↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

第四話 竜核がもたらした変化

『土と血の王冠』をお読みいただきありがとうございます。


それでは、本編をお楽しみください。

 声が聞こえる。僕の知らない記憶だ。


 知らない土地——山だろうか。そこには、たくさんの竜がいた。

 どうやら、この竜は次の王として期待されていたようだ。


 だけど、裏切られた。


 最後に残っていた記憶。

 共に育った弟の爪が、竜の身体を切り裂いた。続いて、灼熱のブレスが全身を焼く。

 その光景の先に、もう一つの記憶があった。

 目の前で殺される最愛の存在。悲しみ、戸惑い、怒り、そして渇望。

 いくつもの感情が、意識の奥底に流れ込んでくる。

 

 君も……望みがあったんだね。


 この竜は、竜王となって竜たちに平穏をもたらそうとしていた。だが、その願いを快く思わない者たちがいた。

 そして、自らも命を落としたのだ。


 【矮小な人間よ。力が欲しいのか?】


 欲しい。自分の未来を自分で決められるような力が……。


 【王になりたいのか?】


 わからない。王になれば、僕みたいな人を救えるだろうか?


 竜は何も答えなかった。ただ、温かな何かが、ユルヴァンの意識を包み込んだ。その感覚に身を委ねるように、意識が少しずつ浮上していく。


「んんぅ……」

「ユルヴァン? 起きたのか!」


 目を覚ますと、ロイクの顔が目の前にあった。いくつもの傷が残り、目元は赤く腫れている。


「ロイ……ク?」


 ロイクは目を見開いた。今にも泣き出しそうな顔だった。

 

「ああ! ユルヴァン! 俺だ、ロイクだ! まじで死んだかと思ったぞ。お前三日も寝たきりだったんだ」

「三日……」

「待ってろ。今水を汲んできてやる」


 そう言って、ロイクは外へ飛び出していった。見れば、身体のあちこちに薬草が当てられていた。

 

「……ロイクがやってくれたのかな?」


 ロイクは薬草のことも、ミレアから呆れるほど詳しく教わっていた。

 ユルヴァンは起き上がろうとした。だが、身体がまったく動かない。全身を無数の針で刺されているかのような痛みが走った。


「が、っは……はあ、はあ」


 なんだ、これ……。どうして、身体が動かないんだ?


「ユルヴァン!」


 ロイクがすぐに駆け寄ってくる。見れば、手に葉っぱで作ったであろう、コップのようなものを持っている。ユルヴァンの横に腰を下ろす。


「まだ、動かないほうがいいと思うぜ。からだ中が爛れているみたいだったんだ。濡らした布や薬草で冷やしてるけど、熱がなかなか引かねえ」

「そう……」

「普通の火傷とは違う。傷がひどいってだけじゃないんだ。お前の体そのものが、内側から焼かれてるみたいだった」

 

