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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
27/42

パーコ



 夜に飛ぶ、ゴイサギの間の抜けた鳴き声が入り江に響き、タケルは目を覚ました。



    う…… やべぇ。


         ……今、何時よ?



 かなり深く眠った気がする。

 月の無い夜だったので、窓の外もラウンジの中も真っ暗だった。

 目覚めたばかりの頭に、少しずつ周りの状況を読み込ませていく。



  携帯は? 

         あ、車ん中だ……

                    時計は……? 



 ソファーに横たわったまま、古い振り子時計が、カチ、カチ、カチ、と時を刻んでいる方をじっと見る。

 暗闇の中でも、タケルは容易にその短針と長針を読みとった。



 えっ!?……  うそ、、、まだ10時かよ!?!?



 タケルは目を丸くして驚いた。驚いて一気に目が覚めた。

 もうとっくに、真夜中を過ぎているかと思っていたのに。  



 ……そういえば、午前中にもそんなこと言って騒いでたヤツがいたなぁ……



 アヒルの素っ頓狂な声を思い出し、タケルはクスッと笑った。 

 それからようやく、モゾモゾとソファーから身を起こし、脚を降ろして座り直した。

 

 足元を見ると、薄いタオルケットが床に落ちている。

 拾い上げるとその下に、自分のモスグリーンのスニーカーが脱いであった。

 タオルケットは、ハナコが気を利かせて掛けてくれたのだろう。

 それを暑くなって、無意識に払い落としたようだ。



  靴はオレが脱いだのか??  



 きちんと揃えて置いてあるボロボロのスニーカーを見て、首をかしげる。



  ……思い出せねぇや



 それから暫く座ったまま、ぼんやりと天井の穴を見上げていた。

 ハナコが、タケルが起きたことに気が付いて、またひょっこり顔をのぞかせてくれたら良いのにな、と思った。


 けれど、それはなかった。


 寝顔を見ることはできなくても、タケルはハナコと同じ空間で一晩過ごしたかった。

 けれどそれも結局、あまり自分にとって良くないように思われた。



  今日は ……帰んべ。



 未練を断ち切り、タケルはこれから東京の狭いアパートに帰る決意をした。


 座ったまま大きく伸びをし、軽く首を回す。

 小一時間ほど眠っただけで、空っぽになっていたエネルギーが、体に十分満たされたのが分かる。

 スニーカーの踵をつぶしたまま履いて、スクッと立ち、肌触りの良いタオルケットを広げて持ち上げ、角と角を合わせる。

 ふとその生地に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぐと、ハナコと同じ優しい甘い香りがしたので、単純に嬉しくなり、それをギュッと抱きしめた。

 そして顔を埋めて深呼吸すると、幸せな気持ちが脳の隅々に広がって、タケルはもう一度大げさにソファーに倒れこむと、足をバタつかせてひとしきり身悶えた。


 それから急にマジメくさった顔に戻って再び立ち上がると、今度こそタオルケットの四隅をきっちり合わせて畳み直し、ていねいにソファーの上に置いて、クッションも整えた。

 テーブルの上にハナコが畳んで置いていったグリーンのTシャツは、そのまま着ないで手に持った。


 ラウンジの大きな窓は、外の暗闇をそのまま吸い込み、吹き抜けの天井の穴の奥にも、その闇を届けているようだ。

 穴のふちに掛けられていた梯子段は、すでに上げられている。



  ずいぶん早く寝るんだな……



 タケルは天井の穴を見上げながら、しばらく耳を澄ませていた。

 そこではきっと、ハナコがスヤスヤと平和な寝息を立てているに違いない。



 

