第97話 オジキ
スラム街に捨てられ実の親も知らない俺にとって、オジキは親代わりであり、尊敬の対象であり、憧れであり、漢としての理想であり――とてもひと言では言い表せない存在だった。そんなオジキとの出会いは、そうだな……もう20年も昔の事になるだろうか。
当時、スラムの小悪党グループの末端で何とか生き長らえていた俺は、標的にすべき相手を間違えた。いや、ある意味では当たりを引いたとも言えるのか。ともあれ、人目のない裏路地で喧嘩を吹っかけ、半ば無理矢理に賭けバトルを仕掛けたんだ。それで勝ったら相手の所持品を強奪する、負けてもいちゃもんをつけて強奪するという無茶な商いをしていたんだが、この時の相手ってのがオジキでよ。その結果がこれだ。
『へえ、金がねぇから拾ったカードを集めて、それを工面してデッキを作ったのか? その割には良いデッキに仕上がってんじゃねぇか』
勝負は俺のボロ負け、つうか勝負にもなっていない内容だった。で、お決まりのように仲間を呼び、力づくで盗みを働こうとしたんだが……これも勝負にならなかった。オジキはカードの腕だけでなく、実力行使の腕っぷしも尋常ではなかったんだ。ちぎっては投げられるって表現は、正にアレの事を言うんんだろうな。最後の力を振り絞って睨みつけ、こう言ってやるのが精一杯だったっけ。
『い、一撃も食らってねぇ癖に、何を言っていやがる……?』
『カカッ、俺に一撃食らわすには十年早いな。ただ、光るもんは感じるし、筋も良い。まだ十にも満たねぇガキだってのに、もう自立してんのも根性が据わっていやがる。つまり、気に入った。お前さん、今後は俺のところで働けや。少なくとも、学校くれぇは行かせてやるからよ』
『ど、同情なんて、要らねぇ……!』
『あ゛? おいおい、何を勘違いしていやがる? これは同情からの誘いなんかじゃねぇよ。将来的に俺の役に立ちそうだから、こうして命令してやってんだ。負けたら相手に従う、そういうルールだったろ?』
『む、無茶苦茶だ……』
『その無茶を通して生きてきた癖に、今更何を言っているんだか。まあ、アレだ。お前がカードを拾ったように、俺もお前さんを拾うだけの事だ。カカカカッ!』
その後、俺はオジキに脇に抱えられて拉致――いや、拾われたのだった。
『今日からここがお前さんの家だ。学校にもサボらず行けよ? 権利を得たのなら大いに活用しろ、将来の自分の為にもな』
『……アンタは?』
『俺か? 俺はアレだ、仕事で世界中を駆け巡っているからよ、空ける時が多い。まあ嫁も居るし、生活に困るこたぁねぇよ』
オジキはある傭兵団の自ら立ち上げ、その長を務めていた。学のない俺にはさっぱりだったが、後々になってこの傭兵団が裏でとんでもなく有名である事を知ったよ。少なくとも、戦場でこの名を知らねぇ奴はもぐりだって、一発で分かるくらいのもんだった。
……あと勘違いしてほしくねぇんだが、俺らの世界での傭兵ってのは、カードを使って勝負の代役をする奴らの事を言う。まあ言ってしまえば、今こっちの世界でやっている事を、元からやっていた形だ。だから形式ばったスーツでの仕事が多かったし、銃などの武器を扱う事もない――とは言い難かったが、そちらがメインではないと予め断っておこう。
『……良いのかよ、俺みたいな奴をそう簡単に懐に入れちまって? アンタが居ない間に何をするのか、分かったもんじゃないぞ?』
『カカッ! お前さん如きのやんちゃ、受け入れる度量が俺にないとでも――あ、やっぱ変な事は考えない方が良いぞ? 俺が居ない間も家には俺の嫁が居るし、あいつ腕っぷしは俺よりも強いからな? トラウマになるから絶対に逆らうな、あいつは手加減とか知らねぇから。良いか、忠告はしたからな? これ、フリでも何でもねぇからな!?』
『ええっ……』
