第四話 竜核がもたらした変化
『土と血の王冠』をお読みいただきありがとうございます。
それでは、本編をお楽しみください。
声が聞こえる。僕の知らない記憶だ。
知らない土地——山だろうか。そこには、たくさんの竜がいた。
どうやら、この竜は次の王として期待されていたようだ。
だけど、裏切られた。
最後に残っていた記憶。
共に育った弟の爪が、竜の身体を切り裂いた。続いて、灼熱のブレスが全身を焼く。
その光景の先に、もう一つの記憶があった。
目の前で殺される最愛の存在。悲しみ、戸惑い、怒り、そして渇望。
いくつもの感情が、意識の奥底に流れ込んでくる。
君も……望みがあったんだね。
この竜は、竜王となって竜たちに平穏をもたらそうとしていた。だが、その願いを快く思わない者たちがいた。
そして、自らも命を落としたのだ。
【矮小な人間よ。力が欲しいのか?】
欲しい。自分の未来を自分で決められるような力が……。
【王になりたいのか?】
わからない。王になれば、僕みたいな人を救えるだろうか?
竜は何も答えなかった。ただ、温かな何かが、ユルヴァンの意識を包み込んだ。その感覚に身を委ねるように、意識が少しずつ浮上していく。
「んんぅ……」
「ユルヴァン? 起きたのか!」
目を覚ますと、ロイクの顔が目の前にあった。いくつもの傷が残り、目元は赤く腫れている。
「ロイ……ク?」
ロイクは目を見開いた。今にも泣き出しそうな顔だった。
「ああ! ユルヴァン! 俺だ、ロイクだ! まじで死んだかと思ったぞ。お前三日も寝たきりだったんだ」
「三日……」
「待ってろ。今水を汲んできてやる」
そう言って、ロイクは外へ飛び出していった。見れば、身体のあちこちに薬草が当てられていた。
「……ロイクがやってくれたのかな?」
ロイクは薬草のことも、ミレアから呆れるほど詳しく教わっていた。
ユルヴァンは起き上がろうとした。だが、身体がまったく動かない。全身を無数の針で刺されているかのような痛みが走った。
「が、っは……はあ、はあ」
なんだ、これ……。どうして、身体が動かないんだ?
「ユルヴァン!」
ロイクがすぐに駆け寄ってくる。見れば、手に葉っぱで作ったであろう、コップのようなものを持っている。ユルヴァンの横に腰を下ろす。
「まだ、動かないほうがいいと思うぜ。からだ中が爛れているみたいだったんだ。濡らした布や薬草で冷やしてるけど、熱がなかなか引かねえ」
「そう……」
「普通の火傷とは違う。傷がひどいってだけじゃないんだ。お前の体そのものが、内側から焼かれてるみたいだった」
ロイクはユルヴァンの頭を支え、ゆっくりと水を飲ませた。水が体の中に入っていく感覚が、はっきりと伝わってくる。
「美味しい」
「そうか……よかったぜ」
改めて周りを少し見渡すと、薄暗い洞窟のような場所だ。少しばかりの陽の光が、中を照らしている。ユルヴァンの視線に気づいたのであろう、ロイクが説明してくれた。
「ここは、前に見つけた俺の秘密基地みたいなものだ。入り口が狭くて、木の幹の下だから魔物や人にバレにくいんだ」
「いつのまに」
いつの間にそんな場所を見つけたんだろう。僕とずっと一緒にいたはずなのに……。
「当たり前だ。いざって時に使う想定だったんだ。今となっては見つけておいてよかったぜ」
ロイクは笑いかけた。
「……ありがとう、ロイク」
「貸しふたつだぜ? 次はいい加減、俺に返してくれよ?」
「はは、そうだね。この前から連続だ」
二人で笑い合う。ロイクと一緒で本当に良かったと思う。
ロイクがいなかったら、今頃、死んでいたかもしれない。
ある程度笑い合っていたが、急にロイクが真面目な顔つきになる。
「ユルヴァン……悪いが状況は最悪だぜ。ここら辺を騎士の兵士や傭兵たちがうろついてる。なんとか入り口を隠したりしてやり過ごしてるが、逃げるのは難しいだろうな」
「やっぱり僕のことを探してるのかな?」
「ああ、間違い無いだろうな。少なくとも、隠れ家の前を3回は通り過ぎてる」
ここもじきに見つかってしまうだろうか……。
その時だった。
急に入り口付近の落ち葉が、一斉にどかされた。その音に気づいたロイクは、僕のことを落ち葉で隠し始めた。
「……誰かいるのか?」
聞き慣れた声だ。
この声は……。
「ガルドさんか?」
「その声は——ロイクか? ということは……ユルヴァンも居るのか?」
「……いねえよ」
落ち葉を踏む音が何度か響き、やがて足音が近づいてきた。ユルヴァンには何も見えなかったが、ガルドがすぐそばまで来たことは分かった。
「ここに来たのは私だけだ。猟師だからこそ気づいたが、他の者たちは別の場所を探している。……ユルヴァンは、そこか」
「……! ユルヴァンをどうするつもりだ!」
「落ち着くんだ……。兵士に突き出すなら、わざわざ入り口を塞ぎ直さない」
すると、光が入ってきて目の前にガルドの顔が見えた。
「ユルヴァン……」
「ガルドさん。すみません」
「ふっ。お前は謝ってばかりだな。何度も言っているが、お前のせいではない。それよりも、酷い怪我だ。竜の核に触ったのか?」
ユルヴァンの肩が、びくりと震えた。
どうして、それを?
