第47話 クロマ
アタシの名前はクロマ、黒マスクを付けているからって安直な理由でこんな名前になったんだけど、まあ他の酷い名前と比べればまだマシな部類だと思ってる。むしろ、よーく考えてみれば可愛い名前じゃね? くらいには愛着もあったり――ううん、今はそんな事を語っている場合じゃなかった。
数ヶ月の努力の末、この刻熱砂漠フォルスオアシスに辿り着いたアタシは、運よく企業とスポンサー契約を結ぶところにまで漕ぎ付く事ができた。しかも、アタシに声を掛けてくれたのはデザート&デザートっていうスイーツメーカー! 自分で言うのも何だけど、見栄えするアタシの容姿に感じるものがあったんだって! それ、カードの実力の方は全然見てなくね? とか一瞬思いもしたけど、見た目を褒められるのに悪い気はしないよね。聞けば、ここと契約を結ぶのは可愛い女の子がメインって事で、どうやらアタシはそのお眼鏡に適ったみたい。フフン、まあ? アタシの容姿ならある意味当然的な?
それに加えて、契約時の特典のひとつに自社のスイーツ食べ放題! みたいなのがあったんだよね。当然、アタシはこれに飛びついた。あっ、別にこれをダシにしたブラック企業だったって訳じゃないよ? デザート&デザートはレベル3を中心に展開している新し目の企業だけど、スイーツの味は確かだし、そこには情熱が確かにあるの。何だ、企業ってのも熱いところがあるじゃん! って、最初はスイーツに釣られてやって来たアタシだけど、今はこの会社をそれなりに応援してる立場なんだよね。それがアタシ自身のモチベにもなって、相乗効果って言うの? うん、とりま最近の戦績も良い感じになってきたんだ。
けど、そんな好調なアタシと素敵なデザート&デザートを邪魔しようとする奴らが居るの。それが今目の前で間抜け面を晒しているラクダンビフ・レーシングの奴ら! こいつらはラクダなんだか牛なんだか分からない不思議生物を使って、砂漠を爆走する珍走団みたいな連中! この砂漠は広いから、ただそれだけなら砂埃を撒き散らすだけの害虫――うん、それだけでも害虫だった。うちらのスイーツに砂が付くんだよ、死ねッ! ハァ、ハァ……とにかく、そんな風に砂漠で謎レースをする事に生き甲斐を感じてる、頭のおかしい企業とその下っ端って感じ。
お互いこのレベル3で活動していて、何かと相性の悪い組み合わせって事もあったんだけど、今回、本格的にその溝が深まる出来事が発生した。それこそがこの砂漠に3つしかない、オアシスの所有権について! ここでの生活が長いほど、レベル3の環境が如何に過酷なのかは身に染みていると思う。ただ寝るにしろ、ただそこに居るにしろ、ただスイーツを食べるにしろ、この劣悪な環境はアタシ達に襲い掛かってくる。数少ないそれを回避する術のひとつが、快適なオアシスの中で過ごす事なんだけど、このオアシスも実に厄介なもので、時間制限アリ、それもどこに発生するのかがランダムっていう謎の仕様なの。たまたまお店のある土地にオアシスが被されば、その時間帯は大繁盛間違いなし! ってくらい、生活だけでなく商売にもすっごく向いた場所に化けるんだ。まあ、実際はそんな事なんて殆どなくって、何もない砂漠のど真ん中にばっか発生するんだけど……
けどさ、そんな便利だけど融通の利かないこのオアシス、実は3つのうち1つだけ、秘密裏に発生場所が企業間で決められているものがあるらしいんだ。え、マジ!? って最初は疑ったもんだけど、これはマジもマジな話みたい。仮に、仮にだよ? そんな事ができて、デザート&デザートのお店にオアシスを固定発生させる事ができたら――覇権、間違いなし! 人気が上がって会社の名前が売れて資金に余裕ができてスイーツが更に美味しくなって、それからそれから、そう! アタシ達の待遇も超絶良くなる! 正に良い事尽くし! そんな人生超絶状態&超絶快適空間でスイーツを食すなんて事ができたら……うへへ、これ以上の娯楽なんて存在しないっしょ!
