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第六話 人か、魔物か

『土と血の王冠』をお読みいただきありがとうございます。


それでは、本編をお楽しみください。

 終わらせよう。


 その言葉が、まだ耳の奥に残っていた。

 燃え盛る山。

 傷だらけの大地。

 空を埋め尽くす無数の竜。


 あれは本当に夢だったのだろうか。


 胸の奥には、今も微かな熱が残っていた。

 自分の知らない記憶が、ゆっくりと自分の中へ溶け込んでいくような、不思議な感覚だった。


 ——翌朝。

 隠れ家の隙間から差し込む陽の光に、ユルヴァンは目を覚ました。

 鳥のさえずりが耳に届き、ぼんやりとしていた頭が少しずつ冴えていく。

 

「ぐう……」

「ロイク。またそのまま寄りかかって寝たみたいだね」


 最近では、ロイクが壁に寄りかかったまま眠るのも珍しくなくなっていた。


 ロイクには迷惑をかけてばかりだな。


 ユルヴァンは、自分に掛けられていた毛皮をそっとロイクに掛け直した。ガルドからもらったものだった。

 隠れ家の外では朝露が白く残っている。本来なら震えるような冷え込みのはずだった。

 

 だが、不思議と寒さを感じなかった。

 

「……これも竜の核の影響なのか」


 ユルヴァンは、自分に起きた変化をまだ受け止めきれていなかった。

 昨日生えていた角は、今はどこにも見当たらない。

 それでも、昨日から自分の中を巡っている、魔力と呼ぶべき力の流れは確かに感じられた。

 

「んう。ふあー。ユルヴァン……ユルヴァン! 体は大丈夫か?」


 どうやらロイクも目が覚めたらしい。


「ああ。ありがとう。もう大丈夫だと思う」

「そうか! よかった!」


 ロイクは露骨に肩の力を抜いた。


「また三日も寝られたらどうしようかと思ったぜ」

「そんなに?」

「当然だろ。お前が起きなかったら俺、一人でずっと喋るしかねえじゃん」

 

 ロイクが笑いながら寄ってきた。

 

「ともかく、昨日のオークたちの現場にはきっと村の人たちが集まってくるよね」

「そうだろうな。確実に来るだろうな」

「そうなると、この隠れ家もそこまで安全じゃないね」


 この隠れ家は昨日オークと遭遇した場所からはだいぶ近い。

 もし、その周辺を念入りに捜索されてしまったら、ユルヴァンたちのことも発見されてしまうかもしれなかった。

 ロイクも同じ考えなんだろう。


「そうだな。ユルヴァンが怪我をしていたからこの場所に隠れていたんだ。お前が回復しているなら、そもそもこの場所に長居しなくてもいいな」

「うん。僕はもう結構動けるよ」


 ロイクは腕を組んでしばらく考えていたが、一度大きくうなずいた。


「よし、なら当初の予定通りに動こうぜ。この村じゃない男爵の町がある場所で、ガルドさんからもらった金貨で平民になろう」


 ロイクの言う通り、村を出るべきだ。ガルドから託された金貨もある。

 このまま村にいても、良い未来は待っていないだろう。


 だけれども……。

 

 隠れ家の隙間から差し込む朝日が、床に長い影を落としていた。

 

 村を出るべきだ。

 それは分かっている。

 

 それでも胸のどこかに、小さな棘が残っていた。

 一瞬ユルヴァンがためらったのを、ロイクは見逃さなかった。


「その顔。やっぱりミレアが心配か?」

「うん……ガルドさんにも迷惑をかけているしね」

「そうだな。それにこのままミレアが、マインツの言いなりになって村長の家で軟禁されている、なんてかわいそうだよな」


 ユルヴァンは、ガルドが以前持ってきてくれた籠に目を向けた。

 中には熱冷ましだけでなく、いくつもの薬草が入っていた。


 きっと、僕の症状を聞いて、ミレアが色々と調べてくれたんだろうな。

 

 そう考えると、ミレアを置いて村を出ることに、どうしてもためらいを感じてしまう。

 