 ロイクはユルヴァンの頭を支え、ゆっくりと水を飲ませた。水が体の中に入っていく感覚が、はっきりと伝わってくる。


「美味しい」

「そうか……よかったぜ」


 改めて周りを少し見渡すと、薄暗い洞窟のような場所だ。少しばかりの陽の光が、中を照らしている。ユルヴァンの視線に気づいたのであろう、ロイクが説明してくれた。


「ここは、前に見つけた俺の秘密基地みたいなものだ。入り口が狭くて、木の幹の下だから魔物や人にバレにくいんだ」

「いつのまに」


 いつの間にそんな場所を見つけたんだろう。僕とずっと一緒にいたはずなのに……。


「当たり前だ。いざって時に使う想定だったんだ。今となっては見つけておいてよかったぜ」


 ロイクは笑いかけた。


「……ありがとう、ロイク」

「貸しふたつだぜ? 次はいい加減、俺に返してくれよ?」

「はは、そうだね。この前から連続だ」


 二人で笑い合う。ロイクと一緒で本当に良かったと思う。


 ロイクがいなかったら、今頃、死んでいたかもしれない。


 ある程度笑い合っていたが、急にロイクが真面目な顔つきになる。


「ユルヴァン……悪いが状況は最悪だぜ。ここら辺を騎士の兵士や傭兵たちがうろついてる。なんとか入り口を隠したりしてやり過ごしてるが、逃げるのは難しいだろうな」

「やっぱり僕のことを探してるのかな?」

「ああ、間違い無いだろうな。少なくとも、隠れ家の前を3回は通り過ぎてる」


 ここもじきに見つかってしまうだろうか……。


 その時だった。

 急に入り口付近の落ち葉が、一斉にどかされた。その音に気づいたロイクは、僕のことを落ち葉で隠し始めた。


「……誰かいるのか?」


 聞き慣れた声だ。


 この声は……。


「ガルドさんか?」

「その声は——ロイクか? ということは……ユルヴァンも居るのか?」

「……いねえよ」


 落ち葉を踏む音が何度か響き、やがて足音が近づいてきた。ユルヴァンには何も見えなかったが、ガルドがすぐそばまで来たことは分かった。

 

「ここに来たのは私だけだ。猟師だからこそ気づいたが、他の者たちは別の場所を探している。……ユルヴァンは、そこか」

「……! ユルヴァンをどうするつもりだ!」

「落ち着くんだ……。兵士に突き出すなら、わざわざ入り口を塞ぎ直さない」


 すると、光が入ってきて目の前にガルドの顔が見えた。


「ユルヴァン……」

「ガルドさん。すみません」

「ふっ。お前は謝ってばかりだな。何度も言っているが、お前のせいではない。それよりも、酷い怪我だ。竜の核に触ったのか?」


 ユルヴァンの肩が、びくりと震えた。

 

 どうして、それを?

 

 核を取り出したときの、あの痛み。身体の内側から何かに焼かれるような感覚が蘇る。

 

「……はい」

 

 嘘をついても仕方がない。ユルヴァンは小さく頷いた。ロイクも忌々しげに言葉を放った。


「マインツに騙されたんだ。俺たちが逃げることを脅してきて、ユルヴァンに核を取らせた。ミレアのことまで持ち出して……」

 

 ロイクは拳を握りしめた。

 

「こいつがどんな目に遭ったかも知らずに、あいつ……!」

「なに? ミレアのことだと?」


 ガルドもその言葉は気になったみたいだ。ユルヴァンは目を見開き、動けない体ながらもガルドに聞く。


「そうだ! ミレアは……! マインツは、核を持ち帰れば、ミレア自身に結婚するかどうかを選ばせると言っていたんです」


 ガルドの眉間に深い皺が刻まれた。

 

「……あいつ、そんなことまで」


 ガルドは深くため息を吐いた。険しかった表情をわずかに和らげ、ユルヴァンを見た。

 

「ミレアは村長の家にいる。今のところ、無事だ」

「良かった……」

 

 ユルヴァンは、ほっと息をついた。

 

「だが、安心できる状況ではない。竜の死体が発見され、核だけが消えていた。騎士爵本人が村に来て、村人たちを調べている」


 ガルドの顔は険しかった。

 

「マインツが報告したんだと思います」

「ああ。マインツは、お前たちが竜の核に触れ、化け物になったはずだと報告していた。だが、現場に行っても、お前たちの姿も化け物の姿もなかった。マインツ自身も疑いを持たれている」

「……あいつも、疑われているんですか?」

 

 ユルヴァンは思わず聞き返した。

 自分たちを利用し、殺そうとしたマインツ。その企みが崩れたことに、ユルヴァンは少しだけ胸がすく思いがした。

 

「へっ! ざまあみろ」

 

 ロイクは吐き捨てるように笑った。


「元々、村長に竜のことを話したのは私だ。竜の場所を知っていた私が、お前たちに核を持ち出させたのではないかと疑われている」

 

 ガルドは苦々しげに眉を寄せた。

 

