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第14話 ワキガ勇者が再起する

- 情報屋ヘイブル -


ヨシハルの思考はフリーズしていた。

若い優男を装っているはずのレイが、今日は可憐な乙女の姿である。


男は単純。

予期せぬギャップを見ると、心臓がバックバクしてしまう。


フリフリのワンピース姿でメイクもバッチリ。

同じ髪型であっても雰囲気が全く異なる。

昨日とは、まるで別人であった。


一度意識してしまうと、平然を装ったところでドキドキは治まらない。

変に動揺する自分を隠すようにして、ヨシハルはレイに尋ねた。


「ど、どうしたの?その格好……。」


レイは顔を少し赤らめると、はにかんだ表情で答えた。

「…ちょっとね。」


ズッキューン!


この返しは強烈である。

女性に対する免疫がない童貞には、ますます相手を意識せざるを得なくなる返しであった。


ここで、「どう?似合う?」とか「どう?可愛い?」とか言われていれば、男心に刺さりはしない。


可愛いと言ってもらいたい女心と、男の感覚には大きな違いがあるのだ。


自分にどこか自信がある女性は、大抵はここで褒めてもらおうとしてくる。

それに対して男は、「似合ってるね」とか「可愛いじゃん」と褒めはするが、そこから恋心に発展することはない。


そこでお終い。

どちらかというと、面倒くさい女というレッテルを相手に貼ることがある。


これが、はにかんだ表情で「ちょっとね」とか言われると、男の思考は勝手に迷走を始めてしまう。


あれ? もしかして、その姿は俺のため? とか。

彼女の可愛さを知るのは俺だけ? とか。

彼氏とかいるのかな? とか。


こんな感じで、ヨシハルの頭の中は一瞬の内に色んなことが駆け巡っていた。


次のひと言が王手。

レイの次のひと言で、ヨシハルは恋に落ちる。


さて、その大切な次のひと言は……。


残念なこと?に、レイは男慣れをしていなかった。

老婆に言われて乙女の格好とメイクをさせられたものの、自分をどう演じて良いのやら見当もつかないのだ。


「ど、どうかな?」


レイの次のひと言は、一番駄目な言葉で発せられた。

自分に自信があるわけではない。

単純に感想を聞いてみたかったのだが…。


ヨシハルの振り切れ寸前となっていた心の音律トーンは、一気に急降下していった。

そして、いつも通りの旋律リズムに落ち着く。


「驚いたよ。似合ってるじゃん。」


はい、終了。

恋に至ることはありませんでした。


ニッコニコの笑顔を浮かべている老婆の眉が、ピクッと動く。

ヨシハルの心の変動に気付いていないレイは、自分の姿を褒められてちょっと嬉しかった。


「そう…かな? えへ。ありがとう。」

「そういえば、合鍵はもう出来てる?」

「う、うん。出来てるよ。ちょっと待ってね。」


ウキウキで合鍵を取りに店の奥へと入っていくレイ。

その姿を見て、老婆は心の中でチッと舌打ちをした。


「さて、さすがは勇者様だえ。王女様を早くも助け出されたとは、本当にお見事ですえ。」

「さすがに情報が早いな。」

「ふぇふぇふぇ。」


老婆の顔は普段通りに戻っていた。

さっきまでの気色の悪い笑顔は、一体何だったのだろうか。


「婆さんの情報は確かだったよ。それで、何か御礼をしたいと思うのだが。」

「ふぇふぇふぇ。あれはばばの独り言ですから、御礼の必要は本当にないですえ。」

「いや、それでも助かった。」


ヨシハルは腰のポシェットに手を忍ばせると、数枚の金貨を取り出そうとした。

それを老婆が止める。


「ふぇふぇふぇ。お伝えした通り、売り物にならない情報でしたので、お代は受け取れませんえ。」

「そうか…。じゃあ、何か望むものはないか?」


……。


老婆はしばらく考え込んだ。

すると、店の奥に合鍵を取りに行っていたレイが戻ってくる。


「お待たせ。」

「サンキュ。」


ヨシハルはレイから合鍵を手で受け取った。

そのやり取りを見ていた老婆が、思いついたように細い目をカッと見開くと口を開いた。


「ふぇふぇふぇ。 それでは、勇者様に1つお願いがありますえ。」

「お?おう。遠慮なく、何でも言ってくれ。」


ニヤリとする老婆。

その顔は、とても無茶なことをお願いしてくるのでは…。

そんな予感がして、ヨシハルは少し身構えてしまう。


「もし良ければ、勇者様のヘクスカリバーを見せて下され。それが、ばばの願いですえ。」

「へ? そんだけ?」

「それだけですえ。」


拍子抜けしたヨシハルは、頭をガシガシと掻いた。


「何か…それだけだと、御礼にならない気がするんだが…。」

「いえいえ。ばばにとっては、冥土の土産に十分ですえ。」


……。


まあ、いっか。

出でよ!ヘクスカリバー!


