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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
石胎箴緯
328/403

月下無常④


 その瞬間。

 周辺にいた仙、すべてが震えた。赤霄も、桃霞も、太玄女さえも。

 その圧倒、かつ異質な、この地上にあってはならぬ物の始動を。




 いったいいつ転移したのか。当事者である赤霄にもわからない。

 ただ意識した時にはもう、静かな世界に己はいた。あまりの異変にさしもの彼も言を失して、まわりの状況を目でおうのが精一杯だった。


 空は星天。地を季節にあわぬ下草が青々としておおい、ちいさいながら色彩豊かな花々が、翠の波に華やかに興をそえている。

 うかんだ満月が異様に大きい。面の凹凸の影までもくっきり見えるほどに近くに感じる。

 目を刺すほどには強くない柔らかな光を見つめているうちに、やっと赤霄の頭が追いついてきた。



 みた。

 あの刹那、奴は救いを求めるようにその手を月にかざした。それにこたえるかのごとく、月の丸い、空とのあわいがぐるりと回転したのを。

 月光を宿したそれらの『輪』は、回転しながら幾重にも重なり、やがてひとつの巨大な古金の輪となって我らの頭上にかかり──次の瞬間もう俺はここにいた。




「そういえば奴は······!」



 くそ、感覚もおかしい。二度までも見失うとはッ!

 みまわすと、ひときわ月光の輝きをうける一帯に、月塊は膝をついている。



「月円塊······お前。何をした······いや、なにを喚んだのだ············!」



 ササリ、とゆたかな青草に手をついて、月塊はゆるりと立ちあがった。



月輪(がちりん)円舞鏡。そういうらしいぜ、コイツはよ」



 口をきいた? 理性が戻ったのか。だが今、こいつは何といった?


「月輪円舞鏡、といったのか? お前。

 ············ハッ、あり得ぬ! ふてぶてしいにも程がある!」


赤霄は声をあらげた。



「月輪円舞鏡といえば、我らが麻姑様や太玄女様をも凌ぐ神仙! 月世の総領主、嫦娥公主さまの秘宝ではないか!!

 そのような神機、お前のような下賤(げせん)の者が······!」



 神仙大宝。

 それはごく限られた仙に天帝が授けるという、紛れもない秘物。当然天上にもふたつとなく、その主以外がつかうなど及びもつかぬ物なのだ。それをこんな奴が──絶対にありえぬ!



「知るかよ。俺は『コイツ』がいっていることを伝えただけだ」



「このッ······不埒者がぁぁぁッッ!!」



 聞くに耐えない。もはや堪忍ならぬとばかり、赤霄はいっさいの躊躇なく月塊に突っこんだ。

 当然、一撃で断つ覚悟で迫った。月塊も構えるが、先程までとはうって変わって緩慢な挙動。必勝の間合いである。



 ドスンッッ!



 手刀はたしかに、月塊の胸のど真ん中に突きたった。

 ······そのはずであった。



「······何だ? 弱い? 浅い?」



 赤霄は驚愕をもって我が一撃をみつめる。たしかにこの攻撃は月塊をよろめかせた。たしかに胸に突き刺さった。ぬいた傷口からは核のものらしき紫色の光もみえている。だのに······


「あり得ぬ。本来ならば真っ二つになっていなければならない筈······あり得ぬ」


 ヌウッと月塊の右腕がのびてきた。赤霄はあわてて距離をとる。が、



「ガッッ?!」



背後から足蹴をくい、おもわず地に両手をつく。


 そんな──今度は疾さでも敗けた??!



「······俺がアンタよりはやく動けたってこたぁ、多分、いつもならアンタの方が疾いんだろうな。さっきの一刀もマトモなら俺の身体は粉々になっていたんだろう」



 月塊は静かに、淡々とつげる。



「月輪円舞鏡。こいつはすべての者に平等に、すべてを等しくする。あらゆる不平等を正して、真に対等な決着を強制する」



 バカな! すべてが平等な条件下での決着を強いるだと?! それはすべての功夫(クンフー)を否定するということではないか! 強者にとって、これ程無慈悲で怖ろしいものがあろうか!



「······ク······ハハッ···。だったらどうだと言うんだ」


 赤霄はゆらりと腰をあげる。



「争いなぞ無意味だ、事がお前によいように進むまでここで待てとでも?

 ──笑わせる!!」



 地鳴りを轟かせて金の仙気が爆ぜる。

 月輪円舞鏡に抑えられてもなお、構うものかと抗うかのように、散らさせる先からまた()ち、不恰好なまま赤霄の身体を包んでいる。



「何としてもあの御方をお救いするッ!! あの御方のご意思に背こうとも、天の裁きを阻止してみせる!! お前の餓鬼(がき)の喧嘩につき合ってもなッッッ!!!」



「たがい、まだるこしいのは趣味じゃねぇ。異論はないぜ」



 赤霄はふたたび全仙気を両手両脚に集中させてゆく。

 対する月塊はひと息すうと、おおきな月に透けた右腕をかざし、光の戟をうみだした。音をたてて宙空で回転するそれを両腕ではさみ捕らえると、ググッと押しこんでゆく。

 白光は稲妻にもにた細光を放ちながら身のうちに消え、彼はまばゆく輝く両腕で構える。



「──ぬぅぅぅぅッッッんッッ!!!」



「チェアアアアァァァ──ッッッ!!!」



 両者、(たかぶ)りのままに気合いを吐いて吐いて、吐きつくした直後、




「「ウラァァァァァァァァッッッッッ!!!」」




 激突した。

 たがいの具足の欠片が舞いとび、美しき花園をみだす。

 その一撃一撃が急所を捉えることはない。ただがむしゃらに、ただ愚かに。もてる全てを削りあってゆく。



 そして──決着はついた。



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