてみるが、彼らは揃って首を振った。

 同じように口が重くなる私とフォルクマールは落ち葉を踏みしめながら黙って歩いた。


 

「フォルクマール様!マツリ様!心配しましたよ」

「セウ」


 森から戻った私達の姿を見て、皆がホッとしたように駆け寄ってくる。


「フォルクマール様、困ります。せめて誰かお連れ下さらないと。目を瞑るのは今回限りですよ?」

「すまなかったなセウ。気をつける。それより、この者を頼む。生存者だ」

「羽のある蛇。ククルカンですか」

「ああ。この商隊の護衛をしてたんだろう。襲撃の犯人らしき男は死んだが――どうやら操られていたようだ。操った魔導師を捕える事は出来なかったが……」

「なんですって?!まさかくだんの……」

「いや、まだわからん。この者が目覚めればもう少し詳しい話が聞けるだろう。――そうだな、とりあえず馬車へ」

「よろしいのですか?」

「良い。それで、他に生存者は居たか?」


 フォルクマールとセウが話し始めると、「マツリ様は馬車へ」とシークエンタが私を促した。

 視界の隅には放置された3台の馬車が見える。

 私達が彼を助けに向かっている間、シークエンタ達は亡くなった人達を悼み弔う為に動いていたのだろう。凄惨な光景は一先ず片付けられたようだ。だが漂う濃い血の匂いがこの場で何があったのかを私に知らしめる。

 私は馬車を数秒見つめた後、静かに祈るしかなかった。

 どうか死者達の魂がこれ以上苦しむことなく永久とわの国へと迎え入れられますように。流れた血と悲しみの分だけ来世では幸せになれますように、と。

 もう少し早くこの場に着いていればと思うとやり切れないが、死者はもう戻らない。

 傍にいた精霊に頼んで哀しい血の臭気を一掃すると、私は踵を返した。そして。

 


 心臓がドクンと音を立てた。

 

 クルルと小さく鳴くのはラグ。その長い毛で出来たタズナの飾り紐に見覚えがある。ラグは私を見るとカツカツ蹄を鳴らした。


 まさか、まさか。


 嘘でしょと思いたい心を笑うかのように、クゥとラグは私に鼻を摺り寄せてくる。


「お、前、イスク、の?」


 クルルルルとラグはそうだと言うように長く鳴いた。 


 シークエンタが止める声が聞こえたけど、確認しなくちゃ!


 見渡せば、地面に幌を裂いた布がかかった一画がある。

 

 その4畳間ほどの盛り上がりの下に何があるのか、私は気づいていた。


 シークエンタが追いつく前に駆け寄った私は、震える手でその布を払いのけた。 


 ザッと重なる山に目を走らせ、その視点が一点で止まる。







「―――おじ、さん」


 



 あんなに朗らかに笑って去っていった商人のおじさんは、恐怖に歪んだ顔で横たわっていた。見覚えのあるおじさんの仲間達の顔もそこには並んでいる。

 血の汚れは清められたようだが、オーガスタが居なかったから十分な「処置」は出来なかったようだ。

 惨い惨劇を生々しく身体に刻んだ遺体に視界が揺れた。



「な、んで……隣の国へ行くって、」


 食い入るように優しかった商人達の顔を見ていた私からシークエンタが布を奪うと、もう動かないその姿を隠した。


「――お知りあいですか?」


 まるで喉に大きな塊が詰まったみたい。唇は中途半端に開くのに声が出ない。

 血の気が失せフラリとよろけた私はシークエンタに支えられながら小さく頷いた。


「……荷は、獣の皮や火石などが大半でした。コンラドゥスを抜け最北のドリアスへと向かう予定だったのでしょう」


 シークエンタの静かな声を聞きながら、私の体はソッと別の温もりへと預けられた。

 鼻腔を擽る少しだけ甘いオリエンタルな香りに、私の口から搾り出すような息が漏れる。


「大丈夫かマツリ?」

「フォ、ル。この人、ね?イスクでラグを見せてくれたおじさん、なの」


 どうして、おじさんが?何のために?

 広げられた布を瞬きもせず見つめ、何故という疑問だけが頭をグルグル回る。


「どう、して?」

「……マツリ」

「私を狙うなら私だけを狙えばいい。どうしておじさんが」

「まだお前を狙った者と同一人物が犯人だと決まった訳ではない」

「だけど、だって!」


 大きな魔力の持ち主がそう何人もいるとは思えない。

 私の周りにばかり影が見え隠れするのもおかしいじゃないか!

 きっと頭の良いフォルもそう思ってるはずなのに、今それを言わないのは彼の優しさだ。


 どうしよう。可能性を否定したかった……だけどやっぱり私絡みなの?私と係わったせいでもしおじさん達を巻き込んでしまったのなら、どう詫びれば良い?