「ミレアも一緒に連れていけないかな?」


 ロイクは腕を組んだ。


「そりゃ、お前がそう思うのはいいけどよ」


 ロイクは、すぐに難しい顔になる。


「問題は、ミレアが本当にそれを望むかだな」

「え?」

「あいつの口から直接聞かなきゃ分からねぇだろ」


 ロイクは立ち上がった。


「まずはミレアに会う方法を考えようぜ」


 ロイクの言葉に、ユルヴァンは小さく頷いた。


「うん。でも、いきなり会いに行くのは危険かもしれないね」

「だな」


 ロイクは隠れ家の入り口から外を覗いた。


「昨日はオークが出たんだ。村の連中も騒いでるはずだぜ」

「それに、僕たちが見つかったら面倒なことになる」

「ああ。特にお前はな」


 ロイクは苦笑した。


「角は消えてるけど、目なんか完全に真っ赤になってる。お前のことを知っている奴らに知られれば、すぐにばれるぞ」

「それは……そうかもしれない」


 ユルヴァンも思わず笑った。

 だが、その笑顔はすぐに消える。脳裏に浮かんだのはガルドの顔だった。最後に会った時、ガルドは村長から疑われていると言っていた。

 

 もしユルヴァンが姿を消したことで、さらに疑いが強まっていたら。

 もしミレアまで巻き込まれていたら。


 胸の奥がざわついた。


「まずは様子を見よう」


 ユルヴァンは静かに言った。


「ガルドさんとミレアが村でどうなっているのか知りたい」

「俺も賛成だ」


 ロイクはすぐに頷く。


「助けるにしても逃げるにしても、まず状況を知らなきゃ始まらねえ」

「うん」

「昼間は無理だな。人が多すぎる」


 ロイクは顎に手を当てた。


「夜まで待つか?」


 その時だった。


 ユルヴァンの耳がぴくりと動いた。


「……」

「どうした?」

「しっ。誰かが隠れ家の近くにいる」

「は?」


 ロイクが目を丸くする。意識を集中すると、森の奥から足音が聞こえた。


 落ち葉を踏む音。

 一本ではない。

 複数だ。


 しかもこちらへ向かってきている。


「ロイク」


 ユルヴァンは声を潜めた。


「人だ」

「まずいな。オークのことを確認しに来た奴らがもう来たのか」


 ロイクは、手元に置いてあったユルヴァンの短剣を握った。

前回の戦闘では、隠れ家に置いていってしまった短剣だ。今のユルヴァンなら武器がなくても戦えるため、今回はロイクに貸していた。


 ——ザッ。

 

 枯れ葉を踏む音が、森の静寂を破った。それまで聞こえていた鳥のさえずりも、ぴたりと止んだ。

 足音は隠れ家の入り口で止まった。

 誰かがいる。

 ユルヴァンは息を潜めた。相手の息遣いだけが、やけに大きく聞こえる。


 落ち葉をどかす音が聞こえた。ロイクの握る短剣が、かすかに音を立てる。ユルヴァンは魔法を放つかどうか迷ったが、とりあえず身体へ魔力を流した。

 魔力を流している間はあらゆる五感が鋭くなり、力も人よりも強くなる。


「……ユルヴァン。ロイク。私だ。ガルドだ」


 その声を聞き、二人の緊張が一気に解けた。

 

「ガルドさんかよ。びっくりしたぜ。いや、待てよ……ガルドさん。もう一人一緒に来てるだろ?」

 

 ガルドは驚いたように目を見開いた。


 

「ああ。よく分かったな。ほら、入れ」

「ユルヴァン!」


 ガルドの背後から飛び出してきた少女を見た瞬間、ユルヴァンは息を呑んだ。

 朝日に照らされた金色の髪。泣きそうなほど潤んだ瞳。

 つい先ほどまで心配していた相手が、目の前にいた。


「ミレア!? どうしてここに……」

「心配だったの! マインツが、貴方は人ならざるものになったって……」


 その言葉にユルヴァンは少しだけ顔をゆがめた。

 ミレアの言ったことは完全に誤りというわけではないからだ。


「……ともかく中に入れてもらえるか? 俺たちも村から逃げている身なんでな」

「え?」


 するとロイクは、急いで二人を中へ招き入れた。

 

「とりあえず中に! 入り口をしっかりと隠しておかないとな」


 そして四人は隠れ家の中に足を踏み入れた。


「……前に来たときはあまり見ていなかったが、意外にしっかりとした隠れ家じゃないか」


 ガルドが隠れ家の中を見渡し、感心していた。

 ロイクも満更ではなさそうな顔をしている。


「この場所は、元々魔物以外の動物が住んでいたんだが、そいつももう死んじまったからな。それを少しばかし改修したんだぜ」

「ほお。腕がいいな?」

「ガルドさんにそう言ってもらえると嬉しいぜ!」


 二人で何か盛り上がっていたが、ミレアはユルヴァンのことをずっと見ていた。


「……ミレア。よくここにこれたね?」

 