「ミレアも村長の家で軟禁されている。私が動けば、あの子の立場まで悪くなりかねん。だから、表向きは潔白を示すために、お前たちを探していたというわけだ」

「……表向き?」


 ユルヴァンはその言葉に反応した。


「ああ。本当はミレアから頼まれたんだ。お前たちは絶対に生きている、と。だから助けてあげてほしいとな」

「……ミレアが?」

 

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

 自分が生きていると信じてくれていた。そのことが、何よりも嬉しかった。

 

 今度は、僕が助ける番だ。

 

 そう思っても、身体はまだ指先一つ動かせなかった。


「とりあえず食料を持ってきた。あと、ミレアが作ってくれた薬草も持ってきてある」

「本当か! 助かったぜ。俺も少しは知っていたけど、さすがにミレアほどじゃねえからな」


 ロイクはぱっと顔を明るくした。三日間、ユルヴァンの容体が気になって仕方なかったのだろう。


「ああ。またしばらくしたらここに来る。その時は、お前の症状をミレアにも伝えておこう。薬草は、あの子が外に出られないから、私が代わりに用意することになるが……」

「それでも……助かります」


 ユルヴァンは寝たままだがガルドへ礼を言う。ガルドも優しげな顔をしてこちらへ答える。


「今は休め。マインツのしでかしたことは許せないが、お前が生きていることは、あやつにとっても想定外だ。まずは完治させることを優先するのだ」

「はい」


 そう言って、ガルドは来た時と同じように出て行った。


「良かったぜ。見つかったのが、ガルドさんで……」

「ああ。一安心だ。まずはガルドさんの言った通り完治させなきゃね」

「だな。食料と薬草があるなら大丈夫だ! 何かあっても俺が守ってやるぜ」

「はは。頼りにしてるよ」


 本当に頼りにしてるよ、ロイク。


 そうして、二人は久しぶりの食事をとり、そのまま眠りについた。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あれからさらに三日程たった。

