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「戦争時、相手勢力に属して帝国軍を苦しめ、刀剣の悪鬼と呼ばれ恐れられていたらしい。帝国の混乱を狙って父を狙ったとき、帝国に寝返った。興味があるなら、詳しい経緯は本人から聞いた方がいいだろう」
しばらくすると、鬼が戻ってきた。
「坊っちゃん、これ貰うよ。……え、何、どうした?」
酒瓶を手にぶら下げる鬼は、微妙な雰囲気に戸惑った。席につき、事情を知って笑う。
「そんな血なまぐさい話、この場には向いてないと思うけどな。まあ、いいか。
ああ、空の公爵を狙った。今より三大公の対立が苛烈だった時期だ、最大勢力の空の公爵が亡くなれば、帝国は内紛を起こして戦争どころじゃなくなると、そう、吹き込まれた。実際どうだったかは知らないが、面白そうだと思ったから引き受けた。そいつは実は……話が反れるか、止めとこう」
鬼は、酒をあおる。
「俺を目の前にして、公爵は命乞いと説得を試みた。何を言うかと思えば、こんな酷いことは止めろだと。なぜみんな仲良くできないのか、死にたくないと、泣いていた。実質、帝国の頂きに君臨している男とは思えなかった。
俺が手を止めると、公爵は言った。こんな酷いことはもう止めて、心を入れ替えて、いい人になってくれ。笑ったよ、誰に何を言っているのかって」
鬼は、面白がっている。
「バカバカしい、さっさと終わらせようと思ったとき、公爵は苦し紛れに一つの提案をした。いい人になれないなら、いい人のフリをすればいい。
あんたらからすれば不思議かもしれないが、惹かれるものを感じた。あんたらの周りにもいるだろ、こんな世の中に生まれたのに、どうしてそうなったって人が。俺は、そんな人が好きなんだ。
そんな人の見ている景色が、俺にも見えるかもしれない。そう思って、公爵と話を続けた。公爵は、空の公爵のフリをして生きている。一生続く演技だ。俺も、一生いい人のフリをして生きていけばいい。そうしたら、いつか景色が変わるかもしれない」
鬼は、酒を飲み干した。
「俺を許した公爵は、本当に俺を生かした上に家臣にして、坊っちゃんの護衛まで任せてる。俺もどうかと思うが、おかげで俺はいい人のフリを続けていられる。
面白いぞ、いい人のフリってのは。俺の本性を知らずに……あれ、何の話だっけ?」
鬼は、少し酔っていた。