 ユルヴァンがそう尋ねると、ミレアは一瞬だけ視線を逸らした。


 代わりにガルドが重々しく口を開く。


「少々事情が変わってな」

「事情?」


 ロイクが首を傾げた。


 ガルドは壁際へ腰を下ろし、大きく息を吐く。

 その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


「今朝、森でオークの死体が見つかった」


 ユルヴァンの背筋が強張る。


「やっぱり……」

「ああ。しかも三体とも、な。」


 ガルドは険しい顔で続けた。



「村人たちは最初、上位冒険者が討伐したのだろうと思ったらしい。だが、死体の状態を確認した途端、大騒ぎになった」

「死に方か?」


 ロイクが尋ねる。


「そうだ」


 ガルドは頷いた。


「一体は腹を打ち抜かれていた。そして、残り二体は焼け死んでいた」


 隠れ家の空気が重くなる。

 ユルヴァンは無意識のうちに拳を握った。



「村人たちは、骨まで見えるほど焼かれた死体など見たことがないと言っておった」

「……」

「そして問題はそこからだ」


 ガルドは苦々しく顔を歪めた。


「村長とマインツが騒ぎ始めた」


 ミレアも唇を噛む。


「マインツが言ったの」


 震える声だった。


「ユルヴァンは魔物になったんだって」

「なっ……!」


 ロイクが立ち上がる。


「ふざけんなあいつ!」

「落ち着け」


 ガルドが片手を上げた。


「問題は、あの馬鹿だけではない」


 ガルドの目がわずかに伏せられる。


「村長もその話を信じ始めた」


 ユルヴァンの胸がざわついた。


「僕のことを……?」

「ああ」


 ガルドは静かに頷く。


「お前が突然姿を消したタイミング。そして竜の核がなくなったこと」

「……」

「そして儂とミレアは、お前を庇った人間として見られておる」


 ミレアが俯いた。


「昨日から何度も聞かれたの。『ユルヴァンはどこにいる』『本当は知っているんじゃないか』知らないって答えても、誰も信じてくれなかった」


 その顔には明らかな疲れがあった。


「……ごめん」


 ユルヴァンは小さく呟く。


「お前が謝ることじゃない」


 ガルドが即座に否定した。


「悪いのは村の連中だ」


 だが、その表情は厳しいままだった。


「そして今朝、村長から最後通告を受けた」

「最後通告?」


 ロイクが眉をひそめる。


「ああ」


 ガルドは低い声で言った。


「三日以内にユルヴァンの居場所を吐け、と」


 沈黙が落ちた。

 ユルヴァンは言葉を失う。

 そこまで事態が悪化しているとは思わなかった。


「だから決めた」


 ガルドは真っ直ぐユルヴァンを見た。


「もうあの村には居られん」


 ミレアも小さく頷く。


「私も……」


 そして彼女は涙を堪えるように拳を握った。


「ユルヴァンが生きているなら、会いたかった」


 しばらく誰も言葉を発しなかった。

 だが、その沈黙を破ったのはロイクだった。


「つまり」


 ロイクはニヤリと笑う。


「俺たちだけじゃなくて、全員まとめて逃亡者になったってことか」


 ガルドは呆れたように鼻を鳴らした。


「そういうことになるな」


 ユルヴァンとロイクは顔を見合わせて、なんとも言えない顔をした。


「俺たちもガルドさんと、ミレアの様子を見に行こうとしていたところだったんだ」

「これだけしてもらって、ハイ、サヨナラってのは申し訳なかったしな」

「そうか……だが、来なくてよかったぞ」


 ガルドの表情が曇る。


「実は今、村に騎士爵様が来ている」

「騎士爵が?」


 ロイクの顔から笑みが消えた。


「ああ。竜の死体の事を知ってしまわれたからな。村長の屋敷に滞在している」

「それで、何をしに来たんですか?」


 ユルヴァンの問いに、ガルドは一度視線を落とした。


「竜の核が消えたこと。そして、お前たちが姿を消したこと。その二つについて調べている」

 

 ユルヴァンの胸に嫌な予感が走った。

 

「まさか……僕たちを探しているんですか?」

「ああ。騎士爵様は、お前たちの行方を追っている」


 隠れ家に重い沈黙が落ちた。


 竜の核を取り込んだ自分は、騎士爵にとって何なのだろう。捕らえるべき人間なのか。

 それとも、討伐すべき魔物なのか。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。


次回は水曜日の19時45分予定です!

今後もよろしくお願いします。

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