第二十八話(Nickel):黒煙をあげる心臓
ラボの中では、メガネが油まみれになりながらも、手際よくエンジンの部品を組み上げていた。金属同士が擦れ合う音、工具がぶつかる音が、規則的なリズムを刻んでいる。
「柚紀、エンジンオイルになるものなんかないか?」
メガネは、手を休めることなく、顔だけを上げて尋ねた。柚紀は、ビーカーを持ったまま、しばらくの間考え込んだ。
(原油から精製できる重油か……。でも、この世界で正確な温度管理をするのは難しい。燃えにくい高純度の重油を作るのは、今の技術じゃ無理がある。それならいっそ、植物油だ!コーン油や菜種油なら、意外と良いエンジンオイルになるかもしれない。)
「メガネ、植物油はどうだ?特に、とうもろこしの油は、良いエンジンオイルになるはずだ。」
柚紀は、そう答えた。とうもろこしは、乾燥した土地でも育ちやすく、保存にも適している。短期間で収穫できる上に、人間にとって重要なエネルギー源となるデンプンを豊富に含んでいる。
(デンプン:植物が光合成によって作り出したブドウ糖を結合させて貯蔵する炭水化物。人間や動物のエネルギー源となる。)
さらに、コーン油は食用としても広く使われている。この異世界でも、確か誰かが栽培していたような記憶がある。
(誰が作っていたか……そうだ、サーモンだ!あいつの農場に行けば、とうもろこしがあるかもしれない。)
柚紀がそう考え、サーモンの農場へ向かおうとした、その時だった。ラボの扉が開き、土埃をまとったサーモンが顔を出した。
「よお、柚紀!大変だ!」
サーモンは、何かを悟ったかのように、勢いよくラボに飛び込んできた。土埃を払いながら、得意げな表情で両手に抱えたとうもろこしを差し出した。
「俺が作ったとうもろこし、まあ一回食べてみろって!」
柚紀は、その黄金色の実をありがたそうに受け取ると、礼を言い、早速その場で鋭いナイフで種子部分を丁寧にそぎ落とし始めた。それを手にした乳鉢に入れ、力を込めて擦り潰し始めた。
「何だ~~コイツ~~!」
お馴染みの間の抜けた叫び声が、背後から響いた。サーモンが、目を丸くしてその光景を見つめている。
「悪いな、サーモン。コーン油が必要なんだ。エンジンを動かすためにね。残った搾りかすからは、しっかりデンプンを取り出しておくから。まあ、それでも残った部分は、上質な肥料になるだろう。」
柚紀は、手を休めることなく説明した。サーモンは、自分が丹精込めて育てたとうもろこしが、無残にも搾り取られていく様を目の当たりにし、目頭が熱くなっていた。まるで、自分の子供が虐待されているのを見ているようだった。
黙々と作業を続け、ダンボール一箱分ほどのとうもろこしを擦り潰し終えた時、ようやくペットボトル一本分程度の、貴重なコーン油が手に入った。とうもろこしから油を抽出できる割合は、一般的に1トンあたりわずか30kg程度だと言われている。今回は、試作のエンジンを動かすにはこの量で足りるだろうが、もし自動車などを量産するとなれば、大規模な生産体制を確立する必要がある。
メガネは、そのコーン油をエンジンのオイル注入口から丁寧に注ぎ込んだ。一方、柚紀は、以前に原油を原始的な方法で蒸留して作り出した、ガソリン......のような炭化水素を燃料タンクへと注ぎ込んだ。
準備が整い、柚紀が点火装置を作動させた。最初は咳をするような音だったが、数回の試行の後、ついにエンジンは見事に稼働し始めた。
「ヴォン!ブルルルル!......」
黒煙を勢いよく吐き出しながら、ラボの中に大きな機械音が響き渡る。それは、この異世界における動力の革命の、力強い第一歩だった。にしてもV8エンジンはオーバースペックな気がするが......




