第41話 最後にひと狩り
「そっちに行ったぞ! 囲め囲め!」
「この私にお任せあれ! 何せこういった類の事はむしろ本業でってああッ!?」
「喋っている間に抜かれてんじゃねぇか!? 本業、廃業しといて良かったな!」
「クッ、凄まじい敗北感……! ですが、この程度で諦める私ではありません! 何度でもチャレンジしてみせますとも、ええッ!」
「あ、あの、これって直接追いかける感じの仕事じゃなくてですね、不意打ちの弓矢で射る事ができればそれでって、聞いてます? ねえ、私の話聞いてくれてます?」
「「うおおおおぉぉぉぉッ!」」
広大な大地が広がる悠久平原ノービスプレイン、その狩猟場とされる場所にて、グラサンとシラスは命を燃やしていた。明らかに業火での裏バトルの時よりも白熱し、死力を尽くしている事がこの叫び声から察せられる事だろう。実際そうであるし、2人はマジもマジな状態であった。で、そんなマジになって何をしているのかと言うと――
「「待て、このポテトブタがッ!」」
――ノービスプレインでの仕事のひとつ、ポテトブタの収穫手伝いをしていた。ポテトブタとはノービスプレイン特有の品種で、世にも珍しい自立歩行型の野菜だ。食感こそジャガイモのそれだが、その味わいは限りなくブタに近く、よく焼く事で更に美味さが引き立つという。肉の食材が一切存在しないノービスプレインにおいて、喉から手が出るほどにカードマスター達が欲しがる一品である。しかし、ポテトブタは店で購入する事はできず、この仕事を引き受ける事でしか入手する術がない。その仕事もそれなりに難度が高く、ポテトブタ1個の収穫をするのに数日はかかるとされている。
本来、レベル3への立ち入りが許可されたグラサン達なら、無理に引き受ける必要のない仕事だ。何せポテトブタのような代替肉を収穫せずとも、上のエリアに移動すれば、店で普通に肉料理を堪能する事ができる。その上でこの収穫手伝いを選択したのには、実のところ理由があった。
「ポテトブタ、絶対酒のあてになる!」
「ポテトブタ、絶対未知の味わい!」
……そう、己の欲望を満たす為という、大きな大きな理由が。
「いや、だから素手で収穫しようとしても無理ですから! ポテトブタの瞬発力は人間の比じゃないんです! 動物で言うとチータークラスですよ、ブタなのにチーター! 追われても畑から出るような事はありませんが、その畑も広大で、この区画だけでもドームがすっぽり入るくらいはあるんです! 殺気と気配を消して、50メートルほど離れた位置から矢で射るしか方法はありません!」
仕事の監督担当NPCが先ほどから必死の説得を試みるも、2人は聞く耳を持とうとしなかった。いや、最初は弓を使って仕留めようとしていたのだが、どうもこの2人、弓を扱うセンスが絶望的なようで、どれだけ練習しても前に矢を飛ばす事ができなかったのである。それどころか放った矢に謎の回転が加わり、変化球の如く軌道が変わるオマケ付きだった。これはあかんと瞬間的に理解したグラサン達は、矢を直に手に持ち、自らの脚で稼ぐ方法に切り替えた――そんな経緯があったのだ。
そして、グラサン達にはこの収穫を急ぐ必要があった。レイコーポレーションとスポンサー契約を交わした今、次の仕事の案内があるから、この時間にレベル3のここへ来い、という要請がレイコより下されていたのだ。余裕を持って次のエリアへ行くのであれば、タイムリミットはもう間近。弓の練習なんて悠長にしている暇なんて、当然ある筈がない。まあそんな訳で、矢の直持ち追い立て狩人スタイルに行き付いたのだ。グラサンは持ち前の根性を、シラスは前世のスキルをフル活用し、必死になってポテトブタを追いかける。その甲斐あってか――
「「とったぁぁぁ!」」
――NPCの助言を無視し続け1時間、遂に1個のポテトブタを収穫する事に成功。その証拠に、しっかりと収穫用の矢が突き刺さっているのが確認できる。そして1個と言っても、丸々と太ったそのポテトブタは優に100キロは超えている。2人で分け合うにしても、十分過ぎる量になるだろう。
「ええっ、何で力押しで成功しちゃってんの、この人ら……」
その有り様をずっと見守っていたNPCは、信じられないという感情を通り越して、もう相当に引いていた。2人がかりとはいえ、チーターのスピードに自力で追いついたようなものだから、それも当然と言えば当然の反応である。ちなみに自力でポテトブタを収穫したケースは、今回が初であるらしい。
「シラスぅ!」
「グラサァン!」
――パァーン!
