第13話 ワキガ勇者が硬直する
巨大な飛空艇を降りたワキガ勇者とワキガ戦士は、王宮の中に案内された。
2人の気分はブルー。
謁見の間に行けば、またも大勢の人に囲まれることになるだろう。
とても名誉なことであるのだが、この2人にとっては苦難でしかないのである。
人前に出ると緊張する。
すると、脇汗はワッショイワッショイお祭り騒ぎ。
呼んだ?
オイラの出番かな?
いっちゃう?
そんな感じでどんどん溢れ出てくるのだ。
どれだけ制汗バッチシでも出るものは出る。
それが脇汗。
だから、絶望の脇臭持ちにとっては、人前に出るシチュエーションは好ましいものではない。
さりげなく自分の絶望の脇臭を確認したヨシハル。
その仕草は一瞬。
【絶望の脇臭レベル】
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Lv.0 □□□□□□□□□□ Lv.10
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無臭。
なんて素敵。
でも、この幸せはとても儚いのだ。
昨日と同じ、とても豪華な応接室に案内された2人。
ここで待機させられることになった。
ウォーレンは両刃の戦斧を衛兵に預けた。
それを大事に抱えて部屋を出て行く衛兵たち。
応接室に残されたヨシハルとウォーレンは、2人だけとなった。
「ここはどこでありんす?」
すると、待ってましたとばかりにミカズキが姿を現した。
「ここは王宮だよ。王様がいる城さ。」
ソファに深々と腰を掛けたヨシハルは、ミカズキの疑問に答えてあげた。
物珍し気に部屋の中を物色する半透明のミカズキ。
物色するといっても手で触れることは出来ない。
念力で、色々な物を宙に浮かせているのであった。
その嬉しそうにする雰囲気は無邪気。
その様子が微笑ましく思ったヨシハルは、テーブルの上に置かれている黒塗りの木箱を何気に開けてみた。
その中に入っていたのは、それぞれ違った絵柄と数字が書かれた幾つものカード。
色彩は4色に分かれており、1枚1枚に服装やポーズが異なる人物が描かれている。
大きく分けると次の通りの4種類。
緑色 = 貴族
赤色 = 騎士
黒色 = 魔術師
青色 = 商人
そして、絵柄の下には、1~13までの数字が書かれていた。
「へえ~。トランプか~。」
元いた世界にあったトランプとは若干の違いはあるものの、似たようなテーブルゲームがあることにヨシハルは感動した。
「うむ? それは何だ?」
「それは何でありんす?」
ヨシハルが手に持って眺めているカードが気になって、ウォーレンとミカズキがそれを覗き込む。
その目は興味津々。
「ん? 2人とも、これを知らないのか?」
「知らんな。」
「知らないでありんす。」
このカードの遊び方を説明するヨシハル。
トランプ初心者でも楽しめる“ババ抜き”のルールを教えることにした。
「やってみる?」
「やる」
「やるでありんす。」
木箱の中からカードを取り出していたヨシハル。
途中でその手をピタリと止めた。
「どうした?」
「どうしたのでありんすか?」
木箱の底には、トランプで言うところのジョーカーと思われるカードが入っている。
その絵柄は死神っぽい。
黒いローブを纏った骸骨が鎌を携えており、典型的な死神っぽい絵である。
そして、数字の代わりに魔王という文字が書かれている。
その数は6枚。
「これ、ジョ・・・魔王カードだと思うんだけど、なぜか6枚入ってるんだ。」
「何か不思議なことか?」
「いや・・・枚数が多いなあと思ってな。」
「そうか? 魔王が6体いるんだから、普通じゃないのか?」
・・・・・・。
「ん?」
「ん?」
「ウォーレン、君はいま何て言った?」
「魔王が6体いるんだから、6枚あるのは普通じゃないのか??」
「・・・魔王って、6体いるのか?」
「いるぞ? 知らなかったのか??」
うそーーーーーんw
苦虫を噛み潰したような顔をしたヨシハル。
勝手に魔王は1体だけだと思い込んでいたのである。
「あの女神様・・・本当に色々と不親切だよなw」
ガックリときたヨシハル。
まだ始まってもいないワキガ勇者の魔王討伐であるが、その道のりは長くなりそうな予感しかしないのであった。
「それよりも早くやろうじゃないか!」
「早くやりたいでありんす。」
目を輝かせて催促するウォーレンとミカズキ。
仕方がない。
明日から頑張ろう。
俺。
ヨシハルは6枚ある魔王カードの内、1枚だけを残して他を木箱に仕舞った。
そして、カードを順番に配っていく。
ミカズキはそのカードを手に持つことが出来ない為、念力の力で宙に浮かせていた。
ババ抜きは盛り上がった。
3回やって、3回ともババを手元に残したのはミカズキ。
その顔の表情で、魔王カードの場所がすぐに分かってしまうのだから、結局は相手にならない。
そんなこんなで、かなりの時間を待たされている勇者パーティー。
ヨシハルとウォーレンには眠気が襲ってきた。
そして、眠りに落ちた2人。
ヨシハルは幸せな夢を見ていた。
それは、元の世界で心から待ちわびていた願い。
ワキガ手術である。
手術台に寝そべるヨシハル。
何故か、手術医は手術着姿のウォーレンで、その助手は手術着姿のミカズキ。
「それでは、今から手術を始めます。」
と、両刃になっている不思議なメスを手にした手術医ウォーレン。
「先生、ババを忘れているでありんす。」
手術医ウォーレンに耳打ちする助手ミカズキ。
「お、忘れていた。ヨシハルさん、ババをした方が良いですか?」
「はい?」
何だババって?