出会った頃から余裕を感じさせていたオジキだったが、この時の表情は真顔も真顔だった。そして案の定、この時の忠告は冗談でも何でもなかったんだ。ぶっちゃけ、今でも俺のトラウマになっているからな。
で、家での俺は非常に大人しくなり、学校にも真面目に通い始めた訳だ。そんな生活の中でまず最初に分かったのは、その学校に集まったのは俺と同じような境遇の奴らばかりだった、って事だ。要は問題児の集いっつうか、まあそういう特殊な学校だったんだろう。当然毎日のように問題が発生していたが、それはそれで充分に青春を味わえたもんだ。
ちなみにシチサンともそこで出会い、腐れ縁は現在に至るまで続いている。そうそう、あの頃のシチサンは今と全然キャラが違ったっけ、懐かしい――っと、ここはオジキの話とはあまり関係ないな。割愛させてもらおう。
なんやかんやで学校を卒業後、俺とシチサンはオジキの職場に就職した。まあ傭兵団に就職ってのは世間様が良い顔をしねぇから、表向きはフロント企業に入社している事になってんだけどな。オジキは別にこんなところに入る必要なんてねぇとか言っていたが、最初に吐いた自分の言葉には責任を持ってもらいたい。つうか、漢としてすっかりオジキに惚れていた俺とシチサンは、この道しかねぇと確信していたんだ。だからこそ、カードの腕だって死ぬ気で鍛えた。
『ったく、ガキだったお前さん達が、ここまでやるようになるとはのう。ワシの娘も同じ道を目指している節があるしよ、最近の若い奴らの考えが分からんわ』
この仕事は決して正義側に立つようなものではない。映画やドラマ、漫画といった創作物の中でも、悪役として立たされるのが大半だろう。事実、カードバトルを介して敵味方の命を賭ける場面だって、決して珍しくないんだ。昨日まで話していた戦友を、何度も何度も亡くした。手段が違えども戦場は戦場、地獄行きが決まったって文句が言えるもんではなかったさ。だが、それでも――
『何言ってんですか、オジキ。最初からそういう命令だったと、俺はそう記憶していますけど?』
『つうか、その年寄り臭い喋り方はなんすか? 前はワシじゃなくて俺だったでしょ?』
『おいおい、お前さん達を拾ってから、もう20年だぞ? そりゃ喋り方のひとつも変わるわい。もうそろそろ、戦場からの引退も考えないといかんのう』
『カードも喧嘩も未だに俺らより強くて、その歳で更にガキをこさえようとしている御人が何言ってんすか? 昔よりも体がでかくなってるし、これは生涯現役間違いなしっすね』
『どこまでワシを酷使させる気じゃ? 最近じゃ赤鬼だの青鬼だのと呼ばれておる癖して、こんな老体に頼るもんじゃないわい。それに……』
『それに?』
『ここ最近、愛娘にカードで勝てなくなってしまってな……自分の衰えを実感しておるんじゃよ、割とマジで……』
『『いや、オジョーは怪物なんで』』
――俺達はこの傭兵団に家族としての温かみを、確かに感じていたんだ。オジキに拾われていなければ、俺は遠くない未来、どこかで野垂死にをしていただろう。シチサンだって同じようなもんだ。世間様の評価は悪人として変わらないだろうが、それでも俺らは満足だった。悪人なりのマシな生き方、それを教えてくれた命の恩人と共に生きられる事に、心から感謝していたんだ。
……そう、オジキは親代わりであり、尊敬の対象であり、憧れであり、漢としての理想――だったのだが。
「む、2人揃ってどうした? ワシの顔に何か付いておるかの?」
「「……」」
どうして、本当にどうしてこんな獣耳美少女になってしまったのだろうか? 性別も年齢も体格も髪色も、そもそも種族からして違うじゃねぇか!? あ、止めて! 可愛らしく首を傾げないでッ! 俺の中のオジキ像が壊れる、壊れちゃうからあああ!




