第96話 社長室の爆弾
「企業七騎同士の? ……ああ、オジョーとゴキョージュの順位戦の話か。観戦するも何も、うちの契約者から何名かは見せに行く予定よ。上を目指す以上、あれ以上に参考になるバトルはないからね」
「ほ、本当か!?」
こいつは嬉しい誤算だ。まさか俺が頼むまでもなく、最初からその予定があったとは。
「けど、喜ぶのは少し早いわ。もう知っているかもだけど、企業七騎の試合はこの世界で最も人気があってね、それだけ席を確保するのも難しいのよ。我が社の総力を挙げたとしても、精々が3人分ってところかしらね。ああ、この中の1枠は私の分だから、貴方達の中からは2人だけよ?」
「「「「……」」」」
レイコ社長のその言葉に、思わず視線を交わしてしまう俺達。この中から2人のみ? スポンサー契約を交わしていないクロマは別とするにしても、今ここには俺にシチサン、シラスとポニちゃんが居る。そこに先んじて契約していたオジキが加わるとして、総勢5名――つまり、3人がお留守番になるって事か?
……いや、それってどう決めるにしても、絶対に揉めるだろ。俺だってカードの世界で生きて来た者の1人として絶対に見たいし、オジョーの雄姿だって見届けてぇ。常に冷静ぶっているシチサンだって、実は桁外れのカード熱意をその魂に宿しているんだ。そこに権利があるのなら、どんな手だって使ってくるだろう。ポニちゃんは歳相応に目をキラキラさせながら期待しているしで、こちらも観戦したい願望が丸分かりだ。唯一シラスだけは、前に言っていた通りあまり興味なさ気だが――
「あの、その試合会場って美味しいものとかあります?」
「愚問ね。世界最強クラスのカードマスターが戦う闘技場なのよ? そこに並んでいる飲食店だって、そりゃ一流どころばかりよ」
「皆さん、すみませんね。私にも行く理由ができてしまいました……!」
――俺らとは違う理由ができてしまったようで、今は最高に闘志を燃やしている状態だ。
「なるほど、要はアタシとグラサンのペアチケットって事でオーケー!?」
「違う、バイトのお前は座ってろ」
挙句の果てに、クロマまで名乗りを上げる始末であった。
「おいおい、誰も譲る気はなさそうだぜ?」
「でしょうね。オジキも同じような反応になるでしょうし、まあ予想していた通りよ」
「へえ……」
正直、レイコーポレーションにオジキが居るのかどうかは、未だに半信半疑だ。ただ、本当に俺の知るオジキであったとすれば……確かに、同じような反応をするだろうな。オジキはオジョーに対し、表向きは厳しくも、実は溺愛しているところがある。そんな愛娘の舞台を見に行けるとなれば、大枚をはたいてでも見に行くだろう。そこに権利が転がっているなら、全力で掴みに行く――そんな御人だ。
「ククッ、流石はオジキだ……!」
「ああ、さすオジだな……!」
「……グラサンもシチサンも何よ、急に?」
何だも何も、さすオジである。それ以上でも以下でもない。
「兎に角、私の力で連れて行けるのは2人まで、これは確定事項よ。で、誰を連れていくか、それを決める方法も既に用意してあるわ」
「レイコ姉ちゃん、用意が良いね! それで、どうやって決めるつもり?」
「フフッ、本社でオジキと合流したら、そこで教えてあげる」
やけにもったいぶるレイコ社長。
「シチサン、どんな方法だと思う?」
「実力が上の奴を連れて行くのが妥当だ。まあ、つまるところ契約者内の順位でも決めるんじゃないか? 多少時間はかかるが、総当たり戦をやったりしてな」
「……」
冗談半分にシチサンの意見を聞いただけだったんだが、直後にレイコ社長から殺意マシマシの視線を向けられてしまう。どうやら当たってしまったようだ。
「チッ! ほら、本社に到着よ。さっさと降りた降りた!」
「あからさまに機嫌悪くしてんじゃねぇよ……! 蹴るな、俺の背中を蹴るな! 言い当てたのはシチサンの方だからッ!」
「興味本位で聞いたのはグラサンじゃねぇか。俺は質問に答えただけだ、全てお前が悪い」
「あっさり裏切りやがった!?」
