第三十三話(Arsenic):WRIGHT FLYER2
梅雨が明け、厳しい夏も過ぎ去り、秋の気配が感じられるようになった頃、柚紀、ヒューストン、そしてメガネの三人は、この異世界で航空機を飛ばすという夢の実現に向けて、着々と準備を進めていた。
この期間で、製鉄所の完成と稼働により、この世界の産業には大きな変化をもたらせれた。アルカディア鉄道の建設は驚くべき速さで進み、線路はいつの間にかラボの近くまで敷かれていた。それに伴い、ヒューストンの工房もラボの隣へと移転。彼は、旋盤や溶接道具、小型の溶鉱炉など、近代的な工業設備を工房に備え、より高度な加工が可能になった。
そして、航空機開発の第一歩として、彼らは滑走路の建設に着手した。
「滑走路には、硬くて平らな地面が必要だ。離陸や着陸の衝撃に耐えられるように、舗装しなきゃならない。」
柚紀はそう言って、原油からガソリンや軽油を精製する際に余る廃油と、近くの川から集めてきた砂利を混ぜ合わせ始めた。
「これって…まさか!」
メガネは、その混合物を見て興奮を隠せない様子だった。柚紀が作っていたのは、まさしく彼らが地球で見てきたアスファルトだった。廃油に含まれる重質油の成分が、砂利を固める接着剤の役割を果たす。この単純な発想と、これまでの技術の積み重ねが、この異世界に馴染みの深い舗装路を作り出そうとしていた。
「すごい!こんなものでアスファルトができるなんて!」
メガネは、夜も寝る間も惜しんで舗装作業に没頭した。作業はすべて、道具を使った手作業だったが、彼は疲労を忘れて一心不乱に砂利と廃油を混ぜ、滑らかな地面を作り上げていった。その情熱は、この世界の技術を一段階引き上げようとする柚紀たちの夢そのものだった。
やがて、ラボの前に真っ黒で滑らかな滑走路が完成した。それは、ただの道ではなく、彼らの夢を乗せて空へと飛び立つための、壮大な舞台となる。
アスファルトの滑走路が完成したラボの敷地では、柚紀、ヒューストン、そしてメガネが航空機の製作に熱中していた。自動車の製作で培った技術と知識を応用し、彼らは空を飛ぶ夢を追い求めていた。
「柚紀、このエンジン、航空機に使うには少しパワー不足じゃないか?」
メガネが、車体に組み込まれたエンジンの設計図を指さしながら尋ねた。
「ああ、その通りだ。だからこそ、もう一つ、特別なものを用意した。」
柚紀はそう言って、ラボの奥から白い、円筒形の物体を運び出してきた。それは、彼が独自に開発した固体燃料ブースターだった。
「これがあれば、離陸時に必要な速度を補える。それに、将来的に地球に帰るためには、ロケット作りの技術が不可欠だ。そのための第一歩でもある。」
柚紀の言葉に、メガネは目を丸くした。「柚紀、航空機っていってもスペースシャトル作るん?」
「そう驚く気持ちもわかる。だが、これが俺たちの空への道だ。」
メガネは、柚紀の壮大な構想に最初は戸惑ったが、彼の真剣な眼差しを見て納得した。
しかし、現代の地球のように洗練された固体燃料を作ることはできない。そこで柚紀は、この異世界で手に入る材料を使って、独自の燃料を調合することにした。
「材料は、木炭、硫黄、そして硝酸カリウム。」
柚紀は、そう言ってそれぞれの材料を秤に載せていった。木炭は、どこでも手に入る。硫黄は山で採掘できる。そして、硝酸カリウムは、オストワルト法で生成した硝酸と植物の灰を混ぜることで大量生産が可能だ。
「これらを混ぜると、黒色火薬ができる。これと鉄粉を混ぜてから、お酒を蒸留して得たエタノールに染み込ませるんだ。」
「黒色火薬……銃にも使われる、あの火薬か?」
メガネの声が、少し緊張を帯びた。
「ああ。そうだ、静かにしておけ。慎重に、そして厳重に管理しなければならない。」
柚紀は、メガネの懸念を理解していた。もし、この黒色火薬の製法が漏れれば、この異世界は一瞬にして鉛弾で溢れるだろう。それは、柚紀が望む科学の未来ではなかった。
彼らは、細心の注意を払いながら燃料を調合した。粉末状の材料を混ぜ合わせ、エタノールを染み込ませてペースト状にする。それを円筒形のブースターに丁寧に充填していった。
「柚紀、本当にこれで飛べるのか?」
ヒューストンとメガネが、不安そうに尋ねた。
「分からない。だが、やってみる価値はある。それに、俺たちの知識と技術を結集すれば、必ず空に飛び立てる。それにブースターもエンジンも常に冷却水で冷却できるようにする。それで安全かテストもするつもりだ。」
柚紀は、自信に満ちた表情で答えた。
それから数ヶ月、枯れ葉が落ちる季節になった頃、柚紀の科学知識と、ヒューストンとメガネの工作力により、ついに、航空機は完成した。
「よし、これで完成だ。あとは、テスト飛行の準備をするだけだ。」
柚紀は、完成した航空機を見つめた。それは、自動車のエンジンと、自作のプロペラ、そして二本の固体燃料ブースターを備えた、いかにも不格好な機体だった。しかし、柚紀はあのスペースシャトルに似た、白と黒の無機質なデザインに惚れ惚れしていた。
「明日、皆でテスト飛行だ。この異世界で、初めて空を飛ぶんだ!」
柚紀の言葉に、彼らの瞳は輝いていた。それは、新たな時代の幕開けを告げる、希望の光だった。そして、奇しくもその最初の飛行機は、偶然か必然か、「ライトフライヤー2」と命名されたのだった。