ドン引きNPCとは打って変わって、全身土塗れとなったグラサンとシラスは互いが互いを称え、清々しい笑顔を浮かべてのハイタッチを交わしていた。この場にレイコが居たら、青春ねぇとでも言っているであろう光景だ。
「おう、立派に育ったポテトブタじゃねぇか! 他の奴らとはデカさが違うぜ、デカさが!」
「全くもってその通りです。この達成感、魔王の喉元に噛みついた時以来でしょうか。で、ジャガイモとブタの融合、それら要素を最大限に活かす調理は何になります? 私はギドギドに油っぽいのが良いと思うのですが」
「ならポテトブタフライか? いや、このデカさなら爆盛りポテトブタフライにできそう――って、ううん?」
本日の輝かしい成果、そのお尻に当たる部分から、不意に何かが転がり落ちた。黒っぽい色をしたそれは地面をコロコロと転がり、やがてグラサンの靴にコツンをぶつかる。
「うわ、それってポテトブタの糞ですか? グラサン、なかなかに不運ですね」
「お前よ、曲がりなりにもうら若き乙女なんだから、もう少し言葉に気を遣えよな……つか、こいつって一応野菜なんだろ? 糞なんてするもんなのか?」
2人の視線が自然と監督NPCの方へと向かう。暗に説明してくれ、と言っているようだ。
「ああ、それはカード鉱石ですよ。稀にではありますが、成長の過程で体内にそいつを作る個体がいましてね。大体ポテトブタ30個のうち、1個あるかないかの確率かな? おまけにそいつはSR等級のもんです。いやあ、運が良いですねぇ」
「おお、マジか! むしろラッキーだったじゃん!」
「カード鉱石?」
「ああ、シラスは知らねぇのか。カード鉱石ってのはな――」
グラサン、説明中。
「――ほほう、その石からカードが? しかもSRが確定とは、随分と太っ腹なアイテムなんですね。実に素晴らしいとおもいます。まる。……で、そんな素晴らしきアイテムは1つしかないのですが、これ、どっちの取り分になります?」
「さてなぁ……ポテトブタに矢を突き立てたの、2人同時だったよな?」
「ですね。私もそう感じました」
「んでよ、どっちが欠けていたとしても、この偉業は成し遂げられなかった。俺はそう思うぜ?」
「ええ、それも同意するところです。だからこそ、このポテトブタは平等に分けるつもりでした。ですが、カード鉱石はそうもいきませんよね?」
「……シラス、お前の世界にじゃんけんはあったか?」
「もちろんです。平等のようで平等でない、微妙に実力差の出る読み合いゲームの事ですよね? 私、結構得意ですよ。何せ1対1なら、勝率は五割――いえ、この前に五割五分くらいになりました!」
「ククッ、生憎とそれは俺も同じでね。相手がオジョーでもない限り、俺の直感は五割を切る程度の勝利を俺にもたらしてくれる……! よっし、行くぞ!」
「恨みっこなしの!」
「真剣勝負!」
「「じゃーんけーん!」」
かくして、グラサンとシラスは悠久平原ノービスプレインに別れを告げる。新たなエリアに何が待っているのか、2人はまだ知らない。




