泰阿、終南山で威をふるうこと①
明日より翌月の5月9日までの間、毎日投稿いたします。
「徐副将、馬がきます」
終南山へと逃げこんで以来、麓ちかくで警戒をしていた徐晃らは、だからこそいち早くその襲来に気づく事ができた。
見張りからの注進に、徐晃は得物の槍をもってたち上がる。
「何騎だ」
「へい、それが一騎なんで」
「なに?」
妙な話だ。てっきり李傕らから追撃があるものと備えていたのに、それが一騎? 当然のこと、追手としては不自然すぎる。
とにかく確認がさきだ。月兄貴に報せるのはそれからでよい。
徐晃は手下を数人率いて様子をみに山を降った。
相変わらず終南山は霧深い。ゆえに隠れひそむには好都合といったところだが、守る側にしても攻め手の数の認識に難点がある。徐晃らは木陰に身を隠しつつ、かつ高度も維持しつつ、可能なかぎり相手のみえる場へと素早く移った。
なるほど、見張りのいうとおり、具足に身をかためた武将が単騎でこちらへとやってくる。おかしなことに馬の脚どりはまったく和やかなもので、ただ野駆けの帰りだと言わんばかりである。
「あれは······なんだ? 楊定だと??」
より高台で目を利かしていた手下が戻ってきて首を横にふったのをみて、徐晃は相手方がたったひとりだと確信した。
いったい奴が何用だ? 兄貴を遠ざけたくせにたった独りでのり込んでくるとは。随分とふざけた野郎だ。
「おい、いちおう月兄貴に報せてこい」
「合点だ」
それまで一定の間隔で続いていた馬蹄の音がくぐもって急に止まった。鼻息を荒くする乗騎の手綱をしめ、泰阿は背をのばした。
「ほぉ、まさか出迎えつきとはな」
霧が薄らいでゆくなか、眼前にたつは背後に終南山と手下たちを従え、槍を手にたつ徐晃の姿である。
「これはなんのつもりで? 楊将軍。兄貴を讒言で貶めた詫びでもいいに来られたか」
嫌味をこめた徐晃の言にも、泰阿はとりあうことなく一笑にふす。
「雑兵に話なぞないわ。楊奉をだせ」
「黙れ!」徐晃はいきり立って槍を振りかざした。
「やい楊定! 単騎なのはわかっているぞ! こんな所までのこのこやってきた以上、無事には帰さんぜ!!」
捕えろ、と徐晃の号令一下、歓声をあげて十数人ばかりの手下が飛びだして泰阿の周囲をぐるりとり囲む。が、
「──なんだ? どうした!?」
「!」
手下の注進によって山を駆けおりてきた月塊は、目前の光景に一瞬唖然とした。
中央にはしらせどおり楊定が、剣もぬかず騎乗のまま泰然としている。面妖なのは、その周りをとりまいた手下たちのほうである。
皆が皆、まるで両足の力を奪われたかのように、そこに立っているのもやっとといった風にわなわなしている。なかには足をとられたかのように仰向けになって苦しそうにあがいている者まであった。
「なんだ! どうしたんだお前ら!」
月の叫びに、楊定の正面で槍をかまえていた徐晃が上半身だけを何とかこちらにひねって応える。
「気をつけろ兄貴! こいつ普通じゃない!」
「普通じゃないだって?」
月塊はあらためて馬上の男をみやる。だがどうみてもあれは人であり、李陣ですれ違っていた頃の楊定のようである。気配にもなんらおかしなところはない。得物はとくに積んではおらず、腰にふた振りの剣を提げているのみだ。一本は新しく、もう一本は金色ながらずいぶん古びてみえる。
「──フンッッ!!」
気合一声、楊定が腹に力を入れれば、わっ、とばかり手下らや徐晃はみえない何かに押されるようにひっくり返り、押し退けられてしまった。
「やっと来おったか、まっていたぞ月塊」
「あぁ?」
楊奉と呼ばれず、本名で呼ばれたことに月塊は眉をひそめる。
当然だが奴の前で本名を明かしたことはない。この長安で俺の名を知っているということは、それ即ち只人ではない証だ。
「······ナニモンだ、テメェは。楊定じゃねぇな」
「いかにもその通り」
ドジャッ、と泰阿ははじめて鞍より降りたった。
「吾はあの御方の守護者がひとり。こう言えばわかろう?」
「!」
麻姑とかいう天仙! その手下だ!? まさか赤霄の他にもうひとりいやがったか!
「お初に。名は泰阿ともうす。いゃあ、手下を当ておいて逃げたのかとヒヤヒヤしたぞ」
「なにぃ?」
「せっかく同輩に譲ってもらったこの機会だ。たがい存分に打ちあおうではないか」
ありがとうございました!
次回投稿は明日となります。