核を取り出したときの、あの痛み。身体の内側から何かに焼かれるような感覚が蘇る。
「……はい」
嘘をついても仕方がない。ユルヴァンは小さく頷いた。ロイクも忌々しげに言葉を放った。
「マインツに騙されたんだ。俺たちが逃げることを脅してきて、ユルヴァンに核を取らせた。ミレアのことまで持ち出して……」
ロイクは拳を握りしめた。
「こいつがどんな目に遭ったかも知らずに、あいつ……!」
「なに? ミレアのことだと?」
ガルドもその言葉は気になったみたいだ。ユルヴァンは目を見開き、動けない体ながらもガルドに聞く。
「そうだ! ミレアは……! マインツは、核を持ち帰れば、ミレア自身に結婚するかどうかを選ばせると言っていたんです」
ガルドの眉間に深い皺が刻まれた。
「……あいつ、そんなことまで」
ガルドは深くため息を吐いた。険しかった表情をわずかに和らげ、ユルヴァンを見た。
「ミレアは村長の家にいる。今のところ、無事だ」
「良かった……」
ユルヴァンは、ほっと息をついた。
「だが、安心できる状況ではない。竜の死体が発見され、核だけが消えていた。騎士爵本人が村に来て、村人たちを調べている」
ガルドの顔は険しかった。
「マインツが報告したんだと思います」
「ああ。マインツは、お前たちが竜の核に触れ、化け物になったはずだと報告していた。だが、現場に行っても、お前たちの姿も化け物の姿もなかった。マインツ自身も疑いを持たれている」
「……あいつも、疑われているんですか?」
ユルヴァンは思わず聞き返した。
自分たちを利用し、殺そうとしたマインツ。その企みが崩れたことに、ユルヴァンは少しだけ胸がすく思いがした。
「へっ! ざまあみろ」
ロイクは吐き捨てるように笑った。
「元々、村長に竜のことを話したのは私だ。竜の場所を知っていた私が、お前たちに核を持ち出させたのではないかと疑われている」
ガルドは苦々しげに眉を寄せた。
「ミレアも村長の家で軟禁されている。私が動けば、あの子の立場まで悪くなりかねん。だから、表向きは潔白を示すために、お前たちを探していたというわけだ」
「……表向き?」
ユルヴァンはその言葉に反応した。
「ああ。本当はミレアから頼まれたんだ。お前たちは絶対に生きている、と。だから助けてあげてほしいとな」
「……ミレアが?」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
自分が生きていると信じてくれていた。そのことが、何よりも嬉しかった。
今度は、僕が助ける番だ。
そう思っても、身体はまだ指先一つ動かせなかった。
「とりあえず食料を持ってきた。あと、ミレアが作ってくれた薬草も持ってきてある」
「本当か! 助かったぜ。俺も少しは知っていたけど、さすがにミレアほどじゃねえからな」
ロイクはぱっと顔を明るくした。三日間、ユルヴァンの容体が気になって仕方なかったのだろう。
「ああ。またしばらくしたらここに来る。その時は、お前の症状をミレアにも伝えておこう。薬草は、あの子が外に出られないから、私が代わりに用意することになるが……」
「それでも……助かります」
ユルヴァンは寝たままだがガルドへ礼を言う。ガルドも優しげな顔をしてこちらへ答える。
「今は休め。マインツのしでかしたことは許せないが、お前が生きていることは、あやつにとっても想定外だ。まずは完治させることを優先するのだ」
「はい」
そう言って、ガルドは来た時と同じように出て行った。
「良かったぜ。見つかったのが、ガルドさんで……」
「ああ。一安心だ。まずはガルドさんの言った通り完治させなきゃね」
「だな。食料と薬草があるなら大丈夫だ! 何かあっても俺が守ってやるぜ」
「はは。頼りにしてるよ」
本当に頼りにしてるよ、ロイク。
そうして、二人は久しぶりの食事をとり、そのまま眠りについた。
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あれからさらに三日程たった。
ユルヴァンは驚異的な回復力を見せ、爛れていた肌には、わずかに傷跡が残るだけとなっていた。
「すげぇな。綺麗に治ってる。ミレアの薬草が効いたのもあるだろうけど、さすが主人公だぜ」
「主人公って……物語の主役ってことでしょ? 僕はそんなんじゃないさ」
「いーや。お前は主人公顔だな。俺にはわかる。勇者とかそういう感じの顔だ」
「何言ってるんだよ……」
ユルヴァンはパンをかじりながら、呆れた顔でロイクを見る。ロイクと軽口を叩けるくらいには、回復してきていた。体もなんなら前よりも力がみなぎっている。
「というか、よく見たら、お前の目の色も少し赤くなっているぞ?」
「え? 本当?」