……えっと、どこまで話したっけ? ああ、そうそう。そんな夢しかない話に水を差してきたのが、今目の前に居る大ボケクソボケのラクダンビフ・レーシングの奴ら! まあ、こいつらはそのカードマスターでしかないけど……ともあれ、この会社もオアシス所有権に手を挙げたみたいで、うちのデザート&デザートと揉めているらしいんだ。企業の偉い人同士でどんなやり取りがあったのかは知らないけど、その結果として今も平行線を辿っているみたい。こっちは早くオアシスでスイーツを食べたいってのに、本当に邪魔な奴ら!
でさ、そんな半端な状態が続いていると、上だけでなくスポンサー契約を交わしたアタシらもイライラしちゃって、ここ最近は顔を合わせるたび、こんな風に罵声の浴びせ合いに発展しているの。本来、アタシみたいな可愛い子は、こんな汚い言葉を使うべきじゃない。けど、この戦いには至高で究極のスイーツ、そしてバラ色の未来がかかってる! なら、これを恥ずかしがる必要なんてない。むしろ誇るべき! 前哨戦のここで勝って、カードで殴り合う時も勝ってやるんだ!
「あ゛あ゛ん!? 大の男がんな甘ぇもんを食えるかよぉぉぉ!?」
「はぁぁぁ!? 大の男が好き嫌いなんてかましてんじゃねぇよぉ!?」
今のところ、一進一退の攻防が続いている。いや、こちらが少し優勢だ。けどあと一押し、あと一押し何かがほしい……!
「あー、ラクダンビフってのはアレだ。ほら、街ん中で見かけたラクダと牛を合体させたような奴。それで競馬みてぇに競わせて、興行にしている会社みてぇだな。俺の中の常識が更新されてたわ。このエリアに来てからか?」
「ええっ、精肉店じゃなかったんですか? 残念です、あれだけ居れば結構な食べ放題ができたのに……」
「ッ!?」
不意に、どこからか男女の声が聞こえてきた。その内容が気に入らなかったのか、ラクダンビフ・レーシングの筆頭カードマスターのジャンクが、その声の方へと体ごと向きを変え、それどころかそっちの方へと走り出して行った。
「てめぇ、今なんつった? 神聖なラクダンビフを、精肉だと……!?」
ジャンクが向かった先、そこにはベンチに座った2人組の男女が――え!? かっこよ!? 何あれ、任侠映画からそのまま飛び出して来ました、みたいな漢は!? 赤スーツ!? 赤スーツにマントの組み合わせって何!? 色々と初めて見たッ!
「……? あ、ラクダンビフの牛筋が食べたいんですか? 私のはあげませんよ、自分で買ってください」
「て、てめぇ、ちょっと表に――」
「――な、なあ、アンタ! 名前を聞いても良いか!?」
「ん? 俺に言ってるのか?」
「うんうん!」
先に突っ込んで行ったジャンクの馬鹿が何か言っているようだったけど、今のアタシにとっては邪魔でしかない! ジャンク以上のダッシュで距離を詰め、チワワみたいにプルプル震えているあいつの台詞に質問を被せてやる。
「なっ!? クロマ、てめぇ何を――」
「――てめぇは少し黙ってろ! アタシは今、一世一代のチャンスを手にしようとしてんだ!」
「へ? いや、お前、えっ……?」
今日一、いや、人生で最強レベルの眼と圧を飛ばす事で、ジャンクの反論を封じ込める事に成功。へっ、恋する乙女に勝てると思ったか!
「で、名前は!?」
「……グラサンだ」
「グラサン! なるほど、名前まで格好いい……! あ、そうだ! アタシはクロマ、黒マスクのクロマって覚えてくれ。絶対だよ! あとこれ、アタシの連絡先!」
そう言って、グラサンに連絡先のデータを押し付ける。気分は電話番号を書いた紙の切れ端を渡した時のような、うん、そんな感じ!
「お、おう? いや、俺らはただの野次馬だからよ、気にせず抗争と続きを――」
「――じゃ、アタシはもう行くから! いつでも連絡してよね、待ってるから! ほら、アンタ達も行くよ!」
勢いで行動した果てに、今更恥ずかしくなってきた! 顔熱い、顔があっつい! やる事はやったし、ここは一時撤退! もう無理、これ以上グラサンの顔を見てらんない!
「ちょっとちょっと、クロマったらいきなりロマンス? ロマンスなん?」
「一目惚れってやつか? うりうり、白状せい白状せーい」
「う、うるさいな!」
分かってはいたけど、直後にカードマスター仲間のリップ達に茶化されてしまう。うう、今日は宿に直行! 思い出したら恥ずかしくなってきちゃったぁぁぁ!




