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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
29/42

事件



 それは中学ニ年の、クラス替え直後の出来事だった。


 タケルは、吉田クンというタケルより体格の良い新しいクラスメートから、 例によって、からかい半分の言葉を受けた。

 吉田クンは、数年前に船橋の商業地区から佐倉の新興住宅地に引っ越してきた子で、 他の同じ年の生徒達より、ちょっとマセた感じのする男子だった。


 タケルは吉田クンのひやかしを、完全に無視した。

 しかしタケルの幼馴染みの、多治見(たじみ)クンという友人の方が、それに過剰に反応し、 ちょっとした口喧嘩が始まって、それが次第に収集の付かない状態に広がり始めた。


 多治見クンは、体は小さいけれど気が強く、仲間内では口が立つ方だった。

 一方、吉田クンは、多治見クンより頭二つ分も大きくて、 しかも繁華街で大人に揉まれて育ったせいか、 多治見クンなんて相手にならないほど口が達者だった。

 口論が始まると、すぐにクラス中の男子が一斉に立ち上がり、バラバラと三つのグループに分かれた。

 女子のほとんどと、一部の気の弱い男子達は、急いで廊下に逃げだし、 残った気の強い女子達は、前の黒板の方に一塊りになって、横からギャーギャー口を出す。

 最初に挑発を始めた、吉田クンの『新興住宅地のよそモン一派』と、 タケルの『大沼サンのイナカもん一派』が、口々に汚い言葉でののしり合う。

 その間で、新しいクラスでどっちの味方に付くか決めかねている連中が、 双方の優劣を見極めようとウズウズしていた。


 タケルはその怒声が飛び交う間で、腕を組み、口を曲げて黙っていた。

 いつもなら優等生らしく、すぐ事態を収めて自分が我慢してしまうところなのだが、 この日はどうにも、体の奥からタケルを盛んに煽りたてるモノがあった。

 心の方は、一生懸命、冷静になることを言い聞かせていたにも関わらず。



  言いたいコト言わせてねーで、やっちまうべ?

 

  や、それはダメだって。いつも通り笑って流せ!



 急に大きくなってしまった、ケンカを売られた「男」としてのプライドと、 神社のおぼっちゃまとしての立場が心の中で葛藤する。

 そうこうしているうちに、怒声に交じって些細なモノが飛び交い始めた。

 ペンケースやノートやクリアファイルが、バカにするかのようにお互いの方に放り上げられ、それを手で払いのける。

 気の強い女子達が、足元に転がってくるそれらの文具や、チョークや黒板消しを、「やめなさいよー!」とか言いながら、男子が睨みあう方にフルスイングで投げ返してくる。

 そのせいでめるどころか、逆に男子達のちゃちな闘争心に油を注ぐことになって、 次第に黒板消しが二つ、男子両派の間をドッジボールのように激しく往復するようになり、 白い粉がモウモウと舞い上がり、険悪なムードに拍車をかける。

 そしてついには固い学生カバンが、相撲の『座布団の舞い』のように飛び交い出した。


 それでもタケルは黙ったままで、『イナカもん一派』をなだめることも、『よそモン一派』を止めることもしなかった。

 口汚いののしり合いもピークに達した時、誰かの投げた学生カバンが、 背の高い吉田クンの頭に、ブーメランのように回転しながらブチ当たって落ちた。

 吉田クンはいかり狂った。

  いかって、落ちたカバンを引っ掴むと、 目の前で言い合っていた多治見クンの坊主頭に、縦に思い切り殴りつけた。

 多治見クンは、声もなくその場に崩れ落ちた。



「きゃぁぁぁぁぁっ!」   

「ジミちゃん!!」



 女子と、イナカもん一派からどよめきが上がり、数人が多治見クンのそばに駆け寄った。

 吉田クンは、一瞬 やべぇ、という顔をして手にしたカバンを放り投げると、


「おめーら、牛臭ぇんだよ!」


 と、苦しい捨て台詞を残して、よそモン一派を引きつれ、教室から出て行こうとした。

 すると吉田クンの前に、タケルが無言で立ち塞がった。


 吉田クンは、タケルを見てギョッとした。


 タケルは無表情で、ちょうど左手を前に、右手には誰かの机を持っていて、 それを肩の後ろに振りかぶったところだった。

 吉田クンとその一派は、次に起こる惨劇を瞬時に予測し、 目を見開き、両手を頭にかざしてしゃがみ込んだ。

 それとほぼ同時に四角い机が




    ブンッ!!




 とくうを切って、彼らの頭上をまっすぐに飛んでいった。


 



  ガッシャーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!




