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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
石胎箴緯
327/403

月下無常③



 赤霄は勝利を確信していた。

 それはそうだろう。手応えはあった。いま、眼前にうつ伏せる男からはどんな力も感じない。あれほどに強大であった仙気もプッツリと途絶え、別人のように小さくなった。



 日差しは真午(まひる)をすぎ、ゆるゆると薄れてゆく。

 いつの間にか日中の月がむこうの薄青空にしろい顔をだしていた。それをみるに、今宵は満月であろう。


 赤霄はなおも油断なく観察する。

 昼中とはいえ、満月に見送られるならお前も本望だろう。欠けているところをみると、此奴の本性は岩石かそのあたりか。

 宙空たかくある月を背に、赤霄はゆっくりと拳をかまえる。


「ならば少々細かくしても死にはすまい?」


当然ながら月塊からの返事はない。赤霄はおのが芝居じみた行為を鼻息で(わら)い、狙いを月塊の頭にさだめた。



 ──チカッ



 なにかが目をかすめた。

 なんだ? 光? コイツ、なにか日を反射するようなものでも身につけていたか?



 ──チカチカッ



 まただ。ええい癇に障る。

 赤霄が一回、ほんの一回瞬きをして(まぶた)をあげる。



と、そこにはもう誰もいなかった。




「!!?」



 さしもの彼も虚をつかれた。あわてて周囲へ視界を転じて相手の姿をさがす。



 ──いた。ちょうど小丘となった所。



 白日にあらがい宙天にありつづける月を推戴するかのように背におい、奴はたっていた。

 だらりと両腕をたらし、ただ脱力の極みに達した姿勢。

 完全な覚醒ではないようだが、それでも事実、ああして立っているのだ。それもこちらが見逃すほどの素早さでもって。


 妙だな。すこし見積もりが甘かったか。とはいえ、あいかわらず奴からは生気が一切感じられぬ。呼気の微動すらも。完全に無。まさに木石のごとしよ。


「?」


 なんだ? 陰になってよく見えない顔のあたりにふたつ、白いものが満ちてゆく。



 それは()が瞼をあげた瞬間であった。


 バキバキッ、と一気に眼尻に亀裂がはしり、しばらくぶりに開かれた口からは濃い「氣」が漏れでた。



『グ······ガァァァァッッッッッ!!』


「なにッ?」



 赤霄は戦慄した。自身の背をつらぬいた正体不明の悪寒に。


 バキリ! バキリ!


 痛々しい音はとどまるをしれず、そのたびに月塊の身体が揺れる。

 全身を貫いて光の棘がとび出していた。両の肩、両の肘、背、胸、(すね)、腕からも、場所をとわず突きだす。

 月塊自身の肉体を蝕むことは彼の全身にはしる亀裂をみても明らかである。白光が脈動するようにこれを彩っていた。

 それは月塊にのこされた最後の手段。

 自身を賭した最後の賭け。消えゆく山海経の力を己の内にとどめた姿。



「お前······なにを」


 返答なく月塊の姿がきえた。


「う!?」



衝撃がはしり、想像以上の重い一撃が赤霄を後ずらせる。


 危なかった? とっさに腕で防いでいなければ······?


 思考するより早く横からもう一撃ととんでくる。


「グオッ?!」


それが蹴りだとわかったのは、無事防ぎきった後のこと。


 疾さはある。が、追えぬわけではない。問題なのは、いまもってまったく気配がしないことだ。それが動きを予測しにくくしているのだ! いやそれ以前に!



「何故動ける、それでッ! お前は──お前はいったい何だ!!」



 応えるように、まるで荒野をわたる狼のごとく、月塊は高々と雄叫びをあげた。



「······成程、もう口もきけぬか。つまりはそこまで堕ちなければこの俺とはハリ合えぬと悟った訳だ。その潔さだけは認めよう」


『ガッ!!』


 背後をとって繰りだされた赤霄はするりと躱す。


「落ち着けばどうということもない。つまりはお前を木石だと思えば良い。忘れたか、俺も元は無機の存在。つまり──」


またも死角をつかれた手刀を手刀でもって相制する。



「意思をもらさぬ動きには慣れているッッ!!」



 攻防一体の連打で月塊の腕関節を極め、一気呵成の手刀をその胴に突きたて、さらに蹴りあげ、回し蹴りを叩き込む。



『ギガッ······!』



バラバラッとさらに大量の石片が崩れ散り、月塊の形をしたものが二、三歩後ずさる。

 ト、トン、と軽い足取りで間をとった赤霄は、かろうじて通った頬への威力をグイと拭い去った。


「理性を逸しては俺には勝てぬ!」


『グ······キギガッ······!』


 苦しいか、月塊はおおきく顎をおとして息を継ぎはじめた。



「······終幕をくれてやろう」



 ババッ、と袖を鳴らしながら型を流した赤霄が、仙気を充満させてゆく。

 全身が激しい蒼炎に包まれ、その力はゆっくりと四方にわかれゆき、すべてが両の拳、両の脚先へと集中した。キシキシと金物がこすれあう音が、あまるほどに強大な力を一気収束させたことを物語る。


 この最期の時をまえに、ツ、と月塊が動きを止めた。否、止めたのは挙動だけではない。さっきまであれほど苦しそうに喘いでいた呼気すらもとまっている。

 両腕がゆらりと上げられた。まるで見守る白月を求めるように。



「チェイァッッッ!!!」




 瞬間、闇がおとずれた。


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