ヨシハルの両手に双剣ヘクスカリバーが現れた。

それは、魔除石像ガーゴイルとの闘いで進化を遂げた勇者の剣。

条件分岐スキルツリーを選択したことによって、右手は聖剣、左手は魔剣となっていた。


七色に輝く剣身には、左右で異なる焔が立ち昇っている。

右手は光の焔。

左手は闇の焔。


興味津々でレイが覗き込んでくる。

「すごーい! これが勇者の剣か~。」


ウォーレンは首を傾げた。

「何か、見た目が変わってないか??」


老婆は顎に手をあてて、双剣ヘクスカリバーをまじまじと見てくる。

そして、何かに納得したかのように強く頷いた。


「ほほう。これは、すでに1つ進化しておりますえ?」

「さすがだな。分かるのか?」

「ええ、分かりますとも。勇者様は聖剣か魔剣のどちらかをお持ちになるものですえ。その両方を持たれているとは、ばばはとても驚きましたえ。」


ヨシハルは、ちょっと得意気な気持ちになった。

聖剣と魔剣の双剣。

改めて考えてみると、厨二病バリバリの選択ではあったが、まあ…ノープロブレムだろう。


「本当にこんなことで良いのか? 何か申し訳ないような…。」

「いえいえ。感謝しますえ。 因みに次の選択肢、六角形の升目ヘクスは出ておるのですかえ?」


「六角形の升目ヘクス?」

「そうですえ。勇者様の剣は、六角形の升目ヘクスの形をした条件分岐スキルツリーがあって、その選択によって進化する道が変わると聞いておりますえ。」


そうか…。

確かに「聖」と「魔」を最初に選択した時の条件分岐スキルツリーは、六角形の升目ヘクスの形をしていた。


なるほど、HEXAGONを略したHEXね。

だから、ヘクスカリバーだったのか。


ちゃんと名前に意味があったのね。

エクスカリバーのバッタもんネーミングかと思っていたやw


「まだ新しいのは出ていないな。 それにしても…やけに詳しいんだな。」

「ふぇふぇふぇ。それが飯の種ですからえ。」


本当に謎深き老婆。

やはり、この情報屋ヘイブルは只者ではない。


ヨシハルとウォーレンは、自分たちの屋敷に帰ることにした。

情報屋ヘイブルを後にする。


その店内では、老婆が白い目でレイを見ていた。

老婆の冷たい視線を感じて、オドオドしてしまうレイ。


「な…何? 何かマズいことした?」

「はあw あと一歩だったのに。お前さんは、本当にまだまだだえ。」

「え?何? 何があと一歩だったの??」


「もういいから。顔を洗って早く着替えな!」

「え?何で? 何で怒ってるの?」


あの時。

次の言葉一つで、間違いなく恋が芽生えていた。

それを知るのは老婆だけである。



場面は移る。


- 何かオドロオドロしい城 -


「魔王様……。只今、戻りました…。」


緊張した面持ちで、男は声を絞り出すように言った。


その深く被ったフードから覗くオオカミの顔は、大粒の汗が鼻をビチャビチャに潤している。

その男は、情報屋ヘイブルを訪れた人狼ライカンスロープであった。


人狼ライカンスロープの目の前には蚊帳があり、その中にはゆっくりと動く影だけが見えている。


蚊帳の中にいるのは魔王。

部下であっても恐ろしき存在である。


「早かったねえ。もう、勇者の情報を聞いて来たのかい?」


蚊帳の中から聞こえてくるのは女性の声。

その魔王は女性である。


「それが…情報屋が申しますには、1週間ほど待って欲しいとのことでして……。」