   おやすみ……




 タケルはそっとカウンターの前を通り、勝手口のちゃちなドアノブをゆっくり回して外に出た。

 そして今度は慎重に慎重に、音がしないように鍵をかけた。




       カッ…チン……。





 それから来た時と同じように、建物の裏に周ったところで、何か生き物が、狭い草薮の中を崖に向かって駆け抜けていくのが見えた。

 視力の良いタケルには、それがこの辺に生息している、柴犬を一回りほど大きくしたような、キョンという野生の鹿だということがすぐに分かった。


 砂浜に出ると、風はピタリと止まっていた。

 日中は、この入り江にも腰位の高さの波が立っていたが、今はもうため息のようなさざ波が、岸辺に打ち寄せるだけだった。


 海は群青色で、夜空はそれよりもう少し濃く、月明かりがないために、その分たくさんの星が見える。

 星はいたるところに白く群がっていて、星座のことなんて知らなくても、何かの形を読みとれるような気がした。


 タケルはなんだか嬉しくなって、星を見上げてクルクルとコマのように回りながら砂浜を歩いた。

 そのせいで、車に着く頃にはすっかり目が回ってしまい、キーが鍵穴に上手く入らなかった。

 そんな子供染みたことをした自分自身が可笑しくて、にわかに笑いが込み上げてきたが、それをなんとか押しとどめる。


 夜中に海に響く笑い声なんて、誰かに聞かれでもしたら、この入り江の妙な噂が、また一つ増えてしまう……。


 ようやく鍵を開けて運転席に乗り込み、押し殺した笑いを解放してやったが、声は出ず、腹筋だけがしばらく痙攣のように波打っていた。


 別に、本当にくるくる回ったことが可笑しいわけでもない。

 ただきっと、体の中に異様に溜まったエネルギーが、どこかしらはけ口を求めているだけだ。


 腹の痙攣が治まると、タケルは緑のTシャツを助手席に置き、荷室に置いてあったカバンを片手で手繰り寄せた。

 ハナコといる時は、誰にも邪魔されたくなかったので、携帯電話はカバンに入れたまま、車に置きっぱなしにしてしまった。

 財布も放置はマズかったかな、と思ったが、中身に異常はなかった。

 そしてメールチェックぐらいはしておこうかと、携帯を取り出した拍子に手が滑り、それがいつもフラットにしているリアシートの下に転がり落ちてしまった。



 「あ。やべ」



 慌ててシートの下を手で探ると、それはすぐに見つかった。

 しかしその他に、何かいつもと違うモノに指が触れた。



  ん?



 とりあえず携帯を拾い出してから、もう一度手を突っ込んで見る。

 そしてそれを掴んで引っ張り出すと、出てきたのは見慣れない布製の靴の片方だった。

 大きさからして、タケルのものではない。



  あ?



 タケルは、また手を突っ込んで、もう片方も引っ張り出した。

 念のため室内ランプを付けて良く見ると、それは紺色に小花模様がプリントされた、女物の靴だった。

 サイズはかなり小さい。


 タケルはそれをまじまじと見た。

 そしてすぐに思い当たった。



 ……あいつの靴だ。



 それに気づいた途端、タケルは連鎖反応で、あることを思い出し、パッと顔を輝かせた。

 そしてアヒルが置き忘れていった布製シューズは、さっさとミントグリーンのバケツの中に放り込んでしまうと、今度は助手席のサンバイザーを素早く降ろした。

 そしてニヤニヤしながら、そこに挟んであった一枚の写真を取り出した。


 タケルはその写真を両手で持って、しげしげと見つめた。

 それから、ニターーーーーーーーー−ッ と気味の悪い笑みを浮かべると、



 「くぅうううううう〜〜〜っ!かっわいいぜぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!」



 と、バカっぽい声を上げ、その写真にデレデレの顔を近づけてキスしようとした。

 が、 急にハッ!と不機嫌な顔になり、



 「ちげえしっ!!」



 と短く言い捨て、写真をバイザーにバタンッ!と戻した。

 そしてエンジンを掛け、入り江の主を起こさないように、静かに車を発進させた。





 バイザーにいつも挟まれているその写真……







 それはパーコだった。


 タケルがパーコを抱き寄せて、顔をすり寄せるようにしてアップで撮った写真だった。


 タケルは満面、とろけそうな笑顔で、

 パーコは心底、困った顔で……




 そして黒い耳が、片方だけ立っていた。







 黒い耳……



 そう。



 パーコはパグ犬だった。


 タケルが海で拾って飼っていた、メスのパグ犬。








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