まるで麻酔を打ちますか?みたいな感じで、手術医ウォーレンが真顔で聞いてくる。
幸せな夢のはずが、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
「ババ代は、金貨200枚です。」
「はい。じゃあこれで。」
そう言って、手術台に寝そべるヨシハルは、深紅乃奇跡を1枚手渡した。
「お、おま、そ、それをどこで手に入れた??」
その深紅乃奇跡を見て驚く手術医ウォーレン。
「足りませんか? まだまだありますよ?」
そう言って、深紅乃奇跡を大量に取り出した手術台に寝そべるヨシハル。
「いや、それをどこで手に入れたんだ!? それは深紅乃奇跡と言ってな。その葉一つで宝石並みの価値があるんだぞ!?」
「知ってます。だから、早くババして下さい。」
我ながら、ババしてって何だ?と思いはする・・・が夢の中。
ヨシハルがずっと待ち焦がれていたワキガ手術。
それが一向に進まない。
「そ・・・それだけあれば、大豪邸を立ててもお釣りがくるぞ。」
「それは良かった。じゃあ、早くババして下さい。」
全く手術を行う気配がない手術医ウォーレン。
「先生? 早くババして下さい。」
必死で催促するヨシハル。
「先生、もう手遅れでありんす。」
助手ミカズキが落胆した声で呟いた。
その姿は、なぜか急に裸エプロンに変わっている。
「え?何で? 早く、早くババして下さい・・・。」
「もう手遅れでありんす。」
「そんな!!」
「・・・・・。」
寂しげに笑った助手ミカズキ。
その手には魔王カードが握られていた。
お願いします!!
ババを!
ババを~っ!!
ババをして~~っ!!!
コンコンコン。
応接室の扉がノックされた。
ハッと夢から覚めたヨシハル。
夢か・・・。
どのくらい寝ていたのだろうか?
何かすごく嫌な夢だった。
ノックの音に反応して、ミカズキは黒い簪に戻っていた。
ウォーレンは、まだイビキをかいてぐっすり眠っている。
ヨシハルは扉に向かって返事をするとウォーレンを叩き起こした。
やっと謁見の間に案内されることになったワキガ勇者とワキガ戦士。
もちろん、応接室を出る前に制汗タイムはバッチシ済ませてある。
結構な時間が経ったようであり、外はすでに夕暮れに移り変わっていた。
謁見の間に繋がる大きな扉。
それを左右に立つ騎士が観音開きに開く。
パーパパパーパパパーーーッ!
トランペットの音が響く。
昨日と同じ、紙吹雪でも降り注がれるかのような音だ。
玉座に繋がる真っ赤なカーペットを歩くヨシハルとウォーレン。
周りから注がれてくる拍手喝采と羨望の眼差し。
昨日と様子が違うのは、貴族の姿がとても多い。
それも男性だけではなく、豪華なドレスで着飾った女性の姿もたくさん見られるのであった。
カーペットを歩くヨシハルとウォーレンを見つめる貴族の女性たちは、黄色い声を発した。
「勇者様素敵!なんて“精悍”なお姿なのかしら!」
それを聞いたヨシハルとウォーレンは、耳をピンと攲てる。
ん? 制汗?
貴族の男性たちからは喝采の声。
「王女様を見事お救いして、無傷で“生還”されたとは! 素晴らしい!」
ん? 制汗?
勇者と戦士を褒め称える騎士たち。
「なんて“誠貫”なる御方だ!」
ん? 制汗?
ん? ん? ん?
あちらこちらから“制汗”という言葉が聞こえるぞ?
え?
まさか・・・。
バレてないよね??
