第24話 悠久平原ノービスプレイン
レベル2・悠久平原ノービスプレイン、最底辺のカードマスターが辿り着く次なる地は、地平線の彼方まで続く緑の平原。春夏秋冬、どの時期においても一定の気温と湿度、天候を保っており、全てのエリアの中でも随一の過ごしやすさを誇っている。平原の所々には遊牧民が扱うようなテントが張られており、それらがこのエリアにおける施設として機能している云々――ああ、もう良いか。植え付けられた知識に頼るよりも、直に目にしたもんを信じてぇ。
つか、眠くてそれどころじゃない。宿、カードマスター用の宿はどこだ? 俺は睡眠欲と言う名の煩悩に従い、転送された先のテント型カードショップを飛び出した! ……なんて、流石にそんな初歩的なミスはしない。眠気の最中も割としっかりとしている俺は、ショップの店員に最寄りの宿の場所をちゃんと聞いていたのだ。
初来訪の場所だろうが、これで安心――などと思っていたのだが、その宿が一向に近付かない。アウトカーストほどではないらしいが、それでもこのエリアはクッソ広大だ。そのせいなのか、歩けども歩けども目標のテントとの距離は縮まらず、俺の眠気は更なるレベルアップを果たしていた。アウトカーストと違ってどこまでも平原な景色が広がっている分、距離感覚が狂ってしまったのだろうか? クッ、こんなところに初見殺しが潜んでいやがったとは……!
「ねえ、貴方グラサンでしょ?」
「あ?」
平原無限地獄に苦しんでいると、不意に誰かから声を掛けられてしまった。俺の名前を知っているようだが、一方の俺には聞き覚えのない女の声だ。今の一心不乱状態の俺に話しかけるなんて、男だってなかなかできる事じゃねぇのに、肝が据わって――ん? 女?
「あ、じゃないわよ。そんな図体しておいて、気の抜けた返事をするものじゃないわ。この私に見初められたのだから、常に気を張っておきなさい。良いわね?」
「……」
気の強そうな声の方へと振り向くと、そこには怖いくらいに顔の整った美女が居た。しかも金髪碧眼、出るところが出ていて、これでもかとばかりに完璧を体現したかのような美女だ。俺という視線逸らし発生装置が目の前に居るのに、周囲の男共がお構いなしにこっち(目の前の美女)をガン見していやがる。いや、逆にここまで行くと怖いんだが……あと、さっき見初めるとか言った? うわ、百パーハニートラップじゃん。見えた地雷じゃん。どうするよ、これ?
「あー……このエリアからは異性も普通に居るもんなのか?」
「は? この私に対しての第一声がそれ?」
「それも何も、アンタとは初対面の筈なんだが……」
「案外小さな事を気にする男ね。まあ良いわ。さ、行くわよ」
「え? あ、おい! どこへ行く気だ!?」
「こんなところで私に立ち話をさせる気? あっちに座って話せる場所があるわ。寛大な心で食事をおごってあげるから、遠慮せずについて来なさい」
「ええっ……」
おいおいおい、本格的に人の話を聞かないタイプじゃねぇか。ハニトラ味が増してきたし、マジでどうするよ? ってか、何よりも――
「どうしたのよ? ほら、早くしなさい」
「……ああ」
――こいつ、人間じゃねぇよな。天使とかそっち側の、いや、もっとやばい上位存在な気がする。
で、結局のところ女の後を追ってしまった俺は、とあるテントに通された。他のテントよりも豪華なつくりで、でかさも随一のもんだ。中にはこれまた豪勢なテーブル席が用意されており、昨日まで木箱とかを椅子の代用にしていたギャップで風邪をひきそうになる。本当に何なんだ、これ?
