第三十二話(Germanium):再会の輪
ラボの奥、電球の明かりの下で、柚紀は広げた地図を熱心に見つめていた。ディアモスから譲り受けた古い地図には、この異世界の地形が詳細に描かれている。彼の指が、幾度となく海を越え、大陸の南へと滑っていく。彼の指先が、最終的にアルカディアの下へと。ホイヘンス探査機が着陸したとされる「砂漠地帯」の手がかりを求めていた。
「よし……確かホイヘンスは砂漠地帯、赤道付近に着陸したはずだ......」
地図を丹念に読み解くこと数時間、柚紀の指が一点で止まった。エルムヴィレッチのある大陸から南へ、海を渡った先に広がる、広大な砂漠地帯。ホイヘンスが送ってきた画像の地形と一致する可能性が高い。
「ここだ!ここしかない!」
柚紀の目に確信の色が宿った。しかし、そこは遙か遠く、未知の海を越えなければならない場所だ。探査機の探索は、途方もない道のりになるだろう。彼は、その困難さを前に、深く思考に耽っていた。
その時だった。
「柚紀さん!柚紀さん、いますか!?」
ラボの扉が勢いよく開き、エリンが息を切らして飛び込んできた。その顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
「どうした、エリン?そんなに慌てて。」
柚紀は、地図から顔を上げて尋ねた。
「あの!レイリー先生の診療所に……その、異世界から来たって語る男の人が……!」
エリンの言葉に、柚紀は目を見開いた。
「何だと!?異世界から!?」
柚紀は、瞬間的に立ち上がった。次々に疑問が頭を駆け巡る。なぜ、診療所なのか?なぜ、自分ではなくレイリーの元へ?そして、その男は一体何者なのか?
「まさか、俺と同じように……いや、トラックに轢かれてここに辿り着いた人間が、また現れたというのか?」
考える間もなく、柚紀は身支度を整え始めた。白衣を掴み、足早にラボを飛び出す。
「なんで診療所なんだよ……!!もし転生者だとして、大病を患っていたなら......」
心の中でそう呟きながら、柚紀はレイリーの診療所へと走り出した。彼の胸には、未知の来訪者に対する期待と、同時に拭い去れない不安が交錯していた。
診療所への道は、普段よりも長く感じられた。彼の足音だけが、静かな街に響き渡っていた。
レイリーの診療所のドアを勢いよく開けると、柚紀の目に飛び込んできたのは、ベッドに座り込む一人の男だった。彼は小柄で、見慣れた顔つきに、どこか見覚えのある服装。
「チビ!お前もか!」
柚紀は思わず叫んだ。そこにいたのは、またしても地球にいた頃の友人、チビだった。彼は身長こそ低いが、工学、特に建築関係の知識に精通した友人だ。
「柚紀!やっぱりお前もいたのか!あと誰がチビじゃ!!」
チビは、驚きと安堵が入り混じった顔で柚紀を見つめた。
「どうしてここにいるんだ?まさか、お前までトラックに……」
柚紀の問いに、チビは苦笑いを浮かべた。
「ああ、まったく同じだ。やけに現代的な治療をしていると噂の診療所を見つけて、きてみたんだよ......」
レイリーも、状況を察したように説明してくれた。「この方が、いきなり『異世界から来た』と話されて……。私には信じがたいことでしたが、柚紀さんの話と重なる部分が多かったので、もしかしたらと思い、ご連絡しました。」
「レイリー先生、ありがとうございます。」柚紀は深々と頭を下げた。
そこに、知らせを聞きつけたスカーレット、エリン、ヒューストン、メガネ、そして馬之助が次々と診療所に駆けつけてきた。彼らは、また一人、地球からの仲間が増えたことに驚きつつも、どこか運命的な再会に喜びを感じていた。
「チビ、お前も俺たちと一緒にラボで働かないか?お前の建築の知識が必要だ。」
柚紀の誘いに、チビは少し考える素振りを見せた後、力強く頷いた。「もちろんだ!行き場もないし、俺の知識が役に立つなら喜んで。」
こうして、柚紀の周りには、それぞれの専門分野に秀でた地球の仲間たちが集結した。
柚紀:科学全般 サーモン:農学 メガネ:機械工学(自動車・金属加工) 馬之助:看護・介護学 チビ:建築学
彼らは、高校一年生だったにもかかわらず、それぞれが興味のある分野を猛烈に勉強し続けてきた。その情熱と知識が、今この異世界で、まるでパズルのピースがはまるように合致していく。柚紀は、改めて彼らが最高の友人たちだったのだと、静かに感動を覚えていた。
(……だとしたら、なぜ俺たち全員が、何の教訓も学ばずにトラックに轢かれてしまったのか……単純にアホなだけなのか......?)
そんな皮肉な思考が、柚紀の頭をよぎった。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。この集まった知識と技術があれば、この異世界に地球の文明を回復させ、さらに発展させていくことも夢ではないだろう。




