一生サーフボード抱いてりゃいいでしょ!!
そんなちょっと暗い過去の回想は、山道を降りて整えられた国道に戻り、久留里街道の辺りへ差しかかったところで中断された。
ウィーウィーウィー! ウィーウィーウィー! ウィーウィーウィー!
携帯電話の振動が、ショートパンツのポケットの中で細かく響く。
タケルはポケットから携帯を取り出し、発信元を素早く確認すると、左ウィンカーを出して車を路肩に停めた。
「はいよー!」
ご機嫌な調子である。
「うん、ごめん。今、山道走ってて、やっと電波繋がるところに来たから。……え?ちげぇーよ!マジで。電源切ってなんかいないし。うん。うん。そう。千葉だから。……え?これから?……いいよ。うん、オレもぁりたいし。え?んなこと言ってねーよ、『あいたいし』っ、て言ったの!うん。もうすぐアクアラインだから……うん。じゃあ高速降りたらも一回連絡する。ん、じゃあとでね」
タケルは電話を切ると、携帯を助手席に放り投げた。そして、ふっふっふーん、と鼻歌まじりで再びエンジンをかけた。するとまた携帯が、
ウィーウィーウィー! ウィーウィーウィー! ウィーウィーウィー!
と、騒ぎ出す。
「どしたー?」
同じ相手かと思って、確認もせず電話に出た。
すると一瞬タケルの目が丸くなり、それから肩が縮まった。
「……ああ、こんばんわ。……、……、……うん、いや〜。うん、そうなんだよね〜。うん、わりぃ、今日はちっと……
あ〜昼はガッコだし……夜はバイト入ってて、、、。えぇ?!朝ぁ!?それもちょっと、、、。最近ちょっと忙しくって……夏になるとさ!なかなか難しいよね!うん、うん、うん、じゃ、そういうことで、またメールするわ!!」
タケルはフーッ!とため息をつくと、また携帯を助手席に投げた。
それから車の窓を閉めてエアコンに切り替えると、緑色のTシャツをようやく着た。
すると今度はメールの着信音がしたが、もう面倒くさいので、確認もしないでそのまま車を発進させた。
アクセルをいっぱいに踏み込んで、帰りを急ぐ。
今日はちょっと寄り道して、笹塚に住むユウナという、同じ大学の、もうとっくにタケルより先に卒業した女の子をピックアップしてアパートに帰ることにした。
袖ヶ浦から高速に乗り、快調にアクアラインを飛ばし、海を潜って長いトンネルを抜け首都高に入る。
それから間もなく高速を降りて環状七号線に入った。
環七も、さすがにこの時間には渋滞もなく、スイスイと順調に車は進む。
しかしあまりにもスイスイと来てしまったので、タケルはうっかり、『首都高降りたら一回連絡する』と言ったのを忘れていた。
赤信号の間に、慌てて股の間からメールを送る。
『ごめんもうたぶ20ふんくらいで着くかも』
すぐにユウナから返信がくる。
『早く会いたいからチャリでそっち行くょ』
タケルは下北沢の駅から5分くらいの所に住んでいた。
なので笹塚までは直線で2キロくらいなので、歩いても来られる距離ではある。
しかしさすがに夜中だし、わりと可愛い子なので自転車では心配だった。
『あぶないからむかえに行くからちちゃんとまてて』
また急いでメールしたが、今度は返信が来ない。
もう、家を出てしまったのだろうか。
車は順調に進み、ビミョーな場所にさしかかる。
ん〜〜〜!入れ違いになるとヤバいから、一度帰ったほうが無難だな……
結局、笹塚に寄るのはやめて、取りあえず自分の部屋に帰ることにした。
タケルの借りている部屋は、古い木造2階建てアパートの、一階の一番奥だ。
狭いワンルームで、洗濯機置き場は外にある。
壁も薄いので冬は寒いし、声もまる聞こえだった。
でも、大学から紹介してもらったアパートなので、この辺にしては家賃はとても安く、下北沢自体が住みやすかったし、渋谷にある学校にも、吉祥寺のブルーガーデンにも、井の頭線で一本で行かれるので、とても便利で全く不満は無い。
車をアパートの横に停め、海パンと濡れたタオルを入れたミントグリーンのバケツにカバンも突っ込み、ボードも2枚とも出して部屋に向かうと、玄関の前に自転車が停めてあって、既にユウナが待っていた。
「タケルくん」
ユウナはタケルを見ると、嬉しそうにちょこちょこと近づいてきて、荷物でいっぱいのタケルの腕に触れた。
体のラインに沿った、薄いレモンイエローのVネックのカットソーに、デニムのミニスカートを履いていて、これで自転車に乗るのはいかがなものかと思われたが、ユウナの脚は魅力的だし、自分のカノジョでもないので、あえて文句は言わない。
