第42話 刻熱砂漠フォルスオアシス
「やって来ましたね、レベル3・刻熱砂漠フォルスオアシス」
「ああ、腹一杯ポテトブタフライを食ったし時間に余裕はあるしで、上々の滑り出しだ」
「え? あの、私は全然食い足りなかったのですが?」
「足りねぇ分はこのエリアの食で補えば良いだろ。ここからは普通に肉も出るらしいしよ」
「それは朗報、しかし……」
「ああ、言いてぇ事は分かるよ、うん……」
転送装置を経由してカードショップを出たグラサンとシラスは、新たなエリアへの第一歩を踏み出していた。双方ともなぜか口元が油で塗れていたが、正直それどころではない様子だ。その理由は――
「「クッソあっづい……!」」
――レベル3のエリア、刻熱砂漠フォルスオアシスの異様なまでの暑さにあった。体感でも人肌以上の温度はありそうな猛暑にお出迎えされ、この僅かな間に2人はもう汗がダラダラ。片や赤スーツ、片や毛皮のファンタジー衣服である事も暑さに拍車をかけ、ただ立っているだけでもしんどい状態だったのだ。
「マジであっづ!? 俺の気のせいかもだけどよ、何か太陽近くない!? いつもの2倍増しのデカさに感じるんだけど!?」
「グラサン、どうやら私はここまでのようです……私、寒いのは比較的得意なのですが、暑いのは、暑いのだけは駄目……炎は私の弱点属性……」
「お、おい、シラス!? しっかりしろ、シラス! こんなところで死ぬなぁぁぁ!」
炎が弱点属性であるらしいシラスの容態が悪化し、その場に倒れ込んでしまう始末であった。
「え、ええっと、アンタらこのエリアは初めてか? 運良くあっちに水場があるから、取り合えずそこに行ったらどうだい? 数時間はそこがオアシスになっていて、温度も適温で安定しているからさ」
そんな2人の寸劇(?)に見かねたのか、近くに居た地元住民風のNPCが助けの手を差し伸べてくれた。彼の指差す先には、確かにオアシスらしき水場が見える。
「おお、すまねぇな! 早速行ってみるわ!」
「ああ、けど数時間後には――って、もう行っちまったよ。本当に人間か?」
そう言って泥のようにバテているシラスを背負い、超スピードでその方向へと駆け抜けて行くグラサン。NPCが注意事項を話そうとした時には、もうその姿は彼方へと消えてしまっていた。
「チッ! 足場が全部砂だから、クソほどに走りにきぃな!」
そんな事を愚痴りつつも、人ひとりを背負って叩き出せるタイムを軽く超越。まあ、ポテトブタを自力で収穫した事に比べれば、まだ人らしい領域なのかもしれない。そして数秒後、無事にオアシスへと到着するグラサン達。
「うっし、ゴールだ! うお、マジで全然温度が違うじゃねぇか。別世界も別世界だぜ」
「グラサン、どこかに飯処はありませんか? この過ごしやすさを享受しながら、お腹の方も満たしたい気分ですので」
「お前、もう復活してんのな……」
倒れるのも早ければ、復活するのも早かったシラス。そんな彼女を地面に降ろし、改めて辺りを見回してみる。
「ほーん、見るからにオアシスって感じだな。透明度の高い水辺、それをぐるっと囲うようにヤシの木が生えていて、気持ち緑も広がっていやがる。けど、だからってこんなに温度が変わるもんか?」
「クッ、飲食の何かしらを売っている店が見当たりません! こうなったら直接ヤシの実をもぎ取って、手刀で中身をいただくしか……!」
「それ、無理だからね? 裏とは違って、ここには暴力に対するプロテクトが普通に働いているから」
「そ、それもそうでした――って、レイコ社長?」
前回の登場と同じく、唐突に地面に敷かれた魔法陣の中より、レイコが姿を現す。