「座りなさい。何か食べたいものは?」
「じゃ、肉料理で」
「ノービスプレインにそんなものはないわよ。ここにあるのは簡素な野菜料理だけ。まあ仕事をこなしてそれらしい食材を入手する事はできるけど、少なくとも飲食店には並んでいないでしょうね」
直後、料理の購入画面が俺の前に表示される。どれも本当におごりであるらしく、値段のところが無料になっていた。ただ、野菜料理しかないって話も本当のようで、加熱したブロッコリーだのマッシュポテトだの野菜スティックだの茹でたトウモロコシだの丸かじりトマトだの、素材の味を活かした料理ばかりが並んでいた。いや、アウトカーストの時と比べれば随分と食い物になったが、それにしたって野菜しかない。調理法も焼く茹でる潰す、或いはそのままでの提供のものばかり。これ、多分だけどドレッシングもなく、塩で味付けとかもされてない状態なんじゃないか? 俺がニクショクの立場だったら、泣いていたかもしれないぞ? あ、でも水は水もどきじゃなく、ちゃんとした飲料水になってる。これは嬉しい――が、やっぱ他の飲み物はないみたいだ。そうか、酒はここにもないのか……
「じゃ、マッシュポテトと水で……」
「あら、それだけで良いの? 別に遠慮しなくて良いのよ?」
「いや、それよりも早く本題に入ってほしいって言うか……あと、俺の隣に居るこの子は?」
「んぐんぐ……」
我関せず、という態度で黙々と飯を食っている少女がここに1人。彼女は俺が席に座るよりも先にここに居て、俺が隣に座ってからもその姿勢を貫いていた。恐らくは十代半ば、なのに白髪となかなかに目立つ見た目をしている。まあ見るからに外人さん、そしてファンタジーな服装をしているから、俺の世界の人間ではないんだろう。にしても、本当によく食うな。もうテーブルの上に皿のタワーが形成されているんだが。
「ああ、その子も私が見初めた1人よ。グラサンと同じような時期にこの世界に来て、彼女も新人戦を勝ち上がってここへ辿り着いたの。全戦ノーダメージの逸材よ」
「ほう、そいつは凄い」
「んぐんぐ……んぐ? ……え、誰です? 一体いつの間に?」
「今気が付いたのかよ……」
それまで飯を食らい続けていた少女だったが、ここに来て漸く反応を示してくれた。どうやら、夢中になると周りが見えなくなるタイプであるらしい。
「シラス、紹介するわ。この強面はグラサン、貴女と同じでさっき新人戦を優勝したの。なかなかの逸材と私は見ているわ」
「ハァ、そうなんですか……ええと、私はシラスと言います。好きなものは食べ物全般、ですがイチ押しを挙げるとすれば、やはりしらす丼ですね。早くしらす丼が食せるエリアに行きたいです。まる」
「あ、ああ、これはどうもご丁寧に。さっきも紹介されたが、俺はグラサンだ。俺も早く酒が飲めるエリアに行きてぇです。まる」
なるほど、この子もニクショクやトンカツと同じで、好きな食い物が名前になった感じなのか。まあ、イントネーションを変えれば外国の名前に聞こえなくもない、か? ……待て、ファンタジー世界にもしらす丼とかあんの?
「フフッ、早速仲良くなってくれたようで嬉しいわ。今後の私達の関係を良好なものにする為にも、コミュニケーションは大切にしていきたいもの」
「今後ですか……ところで、貴女は誰で何の用だったんです?」
「え、お前さんも知らされてないのか?」
「全然知らないです。付き合えばタダ飯が一杯食べられるとか何とか、そんな甘言に釣られて来ただけなので。あと、シラスで良いですよ、グラサンさん」
「……俺も呼び捨てで構わねぇよ、さんが被る」
最低限の情報共有ができたところで、改めて正面の謎の美女に向き合う。
「ああ、そう言えば私の自己紹介がまだだったわね。私の名はレイコ、この世界でレイコーポレーションっていう会社の代表をしている者よ。貴方達、私の会社とスポンサー契約をしてみない?」