そんな訳で、車の外に出るまで背中を蹴り続けられる俺。世の中にはこれをご褒美だと思う奴も居るらしいが、ハイヒールは駄目だろうよ。いくらダメージがなくても駄目だろうよ。
「ったく……しかし、想像以上に立派な本社だわな」
到着した先に建っていたのは、高層ビルと言っても差し支えないレベルで、クソでかい建物だった。警備員、と言うには少し物騒な格好をしているNPCも配置されていて、セキュリティも相当なものだ。
「ひょっとして、レイコーポレーションって大企業だったのか? それとも、ワンフロアだけ借りてるってオチ?」
「全部外れ。大企業ってほどの規模は全然ないし、これ全部がうちの所有物よ。これでも資産だけはそれなりに持っていてね」
「……道理でシラスの食費を賄える訳だ」
変なところで納得してしまったが、恐らく嘘ではないんだろう。先頭を突き進むレイコ社長に続いて、俺達も本社へと入って行く。受付嬢付きのエントランスを通り、エスカレーターで2階へ、更にそこからエレベーターに乗って上層階へ。
「おおー、勝手に上へ上へと昇って行きますね。あの変な階段に引き続き、不思議な箱です」
「ん? ああ、エスカレーターとエレベーターの話か。ファンタジー組のシラスからすれば、このレベル5が一番の衝撃を受ける場所なのかもしれねぇな」
「グラサン、笑っていられるのも今のうちだぞ? さっきのSFの続きって訳じゃないが、今後は俺らの理解が及ばないエリアが現れる可能性もあるんだ。余裕をかますのも、ほどほどにしておけよ」
「いや、別に笑ってはねぇから。それに、さっきの車で俺の余裕は完全に崩れたから」
お陰様で今日はずっと驚きっ放しな気がするよ。まあ逆に言えば、これ以上は滅多に驚かないと思うのだが……これもフラグっぽいよなぁ。
「ここよ」
レイコ社長の案内で行き着いた先、そこはビルの最上階、その最奥に位置する社長室だった。
「社長室? てっきり会議室か応接室に通されるのかと思ったんだが、ちょいと意外だな」
「私も最初はそうしようと考えていたわ。ただ、オジキが最初が肝心とか言って、ここが良いって聞かないのよ。ったく……」
「は? 何の話だ?」
「……入れば分かるんじゃない?」
何だ何だ、やけに含みのある言い方だな? オジキが何か企んでいるのか?
「ちなみに、ここでは顔合わせの他に何をするんだ?」
「今日のところは軽く今後の事について話すだけよ。この後にレベル5の拠点となるホテルとかにも案内しておきたいし、そこまで時間も掛からないと思うわ」
「……本当かぁ?」
「ここで私が嘘を言って、何の得があるのよ。ほら、さっさと入る!」
またしても背中を蹴られ、その勢いのまま入室する事になってしまう俺。
「おいおい、オジキの前で変な入り方をさせんな――っと、オジキ……?」
社長室に突撃してまず目を奪われたのは、豪華な備品でもなく、景色を一望できる巨大なガラス壁でもなく、その中央の奥の方に控えるオフィスチェアだった。真後ろを向く真っ黒な椅子は背もたれが高く、そこに誰が座っているのか、ここからは覗き見る事ができない。だが、俺には分かった。痛いほどに感じられるこの威圧感は、間違いなくオジキのものだって……!
「……カッカッカ! 遂に来たか、グラサン、そしてシチサン! ワシはずっと待っておったぞ!」
「「オジキッ!」」
その声を耳にした途端、俺とシチサンは無意識のうちに前へと歩み出していた。ああ、そうだ。この声こそがオジキの――ん? 待て、ちょっと待って。何か、何かおかしくね……? 口調はオジキそのものなんだが、何で女の、それも幼い声なんだ?
「ワシと同じくこのレイコーポレーションに付くとは、これもまた運命なのかのう? お主らはどう思う? カカカッ!」
椅子がクルリと周り、俺達の目にオジキの姿が映し出された。そこには狐のような獣耳、そしてモッフモフの尻尾を有した、可愛らしい桃色髪の少女が座っており――
「ごふっ……!」
「?????」
――その結果として、ドストライクゾーンを貫かれたシチサンは血を吐き、理解の範疇を越えた俺の意識は宇宙へと飛ばされた。今日一番の驚きの爆弾、ここで爆発である。




