第二話(Helium):異世界での第一夜
異世界の夜は、地球とは全く異なる星々が輝き、幻想的な光景が広がっていた。柚紀は、エリンと共に、エルムヴィレッジという小都市の街外れの小さな宿屋に泊まることにした。宿屋の主人は、二人が異邦人であることを察し、親切にも空いている部屋を提供してくれた。
部屋に入ると、柚紀はベッドに腰を下ろし、今日一日の出来事を振り返っていた。異世界転生、星座、動植物。彼の頭の中は、様々な疑問と好奇心で溢れていた。
「……エリン、この世界の医療はどうなっているんだ?」
柚紀は、隣に座るエリンに尋ねた。エリンは、少し考え込むような仕草を見せた後、答えた。
「……この世界の医療は、主に神官による祈祷や、薬草を使った治療が主流です。病気の原因は、体内の四つの体液のバランスが崩れることだと考えられています。」
(四体液説とは、古代ギリシャの医師ヒポクラテスによって提唱された医学理論である。人間の体は、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁という四つの体液から構成されており、これらのバランスが崩れると病気になるという考え方である。中世ヨーロッパでは、この理論が広く信じられていた。)
柚紀は、エリンの説明に眉をひそめた。
「……四体液説か。それは、少なくとも19世紀より前の文明かレベルか......」
「病気の原因は、体液のバランスだけじゃない。細菌やウイルスといった、目に見えない微生物が原因の場合もある。」
柚紀は、細菌やウイルスについて、エリンに説明した。エリンは、初めて聞く話に目を丸くしていた。
「……細菌、ウイルス……?そんなものが、病気の原因になるんですか?」
「ああ。例えば、細菌による感染症は、抗生物質で治療できる。この世界には、青カビはあるか?もしあれば、ペニシリンを抽出できるかもしれない。」
(ペニシリンとは、青カビから抽出される抗生物質である。細菌の細胞壁合成を阻害することで、殺菌作用を示す。ペニシリンの発見は、人類の感染症治療に革命をもたらした。)
「青いカビのことですか?聞いたことはあります。流行病は、時々発生します。特に、冬に多いようです。」
エリンは、首を横に振りながら答えた。柚紀は、流行病について、さらに詳しく尋ねた。彼は、この世界の医療レベルを把握し、自分が何ができるかを考えようとしていた。
その時、宿屋の主人が部屋を訪れた。
「……お二人とも、夕食の準備ができましたよ。」
柚紀は自分のいた地球のものとそっくりなパンやスープを見て、少し安心した。夕食後、柚紀はエリンと共に街を歩いていた。街には、貧しい人々が多く、病に苦しんでいる人も見かけた。柚紀は、その中の一人の病人を見つけ、声をかけた。
「……具合が悪いのか?どこが痛む?」
病人は、苦しそうな表情で、腹部をさすった。柚紀はその病人の症状から、感染症であると断定したが、細菌によるものかウイルスによるものか調べるために、顕微鏡を作ろうとする。
「……エリン、顕微鏡を作りたい。この世界には、レンズを作れる職人はいるか?」
「顕微鏡、ですか?レンズなら、ヒューストンという職人が作れます。彼は、腕のいい職人ですが、少し変わった人物で......」
エリンは、ヒューストンという職人について説明した。柚紀は、彼に協力を仰ぎ、顕微鏡を作ることを決意した。その後、二人は宿に戻り、疲れもあったが、柚紀の頭には多くの疑問が残っていた。なぜ地球から見える星座とは違うのに同じ動植物が生えているのか?そもそもなぜ現代の日本語が通じるのか?考えにふけっていると、やっと眠りについた。翌朝、柚紀とエリンは、エルムヴィレッジの中心部にあるヒューストンの工房を訪れた。ヒューストンは、噂通り、少し変わった人物だったが、柚紀の熱意のある顕微鏡の説明に心を動かされ、協力を申し出てくれた。
「……面白い。お前さんの言う顕微鏡とやら、作ってみようじゃないか。」
ヒューストンは、そう言うと、作業に取り掛かった。柚紀は、ヒューストンの技術に感心しながら、顕微鏡の設計図を描き始めた。柚紀は、今後のことを考え、指1本の長さから1mmの長さをざっくりと割り出し、レンズの焦点距離や鏡筒の長さを計算していた。しかし、この世界には、地球のような精密な測定器具はない。が、この異世界にもメートル法が誕生した。
「……ヒューストン、この鏡筒の長さを、だいたい指の長さ10個分くらいで作ってほしい。レンズの焦点距離は、指の長さ3個分くらいで……」
(地球では、長さの単位としてメートル法が使われている。メートル法は、1790年代にフランスで考案された単位系であり、1mを基準として、10の累乗ごとに単位が変化する。例えば、1mの1/1000は1mm、1mの1000倍は1kmとなる。メートル法は、世界中で広く使われており、温度や重さ、時間や電気の単位に繋がっている。また、人類の科学技術の発展に大きく貢献してきた。)