 おじさん子供が3人いるんだって。隣の国で帰りを待ってるって言ってた。このラグの飾り紐は長女が織った物だって。帰る頃には孫も生まれて俺はおじいちゃんになるんだって照れながら話してくれたのに。

 ううん、おじさんだけじゃない。他の商隊の人達にもそれぞれ家族が居て帰りを待ってるに違いないのに。

 変わり果てたおじさん達の顔が焼き付いて離れない。


 息も出来ずに布の膨らみを凝視していた私の視界が柔らかな闇で覆われた。


「もう、見るな。お前のせいではない」

 

 答えられない私にフォルクマールは言葉を続ける。


「何もわかっていないのだ。襲われた経緯もその思惑も何もかも。わかっているのは手を下したのが力のある魔導師、その一点だけだ」

「でも、私の顔見知りをわざわざっ……!どう考えても私っ……」

「マツリ」


 遮るフォルクマールに私はまた口を噤んだ。


「コンラドゥスは軍が取り締まってるとはいえ治安の良い国ではない。商隊が襲われる事は珍しくない。旅をする者はヴェラオであろうとタムカであろうと、皆覚悟をして街道を行く」


 言いたいことはわかる。巻き込んだとか関係なしに危険はすぐ傍にあるのが普通なんだと言いたいんでしょ?

 それはそうかもしれないけど、だからと言って私に圧し掛かるこの重圧感は消えない。

 私の苛立ちが伝わったのだろう。

 フォルクマールは手を外さないままコツンと私の頭に額をぶつけた。


「なぁマツリ。人は死ぬとどこへ行くか知ってるか?」

「…そんなの知らない。死んだ事ないしっ」

「ここでは魂は創始の泉に還る」

「創始の泉?」

「神想書によるとルース神が最初に降り立ったとされる泉だ。万物はルース神の吐息より生まれルース神の足下へと還る。世界中の魂が神の元で一つとなり攪拌され等しく世界に降り注ぐんだ。分け隔てのない平等を重んじて、”死”を慶事とする土地もあるな。死を必要以上に嘆かない。手を伸ばせばどこにでも失われた大切な者の欠片が散らばっているのだから。そう教義も説いている。まぁ、その、全ての者がそうとは、言えないん、だが……?」


 自嘲しているかのように笑うフォルクマール。振動が頭に伝わる。


「だから何が言いたいのよっ」

「こちらの者は死を真っ直ぐ受け止める素地が出来ていると話しているんだ。この者達の魂はすでにルースの下へ還っている。世界へ、家族の下へと帰るのも近い。生き残った者は嘆くよりも前へ進む。責任を感じると言うなら――ならばお前も背負え」  


 僅かに強められたお腹を支える彼の腕。

 か弱い女である私に”背負え”というのはいささか乱暴だとも思うけど、フォルはずっとそうしてきた。

 私の知らない人たちを、そして箱庭で失った彼の大事な部下達も。みんなみーんな背負って。

 あの時苦しげに吐き出した彼の本音を私は覚えている。他の人はきっと知らない、私とフォルクマールだけのあの静かな時間。

 彼は私の今の思いを誰より良く知っているんだと思う。


 …認めなくちゃ。

 今回の事はたぶん私に関係している。目的は私への嫌がらせかもしれないし、他の理由かもしれない。

 だけど、どんな理由であろうと、無関係な人を巻き込む卑怯なやり口は許さない。許せない。

 私は目を覆ってくれたフォルクマールの手の平に自分の両手の平をそっと重ね合わせた。

 体の強張りがとれ開いた口から出たのはため息だったのか。ふうぅと長く音が響いた。

  

「……フォル、おじさん達もう苦しくないかな?」

「ああ。神の御許で時を待っている」

「家族の人に、どうやって知らせたらいいの?」

「タムカのギルドに連絡すれば家族まで伝令がいくだろう。次の町で報告を入れるから大丈夫だ」

「そか。良かった。知らないままなのは待ってる人が辛いもんね」

 

 覆われた瞼が熱を持ってきた。


「……私、がんばるから」

「うん?」

「ちゃんと、背負う。やられっ放しは嫌い。だからおじさん達の仇はとるし、何か企んでるならぶち壊すし、捕まえてやる。絶対、懲ら、しめてやる。もう苦しい思いを誰かにさせるのは嫌だ、から」


 私の決意に返答はなかったけど、クイッと後ろに引き寄せられたので聞いてはいるのだろう。

 私の背中はフォルクマールの厚い胸板に激突した。

 痛いと文句を言ってやるつもりだったのに出てきたのは嗚咽で……。


 何度繰り返しても成長しない自分の不甲斐なさ、後悔はとても苦い。

 こんなんじゃ巻き込まれる周りの人はたまったもんじゃないだろう。

 泣いたって状況が変わることはないなら、フォルの言うとおり前を向くしかない。自分を哀れむ涙ならおじさん達にも失礼だ。


 私は奥歯を噛み締めて涙が零れるのを防いだ。 


 姿を見せないなら、引っ張り出してやるまでだ。 

 私にケンカを売った事を後悔させてやる。



 それでも震える唇を私は必死で閉じた。

 手の平が濡れるのに気づいているフォルクマールは何も言わなかった。

 ただ黙って私の視界を塞ぎ続けてくれたから、私は暗闇の中で静かにおじさん達にさよならをした。



 風が慰めるように優しく枯葉を揺らす。競うように木々も枝を揺らした。

 レクイエムのような歌を、佇む私達は静かに聴いていた。 

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