魔王の機嫌を損ねてしまわないかと、人狼ライカンスロープは内心冷や冷やしながら答えた。


……。


沈黙。

人狼ライカンスロープは、ゴクリと唾を呑み込んだ。


「そう…それは残念ね。まあ良いわ。焦ることはないのだから。」

「も、申し訳ありませぬ。」


其方そなたが謝る必要はない。それにしても、楽しみでしょうがないねえ。」

「楽しみ…ですか?」


「そう。今度の勇者は、どんな味がするんだろうねえ。」

「……。」


蚊帳の中にいるのは絶対的強者の魔王。

その二つ名は“勇者喰い”である。


恐ろしい。

人狼ライカンスロープは、改めてそう感じていた。


普通ならば、魔王は勇者の出現を望むものではないだろう。

しかし、この御方は違う。

新たな勇者が出現することを心待ちにしていたのだ。


「帰還の印綬をお返ししておきます……。」

人狼ライカンスロープは、懐の中からハートの形をしたペンダントを取り出すと、そばにあるテーブルの上に置いた。


それは特殊道具アーティファクトの一つ。

どこからでも、一瞬で主人の下に戻ることが出来るという、極めて貴重な道具である。


「はぁ~、楽しみで待ちきれないねえ。」


蚊帳の中から聞こえる声に身の毛がよだつ。

人狼ライカンスロープは深々と一礼すると、そそくさとその部屋を後にした。



《ポルファス王国 王都》


ヨシハルとウォーレンは、自分たちの屋敷の前まで帰ってきた。

その二人の後ろには、まだ尾行を続けていた赤毛の女性がコソコソと隠れている。

そして、また地団駄を踏んでいたのであった。


何で?

何でなの?

あいつ、絶対に人間じゃないわよっ!!


吹き矢の猛毒の針はすでに無くなってしまった。

残っているのは眠りの針が1本だけだ。

きっと、これもあいつには通用しないのだろう。


赤毛の女性は、その幼さの残る顔に大粒の涙を目に浮かべていた。

それには理由がある。

彼女は暗殺者アサシンである。


そして、とある指令を受けて第6王子の暗殺を試みた。

しかし、それをあと一歩のところで、勇者に邪魔をされてしまう。


暗殺は失敗に終わった。


実は、それは彼女の初仕事。

暗殺に失敗した彼女は、組織から責任を追及されることとなった。


暗殺者アサシンは失敗が許されない。

自分が始末されることを覚悟していたところ、彼女に一筋の光明が授けられる。


第6王子暗殺を依頼してきたクライアントから、新たな依頼が入ったとのことであった。

それが、勇者の暗殺である。


王女と勇者が結婚するようなことが生じれば、勇者が次の国王の座につく可能性が高くなる。

その為、早急に勇者を暗殺せよとの依頼であった。


正直、魔王を倒して世界を救おうとしている勇者を暗殺するという行為は、如何なものだろうかとは思っている。

だが、自分の命には代えられない。


組織は自分に最後のチャンスをくれた。

勇者暗殺を見事成し遂げたら、先の失敗を不問にすると約束されたのだ。


だから、あの勇者を仕留めないと自分がヤバい。

でも、あれは変人。

人間とは思えない。


もう、何本の猛毒の針を打ち込んだのだろう。

数え切れない数だ。

それでも、平然と笑いながら歩いているのである。


勇者と戦士は、大きな門を開けて中に入っていった。

恐らくは、ここがアイツらの拠点に違いない。


こうなったら、勇者が一人になったところで、きっちり仕留めてみせる!