「待たせてごめんな。ちょっとカギ開けてくれる?」
するとユウナは、ちょこちょこっとタケルの後ろに回って、尻のポケットからキーホルダーを引っ張り出すと、勝手知ったると言った感じで、たくさん中からすぐにタケルの部屋の鍵を見つけて扉を開けた。
そして水色のネイルが施された細い指で、長いストレートの茶髪を片手で押えながら、「どうぞ〜」と言って笑った。
タケルはとりあえず、狭いキッチンの床にボードを二枚、寝かして置いて、スニーカーを履いたまま身を乗り出すようにして、ミントグリーンのバケツをユニットバスに放り込むと、
「ちょっと車、駐車場に入れてくるから上がって待ってて」
と言って、ユウナの横を抜けてすぐに玄関を出ようとした。
けれど、ユウナはそれを止めてドアを閉めると、そのままタケルの体に腕を回して抱きついた。
そして広い胸に顔を埋め、甘えた声を出して言う。
「もぉ〜。昨日から全然連絡とれないしぃ〜」
「ごめんな。もう夜のうちから千葉行っちゃってたし、バタバタしてたから携帯も見れてなくてさ」
「一人だったのぉ?」
ユウナが上目づかいでタケルの顔を見上げる。
「ん?うん……。向こうで何人か会ったけど。……帰りは一人だよ?」
「ふーん。なんかさぁ、いつもと匂い違うんだよねぇ……」
そう言いながら、ユウナはタケルの胸元の匂いをクンクンと嗅いだ。
そして今度は、疑わしそうに訊ねる。
「お風呂入ってきたぁ?」
「え?入ってないよ。なんで??」
「だって、なんか良い匂いするょ。いつもは海のあとって汗っぽいっていうか、潮っぽいっていうか……」
「あぁ、さっき洗ったTシャツ、着たばっかだからじゃね?」
タケルはちょっと女の鋭さにギョッとした。
と言っても、別にカノジョではないので責められる理由はないのだけれど。
「ふーん。なんでかな〜」
これ以上しゃべると面倒くさそうなので、タケルはとりあえずユウナの唇を塞いだ。
ユウナは大人しくなると、今度はそのまま体を預けてきたので、タケルは玄関の壁にもたれ、そのままユウナを自分の方に引き寄せて、しばらく長いキスをしていた。
酸素が足りなくなったというように、ユウナが唇を開いて、あえぐように息を吸ったので、タケルはその隙間からゆっくりと舌を入れ、ユウナの舌を探る。
ユウナの口から、「 ん…… 」と小さな声が漏れ、体の力が抜けていく。
それとは逆に、タケルはユウナの腰に自分の身体を強く押し付ける。
気持ち良くなってきてしまったので、このままここでしたくなった。
車のことなんて、頭の中にはもう全然無かった。
タケルはユウナのカットソーの中に片手を突っ込み背中を探ると、キスをしたまま簡単にブラジャーのホックを外した。
そしてプツンと緩んだブラの隙間から手を入れて、柔らかい胸の感触を楽しむと、もう我慢できなくなってきて、ミニスカートの裾を両手でたくし上げようとした。
そこでようやくユウナがちょっと抵抗して、タケルの手を抑えてきたので、
「 んーーー…… 何だょぉ? 」
と、タケルは唇を外し、不満げな声を出した。
「シャワー入らせて」
「いいよぉそんなのぉ」
そう言って耳のふちにキスしてくるタケルの胸を、ユウナは押し返しながら首をすくめて身をよじる。
「ダメぇ。ふふふ、やだ、くすぐったぁい……」
タケルはユウナの腰をしっかり抱きしめていたので、半身を離すだけの形になったが、それは嫌がると言うよりは、かえって媚ているようにも見えた。
タケルはユウナの顔にかかったクセの無い髪をかき上げた。
目の綺麗な子だった。
「自転車で汗かいちゃったから……ちょっとだけ待ってて」
可愛い目で見つめられ、タケルはスケベっぽく、二ーーーーーッ と笑い、ようやくユウナを解放した。
「分かった。じゃベッドで待ってる」
「うふ。すぐに入っちゃうからね」
二人は体を離すと、スニーカーとサンダルを脱いで、ようやく部屋に上がった。
「お湯、39度で良い?」
「うん。あ、エアコンもちゃんとつけてね」
タケルは給湯器の温度を、ピピピピピ!と連打してセットした。
「せっけん、いつもの犬用しかないよ」
「わかってるょ、今日も自分の持ってきた」
そう言ってユウナは笑うと、自分の持ってきたボディーソープとバスタオルを大きなバッグから出し、ユニットバスに入って行った。
タケルは、こういう「 間 」が、本当はすごくキライだった。
