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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
26/42

コバルトブルーの瓶詰



「そんなとこにいないで、こっちにいらっしゃい」


 ハナコはカウンターの引き出しからマッチを取り出し、大きな赤いかさのついたアルコールランプに火を点けた。

 ラウンジの中に、ホッとできる明るさが灯ったので、タケルも少し冷静な気分を取り戻せた。

 そして、ポケットに手を突っ込んで2、3度つま先立ちで体をゆすると、ぎこちなくソファーの方へと歩いて行き、ドサッと深く座りこんだ。

 それから背もたれに大きくもたれ、ゆっくりと両手を頭の後ろに組んで深呼吸した。


 ソファーの前のガラステーブルには、タケルの緑色のTシャツが、きれいに畳んで置かれていた。



 4年も経つと、さすがにだいぶ色褪せたな…… 



 それはタケルのお気に入りのヘンプ素材のTシャツで、とても大切にしている物だった。

 着るにつれ体に心地よく馴染み、色は褪せても他に目立ったダメージは無い。



「何か食べる?」



 今度は優しい口調で、ハナコが訊いてきた。


「や、大丈夫。ササラ君達に結局つかまって、食ってきちゃった」

「まさか、飲んでないわよね?」

「うん、それはなんとか免れた。ササラ君は、飲ませて泊まらせようと企んでたみたいだけど」


 タケルはそう言って軽く笑った。


「彼、本当にタケルが好きね。あれが女の子だったら大変よ」

「やめて。いろんな意味でコワ過ぎる、、、」


 それを聞いてハナコも笑った。


「ケンタとリョウタがデカくなってて、びっくりした」

「そうでしょ?私も先月久しぶりに彼らに会って驚いた。二人とも奥さんにそっくり」

「残忍な顔した双子にならなくて良かった。……性格はオヤジに影響されてきてるみたいだけど」


 ハナコはアルコールランプを海側の壁に下げると、自分もソファーの方に来て、タケルの横に座った。


 ショートパンツから伸びた長い足を優雅に組む。

 そして、背もたれに片肘をついて頬杖をつくと、タケルの顔をじっと見つめた。

 タケルは反射的に、その視線から逃れるように背もたれから身を起こした。

 そして前かがみになり、大きく開いた両腿にヒジを付いて、組んだ手のひらの中を見るようなふりをした。


 ハナコに初めて出会ったのは、タケルが高校生の頃で、もうかれこれ5年以上が経過していたが、未だにハナコを目の前にすると、フワフワと宙に浮いたような気分を落ち着かせるのに時間がかかった。


