第三話(Lithium):顕微鏡
ヒューストンの工房では、朝からガラス細工と木工の音が響き渡っていた。柚紀は、ヒューストンの熟練の技術に感心しながら、顕微鏡の製作を進めていた。レンズの研磨、鏡筒の組み立て、そして微調整。二人は、それぞれの得意分野を活かし、協力して作業を進めた。エリンも、工房内で一緒に顕微鏡を作っていた。
「……できたぞ!ついに、顕微鏡が完成した!」
ヒューストンが、完成した顕微鏡を手に取り、興奮した様子で叫んだ。柚紀は、顕微鏡を覗き込み、その性能を確認した。なんと三人の協力もあり、その日の夕方には顕微鏡が完成したのだった。
「……おお!この倍率なら、細菌も十分観察できる。」
柚紀は、顕微鏡の完成に満足し、ヒューストンに感謝の言葉を述べた。
「……ヒューストン、本当にありがとう。この顕微鏡があれば、この世界の医療水準を大きく向上させることができる。」
「……お礼を言うのは、こちらの方だ。お前さんの教える金属加工やガラス加工の技術は、まさに目から鱗だった。この技術があれば、もっと精度の高い加工ができるようになる。」
柚紀は次段階として、ヒューストンの工房の一部を借り、ペニシリンの培養実験に着手し始めた。
(ペニシリンは、青カビから抽出される抗生物質である。細菌の細胞壁合成を阻害することで、殺菌作用を示す。ペニシリンの発見は、人類の感染症治療に革命をもたらした。)
日も沈みかけている夕方に、貧しい病人にもう一度会いに行き、協力を促した上で、血液や尿のサンプルを採取した。採取したサンプルをヒューストンの工房内で柚紀たちが泊めてもらっている宿の主から貰った砂糖を使って、サンプルを培養した。その日は、柚紀は顕微鏡作りに没頭しすぎていたので、宿に帰って昨日よりたくさんの夕飯を食べさせてもらった。柚紀は宿主に深く感謝の気持ちを示し、はやくに眠りながら考えた。
「この世界は中世のヨーロッパに似ている。二日目だがまだエリンはシャワーを浴びたり湯船に使ったりしていないのに普通に過ごしている。ヨーロッパの乾燥した気候なら、数日シャワーを浴びないのは当たり前だし、実際空気は乾燥しているようだ......」
柚紀次の日の朝、培養していたサンプルを顕微鏡で観察した結果、黄色ブドウ球菌による細菌感染症であることが判明した。
「……やはり、黄色ブドウ球菌か。病状も悪化している。早急に治療を開始しなければ……」
柚紀は、病人の容態を心配し、治療方法を模索していた。しかし、この世界には、ペニシリンのような抗生物質は存在しない。
「……エリン、この街に薬学に詳しい医者はいないか?」
柚紀は、エリンに尋ねた。エリンは、少し考え込むような仕草を見せた後、答えた。
「……レイリーという医者がいます。彼女は、薬学に詳しく、様々な病気の治療に成功していると評判です。」
その日の昼ごろに、柚紀はエリンに案内され、レイリーの診療所を訪れた。レイリーは、温厚な人柄の医者で、柚紀の話を親身に聞いてくれた。
「……なるほど。細菌による感染症ですか。それは、私が聞いたことのない病気ですね。しかし、あなたの話を聞く限り、非常に危険な病気であることは理解しました。そして、治療が可能なことも。」
レイリーは、柚紀の知識と技術に感銘を受け、協力を申し出てくれた。柚紀は、レイリーの協力のもと、病人の治療を開始することにした。
「……レイリー先生、ありがとうございます。あなたの知識と技術があれば、きっとこの患者を救うことができる。」
柚紀は、レイリーに感謝の言葉を述べ、病人を診療所に運び込んだ。レイリーは、病人の容態を詳しく調べ、治療計画を立て始めた。柚紀は、レイリーの指示に従い、ペニシリンの培養実験を続けながら、病人の治療をサポートした。