イイ感じの時に、シャワーとかトイレとか、携帯電話に出られたりすると、すごくしらける。正直。
でも仕方ない。女の意見は尊重しなくては。
と、一応は思っている。
タケルはサッサとTシャツとショートパンツ脱いだ。
ゆるいショートパンツの時は、下着を履かないので、これでもう素っ裸だった。
そのままベッドに入ると、エアコンのスイッチを入れてユウナが出てくるのを待つ。
が、
「ちょっと、何これぇーーーー!!」
ユウナの非難するような大きな声が、ユニットバスの中から響いてきた。
「!?なに??どした???」
タケルはキョトンとして同じく大きな声で訊き返した。
「なに?この靴ぅ!誰のぉ???」
「へ?!」
タケルは何の事か訳が分からず、急いで裸のままユニットバスに向かった。
するとユウナが、紺色の、アヒルが履いていた例の布製シューズを手に持って、パンティー1枚の姿で、恐ろしい顔をして立っていた。
それを見てタケルは一瞬、目を見開き、ヤバッ!という顔をしてしまった。
「ちょっと、これどういうこと?今日、なに?女と一緒だったの??」
さっきまでの甘えたような口調は消え、目を吊り上げて詰問してくるユウナ。
「あ、や、それ、、、」
「ていうか、昨日から海行ったって言ったよねぇ?てことは一晩一緒だったって事??」
「いや、違うって、全然関係無いから!オレと関係ない女だから」
「関係ない女の靴を、なんでわざわざ家に持って帰って来るのよ!」
タケルは急に黙った。
「ちょっと、なんか言ってよ!」
一方的に女が怒り始めた時は、もう黙るしかない。
何か言えば言うほど面倒臭くなる。
「カノジョできたの??」
ちがう、ぜぇぇぇーったい、ちがう!!
「できたんならちゃんと言ってよ!」
そんなのいたら、オマエと夜に会ったりしないでしょ、フツー。
「ていうか、タケルくんの部屋に女の私物があるってのが許せない!!!」
へ?
「ワタシ以外にもいろんな女が出入りしてるのは知ってるけど、部屋にはそういう私物、置かせないって決めてるってタケルくん言ってたから、ワタシだって、ワタシだって、、シャンプーとか歯ブラシとかわざわざ持ってきて、、、こんな……なのにこんな、一緒に海行って、置き靴までさせるなんて、、、やだやだやだ、えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
ユウナは突然、駄々っ子のように泣き出すと、もうあとはブラジャーを付け、スカートを履き、鼻をすすりながら帰り支度を完了させた。
「ユ、ユウナ……??」
全然違うんですけど……。てか、オマエの今、言った意味が良くわからない……
すっかり元気を無くしてしまった息子さんと一緒に、タケルは恐る恐るユウナの顔を覗き込んだ。
するとユウナは、
「バカーーーーーーーーーーーーーー!!!」
と言って、アヒルの靴を、素早く息子さんに向かって投げつけた。
「うぉっ!!」
タケルはビックリして両手を上げ、反射的に右足の太腿をヒョイと上げてガードした。
が、その恰好がふざけているように見えたのか、ユウナはますます激昂し、床に置いてあったサーフボードに踵で蹴りを入れた。
「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
タケルは口を抑えて青ざめた。
「そんなに大事なら一生サーフボード抱いてりゃいいでしょ!!」
と叫んで、ユウナは部屋を飛び出した。
外で、自転車のペダルが空回りする音がちょっと聞こえた。
それきりすっかり静かになった。
茫然と立ち尽くすタケル。
………… ま、いっか。
タケルは驚異的な早さで気を取り直すと、蹴りを入れられたボードをニットケースから出してみた。
すると案の定、表面に痛々しい陥没ができていた。
それから裏返して、裏面とフィンとフィンカップの周りも念入りに点検した。
「うぅ、、、可哀そうに……」
タケルは素っ裸のままボードをひしと抱きしめ、撫で回した。
とりあえず明日、ブルーに持ってって修理すっか……
そしてため息をつきながら、再びショートパンツを履いてTシャツを着ると、車を駐車場に戻しに行った。
5分ほどでアパートに戻って来ると、隣の部屋の、顔色の悪い東大生の山本という男が、少しだけドアを開けてタケルにヒソッと声をかけた。
「野川君、今日は残念だったね」
「おわっ!……びっくりしたぁ!!」