 乾いた音を立てて、大きな窓ガラスが粉々に砕け散る。


 タケルの表情は一変していた。

 噛み付く寸前の犬のように鼻の横に大きく深いシワを寄せ、歯をむき出して目を細め、そして恐怖にしゃがみ込んだ吉田クンが立つより早く、まさに犬のように飛びかかった。



   キャァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



 思い出したかのように、また女子の悲鳴が上がる。           

 タケルは吉田クンに馬乗りになると、左手で吉田クンの顎を押さえつけ、 右手の拳を何度も大きく振り降ろした。



   わーーー!   


     タケルが狂ったぁぁぁぁーーーーー!!! 


                 誰か、とめろ!!!



 繁華街でケンカ慣れしている吉田クンに比べて、 タケルおぼっちゃまは、ケンカなんてしたこともなかった。

 なので、そのメチャクチャなパンチはなんとか両腕で防ぐことはできた。

 それでもタケルの太い指と、弓道で鍛えた強い肩から繰り出される拳が、ズッシリと重く強く腕に当たると、さすがの吉田君も相当こたえた。

 しかし、アゴを強く抑えられていたので悲鳴も出せない。

 イナカもん一派とよそモン一派が一緒になって、必死にタケルを吉田クンから引き離した頃、



「くらぁあああああああああああ!!オマエら、何やってるーーーーーー!!!!」



 と、ようやく全身筋肉の体育教師、マッスル高橋と、担任の岡ティーが駆けつけてきた。

 その時には吉田クンは震えて青ざめ、タケルは人相が変わっていた。


 二人は、岡ティーとマッスル高橋に、肩をガッチリ捕まれて職員室に連行された。

 後から慌ててやってきた若い副担任、ケイコちゃんが、 泣いている女子や、茫然と突っ立っている男子達に、散らかった教室の整理とガラスの始末を指示した。


 結局この事は、数十年前の校内暴力全盛期の時以来、平和だった田舎町としては、久しぶりの事件となった。


 とは言っても、被害はガラス2枚と、 多治見クンの頭にお釈迦様のようなコブができたこと、吉田クンの腕がめちゃめちゃに腫れあがったことと、 アゴを捕まれた時の指の痕が、悲しいほどクッキリと痣になって残ったこと。

 あとは、タケルぼっちゃまの右の拳から手首にかけてが、 やっぱりめちゃめちゃに腫れあがったことくらいで、タケルと吉田クン双方の両親が呼び出され、厳重な注意は受けたけど、警察やら何やらを巻き込んで大騒ぎとなる、という事態は免れた。


 しかし、タケルにとってはこれだけでは済まなかった。


 大沼神社のおぼっちゃまのご乱心として、狭い田舎町に、あっという間に悪いウワサが広まった。

 タケルとしては、吉田クン以外には手を出してはいないのに、 やれ、多治見の息子を机で殴り倒しただの、イスを振り回してクラス中のガラスを叩き割っただの、 ついには悪霊に取りつかれただの、ウワサが勝手に一人歩きしていた。


 冷静さを取り戻したタケルは、先生にも、両親にも、近所の人にも、クラスメートにも、謝るより、まずは言い訳を並べたい気持ちでいっぱいだった。



 ……いつものオレは、こんなことしないわけで、


 こんなことは今回だけのことで、


 たまたま魔がさしただけで、


 吉田がジミちゃんを殴ったりしなければ、こんなことにはならなかったわけで。


 …….だいたい吉田がオレたちのことバカにすっから、

 

 牛臭ぇとか、肥臭ぇとか、言いやがるから、


 ……そもそもオヤジが変な祈祷なんかやってっからオレがバカにされんじゃねーか。


 神社の息子だからっていつも目ぇつけられっし、


 けど、オレだってこんな家に生まれたかったわけじゃねーし……


 なんでオレのせいじゃねーのに、


 なんでオレばっかり、なんでなんでなんで?なんで??


 たった一回だけ、


 たった一回だけじゃんかよ!!


 



 ……なんでわかってくんねーんだよ

              

 誰か分かってよ……


                        

             なぁ ……






 結局タケルは、誰にも、ひとことも言い訳をしなかった。

 その代わり、誰にも謝りもしなかった。

 クラスメートも、弓道の仲間も、タケルのことを怖がって近づかなくなった。

 岡ティーも、ケイコちゃんも、腫れ物に触るようにタケルに接した。


 今度のことでタケルが学んだことは、人を殴ると手がものすごく痛い、ということ。

 そして一度失った信用は簡単には取り戻せないということ。

 そしてそれは、手よりも、胸をえぐるように痛い、ということ。


 その事件をキッカケに、タケルは父から弓道場への出入りを一年間禁じられた。

 それから、学校にも行かなくなった。

 

 それから、誰とも口をきかなくなった 。






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