月塊、窮民を救わんとすること
月塊が琴箭にたくされた願いはふたつ。
ひとつは李陣の内部詳報をとどけてもらうこと。
そしてもうひとつが、味方になってくれそうな、軍勢をもった勢力へ協力をとりつけてほしいというものだった。
ひとつ目のものはともかく、ふたつ目は一寸難題である。
それなりの兵をもつ勢力──そもそもそれに心当たりが少ない。そのうちのひとつはあろうことか李傕ら本人という始末なのだ。だとするなら。
のこるもうひとつのトコっきゃねぇわな······
そう。みずからが世話になっていた河東郡は白波谷に跋扈する元仲間たちだ。一八八年に黄巾の残党と称して蜂起し、いまやかなりの兵力をゆうして郡内に一定の地位をきずいている。
「胡才はともかく、韓暹の野郎は渋るだろうなぁ············李楽は李楽で面倒くせぇし」
まあ、ともかくやってみるしかあるまい。そうときめて月塊が琴箭の邸門をでようとしたときだった。サッとさした人影がこちらに気づいたかあわてたように走り、辻へと消えた。
「··················」
ただでさえ消耗した体できゅうに駆けたものだから童子は息がきれ、しばらくハァハァとやった。そして後ろを気づかい、誰も追ってこないのを確認してひとまず安心すると歩きだす。とうぜん、すこし離れた屋根のうえからそれを見ていた月塊に気づくことはなく、彼もそのまま後をつける。やがて童子は東の市へとはいっていった。
「そうか、まだ変わりはなしか············」
童子の言葉に老爺は落胆してつぶやいた。
「また炊き出しはナシ。どうする爺様、このままでは」
「······待つしか他にどうせよというのだ。いまやあのお邸だけが最後の頼みの綱なのだぞ」
「なにが最後の頼みの綱だって?」
聞き覚えのない声に皆はギョッとなる。目線をやったさきにあるは月塊の具足姿とあっては、顔面いよいよ蒼白になるのも無理はない。
だがここで、ひとりの女が声をあげた。
「お待ちよ。このお方、楊将軍だよ。ホラ、外に薪を拾いに行けたとき、アタシらをまもってくれた、あの······」
「おお······あの方············」
群衆のなかに彼をみしった者がいたらしい。みなの緊張が一気にやわらぐのを感じながら、月塊は歩みよって問うた。
「アンタら、なんだって蔡の邸を見張っていたんだ」
妻と孫らしき子らをつれた老爺が応えた。どうやらこの一団の抑えながら長のようである。
「我々はこの長安にすまう民です。
いや、そうでございました。ですがもはやここに留まっても飢えるをまつばかり。我らはもう見切りをつけました。ここより離れたく思っているのでございます。
先日らい拝見いたしておると、あのお邸にはときおり朝廷の重臣の方々があつまり、なにやら練っておられる様子。これは──とは思いながらも、正面よりお願いしても無駄であろうと考えまして、こうして機をうかがっておりました」
なんと、こんな所にも賢者はいた。偉そうな肩書きをぶら下げすとも、賢きは賢いのだ。
「······なるほどな、わかった。そうとなりゃ俺も救けてやりたいが、いまはどうにも動けねぇ。李傕も郭汜も警戒しあって門を閉じちまったからな。あれじゃビクともしやしねぇ。······ただ」
ふと、子らの追いこまれたような瞳に吸いつけられた。おさなく、頼るところをしらぬその面影は、いつの誰かに重なってみえる。月は瞬時ちょっとためらってから、
「あの邸に目をつけてたのはアンタ、正しい。キッチリ見張ってるといいぜ」
老爺はハッと月塊をふり仰ぐと、へへーっ、と手をあわせて礼をとった。
弱る民をおいていくのは忍びない。だがこと食糧となると、これはいかな月塊といえどすぐにというわけにはいかぬ。彼は牙を食いしばると、一目散に城壁へむけて駆けだした。
いまは己に託された信任にこたえるしかない。その先にこそ彼らを救う方法があると信じて。
全速力で駆けに駆け白波谷へといたった彼は、ただちに三頭領をたたき起こして説得にかかった。
案の定、総領の韓暹はしぶったものの、利があるとみたほかふたりの介添えもあり、ほぼゴリ押しで約定をむすぶことに成功した。そうしてだけの食糧を土産にもらうと、いそぎ長安へととって返したのだった。