「……さっき、あの子来る前に、もう一人、年上の人妻みたいな感じの人来てたよ」
山本がニヤッとして言う。
「うそ!マジで!?」
「なんかね、暗い声でノックしながら、タケルくん、タケルくん、いるんでしょ?出てきてよ、お願いだから、、、って、泣いてたよ。ちょっと怖かった」
「わ〜まじでぇ……かんべんしてよぉ〜」
タケルはクシャクシャと頭を掻いた。
「ま、気をつけてね。今日は空振りみたいだから、僕はDVDのお世話になるよ」
「……お楽しみを台無しにして悪ぃな」
タケルは嫌味ったらしく言った。
「お互いさま。お休み」
山本が部屋の中に入ってしまうと、タケルは一気に疲れを感じ、がっくりと肩を落として自分の部屋に戻った。
そしてユニットバスの前に転がっているアヒルのシューズを見つけると、
「疫病神!!」
と、忌々しげに叫んで、それをゴミ箱に放り込んだ。
それからミントグリーンのバケツの中のリーシュとタッパと半乾きのトランクスを、シャワーカーテンのレールにぶら下げ、取り敢えずタオル類をバケツの中で洗剤に浸け、後は明日洗濯することにした。
そして冷蔵庫から発泡酒を一本取り出すと、プシュッ!とプルタブを開け、ゴクゴクと喉を鳴らして美味そうに飲んだ。
狭い台所のシンクにもたれて一息つき、ゴミ箱をジッと見る。
それからしばらく、口を曲げて考え込んでいたが、
「くそ」
と一言つぶやき、結局ゴミ箱からアヒルのシューズを取り出すと、玄関に揃えて置いた。
缶を片手にベッドルームに戻ると、隣の山本の部屋から、
あん、あん、あん、あん♪
と、女の声が聞こえてきた。
山本のエロビデオの音が、薄い壁を伝って聞こえてきているようだ。
!?まじかよ、こんなにはっきり聞こえんの!?
タケルは一瞬、顔をしかめた。
山本は、いつもタケルが女を部屋に連れ込むのを楽しみにしているのだが、その理由がようやく分かった気がした。
恐る恐る壁に耳を近づけてみると、DVDの音声と共に、
ズズズズーーーーッ!!
と、カップラーメンか何かをすすっている音が聞こえてくる。
よくエロビデオなんか見ながら食事できるな……
タケルは半分感心し、半分呆れながら、壁から耳を離した。
あん、あん、あん♪ あん、あん、あん♪
……耳を付けても離しても、一緒じゃねぇか!
あのやろう、嫌がらせでボリューム、マックスにしてやがんのか!?
タケルは不愉快極まりないので、仕方なく山本に対抗して自分もDVDを見て、今日のところは済ませることにした。
えーと、確か前にユウキが置いてった変なややこしいストーリーのがあったよな?
タケルは、テレビの横に積まれた一塊りのDVDの中から『☆HOW TO SURF☆』と書かれ、青い海をバックに外国のイケメンプロサーファーが、爽やかに笑って写っているDVDケースを取り出して開いた。
タケルはいつもその中に、そういう類のモノを隠している。(といっても、実技の方が忙しいので、あんまりそういうのは見ないのだが)
しかしそこにはソレとは違う、『本当の』サーフDVD が入っていた。
ん?
それを見てタケルは青ざめた。
やべ!コレ、こないだ井田テンに借りたやつじゃん!なんでこんなとこにコレが!?
てことは、返したケースの中にアレが紛れ混んだか!?
ひゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!アレ、店にあるってこと!?
誰か、客に貸してねーだろなぁ!?!?
あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜もう、最悪!!!!!!
タケルは一人、頭を抱えて畳の上に倒れ込んだ。
もういい、今日はやらない。
もう、寝る!!
そして、ふてくされて立ち上がり、ベッドの中に潜り込んだ。
あんあんあんあん♪ あんあんあんあん♪
あんあんあんあん♪ あんあんあんあん♪
「 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
タケルは布団を被ったまま、足をバタつかせると、手探りでベッドの横の小さな小物入れを開き、青い粘土で出来たサーフィン用の耳栓を取り出し、片耳に2玉ずつ、がっつりキッチリ詰め込んだ。
そして枕に突っ伏して目をつむった。
なんてなげえ一日……
最高で最悪……
でも、楽しかったかも…… ふぁぁぁぁぁぁ……
そしてそれから一分もしないうちに、深い眠りに落ちていった。