ヨシハルとウォーレンは互いに顔を見合わせた。
その表情は引き攣り気味である。
その頃。
王都にある情報屋ヘイブルには来客の姿があった。
店の中に入ったのは1人の女性。
赤毛のショートカットで革の鎧を身に纏っている。
身長は低め。
その容姿は幼さが残っているような女性である。
不思議にも全身が傷だらけ。
革鎧も至る所に傷や破れが目立っていた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですかえ?」
手のひらで、銀貨を表と裏に交互にひっくり返す老婆。
・・・・・・・。
その意味を赤毛の女性は理解していなかった。
そして、別の意味でそれを捉えた。
「お金なら持ってるわ。だから、勇者の弱点を教えてほしい。」
それを聞いて首を傾げた老婆。
「はて? 勇者様の弱点ですかえ? 知りませんねえ。」
「隠してないで教えて!教えてくれないとウチがヤバいの!!」
必死に老婆に縋り付く赤毛の女性。
「そんなことを言われても・・・困りますねえ。」
首を傾げながら真顔で答える老婆。
赤毛の女性は唇を噛み締めた。
「・・・・出直すわ。」
怒りの心境をグッと堪えて、赤毛の女性は已むなく店を後にした。
その赤毛の女性と入替るようにまたも来客。
その来客は、深く被ったフードからオオカミの顔がチラッと覗いている。
人狼と呼ばれる獣人の男性であった。
その姿を見て、細い目をカッと見開いた老婆。
「これはこれは。珍しいお客様だえ。お久しぶりですえ。」
そう言って、手のひらで銀貨を表と裏に交互にひっくり返す。
「裏だ。魔王様の使いできた。」
「ほう?」
「勇者の情報をよこせ。」
「・・・高くつきますえ?」
「かまわん。」
「・・・・・・。」
しばらく黙り込んだ老婆。
「かしこまりましたえ。 今は情報がないので1週間お待ち願えますかえ?」
「良いだろう。1週間後にまた来る。」
そう言うと、人狼はフードを深くかぶり直して、颯爽と店を出て行ったのであった。
「レイ、レイや。」
店の奥に声を掛ける老婆。
「何? 婆ちゃん。」
濃茶色のオーバーオウルのポケットに両手を突っ込んだ格好で奥から出てきたレイ。
「お前さん、勇者様と夜伽しな。」
「・・・・は?」
「勇者様のアソコの大きさから性癖まで、全部調べておいで。」
「・・・・は?」
一方。
ヨシハルとウォーレンは、謁見の間での苦難を何とか乗り越えた後であった。
王様から褒め称えられて褒美を受け取ったヨシハル。
謁見の間を出ると、すぐに閑所に2人が駆け込んだのは言うまでもない。
無事に制汗タイムを終えた2人は話し合った。
あの恐怖の超高速エレベーターを使って地上に戻ることは回避したい。
バウだ。
あいつを探して、瞬間移動で帰ることにしよう。
と、企てた2人。
しかし、王女様にベッタリのバウとは、残念ながら簡単に会えるものではなかった。
因みにバウは、2人が自分のことを探している気配を匂いで察知していた。
でも、アナーシアと離れるのが嫌だから無視していたのである。
あひゃひゃひゃひゃっひゃひゃひゃひゃっ!
あひゅひゅひゅひゅっひゅひゅひゅひゅっ!
仕方なしに恐怖の超高速エレベーターで地上に戻った2人。
まだまだ慣れることはない。
「はあ、はあ、はあ。これは本当にキツい。」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ。これは本当にイカん。」
毎回、王宮に呼ばれる度にこれを経験しないといけないと思うだけで身が持たない。
- 瞬間移動 -
ヨシハルは、これを会得する決意を固めたのであった。
「さて、情報屋ヘイブルに寄って御礼してから帰るか。」
「うむ。そうだな。」
疲れた笑顔を互いに向けて歩き出した2人。
その道中では、ヨシハルの身体にプスプスと何度も針が刺さっていた。
それに全く気付いていないヨシハル。
何で!!
何でなのよーーーーーっ!!
物蔭で地団駄を踏む小さな影。
それは、情報屋ヘイブルにいた赤毛の女性である。
そのまま、ヨシハルとウォーレンは情報屋ヘイブルの扉を開けて中に入っていった。
その姿を物陰から確認していた赤毛の女性。
「なるほどね。グルだったのね。だから勇者の弱点を教えなかったわけね。」
一方。
情報屋ヘイブルの中に入ったヨシハルは硬直していた。
目の前にいるのは、ニッコニコの笑顔を浮かべた老婆。
その後ろには、恥ずかしそうに店の奥から出てきたレイ。
その格好は、とても可愛らしい女性。
フリフリのワンピース姿でメイクもしている。
昨日見た若い優男を装ったレイとは、打って変わって別人のようである。
どうした?
どうしたの?
ヨシハルの思考はフリーズしていた。
男は単純。
これまで意識していなかった女性が、雰囲気が変わっただけで心臓はバックバク。
一度意識してしまうと、平然を装ったところでドキドキは治まらない。
こうなると、相手を素敵だと思う部分だけが、どんどん目についてしまうのだ。
目の前にいる可愛らしい女性から目が離せないヨシハル。
フェロモン脇臭がアクセル全開となる準備が整ってしまっていた。