そう覚悟を決めて、赤毛の女性は懐に忍ばせた短剣を握った。


それにしても、何であの二人は、あんな良い匂いがしているのだろう。

香水の匂いは苦手だ。

だから、あれはきっと香水ではない。

何なのだろう??


そう思いながら、赤毛の女性は軽やかに塀を飛び越えると、その中に入った。

茂みに身を隠して辺りの様子を探る。


誰もいないことを確認した彼女は、首元のペンダントを握るとそれに口づけをした。

すると、偽りの姿から彼女の本当の正体へと変化する。


彼女の赤毛の頭に、ひょこんと飛び出したのはケモミミ。


そう。

彼女の正体は獣人であった。

その名前をニチカという。


屋敷に近づいたところで、ニチカはケモミミをそばだてて中の様子を窺った。


……。


声が聞こえる。

それも複数人。

どうやら、あいつには他にも仲間がいるようだ。


ん?

先に風呂に入ると言ったようだぞ?


これはチャンス!

丸裸になっているところで仕留める。


ニチカは、急いで屋敷の裏手に回ることにした。


「うわっ。すっごいお風呂…。」


壮大な露天風呂を見て驚いたニチカであったが、すぐに自分の使命を思い返す。

慎重に風呂場の中の様子を窺った。


全身丸裸で入ってきたのは勇者と戦士。


「何であんな大量の針が、俺の服に刺さっていたのかな? ウォーレン、ちょっと背中を見てくれる?」

「うむ。どれどれ……何ともないぞ。」


そんな会話をしながら、勇者と戦士が風呂イスに腰を掛ける。

何ともないあんたが変人なのよっ!

そう思いながら、ニチカは襲撃するタイミングを探る。


まずは脇から石鹸で洗い始めた二人。


……。


人間って、脇から身体を洗うものなのかしら?

そのシュールな光景を見たニチカは疑問に思った。


「あの戦士が邪魔ね……。」


流石に陰から襲い掛かるとはいえ、勇者相手に2対1は無理であろう。

何とか、勇者を一人にしなければ。


ニチカは、眠りの針を吹き矢にセットした。


「俺は、先に露天風呂に行ってるからな。」

「おう。我は三度洗いしてから行くぞ。」


三度洗い??

なんのこっちゃか分からんが、これはチャンス!!


ニチカは吹き矢を放った。

プスッ!

その眠りの針は、見事にウォーレンのおしりに突き刺さる。


「んっ! ふが、ふが…ふが…。」

その場で前のめりになったウォーレンは、そのまま眠ってしまった。


「よしっ!やったわ!」

静かにガッツポーズをして喜ぶニチカ。


「よくやったでありんす。」

「まあね。ざっと、こんなもんよ。」

「それでは、あちきはヨシハルを襲うでありんす。」

「それは私の仕事よ………って、誰!?」


ニチカは、驚いて後ろを振り向いた。

そこに立っていたのは、全身真っ裸の透けてる女。


……。


オ・バ・ケ・?


「うっぎゃーーーーーーっ!!!」


残念なことに、ニチカは幽霊の類が大の苦手である。

口から泡を吹いて、その場で卒倒してしまった。


「あら?」

そのニチカを見て首を傾げるミカズキ。


「どうしたっ!!」

女性の悲鳴を聞いたヨシハルが駆け付けてきた。


そのヨシハルの目には、泡を吹いて仰向けに倒れて失神しているニチカよりも先に、真っ裸のミカズキの姿を捉えてしまう。


「あら?」

ヨシハルのヨシハルを見て、頬に手をあてて恥じらうミカズキ。


ミカズキは付喪神ツクモガミである。

それを承知していても、やはり元気になってしまうのは仕方がない。

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