 ユルヴァンは驚異的な回復力を見せ、爛れていた肌には、わずかに傷跡が残るだけとなっていた。


「すげぇな。綺麗に治ってる。ミレアの薬草が効いたのもあるだろうけど、さすが主人公だぜ」

「主人公って……物語の主役ってことでしょ? 僕はそんなんじゃないさ」

「いーや。お前は主人公顔だな。俺にはわかる。勇者とかそういう感じの顔だ」

「何言ってるんだよ……」


 ユルヴァンはパンをかじりながら、呆れた顔でロイクを見る。ロイクと軽口を叩けるくらいには、回復してきていた。体もなんなら前よりも力がみなぎっている。


「というか、よく見たら、お前の目の色も少し赤くなっているぞ?」

「え? 本当?」

「そうだな。鏡……はねぇか。だけど、目が覚めた時よりも赤くなってるぞ」


 ロイクはユルヴァンへ顔を近づけて、瞳を覗き込む。


「そんなに赤い?」

「前より赤くなってる気がするぜ。まあ、お前が平気ならいいけどよ」


 ロイクはユルヴァンから離れた。ユルヴァン自身は目を右に左に動かすが、特に異変はない。


 あまり目立つのも嫌だな……。赤い目の人なんてほとんどいないよね。


 そんなことを考えていると、ユルヴァンの耳が金属音を捉えた。


「——ロイク。外で戦闘している音が聞こえる」

「え? 全然聞こえないぞ?」


 ロイクは耳に手を当てたり、入り口に近づいたりしているが、どうやら聞こえていないらしい。


「結構はっきりと聞こえるけど……」


 耳だけじゃない。匂いや目も……。


 だが、その耳に聞こえるのは確かに剣で戦っている音だ。近くに魔物でもいるのだろうか。耳をすませれば、魔物の息遣いまで聞こえる。

 しばらくすると、音は止み足音が遠ざかっていくのがわかった。


「ロイク。少し外に出てみよう」

「お前、大丈夫なのか?」

「うん。さっきまで聞こえていた足音は、もう遠ざかってる。周りにも人の気配はないみたいだ」


 ユルヴァンは耳を澄ませた。風が木々を揺らす音と、遠くの魔物の鳴き声だけが聞こえる。


「今なら、少し周囲を確かめられると思う」

「……よし。無理はするなよ。その音の正体も気になるしな」


 ユルヴァンはロイクと一緒に、入り口を覆う落ち葉をどかした。

 そして、六日ぶりの外の空気をめいっぱい吸い込んだ。

 見上げると、すっかり辺りは暗くなっていて、星明かりだけが二人を照らしていた。


「ロイクこっちだと思う」

「お、おう。お前よく見えるな」

「うん。前よりよく見えるんだ」


 ロイクはその言葉を聞き、思案の顔を浮かばせた。


「ロイク?」

「ユルヴァン。お前、竜の核としっかり共鳴できたんだな」

「……よくわからないんだ」

「いや、できていると思うぞ。すげえ。すげえよ! やっぱりお前は、俺が見込んだとおりだぜ!」


 ロイクは暗闇でもわかるくらい、喜んでいた。ユルヴァンは不安に思っていたことを聞いた。


「ロイクは怖くないのか? 僕は人からかけ離れた存在になったかもしれないのに……」

「ん? ああ。別に怖くないぞ」

「……なんで?」

「お前。逆に俺がそうなったら離れていくのか?」

「いや、そんなことはないと思うけど」


 確かに言われてみたら、逆でも僕はロイクから離れてはいかないだろうな。


「だろ? 俺たちは今まで二人でやってきたんだ。逆に今更一人になる方が怖いぜ」

「ロイク……。うん。そうだ。そうだね」

「今後は頼りにさせてもらいまっせ」

「うん。任せて」


 ユルヴァンはそのまま戦闘があった場所へ歩き出した。

 ロイクもそのまま後に続こうとするが、一度立ち止まった。そして、ユルヴァンの背中をじっと見つめた。


「ロイク?」

「……ああ。なんでもねえ! 行こうぜ」


 そして二人は今度こそ、その場所へ向かい始めた。


 隠れ家からしばらく歩くと、戦闘があった場所にたどり着いた。竜の死体があった場所とは、反対の方角だ。そこには暗くてよく見えないが、毛皮のついた魔物の死体がいくつか。

 そして……人の死体が転がっていた。


「ここで、戦ったみたいだね」

「ああ。それに、この農奴たちは見たことがある。でも、見ろ。こいつは傭兵だ」


 言われて見てみると死体のうち二つは農奴だ。残る一つは軽装の傭兵だった。


「最近、魔物の数が多いって聞いてはいたけど……」

「ああ。前より、俺たちが戦闘に出る回数が増えたからな」


 その時——悪寒が背中に走った。鼻息は荒く、走る足音がやけに大きい。ロイクも何かに気づいたみたいだ。


「ロイク……」

「ああ。血の匂いに誘われたか? ちっ、油断した。いつも死人が出たらすぐに撤退するもんな」

「足音が大きい。これは——オークだ」


 その直後、目の前に鼻が異様に大きな人型の魔物が姿を現した。

 

 オーク。

 人間よりもはるかに大きな身体に、口から突き出た牙。人間すら餌にする危険な魔物だ。


 そして、群れで行動することが多い。


 一体だけのはずがない。


 ——ブオオオ!


 オークが唸り声を上げると、さらに巨体が2体後ろから現れる。


「オーク……かよ。まずいな! 逃げられないぞ!」

「——戦うしか……ないけど」


 オークは村にいる騎士の兵士でも、数人がかりで倒すほどの魔物だ。


 それが三体。

 武器もない。今の僕たちに、勝ち目なんてあるのか。オークが唸り声を上げ、こちらへ踏み込んでくる。


 その瞬間——胸の奥で、何かが脈打った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。


次回は土曜日の19時予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。