泰阿、終南山で威をふるうこと②
「打ち合おうだぁ? ずいぶん好戦的な野郎だぜ。アンタの相棒は仙妖、とか言われてたが、もしそうならもっと穏やかでもよさそうなもんだがね」
月塊は平地へと戟を手に歩をすすめながら、油断なく泰阿の動きに目をくばる。それとしって泰阿は、不意打ちなぞせんとばかり、悠然と腕組みをしてそれを待ちかまえている。
「なに、普段はそうでもない。だがな、こう、初めて対する相手ともなれば疼いて仕方ないのだ。なにせ腕比べの相手は百年変わらぬことも多いでな」
「ふん、たがい飽き飽きってところかい?」
新鮮な獲物あつかいされる方はたまったもんじゃないな、と月塊は冷ややかにいう。
「隠すな隠すな、吾にはわかるぞ? お前もおなじクチだろう。吾々が全力で競うに足る相手は、どうしても限られてくるものだ」
ヘッ、と月塊も口元をゆがめて足をとめた。
「どうも分らねぇ。アンタどう見ても人のようだ。楊定だってのがツクリだとしても、臭いまでは誤魔化せねぇはずだがな。それも仙人の御業かい」
「フフフ、そんなところさ。そこまで及ばぬところがお前の未熟な由縁よな」
あーそうかい、と月塊は戟をかまえ腰をおとす。その様子に泰阿も満足そうにむきなおったが、月塊のもつ得物に目がいくと、一瞬眉をしかめた。
「······人間の戟? そんなものでやるつもりなのか。フム······」
なにをおもったか、腰に佩いた二本の剣のうち、上にあった飾り気のない方の剣をひき抜く。なんの変哲もない、涼州勢謹製の剣。
「まあよいか、これで」
風が吹く。霧がゆっくりとふたりの足元を過ぎ、草地をなでてゆく。
「先手もらうぜ!」
月塊が先んじる。刃を上向けた戟を両手に握り、地を蹴たてた。瞬きののち、深遠な山間に鋭い金属音が鳴り響いた。
ギリギリと音を立て、刃と刃が噛みあう。さすがに互角以上の相手だ、力では押しきれない。
泰阿は目一杯力をこめる月塊に平音な口調でいう。
「どうした、遠慮はいらんぞ? 本気でうち込んでくるがいい」
「······チッ」
仕掛けはわからねぇが、人間の肉体を質にとっておいて何言いやがる。
「──まさか······この体を案じて全力では闘れぬと? フン、舐められたものだ」
泰阿は剣で月塊の鋭鋒を難なく払うと、矢継ぎ早、めったやたらと粗雑といってもいいような剣を突きだした。それでいて反撃を許さないような圧力がある。
くッ······間合いはこっちがいっとう有利だってのに、ぜんぜんそれを感じねェ······!
「ほれほれどうした。これでもか、これでもか」
「──ッ、このッッ······!!」
ならば望みどおりに、と言わんばかり、月塊は柄尻をつかんで、退きながらグォンと戟を振りまわす。
「おっと」
首をねらった奇策の一撃を、泰阿は頭をのけつつ、剣で制する。そのまま月塊が戟をひくのに乗じて前へとでるところ、心得ていたとばかりいち早く引きつけた月塊は突きをくり出す。これも弾かれる。が、狙いは最初からそこではない。
「シッ!」
ドスンと刃を落とした月塊は泰阿の足元を狙って掬うように薙ぐ。避けたぶん歩法が乱れた隙をついて体を反転。
遠心力をのせた袈裟懸け!
泰阿、これを避けるを嫌って迎え打たんとしたところ、月塊の戟は意外な軌道をとる。急速に胸元に引きつけられたそれは、またしても鋭い突きへと変化した。
泰阿は小癪とばかり見切って首をひねりこれを躱す。
「!」
が、月塊の突きの鋭さが一分勝った。
泰阿の頬に刃がかすった感触が確かにあった。
入ったぜ! テメェの油断を反省しな!
ペキッ
意外な音。そして、先の一撃で目を見張ったのは、むしろ月塊のほう。
絶句して己が戟の刃先をみつめる月塊に、泰阿はかすった箇所をコシコシと指先で拭いながらほくそ笑む。
刃が──刃が欠けた? んな馬鹿な! 相手は生身なんだぞ!
「ご覧のとおりだ。心配せず本気で······いや、必死にかかってこい。でなくば──」
ブン、とまたも無造作に振られた一撃。その刃はたしかに届かなかったはずだ。だが実際には月塊の鎧の胸元にかなりの深手をあたえた。
「グウッ!」
「吾の牙がお前を裂く」




