第二十七話(Cobalt):天を掴む凧
エンジンの完成が目前に迫り、製鉄所の建設も終わりが見えてきた。春の終わりを感じさせる、穏やかな陽気が続いていた頃、柚紀はエルムヴィレッジの服屋を訪れていた。
「何かお探しですか?」
店主の温かい声に迎えられ、柚紀は事情を説明した。
「研究で使う白衣を探しているのですが……」
店主は快く応じ、何着かの白衣を見せてくれた。その中で、柚紀はふと、店の一隅に積まれた古びた四角い布に目を留めた。
「これは?」
「ああ、昔の荷物に使っていた布ですよ。もう使い道がないので、もしよろしければお譲りします。」
店主はそう言って、白衣を売るついでに、その四角い布と傍にあった麻紐を数本、柚紀に譲ってくれた。
ラボに戻った柚紀は、早速その布を広げた。四角い布の四隅に小さな穴を開け、そこに麻紐を通していく。それぞれの紐の長さを少しずつ調整し、布の中央よりもやや上のあたりで、四隅から伸びる紐を一つに結び合わせた。さらに、もう一本の紐を、結び目から長く垂らした。
そう、これは簡素な作りの凧だった。
柚紀は、その凧に鉄製の細い棒を添え、凧糸となる麻紐に沿って、太い銅線を丁寧に巻き付けていった。今回の銅線は絹糸を巻いたりせず、太くして雷の高電圧に耐えられるようにした。
「……これで、準備は完了だ。」
春の終わりから初夏にかけて、急速に発達する低気圧、この世界で「メイストーム」と呼ばれる嵐が近づきつつあった。柚紀は、そのメイストームの到来を待っていた。
「メイストームの雷を利用するんだ。」
凧を高く上げれば、鉄の棒に雷が落ち、銅線を高電圧が流れていき、雷の強烈なエネルギーを安全に扱うことができる。そして、その強大な雷の高電圧を利用すれば、空気中の酸素からオゾンを生成できると考えたのだ。
「ヒューストン、三口の三角フラスコを作ってくれないか?」
「ええ?......三口もつけてどうするんですか?......とにかくやってみます。」
事前準備として、凧の下側にゴム管を接続するためと、銅線を接続するための合計三口の三角フラスコをヒューストンに作ってもらった。ゴム管や銅線は、ゴム栓に差し込んで、空気漏れを防ぐ。そして、純度の高い酸素を送るために、水の電気分解装置から酸素を送れるようにした。オゾンを作るこのフラスコの中で、二本の銅線を少し離して、一本は避雷針側に、もう一本を地面に繋げると、離れた電線の間で放電が起こり、青い筋ができる。この放電が、酸素をオゾンに変えてしまのだ。
このオゾン発生装置は水の電気分解により生じた酸素が、ゴム管中を進み雷からの高電圧によってオゾンになる。発生したオゾンは、もう一つのゴム管を辿り、ガラス瓶に下方置換法で集められる。
(オゾンの生成:雷放電により、酸素分子(O2)が解離し、別の酸素分子と結合してオゾン(O3)が生成される。)
オゾンは、強力な酸化力を持つ。それは、漂白剤として、そして消毒剤としても非常に有効な物質となる。
「オゾンがあれば、もっと多くの物質を生み出せる!!......雷で実験して、成功すれば、今度はラボの水力発電機でオゾンを持続的に作り出すことができる!!......そうすれば、医薬品に.......それに強力なロケットの燃料にもなる!!......」
柚紀は、迫り来る嵐の力を利用し、この異世界に新たな科学の恩恵をもたらそうとしていた。空を見上げれば、すでに遠くの空が鉛色に染まり始めていた。メイストームは、確実に近づいていた。
「よし、この風ならいける!!......凧を上げるぞ、メガネ、走ってきてくれ!!」
メガネがラボの近くで全力疾走し、凧を上げることに成功した。その後、激しい雷雨が起こり、一筋の青い閃光がパッと鉛色の空を照らした。
バチッ!ゴロゴロ…ドーン!
「人類はついに、この異世界でも最悪の自然現象を、手のひらを返し利用し始めた!!......」
ガラス瓶に貯まったオゾンは、空気を少しずつ特徴的な明るい空色に染めていった。




