第二十五話(Manganese):温かい居場所
無事に手術を終え、疲労困憊の柚紀たちは、エルムヴィレッジの賑やかな酒場で束の間の休息を取っていた。ジョッキを傾け、今日の出来事を語り合っていると、隣の席に座る人物に見覚えがあった。ただし、柚紀やメガネは未成年のため、酒ではなくオレンジジュースをジョッキに入れてもらって飲んでいた。
「……あれ?まさか……馬之助?」
柚紀が声をかけると、その男は振り返り、特徴的な丸い顔を歪めて驚いた。
「げっ、柚紀さん!?あなたもここにいたんですか!」
「お前も?もしかして誰かと合流していたのか?」
「サーモンと会ってしまて......あいつは馬鹿だから不安だったんだけど......安心しましたよ。」
とにかく、再開したのは馬之助だった。地球では、何かと世話を焼いてくれる友人だったが、毒舌が目立つこともある。しかし、看護や介護の知識があり、患者の細やかな変化に気づき、的確なサポートをする能力は目を見張るものがあった。
「一体、何人トラックに轢かれれば気が済むんだ……俺の死から何も学んでなくないか?......」
柚紀は、半ば呆れながらも再会を喜んだ。
久しぶりの再会を祝し、彼らは美味しい料理を囲み、互いの身の上話に花を咲かせた。馬之助は、流れ流れてこの街に辿り着いたものの、特に定住する場所もなかったらしい。
「まあ、いいじゃん。うちのラボに来るか?」
柚紀が誘うと、馬之助は一瞬渋った顔をしたが、
「飯は、ちゃんと出してくれるんですよね?え?......」
馬之助は食い気味に聞き返した。
翌朝、手術を受けた妊婦、マーガレットは、まだ弱々しいながらも呼吸は安定していた。しかし、レイリーの話によると、彼女は早くに相手の男性に逃げられ、身寄りもなく、この先どうすればいいのか途方に暮れているという。
「こんな状況に対応できる、看護の専門家がいれば……」柚紀が呟いた時、昨夜の馬之助の顔が浮かんだ。彼の介護の知識があれば、マーガレットの心身両面をサポートできるかもしれない。
柚紀は、すぐにラボに戻り、まだ寝床にいる馬之助を叩き起こした。「おい、ちょっと手伝ってくれ!」
馬之助は不機嫌そうに目を擦ったが、柚紀が毎日の食事を提供するという条件を出すと、途端に態度を変え、「しゃーねえな」と渋々ながらもレイリーの診療所へと向かった。
しかし、この異世界、この時代で、女性一人で子供を育てるのは困難を極める。引き取ってくれる人がいれば良いのだが、子持ちの女性を積極的に迎え入れたいという裕福な人間はなかなか現れない。支援体制も整っていないのが現状だった。
そんな状況を見かねた柚紀やラボの仲間たちは、話し合いの末、マーガレットと生まれたばかりの子供を自分たちのラボで引き取ることにした。とりあえず、ラボの奥の空き部屋を使ってもらい、子育てを支援することにした。
「無償の支援は、お互いのためにならない。」柚紀はそう考え、マーガレットが落ち着き、子供が少し大きくなったら、ラボの実験を手伝ってもらうという約束を取り付けた。
「にしてもマーガレット?どこかこころに残る名前だな、確か同じ名前の人物が、アポロ計画で......」
とにかく、馬之助とマーガレットも加わり、ラボが賑やかになってきた。
「ところで、馬之助、最近サーモンが見当たらないんだが、農場にでもこもっているのか?」
馬之助は、そうだと答えた。彼は、うまそうな食料を求め農場を探していると、サーモンを見つけたらしい。まあ、彼はそっとしておくことにして、柚紀は悩んでいた。今回の手術は何もかもギリギリだった。最初に見つけた患者や、インフルエンザの流行の時に、医療体制を整えたつもりになっていた。まだまだこの異世界の医療は完璧ではない。そこで、エンジン作りがひと段落した柚紀やエリン、スカーレットのチームで、すでにある抗菌薬のペニシリン、解熱剤のアスピリンに加え、麻酔や鎮痛剤などの他の医薬品を作り出すことにした。
「エリン、スカーレット、この世界にはまだ薬が少ない。他にも多くの薬を作り、レイリーや医師会に届けよう。」
こうして、彼らは新しい医薬品を多く作り出すことを目指し始めた。




