月塊、殿中で大暴れすること①
賈 詡一党に計略をすっかり見抜かれていることなぞ知る由もなく、本日も琴箭たちは合議をひらいていた。
午下り。今回は郭汜によって公卿らが軟禁されている宮にみなして集まっている。
琴箭、楊彪、种 輯らはいいとして、李傕配下の董承や楊奉(月塊)までがこうして紛れ込めているのも、今日は郭汜側が組織がための宴に興じているからである。
本日はあらたに加わった楊奉こと月塊の顔みせと、作戦決行時の具体的な行動について話すことになっていた。
いかに朝臣らしかいない宮とはいえ、賊におもねる者がいないとは限らない。慎重のうえにも慎重をきしたいとの楊彪らの提案で、五名は離宮でそれぞれ対面をはたした。
とはいえ、疑りぶかい楊彪や种 輯らは、李陣内では李稚然の護衛として認知されている月塊のことをはなから信じるわけもなく、紹介がすんだいまも疑いの眼差しを変えることはなかった。豪傑と褒めそやされる男が、見目は少年のごとき風体なのも、疑いをかう要因のひとつになっているのやもしれない。おなじ陣営で顔くらいは見知っている董承でさえ、腹にいかなる想いを秘めてのことかと疑っているようである。
それを知ってかしらずか、とうの月塊はみらからすこし離れた窓際に陣どり、熱心に演説する琴箭の声にも聞いているのかいないのか、ごろりと横になったままだった。
「······以上が前回までの振り返りとなります。董将軍によれば、流言のほうも効果は期待できるようですが······」
ふられて董承は、ウムとうなずく。
「李傕は半々以上には信じているようだ。郿宮の警戒をあつくするようこちらにも指令がでた。まだ兵力を割かないところをみると、張済や郭汜に対してもなんらかの意図があるようだ」
「まずまずの首尾といったところか」
楊彪がチラと月塊のほうへ視線をなげてから、心もち声を潜めるようにいった。
「あとは間、だな。李傕が郿へ兵を増員するまえに、陛下にはこちらへ脱出していただかねばならぬ。そのへんは──」
「わかっております」董承がすこしムッとして応える。「流疫ということで、陛下に侍女とすり替わっていただき、皇后や貴人ともどもこちらへお移りいただくつもりでおります」
「それが成り、騒ぎがおこった直後、東のいずれかの門から脱出します。受けいれを好諾してくれた華陰の段太守にも迎えの軍を」
「ちょいと待ちな」
みながふり返ると、いつの間に起きていたのか、月塊がはじめて口をひらいた。
「騒ぎをおこすたぁ、どういうことだ」
琴箭は、当然そんな反応があるだろうと踏んでいたので、不機嫌そうな彼に気圧されることもなく淡々とこたえた。
「李・郭両者の全面的な衝突を誘うの」
「あぁ?」月塊はぐいと起きあがった。
「全面的な衝突だぁ? それじゃ、この長安のなかで戦を起こそうってのか」
「······そうなるわね」
「ふざけんな。そうなりゃ民はいよいよどうなる。弱りきった民は? そもそもさっきから、てめぇらの陛下が陛下が、って言い様が気に食わねぇ。天子か帝かしらねぇが、ソイツが助かりゃ後はどうだっていい、ってな風に聞こえるぜ」
「その通りだ」なにが間違っている、とばかりに楊彪が断じる。
「我ら朝臣は、漢帝室のためこうして集っているのだ」
その通りだ、とばかり种 輯も董承もうなずく。
「······てめぇも同じか? 琴箭」
「··················」
「どうなんだ、ハッキリ言いやがれ」
琴箭はすうっ、と息を吸い込むと、つとめて冷静にいい放った。
「······いま長安が危機に瀕しているのは、すべて陛下がおられるからよ。帝室がもとのとおり洛陽へ還れば、李傕も郭汜も長安を牛耳る利点はなくなるわ。軍の撤退も期待できる」
「本気でいってんのか? 天然の要害を抑えた地を、かりにも武将が手放すとでも? 馬鹿にするなよ、奴らがこの城をでる時は、ここの民がそろって死に絶えた後だってことくらい俺にだってわかるぜ!」
真正面から、ふたりははじめて睨みあった。
殺気という程ではないにしろ、こうして月塊に本気で睨まれると、なにやらゾワリと背筋が逆だつ想いだ。やはり三百年ほどを生きた人智外の存在なのだなといまさらながらに想わされる。
「フン」
とは、月塊から視線を外してくれた声だ。
「いい成長したもんだな、お前もよ。······解った、お前らがそういう腹積もりなら俺は勝手にさせてもらう」
「なっ! それは許さんぞ! 貴様、我らの策を知って抜けるなぞと!」
「じゃかましい! 馬鹿にするなといっただろうが!」
月塊に一喝され、楊彪がたじろいだ。
「俺をテメェらと一緒にするな! いちど味方するっつったら味方してやる! ただし手段は俺がきめる!」
そういい残すと、あいた窓からヒラリと出ていってしまった。
「······ほんとうに大丈夫なのか、あやつ」
种 輯の疑問に、ハア、と息をついた琴箭はうなずいてみせた。
「彼とは古い付き合いですが、大丈夫。我々を売るような真似だけは、絶対にしませんよ」
「軍勢としても、たかだか三十騎ほどだ。だから李傕も、身のまわりを護らせるくらいしかさせておらん。大したことは出来ぬだろう」
董承もそこはうけあった。
あきれ果てたとばかり月塊は宮をでると、誰の目もはばかることなく屋根に跳びのり、そこから門壁へ。そこからドサリと路地におりた。
「まったく話にならん! 琴箭までがああだとは······」
ふて腐れながら誰も通らぬ路地を西にむかってあるきだす。本来ならここもたくさんの農商の人々がいき交っているだろうに、人影はまばらどころか、誰もおらず、馬や驢馬といった、生きて歩いているものさえ皆無であった。道脇の樹々すら痩せ、その枝に葉はもう一枚もついていない。
もうこんな所まできているのだ。手段もクソもないのはわかる。分かるが······だがそれでもよ。
ふと、蹄の音がきこえた気がして顔をあげると、道の向こうからもうもうと土煙をあげてひとりの武者が、こちらへ馬をとばして来るところだった。
「ん、ありゃあ公明か?」
鞍上の男は間違いない、徐晃だ。みょうに血相を変えているようだが。徐晃は月塊に気づくと、乗馬にハッパをかけ一気に駆けよってきた。
「良かった、兄貴。ここにいたのか」
「そんなに泡くってどうした」
「大変だぜ兄貴!」