「あら、2人とも思ったよりも元気そうね? 初めてここに来ると、大抵はへばっちゃうものなんだけど」
「フフッ、私とグラサンはレイコ社長が才覚を見出した、精鋭中の精鋭なんですよ? 暑さ程度で疲れを見せる筈がありません」
「お前さぁ……」
シラスはすっかり元気になったようだ。
「頼もしい言葉だけど、大丈夫かしら? 今はこの場所がオアシスに設定されているけど、もう数時間もすれば、この水辺も干上がって温度も上がるわよ」
「ど、どういう事ですか、レイコ社長!?」
先ほどまでの強気な発言をどこへ忘れてしまったのか、シラスは動揺に動揺を重ねていた。
「そういや、さっきの親切なNPCも数時間がどうとか言っていたな。この砂漠、何か変な仕掛けでもあるのか?」
「あるわよ? 尤も、あるのは砂漠じゃなくて、このオアシスの方だけれどね」
レイコ曰く、この刻熱砂漠フォルスオアシスはエリアの殆どが砂漠で構成されており、温度もそれに準じたものとなっていると言う。日中の温度はつい先ほど体験した通りの暑さだが、逆に夜になると氷点下にまで下がる事もあり、温度の落差がとんでもなく大きなエリアなんだそうだ。そんな気候が影響してなのか、好んでこの地に住もうとする者は少なく、主にこのエリアで活動するカードマスター達も、寝る時はレベル2に戻る場合が多いとの事。
だが、そんな劣悪な環境にもオアシスは存在する。と言うよりも、今グラサン達が立っているこの場所こそが、砂漠地帯で唯一快適に過ごす事ができる安全圏であった。オアシスの湧き水は大きなプールほどの大きさがあり、その辺り一帯は砂漠とは思えぬほどに快適な気候が形成されている。不思議と太陽の日差しも弱くなっているように感じられ、砂嵐の類も全くと言っていいほどに発生しない。このオアシスゾーンだけ切り取れば、全エリア中屈指の過ごしやすさを誇るレベル2とも良い勝負である。……但し、このオアシスにはひとつだけ欠点があった。それはズバリ、寿命である。
「このオアシス、発生しても数時間しか持たないのよね。寿命が来たら、そこにある水辺もヤシの木も綺麗に消えちゃって、普通の砂漠と一緒になっちゃうの。ここはついさっき発生した場所だから、まだまだ時間に余裕はあると思うけど、ずっとこのままって訳ではないわ」
「あー、オアシスが発生するって台詞もなかなかおかしいと思うんだが……いや、世界観にツッコミを入れるのも今更か」
「レ、レイコ社長、嘘ですよね……? この快適空間が、あと数時間の命だなんて……!?」
「うん、お前よぉ……」
シラス、ピンチに陥り一転劣勢。やはり暑さには勝てないようだ。
「ったく、クールな見た目なのに、言動の調子が良いっつうか。でもよ、オアシスが発生するって事は、他で生まれたりもするのか?」
「良い質問ね。ええ、その通り。消えるのと全く同じタイミングで、エリア内のどこかにランダム発生するわ。オアシスは常に3つ存在ように設定されているから、懸命に探せば見つかるかもね。ただまあレベル1やレベル2ほどではないしにも、レベル3のエリアも広いからねぇ。これを発見するのは完全に運任せになるんじゃないかしら?」
「なるほどな。早い段階でここへ逃げ込めた俺らは、結構な幸運だったって事か」
「で、でも、オアシスがなくなったら、それまでじゃないですか……私、これがないと死んじゃいます……!」
「いくら何でも、シラスは怖がり過ぎだとは思うけど……まあ確かに、その恰好じゃ砂漠はきついか。よし、なら買いに行きましょう」
「ん? 買うって何をだよ?」
「ご飯ですか!?」
「うーん、ある意味惜しいかも? けど残念、服よ、服。言ったでしょ? 衣食住は保障するって。ここでの生活、多少はマシにしてあげる」