「そうだな。鏡……はねぇか。だけど、目が覚めた時よりも赤くなってるぞ」
ロイクはユルヴァンへ顔を近づけて、瞳を覗き込む。
「そんなに赤い?」
「前より赤くなってる気がするぜ。まあ、お前が平気ならいいけどよ」
ロイクはユルヴァンから離れた。ユルヴァン自身は目を右に左に動かすが、特に異変はない。
あまり目立つのも嫌だな……。赤い目の人なんてほとんどいないよね。
そんなことを考えていると、ユルヴァンの耳が金属音を捉えた。
「——ロイク。外で戦闘している音が聞こえる」
「え? 全然聞こえないぞ?」
ロイクは耳に手を当てたり、入り口に近づいたりしているが、どうやら聞こえていないらしい。
「結構はっきりと聞こえるけど……」
耳だけじゃない。匂いや目も……。
だが、その耳に聞こえるのは確かに剣で戦っている音だ。近くに魔物でもいるのだろうか。耳をすませれば、魔物の息遣いまで聞こえる。
しばらくすると、音は止み足音が遠ざかっていくのがわかった。
「ロイク。少し外に出てみよう」
「お前、大丈夫なのか?」
「うん。さっきまで聞こえていた足音は、もう遠ざかってる。周りにも人の気配はないみたいだ」
ユルヴァンは耳を澄ませた。風が木々を揺らす音と、遠くの魔物の鳴き声だけが聞こえる。
「今なら、少し周囲を確かめられると思う」
「……よし。無理はするなよ。その音の正体も気になるしな」
ユルヴァンはロイクと一緒に、入り口を覆う落ち葉をどかした。
そして、六日ぶりの外の空気をめいっぱい吸い込んだ。
見上げると、すっかり辺りは暗くなっていて、星明かりだけが二人を照らしていた。
「ロイクこっちだと思う」
「お、おう。お前よく見えるな」
「うん。前よりよく見えるんだ」
ロイクはその言葉を聞き、思案の顔を浮かばせた。
「ロイク?」
「ユルヴァン。お前、竜の核としっかり共鳴できたんだな」
「……よくわからないんだ」
「いや、できていると思うぞ。すげえ。すげえよ! やっぱりお前は、俺が見込んだとおりだぜ!」
ロイクは暗闇でもわかるくらい、喜んでいた。ユルヴァンは不安に思っていたことを聞いた。
「ロイクは怖くないのか? 僕は人からかけ離れた存在になったかもしれないのに……」
「ん? ああ。別に怖くないぞ」
「……なんで?」
「お前。逆に俺がそうなったら離れていくのか?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
確かに言われてみたら、逆でも僕はロイクから離れてはいかないだろうな。
「だろ? 俺たちは今まで二人でやってきたんだ。逆に今更一人になる方が怖いぜ」
「ロイク……。うん。そうだ。そうだね」
「今後は頼りにさせてもらいまっせ」
「うん。任せて」
ユルヴァンはそのまま戦闘があった場所へ歩き出した。
ロイクもそのまま後に続こうとするが、一度立ち止まった。そして、ユルヴァンの背中をじっと見つめた。
「ロイク?」
「……ああ。なんでもねえ! 行こうぜ」
そして二人は今度こそ、その場所へ向かい始めた。
隠れ家からしばらく歩くと、戦闘があった場所にたどり着いた。竜の死体があった場所とは、反対の方角だ。そこには暗くてよく見えないが、毛皮のついた魔物の死体がいくつか。
そして……人の死体が転がっていた。
「ここで、戦ったみたいだね」
「ああ。それに、この農奴たちは見たことがある。でも、見ろ。こいつは傭兵だ」
言われて見てみると死体のうち二つは農奴だ。残る一つは軽装の傭兵だった。
「最近、魔物の数が多いって聞いてはいたけど……」
「ああ。前より、俺たちが戦闘に出る回数が増えたからな」
その時——悪寒が背中に走った。鼻息は荒く、走る足音がやけに大きい。ロイクも何かに気づいたみたいだ。
「ロイク……」
「ああ。血の匂いに誘われたか? ちっ、油断した。いつも死人が出たらすぐに撤退するもんな」
「足音が大きい。これは——オークだ」
その直後、目の前に鼻が異様に大きな人型の魔物が姿を現した。
オーク。
人間よりもはるかに大きな身体に、口から突き出た牙。人間すら餌にする危険な魔物だ。
そして、群れで行動することが多い。
一体だけのはずがない。
——ブオオオ!
オークが唸り声を上げると、さらに巨体が2体後ろから現れる。
「オーク……かよ。まずいな! 逃げられないぞ!」
「——戦うしか……ないけど」
オークは村にいる騎士の兵士でも、数人がかりで倒すほどの魔物だ。
それが三体。
武器もない。今の僕たちに、勝ち目なんてあるのか。オークが唸り声を上げ、こちらへ踏み込んでくる。
その瞬間——胸の奥で、何かが脈打った。
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