「ホント……久しぶりね」

「……うん」

「新年会以来かしら?」

「そうかも」

「こっちには来てたんでしょ?顔くらい出せばいいのに」


 ハナコも背もたれから身を起し、顔を斜めに傾けてタケルの顔を覗き込む。

 長い髪が、鎖骨を撫でて肩を流れる。

 そういうのを見ると、なんだか返事がうまく出てこなくて、そのまま黙って手のひらを表にしたり裏にしたりして誤魔化す。


「井田さんはよく来てくれてたわよ。最近、女の子のスクールは彼がやるのね」

「そ。井田テンが女の子、オレが男。だからここに来る理由がなかったの、残念ながら」

「一人の時、ちょっと寄ってくれたって良いじゃない?」


 ハナコが珍しく絡むので、


「なんだよ……そんなにオレに来て欲しかったの?」


 と言って、タケルはニヤッと笑う。一応、反撃に出たつもりで。

 するとハナコは、まじまじとタケルの姿を眺めて目を細め、言いにくそうに言った。


「ところで……その頭はどうしたの?」

「えぇっ!?いきなり話、変えんなよ、、、、てか、なに?やっぱコレ変なわけ??」


 本日3回目の「頭」に対するご指摘、しかもハナコからの。

 タケルはさすがにちょっと不安になって、思わず頭に手をやった。


「おおがっそう……いえ、、、手入れの悪いジャイアント・プードルみたいね」

「え?おおが、、、??ジャイアント・プードル、、、?何ソレ」

「知らないの?いるのよ、大きなプードルが。シェパードくらいの」

「ウソつけ。そんなの見たこともねーよ」

「ホントよ。やっぱりこんなふうに巻き毛なの、ポワンポワンして……ウフフ」


 言いながら、ハナコはタケルの膨らんだ髪の毛に手を当てて、その感触を楽しんだ。


「やめて。あんたはアフガン・ハウンドみてーなクセに」


 ハナコがからかうように、横ろからしつこく巻き毛をいじってくるのを、タケルは内心嬉しく思いながら、照れ隠しにハエを追うような仕草で払いのけた。

 ハナコはそんなタケルを見て笑いながら、ふと、ある事を思い出した。


「そういえば……あなた、あの子にパーコって言ったんですって?」

「へ???」


 また唐突に話が変わったので、タケルは一瞬、何の事かよく分からず、キョトンとしてハナコを見た。


「アヒルちゃん、言ってたわ。『タケルさんがあたしのことパーコって呼んだ気がする』って」

「あぁ……『あの子』ね……」


 せっかく今、ハナコとの貴重な時間の中に、アヒルの話が割り込んできたので、タケルは無意識に不機嫌な顔になった。


「なんだあいつ、酔っぱらってた時のこと、全然覚えてないって言ってたくせに……」

「私、それを聞いた時、本当に噴き出しそうになったわ。ホナミンも多分気付いたと思う」

「……でも、似てるだろ?」


 タケルは、ニヤニヤして言った。


「そっくり!!なんか、どっかで会ったことあるような気がして不思議だったんだけど……。パーコって聞いた瞬間、腑に落ちて、思わず抱きしめそうになったくらい!」

「だろ?なんかさ、時々変な、困った顔したろ?オレも飲み会でそれ見た時、どうしようかと思った、マジで」

「あなたがここにあの子を残して他のポイントに出かけちゃうと、いつもここで困った顔して待ってたわね。……そのうちイビキかいて寝ちゃうんだけど!」

「そういえばあいつも、すげぇイビキかいて寝てたぜ!」

「ん?なんだか、どっちの話だか分からなくなってきたわ??パーコ?アヒルちゃん??」


 そう言って、ハナコとタケルは顔を見合わせて笑った。

 それからひとしきり、困り顔についての話が盛り上がったあと、二人は同時に大きなため息をつき、その後しばらく黙っていた。

 お互い並んで前を見ながら、それぞれの思い出を頭に浮かべていた。



「あの時……」



 タケルはふと言いかけて、思い直したように手で自分の口を覆った。



「……もういい。なんか余計なことまで思い出した……」


「そうね……ごめんなさい」



 タケルはまた大きくため息をついて、ソファーの背もたれに体を預けると、吹き抜けの天井を見上げた。

 シーリングファンがゆっくりと回っていて、天井に映ったロウソクの灯りは、相変わらず水面のように揺れている。

 それを見ていたら、自分の体が波待ちしている時のように揺れている気がして、タケルは目を閉じた。



 さすがに疲れたな……



「何か飲む?」

「……お水、下さい」



 タケルは目を閉じたまま答えた。

 ハナコは黙ってソファーを離れ、カウンターに向かった。



 これから家まで帰んの、うぜぇな……  



「ところで、カガミハマはどうだったの?」

 

 目をつむったままの耳に、ハナコの優しい鈴のような声と、固く締まった氷の、カラカラカラと心地良い音が響く。


「最高だった」


 タケルは短く答えた。

 それ以上に表現のしようがないくらい最高だったから。


「『本日のみっともない賞』も食らったけど」

「フフフ……そう。何させられた?」

「そんなこと言えない。 ……ふ  ……ふふっ 」


 目を閉じたまま、一人、思い出し笑いする。 

 すると、他にも可笑しい出来事が、泡のようにふつふつと浮かんできて、その記憶があっという間に崩れた波のように広がったかと思うと、またそれが砂に吸い込まれるように消えて行き、真っ暗になった。

 そして今度は、いろんな人の顔が浮かんできて、タケルに口々に何か話しかけてくるのだけれど、それは泡の弾ける プツプツプツ…… という細かい音としか聞こえず、それもつかの間、次の瞬間にはまたどこかに流れ去った。



 昨日からいろんなことがありすぎ……

 なんて長い一日なんだろう……



 薄眼をあけると、天井のゆらめくロウソクの灯りと、シーリングファンがチラチラしてうっとうしい。

 タケルは右手を顔にかざして、再び目を閉じた。




  ……視界が闇から濃い青へ


    その青が、グルグルと渦を巻いて


      先端がどんどんどんどん延びて行く


       どんどんながくながくきもちよくのびていき……



 自分はその中心にいるけど肉体はない


 渦の回転にあわせて何かが自分を満たしていく



    うずがおれのなかのいちぶなのか


       おれがうずのなかのいちぶなのか……




 タケル


「 ハイ 」


「眠いの?」


「 だいじょうぶ 」


 もうかえるよ  しんぱいしないで


「少し寝ていきなさい」


「 …… 」



 なにかいい香りのするものが、タケルの体を覆う




「ごめん…… 」


「なに?」


「……むかえにいけなくて……」



  ごめんね



「……誰に言ってるの?」






青い渦の先端がぎゅーーーーーーーーーっと引き絞られ、突然





    ぱあんっ!





と散り散りにはじけた


辺りいちめんに、青の水玉が音もなくふりそそぐ


散った後には、コバルトブルーのかたまりだけが残った


それをハナコが両手ですくってガラス瓶に詰める


そしてなみなみとホルマリン液を注ぐと


きつくフタを閉じて月に照らす


コバルトブルーのかたまりは、月の光を吸って


透明なガラス瓶の中で淡い光りを放ち始めた


ハナコはにっこりと微笑むと


梯子を登ってそれを二階に持っていく


そして梯子はするすると上げられて


そこには誰も行かれない


きっと二階には、たくさんのホルマリンの瓶づめが並んでいる




  早く返して……



             オレの……


















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